女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
Part10
173 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)08:50:00 ID:WLA
女「きゃはは、って。笑い声みたいなの」
リン「大丈夫か?」
女「ほ、ほんとに聞こえたんだよ!」
リン「…」
私が必死で指差す方向に目をやり、また私の顔へ視線を戻す。
女「…信じてないでしょ」
リン「ああ」
女「うー、本当、なんだけど。いや、でも…」
リン「…あっちか?」
女「うん。お化け屋敷のほう」
リンの表情が、若干強張った。
女「…」
リン「仕掛けの音じゃないか」
女「でも、あのお化け屋敷にあんな笑い声の仕掛け、なかったはずだよ」
そうだ。 屋敷で惨殺されたお嬢様の霊が出る、というテーマのお化け屋敷で。
メインはお嬢様のすすり泣き、恨みつらみという暗い仕上がりなのだ。
女「絶対おかしいよ。見に行こう」
リン「…」
174 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)08:53:42 ID:WLA
女「生存者かもしれないよ」
リン「空耳、…だろ?」
女「私、耳はいいほうなんだよ!ほら、とにかく行こう」グイ
リン「待て!引っ張るなよっ」
女「…あれ、まさか、リン」
私は彼の袖を放し、口に手を持っていった。にんまりとした笑いが抑えられない。
女「まさかぁ」
リン「…は?」
女「お化け屋敷、ニガテなの?」クス
私がにやにや笑いながら言った、その瞬間。
リン「…っ」
リンの雪を思わせる白く冷たい頬に、朱が散った。
女(え、え?)
リン「何言ってる。…そんなわけ、ないだろ!」
ほんのり赤く染まった顔で、私を睨みつける。
女(恥ずかしがってる?)
リン「誰があんな、…子供だましのアトラクションを」
175 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)08:58:31 ID:WLA
女「怖くないの?」
リン「だから当たり前だろ!あんな人為的なもの、何も怖くないっ」
女「…そ、そう」
リンは大きく肩で息をした。 怒ってるのか、恥ずかしがっているのか。
とにかく私が彼のプライドに細工をしてしまったのは事実のようだ。
リン「行く。行けばいいんだろ」
普段より少し大きい声で宣言したリンは、私の手を引っ張りお化け屋敷に向かった。
女「ちょ、ちょっ」
つんのめるようにして歩くと、唇を噛み、顔を薄紅にしたリンの、綺麗な横顔が見えた。
足切りの屋敷。
おどろおどろしい血文字で書かれた看板が、少し傾いで、一層雰囲気を掻きたてる。
女「えーと、リンさん?」
リン「…」
リンは依然、ぶすっとしたままだ。
女(あちゃー、怒らせちゃったかな)
どうせ“お前は何を言っているんだ”みたいなクールなまなざしを向けられると思っていたのに。
失言だ。しまった。
176 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:02:28 ID:WLA
女「…ごめん、ね?」
下手に出て、できるだけ申し訳なさそうな声で謝る。
リン「はあ?」
そっけない返事が、つぶてのように飛んできた。
女「い、いや。怒ってる?」
リン「怒ってない。別に」
女「で、でもさ」
リン「いいから、入るぞっ。置いていくからな」
リンは荒々しくアトラクションの扉を開けた。
軋んだ音がする。前は演出の音響でSEが流れたが、この音は本物だ。
女「待って、リンっ」
彼に続いて屋敷に入ると、ひんやりした冷気が体を包み込んだ。
女「うわ、さむ」
リン「…ああ」
177 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:06:59 ID:WLA
リンが懐中電灯をつけた。真っ暗だった辺りに、申し分程度の丸い明かりが浮かぶ。
女「あれ、明かりつけるの」
リン「当たり前だ。俺たちはお化け屋敷の客じゃないんだぞ」
女「あ、…そうでした」
私も倣って明かりをつける。二つ分の明かりが、妙に赤い屋敷の中を照らした。
リン「どこら辺から聞こえたんだ」
女「ええと、…その、分かんない。ただぼんやりとお化け屋敷付近としか」
リン「使えない」
女「すみ…ません」ガン
リンの言葉には、やっぱりいつもより棘がある。いや、刃といっても過言ではない。
リン「誰かいるなら、呼びかければいいだろ」
女「そうだね」
リン「誰かいるのか?」
女「すみませーん、誰かいませんかー」
しーん。
リン「…」
女「…」
結構大きな声を出した。聴こえないはずが無い。
リン「面倒な」
リンは小さく舌打ちをした。どうやら、この薄暗い屋敷を探索しなければいけないらしい。
178 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:10:49 ID:WLA
リン「お前、入ったことあるか」
女「うん」
リン「じゃあ、前行け」
どん、と強めに背中を押される。よろめいてしまった。
女「え、ええ?」
リン「お前、さっきは散々俺をからかったろ。自分は大丈夫という自信があるからだよな?」
女「えと、それは」
リン「生憎俺はこのアトラクションは初体験だ。案内するのはお前しか居ない」
女「え、ええ…」
リン「ほら、行け」
また軽く、リンが私の肩を押した。
女(くそ…)
渋々ではあるが、私は屋敷の中を先導しはじめた。
順路に沿ってしか行けないので、まずは玄関を上がってリビングを模した部屋に入る。
リン「…どういう屋敷なんだ」
リンが呆れて呟いた。
179 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:16:36 ID:WLA
女「えっと、この屋敷は町でも有名な資産家の家なんだけど」
リン「ああ」
女「そこにある日、強盗が入っちゃうの。家で唯一留守番していたお嬢さんが、なんと両足を切り取られた無残な姿で見つかって」
リン「…」
女「お嬢さんの親は、娘の死んだ屋敷を手放し、解体しようとしたの。けれど、解体作業中に事故が頻発。ついにこのまま残ってしまう」
リン「はあ」
女「屋敷からは毎晩毎晩、お嬢さんのすすり泣く声と“足…私の足…”という声が聞こえるんだそうな」
リン「ふうん」
女「…未だ見つからない犯人を、幽霊となったお嬢さんが探しているのかも…」
リン「なるほど」
女「どう?」
リン「くだらない」
女「ひどい!これ、県外からでもお客さんが来るくらい有名なアトラクションだったのに」
リンは溜息混じりにリビングを見渡した。
中綿の散ったソファ、足の折れたテーブル、割れた絵画…。
壁にはおびただしい量の血がついている。
リン「悪趣味だな」
女「そりゃそうでしょ。お化け屋敷なんだもん」
リン「ここには誰もいない。次だ」
180 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:23:46 ID:WLA
犯人が犯行に使ったであろうナイフが流し台にあり、
お嬢さんのすすり泣きが最初に聞こえ始める(はず)…のキッチンを無事抜ける。
リンは「何で凶器が残っているのに犯人の手がかりすらつかめない。それに、こんな小さなナイフじゃ足は切れない」
とかなり現実的な解説をしてくれた。
女「次はお風呂場だよ」
狭い廊下を進む。ここでは後ろから大きな物音がして、焦った客がお風呂場に逃げ込むという仕様になっているのだ。
リン「…」
浴槽には、カーテンが張ってある。黒い影が見える。
リン「…なんだ、これは」
女「ああ、ここに近づくといきなりカーテンが開くの。中にはお嬢さんの足が入ってて、悲鳴がいきなり流れる」
リン「心底くだらない」
女「…開けてみる?」
リン「はあ?」
リンが一瞬目を剥いた。
女「いや、この中になにかあるかも」
リン「不要だ。いい、やめろ」
女「物は試しじゃない」
私は白い、血糊のついたカーテンに手をかけた。 リンがおいっ、と私の肩に手をかけようとする。
しかし、遅かった。
シャッ、と小気味良い音を立て、カーテンは開いて。
183 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:30:24 ID:WLA
女「…あれ?」
リン「は?」
なにも、ない。
リン「…」
リンの湿った、ねめつけの視線が絡みつく。
女「あ、れ?おかしいな。ここにね、靴下はいたままの足が」
リン「…」
女「本当だってば!すごく怖かったから、今でも覚えてるんだもん」
リン「確かか」
女「うん!それに、少し動いてる演出あったんだ。だから据付のタイプだと思う」
怖さも忘れ、がっつり浴槽を覗き込む私の後ろから、リンが顔を近づける。
リン「…本当だ。機材のコードがむき出しになってる」
女「どういうことだろ」
リン「足はどこか別の場所にあるようだな」
女「え、ちょ」
一気に背筋が寒くなった。
リン「…」
女「…」
リン「あのな、オカルトなことを考えるのは構わないが。おそらく修理でもしたんだと思うぞ」
女「ああ、なあんだ。そっか」
私は胸をなでおろした。 廃墟の遊園地内で、足が勝手に動き出す…。なんて、考えたたくもな
「きゃはは…。あはは…」
え。
184 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:35:13 ID:WLA
多分、今までの人生の中で一番早く振り向いた。
私の髪が散り、リンの顔を容赦なく叩く。
リン「うわっ」
リンが飛びのき、私を睨んだ。
リン「おい!何だ、いきなりっ」
女「い、今。…聞こえたでしょ!?」
リン「はあ?何も聞こえない」
女「きゃはは、あははって!子どもみたいな声が!え、嘘!?聞こえたでしょ!?」
私はリンにとびつき、肩を揺さぶった。 このむっつりイタズラ好きが、また私をからかっているのだ。きっとそうだ。
リン「やめ、やめろっ」
女「ねえ、もうそういうのいいから!怖がらせないでよお!」ガクガク
リン「…お前こそっ!適当なことを言ってるんじゃないのか!」
女「き、聞こえたもん!ね、リンもだよね!?」
ここでリンの顔が、病的な青白さに変わっているのに気づいた。
え、ちょっと。
まさか、本当に
リン「…聞こえない。本当だ。お前だけに聞こえてるんだ」
女「…」
リン「…」
185 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:40:47 ID:WLA
リンが猫のように立ち上がった。腰の警棒を抜き、逆の手で私の腕を強く掴む。
リン「…クリアじゃないのか」
女「ク、クリアって、…笑うの?」
リン「…」
沈黙が痛い。 私の聞いた声は、確かに笑っていたのだ。嬉しそうに、愉快そうに。
リン「出よう」
女「賛成」
リンは早足で屋敷内を歩き始めた。
もうどこにも目をくれず、転ばない程度の速さで、すたすたすたすた、と。
女「……」
私はパニックにならないよう必死に口で呼吸をしながら、腕を引くリンの速さについていった。
リン「出口は、どこだ」
女「じゅ、順路を行けば出れる!最後の、お嬢さんの部屋を出てすぐ!」
リンがワスレナグサをあしらった、可愛いお嬢さんの部屋のドアを蹴破った。
洋風のドアは壁に当たり、大きく反動して、
女「…っ、リン!」
私が部屋に入った直後、大きな音を立てて閉まった。
リン「急げ。早く出る」
女「わ、分かってるよ!」
186 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:46:39 ID:WLA
最後の部屋。これが一番の恐怖だ。
部屋の中央には、天蓋つきのベッドがある。ここに、お嬢さんの死体が横たわっているのだ。
つくりものの死体には足が無く、美しい顔をしたお嬢さんが虚空を見つめて横たわっている。
それだけでもう、磨り減った心には十分な恐怖だ。
しかし、難関は、ここではなく
リン「…っ、こっちか!」
女「うん、出口!」
出口に手をかけた瞬間、なのだ。
ぼとり
後ろでやけに重たい音が響いた。
女「…」
リン「…」
リンの手が、ノブを掴んだまま止まる。
ああ、そうだ。これが難関。血まみれの化粧をほどこしたスタッフが、帰ろうとする客を後ろから
リン「…開かない」
そう。開かないのだ。わざと、そうしてある。
スタッフが最大限の恐怖をあたえるまで、ドアは開かない仕組みで。
女「……」
でも、今はそんなスタッフも、機材も、ないわけで。
じゃあ、後ろの、音は。
開かないドアは。
187 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:54:50 ID:WLA
しがみついたリンの背中が、大きく大きく深呼吸を繰り返す。
女「リ…」
声が、かすれる。恥も何も無く、私はみっともなくリンの背中に抱きついた。
リン「…音が、したか」
さっきの音は、彼にも聞こえたようだ。
女「…」
私は頷いた。声は喉に張り付き、出せない。
リン「…」
リンがノブを回す手を止め、体をよじる。
後ろを、見ようと。
リン「…」
女「リン、…や」
もう遅い。
振り返った先にあったものは、
二本の、血まみれの足。
そして。
「きゃぁああはははははっ!!!」
体の透けた、煙のような生物。
子ども。
子どもだ。
188 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:58:40 ID:WLA
女「きゃああああああああああああああああああああああ!!!?」
悲鳴が弾けた瞬間、リンが私を脇に抱えた。
そんな力がどこにあるのか。腰を掴み、ものすごい速さで出口に体当たりした。
バン!!
ドアの抵抗がなくなり、私達は外に投げ出される。
女「ひゃ、っ…!?」
頭から落下しそうになった私を、リンがすばやく受け止めてくれた。
そのまま何秒か、リンの上で固まる。
リンは夏の日のイヌのように、何度も早く呼吸を繰り返していた。
女「な、な、に。今の」
リン「…」
リンは答えない。私をおしのけ、バネのように立ち上がった。
手にした警棒を最大限に伸ばし、仁王立ちで屋敷の中を睨みつける。
私は、…立てなかった。腰が抜けている。
リン「…見たか」
女「み、た」
リン「足があった」
女「…子どもも」
リン「…」
女「…」
流れる沈黙。
リンの顎に汗が集まり、ぽた、と地面に染みを作った。
女「きゃはは、って。笑い声みたいなの」
リン「大丈夫か?」
女「ほ、ほんとに聞こえたんだよ!」
リン「…」
私が必死で指差す方向に目をやり、また私の顔へ視線を戻す。
女「…信じてないでしょ」
リン「ああ」
女「うー、本当、なんだけど。いや、でも…」
リン「…あっちか?」
女「うん。お化け屋敷のほう」
リンの表情が、若干強張った。
女「…」
リン「仕掛けの音じゃないか」
女「でも、あのお化け屋敷にあんな笑い声の仕掛け、なかったはずだよ」
そうだ。 屋敷で惨殺されたお嬢様の霊が出る、というテーマのお化け屋敷で。
メインはお嬢様のすすり泣き、恨みつらみという暗い仕上がりなのだ。
女「絶対おかしいよ。見に行こう」
リン「…」
174 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)08:53:42 ID:WLA
女「生存者かもしれないよ」
リン「空耳、…だろ?」
女「私、耳はいいほうなんだよ!ほら、とにかく行こう」グイ
リン「待て!引っ張るなよっ」
女「…あれ、まさか、リン」
私は彼の袖を放し、口に手を持っていった。にんまりとした笑いが抑えられない。
女「まさかぁ」
リン「…は?」
女「お化け屋敷、ニガテなの?」クス
私がにやにや笑いながら言った、その瞬間。
リン「…っ」
リンの雪を思わせる白く冷たい頬に、朱が散った。
女(え、え?)
リン「何言ってる。…そんなわけ、ないだろ!」
ほんのり赤く染まった顔で、私を睨みつける。
女(恥ずかしがってる?)
リン「誰があんな、…子供だましのアトラクションを」
175 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)08:58:31 ID:WLA
女「怖くないの?」
リン「だから当たり前だろ!あんな人為的なもの、何も怖くないっ」
女「…そ、そう」
リンは大きく肩で息をした。 怒ってるのか、恥ずかしがっているのか。
とにかく私が彼のプライドに細工をしてしまったのは事実のようだ。
リン「行く。行けばいいんだろ」
普段より少し大きい声で宣言したリンは、私の手を引っ張りお化け屋敷に向かった。
女「ちょ、ちょっ」
つんのめるようにして歩くと、唇を噛み、顔を薄紅にしたリンの、綺麗な横顔が見えた。
足切りの屋敷。
おどろおどろしい血文字で書かれた看板が、少し傾いで、一層雰囲気を掻きたてる。
女「えーと、リンさん?」
リン「…」
リンは依然、ぶすっとしたままだ。
女(あちゃー、怒らせちゃったかな)
どうせ“お前は何を言っているんだ”みたいなクールなまなざしを向けられると思っていたのに。
失言だ。しまった。
176 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:02:28 ID:WLA
女「…ごめん、ね?」
下手に出て、できるだけ申し訳なさそうな声で謝る。
リン「はあ?」
そっけない返事が、つぶてのように飛んできた。
女「い、いや。怒ってる?」
リン「怒ってない。別に」
女「で、でもさ」
リン「いいから、入るぞっ。置いていくからな」
リンは荒々しくアトラクションの扉を開けた。
軋んだ音がする。前は演出の音響でSEが流れたが、この音は本物だ。
女「待って、リンっ」
彼に続いて屋敷に入ると、ひんやりした冷気が体を包み込んだ。
女「うわ、さむ」
リン「…ああ」
177 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:06:59 ID:WLA
リンが懐中電灯をつけた。真っ暗だった辺りに、申し分程度の丸い明かりが浮かぶ。
女「あれ、明かりつけるの」
リン「当たり前だ。俺たちはお化け屋敷の客じゃないんだぞ」
女「あ、…そうでした」
私も倣って明かりをつける。二つ分の明かりが、妙に赤い屋敷の中を照らした。
リン「どこら辺から聞こえたんだ」
女「ええと、…その、分かんない。ただぼんやりとお化け屋敷付近としか」
リン「使えない」
女「すみ…ません」ガン
リンの言葉には、やっぱりいつもより棘がある。いや、刃といっても過言ではない。
リン「誰かいるなら、呼びかければいいだろ」
女「そうだね」
リン「誰かいるのか?」
女「すみませーん、誰かいませんかー」
しーん。
リン「…」
女「…」
結構大きな声を出した。聴こえないはずが無い。
リン「面倒な」
リンは小さく舌打ちをした。どうやら、この薄暗い屋敷を探索しなければいけないらしい。
リン「お前、入ったことあるか」
女「うん」
リン「じゃあ、前行け」
どん、と強めに背中を押される。よろめいてしまった。
女「え、ええ?」
リン「お前、さっきは散々俺をからかったろ。自分は大丈夫という自信があるからだよな?」
女「えと、それは」
リン「生憎俺はこのアトラクションは初体験だ。案内するのはお前しか居ない」
女「え、ええ…」
リン「ほら、行け」
また軽く、リンが私の肩を押した。
女(くそ…)
渋々ではあるが、私は屋敷の中を先導しはじめた。
順路に沿ってしか行けないので、まずは玄関を上がってリビングを模した部屋に入る。
リン「…どういう屋敷なんだ」
リンが呆れて呟いた。
179 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:16:36 ID:WLA
女「えっと、この屋敷は町でも有名な資産家の家なんだけど」
リン「ああ」
女「そこにある日、強盗が入っちゃうの。家で唯一留守番していたお嬢さんが、なんと両足を切り取られた無残な姿で見つかって」
リン「…」
女「お嬢さんの親は、娘の死んだ屋敷を手放し、解体しようとしたの。けれど、解体作業中に事故が頻発。ついにこのまま残ってしまう」
リン「はあ」
女「屋敷からは毎晩毎晩、お嬢さんのすすり泣く声と“足…私の足…”という声が聞こえるんだそうな」
リン「ふうん」
女「…未だ見つからない犯人を、幽霊となったお嬢さんが探しているのかも…」
リン「なるほど」
女「どう?」
リン「くだらない」
女「ひどい!これ、県外からでもお客さんが来るくらい有名なアトラクションだったのに」
リンは溜息混じりにリビングを見渡した。
中綿の散ったソファ、足の折れたテーブル、割れた絵画…。
壁にはおびただしい量の血がついている。
リン「悪趣味だな」
女「そりゃそうでしょ。お化け屋敷なんだもん」
リン「ここには誰もいない。次だ」
180 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:23:46 ID:WLA
犯人が犯行に使ったであろうナイフが流し台にあり、
お嬢さんのすすり泣きが最初に聞こえ始める(はず)…のキッチンを無事抜ける。
リンは「何で凶器が残っているのに犯人の手がかりすらつかめない。それに、こんな小さなナイフじゃ足は切れない」
とかなり現実的な解説をしてくれた。
女「次はお風呂場だよ」
狭い廊下を進む。ここでは後ろから大きな物音がして、焦った客がお風呂場に逃げ込むという仕様になっているのだ。
リン「…」
浴槽には、カーテンが張ってある。黒い影が見える。
リン「…なんだ、これは」
女「ああ、ここに近づくといきなりカーテンが開くの。中にはお嬢さんの足が入ってて、悲鳴がいきなり流れる」
リン「心底くだらない」
女「…開けてみる?」
リン「はあ?」
リンが一瞬目を剥いた。
女「いや、この中になにかあるかも」
リン「不要だ。いい、やめろ」
女「物は試しじゃない」
私は白い、血糊のついたカーテンに手をかけた。 リンがおいっ、と私の肩に手をかけようとする。
しかし、遅かった。
シャッ、と小気味良い音を立て、カーテンは開いて。
183 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:30:24 ID:WLA
女「…あれ?」
リン「は?」
なにも、ない。
リン「…」
リンの湿った、ねめつけの視線が絡みつく。
女「あ、れ?おかしいな。ここにね、靴下はいたままの足が」
リン「…」
女「本当だってば!すごく怖かったから、今でも覚えてるんだもん」
リン「確かか」
女「うん!それに、少し動いてる演出あったんだ。だから据付のタイプだと思う」
怖さも忘れ、がっつり浴槽を覗き込む私の後ろから、リンが顔を近づける。
リン「…本当だ。機材のコードがむき出しになってる」
女「どういうことだろ」
リン「足はどこか別の場所にあるようだな」
女「え、ちょ」
一気に背筋が寒くなった。
リン「…」
女「…」
リン「あのな、オカルトなことを考えるのは構わないが。おそらく修理でもしたんだと思うぞ」
女「ああ、なあんだ。そっか」
私は胸をなでおろした。 廃墟の遊園地内で、足が勝手に動き出す…。なんて、考えたたくもな
「きゃはは…。あはは…」
え。
184 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:35:13 ID:WLA
多分、今までの人生の中で一番早く振り向いた。
私の髪が散り、リンの顔を容赦なく叩く。
リン「うわっ」
リンが飛びのき、私を睨んだ。
リン「おい!何だ、いきなりっ」
女「い、今。…聞こえたでしょ!?」
リン「はあ?何も聞こえない」
女「きゃはは、あははって!子どもみたいな声が!え、嘘!?聞こえたでしょ!?」
私はリンにとびつき、肩を揺さぶった。 このむっつりイタズラ好きが、また私をからかっているのだ。きっとそうだ。
リン「やめ、やめろっ」
女「ねえ、もうそういうのいいから!怖がらせないでよお!」ガクガク
リン「…お前こそっ!適当なことを言ってるんじゃないのか!」
女「き、聞こえたもん!ね、リンもだよね!?」
ここでリンの顔が、病的な青白さに変わっているのに気づいた。
え、ちょっと。
まさか、本当に
リン「…聞こえない。本当だ。お前だけに聞こえてるんだ」
女「…」
リン「…」
185 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:40:47 ID:WLA
リンが猫のように立ち上がった。腰の警棒を抜き、逆の手で私の腕を強く掴む。
リン「…クリアじゃないのか」
女「ク、クリアって、…笑うの?」
リン「…」
沈黙が痛い。 私の聞いた声は、確かに笑っていたのだ。嬉しそうに、愉快そうに。
リン「出よう」
女「賛成」
リンは早足で屋敷内を歩き始めた。
もうどこにも目をくれず、転ばない程度の速さで、すたすたすたすた、と。
女「……」
私はパニックにならないよう必死に口で呼吸をしながら、腕を引くリンの速さについていった。
リン「出口は、どこだ」
女「じゅ、順路を行けば出れる!最後の、お嬢さんの部屋を出てすぐ!」
リンがワスレナグサをあしらった、可愛いお嬢さんの部屋のドアを蹴破った。
洋風のドアは壁に当たり、大きく反動して、
女「…っ、リン!」
私が部屋に入った直後、大きな音を立てて閉まった。
リン「急げ。早く出る」
女「わ、分かってるよ!」
186 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:46:39 ID:WLA
最後の部屋。これが一番の恐怖だ。
部屋の中央には、天蓋つきのベッドがある。ここに、お嬢さんの死体が横たわっているのだ。
つくりものの死体には足が無く、美しい顔をしたお嬢さんが虚空を見つめて横たわっている。
それだけでもう、磨り減った心には十分な恐怖だ。
しかし、難関は、ここではなく
リン「…っ、こっちか!」
女「うん、出口!」
出口に手をかけた瞬間、なのだ。
ぼとり
後ろでやけに重たい音が響いた。
女「…」
リン「…」
リンの手が、ノブを掴んだまま止まる。
ああ、そうだ。これが難関。血まみれの化粧をほどこしたスタッフが、帰ろうとする客を後ろから
リン「…開かない」
そう。開かないのだ。わざと、そうしてある。
スタッフが最大限の恐怖をあたえるまで、ドアは開かない仕組みで。
女「……」
でも、今はそんなスタッフも、機材も、ないわけで。
じゃあ、後ろの、音は。
開かないドアは。
187 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:54:50 ID:WLA
しがみついたリンの背中が、大きく大きく深呼吸を繰り返す。
女「リ…」
声が、かすれる。恥も何も無く、私はみっともなくリンの背中に抱きついた。
リン「…音が、したか」
さっきの音は、彼にも聞こえたようだ。
女「…」
私は頷いた。声は喉に張り付き、出せない。
リン「…」
リンがノブを回す手を止め、体をよじる。
後ろを、見ようと。
リン「…」
女「リン、…や」
もう遅い。
振り返った先にあったものは、
二本の、血まみれの足。
そして。
「きゃぁああはははははっ!!!」
体の透けた、煙のような生物。
子ども。
子どもだ。
188 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)09:58:40 ID:WLA
女「きゃああああああああああああああああああああああ!!!?」
悲鳴が弾けた瞬間、リンが私を脇に抱えた。
そんな力がどこにあるのか。腰を掴み、ものすごい速さで出口に体当たりした。
バン!!
ドアの抵抗がなくなり、私達は外に投げ出される。
女「ひゃ、っ…!?」
頭から落下しそうになった私を、リンがすばやく受け止めてくれた。
そのまま何秒か、リンの上で固まる。
リンは夏の日のイヌのように、何度も早く呼吸を繰り返していた。
女「な、な、に。今の」
リン「…」
リンは答えない。私をおしのけ、バネのように立ち上がった。
手にした警棒を最大限に伸ばし、仁王立ちで屋敷の中を睨みつける。
私は、…立てなかった。腰が抜けている。
リン「…見たか」
女「み、た」
リン「足があった」
女「…子どもも」
リン「…」
女「…」
流れる沈黙。
リンの顎に汗が集まり、ぽた、と地面に染みを作った。
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
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