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クズな俺でも夢を持った

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Part7
697 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 19:15:34.02 ID:kppVQiBj0
俺「でも、案外広いんですね」
カドワキ「そうですかねw」
中が予想以上に蒸し暑かったので、二人して窓を開けていく
「虫が入ってきそうですね〜」「ありますあります」なんて言いながら
そして、広間の隅っこにピアノが一台置いてあった
その場に置いてあったはたきでパタパタとしながら
カドワキ「久しぶりだなー」
とカドワキさんはピアノを開けた

698 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 19:26:49.77 ID:kppVQiBj0
カドワキさんはもうニコニコして、椅子をギコギコ引いて場所を調整した
「よし」と言って椅子に座って、腕まくりをした
そして俺の方を向いて、「どんなのがいいですか?」と聞いてきた
俺はその顔があまりに明るくて、瞬間ドキっとして
「一番思い入れのある曲を…」と言った
カドワキ「そうですか…実は」

699 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 19:29:28.72 ID:kppVQiBj0
カドワキ「私…この場所で、初めて人前で演奏したんです」
カドワキ「確か小学生の時…地区の行事で」
俺「あ、そうなんですか」
カドワキ「だから今日も…なんとなく緊張します」
そう言って、ピアノの前ではにかんだ
その姿が印象的で、すっごく惹かれてしまった
カドワキ「じゃあ、その時に弾いた曲、いきますね」

701 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 19:36:05.18 ID:kppVQiBj0
俺は、「やった」と言って拍手をした
彼女はすぐに真剣な顔つきになって、ピアノの上に手を置いた
目の前で、優しくて静かな旋律が流れ始めた
生まれて初めて、誰かに自分のためだけに演奏してもらって
なんとも言えない、とても不思議な気分だった
大学時代、一瞬バンドにいたからキーボードは知っていたが、
クラシックのピアノは、また全然違った

702 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 19:40:17.76 ID:kppVQiBj0
凄く雰囲気のあるウットリとした曲で、
殺風景な広間の中が、ピアノの旋律で満たされてく感じがした
時折、弾いてる最中に彼女が笑顔をこぼすので
俺もそれに合わせて笑って頷いた
すごく、楽しそうに、本当に楽しそうにピアノを弾くんだ
月並な感想だけど、本当に感動したんだ
目の前でピアノが演奏されて、本当に心を打たれたんだよ


704 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 19:50:23.61 ID:kppVQiBj0
曲が終わると、俺はすぐさま拍手して
「すごい!!よかったー!」と声を上げた
カドワキさんは照れくさそうに「ありがとう」と笑ってくれた
本当に印象的なメロディーと優しい曲調だった
俺「今のは、何ていう曲なの?」
カドワキ「渚のアデリーヌっていう曲です」
俺「へえ…いい曲だったなぁ」
カドワキ「簡単な曲ですよwもちろん小学生にも弾ける…」
俺「いえいえ、すごく良かった!」

705 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 19:57:05.51 ID:kppVQiBj0
俺はものすごくワクワクした
カドワキさんは、なんて魅力的な人なんだろうって思った
俺「いいなあ…ピアノが弾けるってすごいなぁ…」
そう言って感心しきりだった
カドワキ「ちょっと調律がずれてますね…w」
そう言ってカドワキさんも嬉しそうにしていた
俺がよっぽど期待の眼差しを向けていたのか、
カドワキ「他にも何か弾きますか?w」
と言ってくれた

706 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:06:42.15 ID:kppVQiBj0
俺「聞きたい聞きたい!」
そう言うと、カドワキさんは笑って頷いてくれた
カドワキ「じゃあ、私が一番好きな曲を…」
そう言って、またあの真剣な顔つきになってピアノに手を伸ばした
弾き始めた途端、鳥肌が立った
綺麗だし…聞いたことがあった
どこでかは分からないが、聞いたことのある曲だった

708 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:14:50.72 ID:kppVQiBj0
前半は静かにゆっくりと、物語が始まる感じで
段々、段々と物語のピークに向かって曲がうねって行く感じ
そして、物語は情熱のピークに達して、俺はそこで完全に持っていかれた
「すごい」とか「きれい」とかじゃなく、文字通りもう言葉では表現できない感覚
ずっと自分の殻に篭もって引きこもって過ごしていた俺
この世は馬鹿ばかりで、誰も俺のことを分かってくれないとか思っていた
そしてそんな俺はもっとクズで、この世は心底終わっていると思っていたこと

709 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:21:12.85 ID:kppVQiBj0
それがどうだ、今目の前にある世界は
こんなにも美しい世界は、ちゃんとあるんだなぁ…
カドワキさんの奏でるピアノを聴いて、そんな事を思ってしまったんだ
曲が終わると、俺は涙目になって笑いながら
「だめだ…本当に良かった。上手く言えない」
って言いながら必死に拍手した
俺「良かったよ!マジで良かった!」
俺はカドワキさんに向かって何度も何度も言った

711 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:33:33.83 ID:kppVQiBj0
何故か、カドワキさんも少し涙目になっていた
カドワキ「ありがとうございます」
そう言って俺の方を見て笑ってくれた
カドワキ「これは、リストの愛の夢って曲です」
俺「そういう曲なんだ…聞いたことあったよ…」
カドワキ「有名な曲ですよね」

712 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:35:52.29 ID:kppVQiBj0
カドワキ「聴いてくれて、ありがとう」
カドワキ「久しぶりに誰かに聞いてもらえて、凄く嬉しかったです」
カドワキさんは、満面の笑顔で俺に向かってそう言った
俺「いえいえ…こんな機会滅多にないから…素敵だった」
そう言うと、カドワキさんはまたニコニコして、
「そろそろ行きましょうか」と言って席を立った

713 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:39:26.29 ID:kppVQiBj0
2人で、何か少し恥ずかしなるくらいニコニコしながら
広間の窓を閉めて、電気を消して、
公民館の玄関に鍵をかけて、外に出た
外に出ても、あの綺麗な旋律の余韻がまだまだ残っていた
俺「とっても贅沢な演奏会だったよ」
カドワキ「そうでしたかw」
なんだか、とても幸せな時間が流れているように感じた

714 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:41:33.89 ID:kppVQiBj0
また、街灯のまばらな夜道を2人で歩き出す
俺「あの場所は、絶好の演奏スポットだねw」
カドワキ「ほんとですねw」
俺「よく使うの?」
カドワキ「たまに…ですね」
カドワキ「昔はよく、お父さんと行ったりしてました」

717 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:44:56.57 ID:kppVQiBj0
俺「あ、そうだ」
俺がそう言うと、カドワキさんは振り返って「はい?」と言った
俺「こんな時間まで外にいて…お父さんに何も言われない?大丈夫?」
カドワキ「ああ…大丈夫というか…」
カドワキ「お父さんは…もういないんで」
俺「え?」
カドワキさんはそう言うと、上を見上げた

718 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:49:56.65 ID:kppVQiBj0
カドワキ「去年亡くなったんです」
俺「あ…ご、ごめん…」
カドワキ「いえ、全然大丈夫です」
カドワキ「このどこかに、多分いるでしょうから…」
そう言って、カドワキさん夜空を指さした
その日は雨続きの毎日には珍しく晴れた日で
空には満天の星が光っていた

719 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:55:26.77 ID:kppVQiBj0
カドワキ「だから今日は、とっても懐かしくて」
カドワキ「少しだけ、少しだけ思い出しちゃいました」
カドワキさんは静かに話し始めた
カドワキ「愛の夢は…あの場所でお父さんに聞かせた事があって…」
カドワキ「今日の〇〇さんみたいに喜んでました」
俺も、だまってうんうん、と頷く

720 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 20:59:13.87 ID:kppVQiBj0
カドワキ「もう、随分昔の事なんですけど…」
そう話しながら、カドワキさんは次第に涙を流し始めた
カドワキ「お父さんは、ピアノを弾く私をいつも応援してくれてました…」
カドワキ「だから、私はずっと頑張ってこれた…」
カドワキ「いつだって客席で、お父さんが笑顔で見ていてくれたから…」
泣きながら必死に、でも確かに、カドワキさんは話す
俺も、もらい泣きで泣きそうになるのを必死にこらえた

723 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:06:49.94 ID:kppVQiBj0
カドワキ「お父さんは一人で、ずっと私を育てて、いつも苦労してて…」
カドワキ「だから、ピアノを弾いてお父さんの笑顔が見れるのが、嬉しかったんです」
泣きじゃくるカドワキさんに、俺はうんうん、と真剣に答えた
カドワキ「私は、音楽の先生になるのが夢でした」
カドワキ「大好きなピアノとずっと一緒で、生きて行きたいと思って…」
カドワキ「でも…でも…」
俺「でも…?」

725 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:12:51.64 ID:kppVQiBj0
カドワキ「私が高校生の時に、お父さんが入院したんです」
カドワキ「うちは…元々…そんなに裕福じゃないからぁ…」
彼女はさらに息を大きく上げて泣き始めた
カドワキ「大学への進学を諦めて、働くことにしたんです」
カドワキ「それで、少しでもお父さんの支えになろうって決めたんです…」
カドワキ「そしたら、お父さんは最後まで「俺のせいで夢が叶わなくてごめんな」なんて言うんです…!」


726 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:18:43.05 ID:kppVQiBj0
カドワキ「でも、違うんです…違うんです…!」
カドワキ「私が自分で決めたことなのに…なのに…」
カドワキ「私は、ピアノが好きでした。音楽の先生になるのも夢でした」
カドワキ「でも、お父さんがいなくなってから、それに何の意味があったんだろうって、凄く悩んでました」
カドワキ「だから、ピアノもあまり弾かなくなってました。どうせもう、誰も聴いてくれないから」
彼女はグスグス言いながら、必死にしゃべり続けた

727 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:22:48.54 ID:kppVQiBj0
カドワキ「ごめんなさい。だから前、ニートだって言われた時、あんな風に怒っちゃったんです」
カドワキ「正直、羨ましかったんです。だからあんな事言っちゃって…」
俺「いえいえ、全然いいんですよ…」
俺「むしろ、こっちこそ申し訳ない…」
そう言うと、カドワキさんの涙でグシャグシャの顔が少しだけ笑顔になった
カドワキ「〇〇さんに会えて、良かったです…」
俺「え、どうしてですか?」

732 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:34:18.48 ID:kppVQiBj0
カドワキ「なんとなく、またピアノを弾く意味が見つかったというか…」
俺「ああ…」
カドワキ「この前もあんなに面倒見てもらって…」
カドワキ「正直、すごく嬉しかったんです」
俺「いやいやそんな…」
カドワキ「これからも、私弾きますから。また、聴いてくれますか?」
そう言って、俺の方を見つめてきた
俺「うん、是非。今日のコンサートも凄く素敵だったよ」
そう言うと、「コンサートってw」って笑ってくれた

734 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:39:53.95 ID:kppVQiBj0
そうこうしてるうちに、俺の宿の前に着いた
玄関に向かう俺の前で、彼女はこっちを向いて小さく手を振った
カドワキ「夢の続きが見つかりました」
そう言って、少しだけ首を傾けて笑ってくれた
俺もそれを見て、「お伴するよ」と言って手を振った
この日、俺とカドワキさんの仲の何かが、劇的に変化した
それも、とてもいい方へ

736 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:43:39.08 ID:kppVQiBj0
この日の一件は夢のようだったけど、
次の日起きるとカドワキさんから「昨日はありがとう」というメールがあって
夢じゃなかったんだって再認識した
これから、俺の日々の体感速度が格段にスピードアップした
あっという間に7月になって、宿での仕事に懸命に向かった
たまに、暇な時間を見つけて夜にカドワキさんと一緒に散歩したりするのが嬉しくて
とても純粋に、一生懸命に、俺は自分の想いを燃やしていったんだ

737 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:48:03.35 ID:kppVQiBj0
一度、俺が買い物から戻ると、食堂で言い合いをしている親父さんを見かけた
俺と同世代くらいの女性と、声を張り上げて言い合いをしていたんだ
親父さん「お前、いい加減にしろよ!」
女性「うっせーんだよ!だからこんなとこ戻って来たくねえんだよ!」
俺は、それが親父さんの娘さんであることにすぐ気付いた

738 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:51:33.08 ID:kppVQiBj0
女性「もう知らない!!行くからね!!」
そう言うと、食堂の入口で棒立ちしていた俺には目もくれず、女性は飛び出していった
親父さん「ああ…恥ずかしいとこを見られちゃったな」
親父さんは俺に気付いて、苦々しく笑ってみせた
親父さん「参ったもんだ、言っても全然分かってくれなくてね…」
そう言って、親父さんはそそくさと奥に引っ込んでいってしまった

739 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:53:39.67 ID:kppVQiBj0
俺はどうしたもんか…と思って
とりあえず煙草を吸いたいな、と思い
玄関にある灰皿の場所へと向かった
引き戸を開けると、そこには先程の女性がしゃがみこんで煙草をふかしていた
俺「あ…どうも…」
女性「え?アンタ誰?お客さん…ですか」

740 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:55:53.96 ID:kppVQiBj0
俺「いや、違くて…最近働き始めた者です」
娘さん「あー、パートさんか」
俺「ま…そんなとこです」
娘さん「さっきの見てたの?」
俺「ええ…まあ…」
そう言いつつ、俺も煙草に火をつける
こういう初対面の人と話す時、煙草は便利だ
火を点けて吸ってしまえば、ある種の気まずさや壁がなくなる

741 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 21:59:44.80 ID:kppVQiBj0
娘「なーんであんな、何言っても分かんないかね」
俺「何がですか?」
娘「え?私がずっとフラフラしてるからだよ」
フーっと煙を吐きながら話し続ける
俺「フラフラ?」
娘「高校出てからだから…4年くらい?ずっとフリーター。んで今は彼氏んとこいんの」
俺「ああ、俺もニートでしたよw」

742 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:03:41.17 ID:kppVQiBj0
なんで俺は、こんな軽々しく自分でニートだった事を言ったのか分からないが
ある種、もう過去の自分に決別し始めていたんだと思う
娘「ニート?マジでw超ウケるなそれw」
俺「まあ、そうですよねw」
娘「本当さは…分かってんだよ…やばいってこと」
娘「でもどうしたらいいかなんて、わかんねーし…」
明るい茶髪に派手なメイクという容姿をした娘さんが、急に静かになった

743 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:06:04.54 ID:kppVQiBj0
俺「分かりますよ…」
そう言って俺も煙を吐く
そこに、女将さんがやってきた
女将さん「あらあら、賑やかなのね」
娘「お母さん…」
女将さん「帰ってくるなら、連絡くらいしなさいよ」
娘「ごめん…でもさ…」
俺は黙って煙草を吸って様子を見ていた

744 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:09:11.36 ID:kppVQiBj0
女将さん「ご飯くらい、食べて行きなさいよ」
娘「ごめん、今日は帰るね」
そう言って、娘さんは吸いかけの煙草を灰皿に投げ捨て、
そそくさとその場から去って行った
女将さん「あの子はあの子なりに、分かってはいると思うんだけど…」
そういう女将さんの顔がとても切なかった
俺も、親にこんな想いをさせていたんだろうか

746 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:11:22.20 ID:kppVQiBj0
その夜、俺は食堂で親父さんと飲んだ
話しにくいが、娘さんのことを親父さんに聞きたかった
ビールの入ったグラスを乾杯して、俺が切り出す
俺「娘さん…いらっしゃったんですね」
親父さん「ああ…上の兄貴はいいんだがね、あの子は本当に…」
俺「それなんですが」

747 : ◆GZ9LcuBAFk :2013/04/14(日) 22:16:02.30 ID:kppVQiBj0
俺「こんな事自分が言うのもオカシイですが…」
俺「焦らなくていいと思います、本当に」
親父さんは、「ほう」と言って俺に顔を向けた
俺「僕より年下じゃないですか。分かるんです。この時期って、本当に色々考えるんです」
俺「悩んで…でも何もできなくて。だからその差にイライラするんです」
親父さんはふんふん、と頷いて俺の話を聞いていた
俺「だから僕もちょっと前までは引きこもって…」
俺「でもきっかけなんて、分からないじゃないですか。」
俺「僕は、変わりましたし、これからももっと変わりたいって思ってます」
親父さん「なるほどな…」
俺「無責任な事は言えませんが、必ず分かり合える日が来るというか…」

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