従姉に恋をした。
Part6
182 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:19:20
メールほど暗い声音ではなかったけれど、
恵子ちゃんが無理して明るく振舞っている感じがした。
「悩みがあるなら話してみなよ。大したことは言えないだろうけど」
「ありがとう。あのね…」
よっぽど我慢していたのだろう。どっと恵子ちゃんの言葉が溢れ出た。
ずっと仕事のことで悩んでいたこと。
精神状態が影響したのか、三半規管をおかしくして耳の病気になったこと。
仕事を続けられなくなり、とうとう会社を辞めてしまったこと。
お母さんが更年期障害で倒れたこと。
次の仕事も決まらず、またお母さんのことも考え、
マンションを引き払って実家に戻ったこと。
そんな状態だから、次の書展に出す作品も煮詰まってしまっていること。
気丈に話していたが、言葉は泣いているように感じた。
俺は通り一遍の慰めしか言えなかったが、
彼女は何度もありがとうと言ってくれた。声が震えていた。
「健吾君と飲みに行ってた頃が恋しいよ。
あれって、私にとって大事な時間だった」
深い意味は無い。彼女は気弱になってるだけ。
落ち着きを取り戻した彼女がおやすみと言った。
183 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:20:09
翌日、俺は開き直った。
恵子ちゃんと、このままで行けないだろうか。
もう恵子ちゃんを無理に忘れなきゃいけない理由は何もない。
俺と彼女の道が交差することは絶対に無いし、そんなことは出来ないけど、
せめて平行に歩いていくことは許されないか。
それは辛さを伴うし、
いつかこの先、もっと大きな辛い結末を迎えるかもしれないけど、
その時まで、ほんのちょっとでも幸せな気分を味わいたい。
俺の気持ちさえ誰にも悟られなければ、なんの問題もないはずだ。
ナルシシズムな考えに、俺の気持ちは軽くなった。
184 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:20:57
それからは頻繁に電話とメールのやりとりをした。
決して気持ちを気取られぬよう、細心の注意を払いながら、
真面目な話、馬鹿な話、楽しい話をした。
恵子ちゃんも明るさを取り戻してきた。
185 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:21:58
12月。
いつものように送られてきた恵子ちゃんのメールは沈んでいた。
秋に仕上げた書の作品が落選したという。
彼女の書道歴は年季が入っており、
階位で言えば「師範」の腕前を持っていた。
それだけに周囲から受けるプレッシャーも相当なものだったろう。
加えてあの頃の彼女のプライベートはボロボロだったし。
無鑑査で出展はされるが、見に行く気力がないと言っていた。
拠り所とするものが上手くいかない。
きっとそれはものすごく辛いことなんだろうな。
186 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:23:18
すぐさま慰めたくて俺は携帯を手にとったが、
口にできる言葉なんて高が知れている。
俺はメールを送ることにした。
「ひとつの作品を生み出したというコト、
それを多くの人が見にくるというコト、
それが恵子ちゃんへのご褒美だと思う。
だから、おめでとう」
返事はすぐ来た。
「ありがとう。
まだまだ私は未熟だけれど、でも何かを表現したくて、
それをいろんな人に見てもらいたくて、
だから、それを形に出来て、そういう場を持てているということは、
有難くて、幸せなことなんだよね。目が覚めました。
とっても素敵な言葉を、ありがとう」
おかげで展覧会に行く気になれたと彼女は言った。
上野の美術館で来年2月。
ぜひ一緒に観てほしいという彼女に、俺は「もちろん!」と約束した。
今年もひとりの年末だったが、心は少しあったかかった。
187 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:24:16
2004年。
年が明け、俺は2月を心待ちにした。遠足を待つ小学生の気分。
仕事はますます不規則になり大変だったが、張り合いがあるから苦にもならない。
現金なものだ。
そして当日がきた。
上野駅に降り立つとすでに恵子ちゃんはいた。
なんか痩せたな。ちゃんと食べてんのか?
「恵子ちゃんもお母さんも、身体は大丈夫?」
ふたりとも快方に向かっているとのことだった。
しかも彼女は地元で職に就き、順調な生活を送っていると。ほっとした。
一年半ぶりに会う恵子ちゃんの笑顔は変わってなかった。
188 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:25:13
彼女の案内で美術館へ。
「初めて見せるね、私の作品。これが賞を逃した傑作です(笑)」
彼女の指の先に、懐かしい字があった。
今回の作品は俵 万智の歌だった。
朝市はにんげんの市。
食べる買う歩く語らう
手にふれてみる。
この歌は俵のバリ旅行記の歌だそうだ。
昔、恵子ちゃんもバリを旅行したそうで、
その時感じたバリという国が持つ生命力が、あのとき無性に懐かしくなったという。
きっと彼女は自分の作品に癒されようとしたんだろう。
あんな精神状態の中でこんな力強い文字が書けるなんて。
しかもそれを書いたのは、今俺の横にいる小さな女性なのだ。
「この人です!この人がコレ書いたんですよぉ!」
俺は叫び出したくなった。
189 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:26:15
その後、2時間以上もかけて会場を観て回った俺たちは、
彼女の「ベタな観光地に連れてって(笑)」という要望を叶えるべく、
汐留の有名な店でランチをとり、お台場の某TV局を巡った。
「なんだか垢抜けたね、健吾君。いろいろあったんだろうね」
TV局の「球」から夕暮れの海を眺めていたら、
恵子ちゃんがまじまじと俺の顔を見て言った。
ドキンとしたが、
「もともと持ってた俺の都会的な一面が、ハマで開花したんだよん(笑)」
とかわした。
恵子ちゃんはツッコミもせず、ただ微笑んでいた。
190 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:26:56
帰りの新幹線の時間を気にしなくてもいいように、
俺たちは東京駅で晩飯を食べることにした。
酒も食もすすんだ。
ふと、恵子ちゃんが言った。
「あのね。私、今付き合ってる人いるの」
鼻の奥がツーンとした。
191 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:28:11
その彼は友人から紹介された人だと言う。
年は30代後半。大人の人だ。
「おお!おめでとさーん!」
やめろ馬鹿。
「どんな人?照れんなよぉ!教えろって(笑)」
口が止まらない。
「ん。やさしい人。私が大変な時も助けてくれた」
「いいじゃん、いいじゃん!…で、結婚とか考えてるの?」
「まだわかんない。そういう話はまだしてない」
「しちゃえばいいじゃん!恵子ちゃんに気持ちはあるんだろ?」
「うん…でも考えること、いろいろあって」
「なにを考えるってのさ?こういうのってタイミング大事だぞぉ(笑)」
お前はそのタイミングをいつも逃してるだろ…。
恵子ちゃんが真顔になった。
「なんか…結婚させたがってない?」
「そ、そりゃ従姉が幸せになるってのは嬉しいことだもの!」
「ありがと」と言う恵子ちゃんとは目が合わせられなかった。
改札口まで恵子ちゃんを送った。
早く帰したいような、引き止めたいような。
改札の向こうに行ってしまった恵子ちゃんは、何度も振り返って手を振った。
姿が見えなくなるまで俺も手を振った。
192 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:29:22
また、“大好きな”悶々とした時間が訪れた。
開き直ってわずか3、4ヶ月。
これが結末か…早いなちょっと。もう少し時間があると思っていた。
一ヶ月後、結婚式の招待状が届いた。
送り主の名は…田中…。
きた!!!!!!!
…ん、いや、違う。恵子ちゃんのお父さんの名じゃない。
それは田中一族の別の従兄さんからの招待状だった。
脱力して安心し、安心したことに憮然となった。
(もう覚悟決めろよ、俺)
しかし覚悟を決める材料は、
いつまで経っても恵子ちゃんから届かなかった。
193 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:30:20
6月。
従兄さんの結婚式に出席するため俺は帰郷した。
2月以来、一切連絡を取り合っていなかった恵子ちゃんと顔を合わせる。
いたって普通。元気そうだ。変に意識していたのは俺だけだった。
きっと彼氏とうまくいってるんだろうな。チクリとした。
またも席は同じテーブルだった。
しかも今回は隣。まぁ、意識する必要はないんだけど。
披露宴もたけなわを迎えた頃、恵子ちゃんが俺の肩を叩いた。
「終わったらすぐ帰るの?」
「いや。この後親戚だけで軽く飲むんでしょ?顔出してくつもりだよ」
「そう。だったら後で時間くれる?話があるの」
きた。今度こそきた。はぁ。
「んん〜?彼氏のことかい?(笑)」
おどけた俺の言葉は、なぜか無視された。
「???」
194 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:31:17
田中の家に移ってからは、時間がやたら長く感じた。
酒の味もよくわからない。
やだなぁ。ああ、いやだ。
このまま恵子ちゃんのスキを見て、逃げちゃおっかな。
本気で考えた。
帰りの新幹線の時間が迫ってきた。
恵子ちゃんは台所に行ってる。
チャンスだ。
俺は中腰になって「そろそろお暇しますね」と親戚一同に挨拶した。
従兄のひとりが「駅まで送るよ」と言った時、背後から声がした。
「私、送るよ。飲んでないし」
…恵子ちゃん。
つかまってしまった。
195 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:32:25
みんなの手厚い見送りを受け、恵子ちゃんの車に乗り込んだ。
走り出すと恵子ちゃんが言った。
「話があるって言ったじゃない」
「ご、ごめんごめん。酔ってて…」
彼女は怒ってた。ちょっと怖い。
駅前のロータリーに車が止められた。
俺は覚悟を決めた。でもまた口が動いた。
「とうとう彼氏と結婚する気になったん?」
「黙って聞いて」
ぴしゃりと遮られた。
「あのね」
「健吾君のことが、好きなの、ね。
付き合ってほしいな、って」
今までで一番色気のない告白だったが、
俺を一番動揺させた告白だった。
216 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:35:19
もう1コ、脳が欲しかった。
とてもじゃないが混乱しすぎて整理できない。
また病気が再発したんじゃないかと思えるほど鼓動もひどい。
ようやく、半開きになった口から言葉を出した。
「かかか、彼氏は?彼氏のことは?」
「別れたの」
恵子ちゃんはずっとそっぽを向いたまま、こちらを見ようとしない。
「別れたって…どうして!?」
恵子ちゃんが上ずった声を上げた。
「理由なんかない!」
「健吾君が、好きなんだもん」
もうこの場に居るのが耐えられなかった。
「ごめん。考えさせて」
俺は逃げた。
最後まで恵子ちゃんはこちらを見なかった。
217 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:36:38
いつもなら爆睡する新幹線。でも今日は寝れるわけがない。
うれしかった。正直に。
本当に好きで好きでたまらない相手から告白された。
初めての経験。
恵子ちゃんの顔が浮かぶ。
思考が短絡化する。
もう何も考えないで、恵子ちゃんの気持ちに応えてしまおうか。
「俺も好きです」と、ぶちまけてしまおうか。
きっと最高の日々が始まる。
笑顔の俺の顔が頭に浮かんだ。
…いけね。また口、開いてら。
乾いた口の中を舐めた時、親父の顔も浮かんできた。
218 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:37:35
我に返ると横浜に着いていた。
あんなに考え事をしていたのに乗り換えミスも乗り過ごしもしていない。
習性ってすごいなと、くだらないことを考えて気を紛らわそうとした。
引き出物を床に広げ、もらった折り詰めに箸をつける。
普段食べてるコンビニ弁当よりも格段に豪華な食事。
なのに食がすすまない。
恨むよ、恵子ちゃん。
せめて夕食後に告白してくれれば。
いや、だからといってどうというわけじゃないんだけど。
愚にもつかないことを考えながら、食べ残した折り詰めを冷蔵庫にしまう。
ダメだ。今日は何も考えられない。
車の中での風景がリピートされる。
「考えさせて」
馬鹿な台詞を吐いたもんだ。考える余地なんて、そもそもないだろ?
もうずっと昔から、答えなんて決まってただろうに。
もう寝よう。夢を見よう。いい夢たのむ。
219 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:38:26
0時頃、メールの着信音で目を覚ました。
恵子ちゃんからだった。
立て続けに3通。
俺はメールを開かずにまた目を閉じた。
………。
着信ランプが瞼越しにチラつく。
わかった。わかったよ。見りゃいいんだろ。
薄目でメールを開いた。
220 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:39:29
「こんな夜中にごめんなさい。
無事、お家に帰れたでしょうか。
さっきは聞いてくれてありがとう。
でも恥ずかしくて伝えられなかったことがあって…メールしました。
私は、健吾君と話をしたり、一緒にいると楽しいの、ね。
健吾君の話は、
色んなところに話が広がっていったり、色んなことが出てきたりして、
頭の中いっぱい引出しがあるんだなぁって、すごいなぁって、
いつも思ってた。
気楽でお馬鹿な話題が多かったけど(ごめんね)、
健吾君がする真面目な話も好きだった。
その中で、健吾君の言葉で前向きになれたり、
「あ、そうか」って気付かされたりしたことがいっぱいあったの。
それも、とっても素直に。
落選した時にもらったメールでは、
とっても素敵な言葉の使い方をする人なんだなって思ったし、
忘れかけてたことを思い出させてもらいました」
221 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:40:08
「それと健吾君って、最初に会った頃から変わったような気がするのね。
良い意味で。(どこが?って言われると上手に説明できないけど)
その、変わっていけるというか、変われる力を持っているというか、
そういうのがとてもすごいなぁと、かっこいいなぁと、思ったの。
そして他にもいろいろ…。
だから、好きになりました」
222 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:40:51
「好きって気持ちに気付いたのは、東京で会った時。
今まで色々あったから、無意識に気付かないようにしてた気がする。
でも気付いてしまったから、色々考えたけど、伝えようって決めました。
従姉弟だから、だからこそ言いました。
言わないでこの気持ちのまま見ていくほうが、嫌だなって思ったの。
上手く伝えられているかわからないけど、
どんなでもいいから、
健吾君の気持ちを教えてほしいな、です。
長くなってしまってごめんね。
おやすみなさい」
メールほど暗い声音ではなかったけれど、
恵子ちゃんが無理して明るく振舞っている感じがした。
「悩みがあるなら話してみなよ。大したことは言えないだろうけど」
「ありがとう。あのね…」
よっぽど我慢していたのだろう。どっと恵子ちゃんの言葉が溢れ出た。
ずっと仕事のことで悩んでいたこと。
精神状態が影響したのか、三半規管をおかしくして耳の病気になったこと。
仕事を続けられなくなり、とうとう会社を辞めてしまったこと。
お母さんが更年期障害で倒れたこと。
次の仕事も決まらず、またお母さんのことも考え、
マンションを引き払って実家に戻ったこと。
そんな状態だから、次の書展に出す作品も煮詰まってしまっていること。
気丈に話していたが、言葉は泣いているように感じた。
俺は通り一遍の慰めしか言えなかったが、
彼女は何度もありがとうと言ってくれた。声が震えていた。
「健吾君と飲みに行ってた頃が恋しいよ。
あれって、私にとって大事な時間だった」
深い意味は無い。彼女は気弱になってるだけ。
落ち着きを取り戻した彼女がおやすみと言った。
183 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:20:09
翌日、俺は開き直った。
恵子ちゃんと、このままで行けないだろうか。
もう恵子ちゃんを無理に忘れなきゃいけない理由は何もない。
俺と彼女の道が交差することは絶対に無いし、そんなことは出来ないけど、
せめて平行に歩いていくことは許されないか。
それは辛さを伴うし、
いつかこの先、もっと大きな辛い結末を迎えるかもしれないけど、
その時まで、ほんのちょっとでも幸せな気分を味わいたい。
俺の気持ちさえ誰にも悟られなければ、なんの問題もないはずだ。
ナルシシズムな考えに、俺の気持ちは軽くなった。
184 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:20:57
それからは頻繁に電話とメールのやりとりをした。
決して気持ちを気取られぬよう、細心の注意を払いながら、
真面目な話、馬鹿な話、楽しい話をした。
恵子ちゃんも明るさを取り戻してきた。
185 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:21:58
12月。
いつものように送られてきた恵子ちゃんのメールは沈んでいた。
秋に仕上げた書の作品が落選したという。
彼女の書道歴は年季が入っており、
階位で言えば「師範」の腕前を持っていた。
それだけに周囲から受けるプレッシャーも相当なものだったろう。
加えてあの頃の彼女のプライベートはボロボロだったし。
無鑑査で出展はされるが、見に行く気力がないと言っていた。
拠り所とするものが上手くいかない。
きっとそれはものすごく辛いことなんだろうな。
186 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:23:18
すぐさま慰めたくて俺は携帯を手にとったが、
口にできる言葉なんて高が知れている。
俺はメールを送ることにした。
「ひとつの作品を生み出したというコト、
それを多くの人が見にくるというコト、
それが恵子ちゃんへのご褒美だと思う。
だから、おめでとう」
返事はすぐ来た。
「ありがとう。
まだまだ私は未熟だけれど、でも何かを表現したくて、
それをいろんな人に見てもらいたくて、
だから、それを形に出来て、そういう場を持てているということは、
有難くて、幸せなことなんだよね。目が覚めました。
とっても素敵な言葉を、ありがとう」
おかげで展覧会に行く気になれたと彼女は言った。
上野の美術館で来年2月。
ぜひ一緒に観てほしいという彼女に、俺は「もちろん!」と約束した。
今年もひとりの年末だったが、心は少しあったかかった。
2004年。
年が明け、俺は2月を心待ちにした。遠足を待つ小学生の気分。
仕事はますます不規則になり大変だったが、張り合いがあるから苦にもならない。
現金なものだ。
そして当日がきた。
上野駅に降り立つとすでに恵子ちゃんはいた。
なんか痩せたな。ちゃんと食べてんのか?
「恵子ちゃんもお母さんも、身体は大丈夫?」
ふたりとも快方に向かっているとのことだった。
しかも彼女は地元で職に就き、順調な生活を送っていると。ほっとした。
一年半ぶりに会う恵子ちゃんの笑顔は変わってなかった。
188 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:25:13
彼女の案内で美術館へ。
「初めて見せるね、私の作品。これが賞を逃した傑作です(笑)」
彼女の指の先に、懐かしい字があった。
今回の作品は俵 万智の歌だった。
朝市はにんげんの市。
食べる買う歩く語らう
手にふれてみる。
この歌は俵のバリ旅行記の歌だそうだ。
昔、恵子ちゃんもバリを旅行したそうで、
その時感じたバリという国が持つ生命力が、あのとき無性に懐かしくなったという。
きっと彼女は自分の作品に癒されようとしたんだろう。
あんな精神状態の中でこんな力強い文字が書けるなんて。
しかもそれを書いたのは、今俺の横にいる小さな女性なのだ。
「この人です!この人がコレ書いたんですよぉ!」
俺は叫び出したくなった。
189 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:26:15
その後、2時間以上もかけて会場を観て回った俺たちは、
彼女の「ベタな観光地に連れてって(笑)」という要望を叶えるべく、
汐留の有名な店でランチをとり、お台場の某TV局を巡った。
「なんだか垢抜けたね、健吾君。いろいろあったんだろうね」
TV局の「球」から夕暮れの海を眺めていたら、
恵子ちゃんがまじまじと俺の顔を見て言った。
ドキンとしたが、
「もともと持ってた俺の都会的な一面が、ハマで開花したんだよん(笑)」
とかわした。
恵子ちゃんはツッコミもせず、ただ微笑んでいた。
190 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:26:56
帰りの新幹線の時間を気にしなくてもいいように、
俺たちは東京駅で晩飯を食べることにした。
酒も食もすすんだ。
ふと、恵子ちゃんが言った。
「あのね。私、今付き合ってる人いるの」
鼻の奥がツーンとした。
191 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:28:11
その彼は友人から紹介された人だと言う。
年は30代後半。大人の人だ。
「おお!おめでとさーん!」
やめろ馬鹿。
「どんな人?照れんなよぉ!教えろって(笑)」
口が止まらない。
「ん。やさしい人。私が大変な時も助けてくれた」
「いいじゃん、いいじゃん!…で、結婚とか考えてるの?」
「まだわかんない。そういう話はまだしてない」
「しちゃえばいいじゃん!恵子ちゃんに気持ちはあるんだろ?」
「うん…でも考えること、いろいろあって」
「なにを考えるってのさ?こういうのってタイミング大事だぞぉ(笑)」
お前はそのタイミングをいつも逃してるだろ…。
恵子ちゃんが真顔になった。
「なんか…結婚させたがってない?」
「そ、そりゃ従姉が幸せになるってのは嬉しいことだもの!」
「ありがと」と言う恵子ちゃんとは目が合わせられなかった。
改札口まで恵子ちゃんを送った。
早く帰したいような、引き止めたいような。
改札の向こうに行ってしまった恵子ちゃんは、何度も振り返って手を振った。
姿が見えなくなるまで俺も手を振った。
192 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:29:22
また、“大好きな”悶々とした時間が訪れた。
開き直ってわずか3、4ヶ月。
これが結末か…早いなちょっと。もう少し時間があると思っていた。
一ヶ月後、結婚式の招待状が届いた。
送り主の名は…田中…。
きた!!!!!!!
…ん、いや、違う。恵子ちゃんのお父さんの名じゃない。
それは田中一族の別の従兄さんからの招待状だった。
脱力して安心し、安心したことに憮然となった。
(もう覚悟決めろよ、俺)
しかし覚悟を決める材料は、
いつまで経っても恵子ちゃんから届かなかった。
193 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:30:20
6月。
従兄さんの結婚式に出席するため俺は帰郷した。
2月以来、一切連絡を取り合っていなかった恵子ちゃんと顔を合わせる。
いたって普通。元気そうだ。変に意識していたのは俺だけだった。
きっと彼氏とうまくいってるんだろうな。チクリとした。
またも席は同じテーブルだった。
しかも今回は隣。まぁ、意識する必要はないんだけど。
披露宴もたけなわを迎えた頃、恵子ちゃんが俺の肩を叩いた。
「終わったらすぐ帰るの?」
「いや。この後親戚だけで軽く飲むんでしょ?顔出してくつもりだよ」
「そう。だったら後で時間くれる?話があるの」
きた。今度こそきた。はぁ。
「んん〜?彼氏のことかい?(笑)」
おどけた俺の言葉は、なぜか無視された。
「???」
194 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:31:17
田中の家に移ってからは、時間がやたら長く感じた。
酒の味もよくわからない。
やだなぁ。ああ、いやだ。
このまま恵子ちゃんのスキを見て、逃げちゃおっかな。
本気で考えた。
帰りの新幹線の時間が迫ってきた。
恵子ちゃんは台所に行ってる。
チャンスだ。
俺は中腰になって「そろそろお暇しますね」と親戚一同に挨拶した。
従兄のひとりが「駅まで送るよ」と言った時、背後から声がした。
「私、送るよ。飲んでないし」
…恵子ちゃん。
つかまってしまった。
195 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/19(土) 06:32:25
みんなの手厚い見送りを受け、恵子ちゃんの車に乗り込んだ。
走り出すと恵子ちゃんが言った。
「話があるって言ったじゃない」
「ご、ごめんごめん。酔ってて…」
彼女は怒ってた。ちょっと怖い。
駅前のロータリーに車が止められた。
俺は覚悟を決めた。でもまた口が動いた。
「とうとう彼氏と結婚する気になったん?」
「黙って聞いて」
ぴしゃりと遮られた。
「あのね」
「健吾君のことが、好きなの、ね。
付き合ってほしいな、って」
今までで一番色気のない告白だったが、
俺を一番動揺させた告白だった。
216 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:35:19
もう1コ、脳が欲しかった。
とてもじゃないが混乱しすぎて整理できない。
また病気が再発したんじゃないかと思えるほど鼓動もひどい。
ようやく、半開きになった口から言葉を出した。
「かかか、彼氏は?彼氏のことは?」
「別れたの」
恵子ちゃんはずっとそっぽを向いたまま、こちらを見ようとしない。
「別れたって…どうして!?」
恵子ちゃんが上ずった声を上げた。
「理由なんかない!」
「健吾君が、好きなんだもん」
もうこの場に居るのが耐えられなかった。
「ごめん。考えさせて」
俺は逃げた。
最後まで恵子ちゃんはこちらを見なかった。
217 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:36:38
いつもなら爆睡する新幹線。でも今日は寝れるわけがない。
うれしかった。正直に。
本当に好きで好きでたまらない相手から告白された。
初めての経験。
恵子ちゃんの顔が浮かぶ。
思考が短絡化する。
もう何も考えないで、恵子ちゃんの気持ちに応えてしまおうか。
「俺も好きです」と、ぶちまけてしまおうか。
きっと最高の日々が始まる。
笑顔の俺の顔が頭に浮かんだ。
…いけね。また口、開いてら。
乾いた口の中を舐めた時、親父の顔も浮かんできた。
218 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:37:35
我に返ると横浜に着いていた。
あんなに考え事をしていたのに乗り換えミスも乗り過ごしもしていない。
習性ってすごいなと、くだらないことを考えて気を紛らわそうとした。
引き出物を床に広げ、もらった折り詰めに箸をつける。
普段食べてるコンビニ弁当よりも格段に豪華な食事。
なのに食がすすまない。
恨むよ、恵子ちゃん。
せめて夕食後に告白してくれれば。
いや、だからといってどうというわけじゃないんだけど。
愚にもつかないことを考えながら、食べ残した折り詰めを冷蔵庫にしまう。
ダメだ。今日は何も考えられない。
車の中での風景がリピートされる。
「考えさせて」
馬鹿な台詞を吐いたもんだ。考える余地なんて、そもそもないだろ?
もうずっと昔から、答えなんて決まってただろうに。
もう寝よう。夢を見よう。いい夢たのむ。
219 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:38:26
0時頃、メールの着信音で目を覚ました。
恵子ちゃんからだった。
立て続けに3通。
俺はメールを開かずにまた目を閉じた。
………。
着信ランプが瞼越しにチラつく。
わかった。わかったよ。見りゃいいんだろ。
薄目でメールを開いた。
220 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:39:29
「こんな夜中にごめんなさい。
無事、お家に帰れたでしょうか。
さっきは聞いてくれてありがとう。
でも恥ずかしくて伝えられなかったことがあって…メールしました。
私は、健吾君と話をしたり、一緒にいると楽しいの、ね。
健吾君の話は、
色んなところに話が広がっていったり、色んなことが出てきたりして、
頭の中いっぱい引出しがあるんだなぁって、すごいなぁって、
いつも思ってた。
気楽でお馬鹿な話題が多かったけど(ごめんね)、
健吾君がする真面目な話も好きだった。
その中で、健吾君の言葉で前向きになれたり、
「あ、そうか」って気付かされたりしたことがいっぱいあったの。
それも、とっても素直に。
落選した時にもらったメールでは、
とっても素敵な言葉の使い方をする人なんだなって思ったし、
忘れかけてたことを思い出させてもらいました」
221 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/21(月) 16:40:08
「それと健吾君って、最初に会った頃から変わったような気がするのね。
良い意味で。(どこが?って言われると上手に説明できないけど)
その、変わっていけるというか、変われる力を持っているというか、
そういうのがとてもすごいなぁと、かっこいいなぁと、思ったの。
そして他にもいろいろ…。
だから、好きになりました」
「好きって気持ちに気付いたのは、東京で会った時。
今まで色々あったから、無意識に気付かないようにしてた気がする。
でも気付いてしまったから、色々考えたけど、伝えようって決めました。
従姉弟だから、だからこそ言いました。
言わないでこの気持ちのまま見ていくほうが、嫌だなって思ったの。
上手く伝えられているかわからないけど、
どんなでもいいから、
健吾君の気持ちを教えてほしいな、です。
長くなってしまってごめんね。
おやすみなさい」
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