従姉に恋をした。
Part14
718 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:23:47 ID:
太田家にはまだ灯りがともっていた。
明日はお父さんも母も休みだから夜更かししているのだろう。
玄関の鍵は開いていた。
「ただいま!」
ことさら元気に扉を開けた。
出迎えた母が俺たちふたりを見て目を丸くした。
「ふたりで飲んでたんだ。調子にのって、終電間に合わなくしてしまって」
とってつけた言い訳。
だが母は気にするでもなく、うれしそうに恵子ちゃんを中へと誘った。
居間に行くと、お父さんがテレビ画面に張り付いていた。
どうやらこの夫婦はテレビゲームに熱中していたらしい。
…このふたりも来年、還暦を迎えるのだが。
お父さんも母同様、俺たちを見て驚いた。
俺は同じ言い訳をした。
「今夜は泊まってもらいますから」
母が恵子ちゃんの実家に電話を入れてくれた。
4人で茶を飲む。
無言。
だがお父さんも母もニコニコと俺を見ている。
恵子ちゃんから湯気が出そうだった。
(…バレバレじゃないか(笑))
もとからそのつもりだ。
用意していた台詞を口に出した。
「俺たち、付き合うことにしました」
お父さんと母の顔がパーッと輝いた。
「おお!そうかぁ、そうかぁ」
お父さんがはしゃいでいる。
「よかったねぇ、よかったねぇ」
母がティッシュを鷲掴みにして顔を拭っていた。
恵子ちゃんは恥ずかしそうに湯呑みを弄んでいた。
719 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:24:37 ID:
翌朝早くに恵子ちゃんは家へと帰っていった。
お父さんの車を借りて送るつもりだったのだが、
「午後からお友達の結婚式でしょ?
それまで休んでて。昨日は遅くまで起きてたし」
という恵子ちゃんの言葉に甘えさせてもらうことにした。
彼女が帰った後、恵子ちゃんの実家に電話を入れた。
恵子ちゃんの母・浩美さんが出た。
「すみません。昨晩は恵子ちゃんを連れまわしてしまって」
「いいええ。健吾君なら安心。また誘ってあげてね」
安心…か。
(早いうちに恵子ちゃんの両親にも挨拶しなきゃな)
少しも気は重くはならず、むしろその日を焦がれた。
720 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:25:23 ID:
昼前。
式から参列することになっていたので、早めに式場へと向かった。
郊外の大きなレストランが式場だった。
レストランウェディングというやつだ。
東京などでは珍しくないが、まだまだこの街では目新しい。
控え室で待っていると、友枝が顔を見せた。
俺の姿を認めるや、小走りに駆け寄ってくる。
「おおおつかさぁぁぁん」
予想を裏切らず、友枝はガチガチに緊張していた。
真夏とはいえ、空調のきいた室内なのに、燕尾服の襟元が汗でびっしょりだ。
「だいじょうぶかぁ?」
「気持ち悪いです。吐くかも」
「緊張してるだけだよ。しっかりせい(笑)」
「ダメです。吐いてきます」
そそくさと友枝が手洗いへと消えた。
どうやら式に参列するのは新郎新婦の友人がメインのようで、
会社関係は俺と上司だけだった。
上司と話しているのも飽きた俺は、式場内を当て所もなくうろついた。
721 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:26:27 ID:
一際賑わっている部屋があった。
覗いてみると、女友達に囲まれている芽衣子さんの姿があった。
純白のウェディングドレスが、窓から差し込む陽光にやわらかく包まれていた。
美しい。
この姿を見て、ため息の出ないヤツなどいないだろう。
見惚れていたら、芽衣子さんも俺の姿に気づいた。
何か言いたげに、首を伸ばしている。
近くに行きたかったが、
デジカメや携帯を手に群がる女性たちに気圧され、
(また後で)
と手を振り、部屋を出た。
廊下で友枝と再会した。
文字通りスッキリとした顔だった。
「大塚さん!芽衣子さん、もう見ました?」
「うん」
「綺麗でした?綺麗でした?俺、まだ見てないんです」
軽〜く、友枝の頭をひっぱたいた。
「ああっ、セットが!セットが!なにするんスか!?」
「さっさと行け(笑)」
芽衣子さんの部屋の方向に、友枝をドンと押してやった。
やっぱりというか、式の間中、ずっと友枝は泣いていた。
芽衣子さんはこれ以上ないくらいやさしい顔で、友枝の顔にハンカチを宛がっていた。
ふたりの姿に、参列者から微笑みがもれた。
(でも…俺も泣いちゃうかもしれないな)
ブーケを投げる芽衣子さんの姿に、未来をダブらせた。
722 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:27:28 ID:
2次会は街中のレストランバーで行われた。
披露宴から合流した同僚たちと、友枝を囲み、冷やかす。
いまだ興奮冷め遣らぬ体の友枝だったが、
酒と時間がいつもの彼を呼び覚ましていった。
「大塚さぁん、今日は何の日か知ってますう?」
しな垂れかかっていた友枝が顔を近づけてきた。
「お前が裏切り者になった日(笑)」
「なんスか裏切り者って!大塚さんもさっさと独身にオサラバしなきゃダメっスよ」
「わかってるよぉ。早くお前のお仲間になりた〜い(笑)」
「んふっふっふ」
「なんだぁ?気色わりーな」
「だいじょーぶ。大塚さんも結婚できます」
「他人事だと思って(笑)」
「今日はね、大安じゃないんスよ」
「そーなの?…でも、だから?」
「友引っス」
友枝が俺の肩をバンバン叩いた。
「友引に結婚式すると、来てくれた人も結婚できるんですって。
感謝してくださいよう!
大塚さんのために、わざわざ大安避けて今日にしたんスからぁ」
「そっか。ありがとな」
「てことで、今日はがんばってください!芽衣子さんの友達いっぱいきてるんスから」
友枝。
もう、がんばらなくてもいいんだぜ、俺。
723 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:28:36 ID:
やがて友枝が友人たちと余興を披露し始めた頃、
友人や同僚から解放された芽衣子さんが俺のもとへとやってきた。
「だいじょうぶ?疲れたんじゃない?」
「うん、だいじょうぶ。健吾君、今日は本当にありがとう」
「いやいや。…あ。こっちこそ、ありがと(笑)」
「え?」
「わざわざ“友引”を選んでくれたんだってね。聞いたよ(笑)」
「ああ(笑)すっごく彼こだわってたの、友引に。
『縁起でもかつがないと大塚さんは結婚できない!』って(笑)」
「失礼な(笑)」
「ねぇ(笑)」
友枝を見、ついで芽衣子さんを見た。
「…いいヤツだよな」
「でしょ?」
芽衣子さんのノロケがうれしかった。
「健吾君、これ…」
芽衣子さんが小さな紙包みを差し出した。
中には黄色い花が一輪入っていた。
「ブーケに使った花。メランポジウムっていうの」
芽衣子さんが花をやさしくつまみ、胸のポケットチーフにそっと挿してくれた。
「健吾君にあげたかったんだ」
“友引”と“メランポジウム”
ふたつの想いに応えたいと思った。
「芽衣子さん。
俺もねぇ…芽衣子さんに招待状を送れると思う。
まだまだ先の話になると思うけど…」
口をついて出た自分の言葉に照れ、俯いてしまった。
芽衣子さんの声が1オクターブ高くなった。
「ホントに!?…じゃあ…なのね?」
「うん」
「…よかったぁ…」
ウンウンと、芽衣子さんは何度も頷いていた。
お互いに、おめでとうと言い合った。
724 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:29:33 ID:
3次会は辞退した。
腕に絡まる友枝を芽衣子さんに押し付け、熱帯夜の街に出る。
時刻は8時を回っていた。
今一番聞きたい声を求めて、携帯を手にとった。
「お疲れ様」
ああ、恵子ちゃんの声だ。
もう俺はメロメロだった。
更なる欲求に引火する。
「会いたい…なぁ」
「会えるよ」
事も無げに恵子ちゃんが言った。
「今ね、健吾君の近くにいるの。友達と会ってたんだ。今、別れたから…」
「すぐ来て!今来て!早く来て!」
電話の向こうで恵子ちゃんが爆笑していた。
「会いたい」と言えることに感動した。
(“言える”関係になったんだ)
改めて昨夜の喜びを反芻した。
725 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:30:27 ID:
指定した喫茶店には恵子ちゃんが先に到着していた。
奥の席に座る恵子ちゃんに近づいていくと、自然に目が合った。
お互いの顔がほころぶ。
俺はどうしちまったのか。
十代の時のような、ふわふわとした感覚。
口にするのも恥ずかしい言葉が頭に浮かぶ。
ときめき。
落ち着いて、冷静に、衝動を抑えながら、恵子ちゃんの向かいに座った。
「お疲れ様!」
満面の笑みで俺を迎えてくれた恵子ちゃんの目線が、俺の顔から胸へと移動した。
「そのお花、最初から差して行ったの?」
「ん?ああ、違う違う(笑)もらったんだ、結婚式で」
「ああ、そっか。なるほど(笑)」
「ガラじゃないなって、思ったんだろ?(笑)」
「うん(笑)」
「(笑)メランポジウムって言ってたかな。ブーケに使った花だって」
「へぇ」
「…恵子ちゃん、これね」
「ん?」
「花嫁さんにもらったんだ」
なぜか、きちんと話しておかなくてはと思った。
「その花嫁さん、昔、俺が付き合ってた人なんだ」
「転勤の時に見送りに来てた人?」
「…憶えてた?」
「うん」
一瞬、場が凍りついたような気がして、慌てておどけた。
「や、妬ける?」
俺の馬鹿な質問に、恵子ちゃんは平然としていた。
「ううん。全然」
そして恵子ちゃんがニコリとして言った。
「だって、これからは私が健吾君のとなりにいるんだもん」
テーブルを飛び越え、恵子ちゃんに抱きつきたかった。
だが代わりに憎まれ口を言って我慢した。
「なぁんだ。つまんねーの(笑)」
「御生憎様(笑)」
726 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:31:56 ID:
その後一時間ほど、恵子ちゃんとのおしゃべりを楽しんだ。
チラチラと時計を見出した俺に恵子ちゃんが言った。
「まだ時間だいじょぶだよ。今日、車で来たし」
「いや、二日連続で俺のせいで帰り遅くするのは…。守さんたちも心配するだろうし」
伝票を持ってレジへと向かう。
のそのそと恵子ちゃんが後に続く。
視線を感じる。
じーっと俺を見てる。
なんとかかわして外に出た。
「さて…帰ろっか」
「やだ」
間髪いれずに恵子ちゃんが遮った。
ダダをこねるなんて珍しい。いや、初めてのことだ。
「やだって…そんな(笑)」
「だって…」
「だって今日、初めてのデートなんだよ?
恋人同士になって初めての!」
そっか。そうだった。言われてみればそうだった。
恵子ちゃんが俺を見上げていた。
その瞳の中、ネオンがくるくる廻る。
2、3メートル先、隣の雑居ビルの非常階段まで恵子ちゃんの手を引いた。
向き直り、ぎゅーっと抱きしめた。
こんちくしょーめ、可愛いなぁ!
727 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:32:37 ID:
俺の中で、ある考えが首をもたげた。
「恵子ちゃん」
「…ん」
「やっぱり今日は帰ろう」
「………」
「その代わり」
「?」
「俺も恵子ちゃんの家に連れてって」
腕の中で俯いていた恵子ちゃんが、がばっと顔を上げた。
「んえっ!?」
その滑稽な声と表情に、腹を抱えて笑ってしまった。
「なに笑ってんのっ!?…ていうか、なに言ってんの!?」
目頭と痛む腹を押さえ、動揺する恵子ちゃんをもう一度抱きしめた。
「ちゃんとね…守さんたちに挨拶しときたいんだ。
お付き合いさせてもらってます、って」
「えっ!?いいよぉ、そんなの(笑)」
「まだ早い?」
「ううん、早いとかじゃなくて…。
ウチの親、そんなに形式張ってないから、だいじょうぶだよ?」
「俺がね、ちゃんとしときたいんだ」
我ながら相変わらずアタマのカタイ奴だと思ったけれど、
ほんの一拍の後、恵子ちゃんが頷いてくれた。
728 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:33:30 ID:
恵子ちゃんの家までは高速で40分程度の道のり。
ふと車窓を流れる街灯を見送りながら、
俺は自分に起こっている変化に気づいた。
なんだか恵子ちゃんとの会話に熱が入らない。
会話がブツリブツリと途切れる。
そのうち、押し黙ってしまった。
この緊張はなんだ?
まるで、結婚の挨拶に行く時のような…。
馬鹿な。
そんな大仰なものじゃないだろうに。
何度も自分に言い聞かせたが、
一度意識した心が、頭の命令に従うはずもなかった。
729 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:34:29 ID:
「はい。着きました、と」
エンジンを止めた恵子ちゃんが、俺をまじまじと見つめている。
右顔面にその視線を感じてはいたが、俺は彼女に向き直ることも出来ず、
フロントウインドウに熱い視線を投げ続けた。
「だいじょうぶ?」
看破されていることにたじろぎ、うろたえ、虚勢をはった。
「な、なにが!?…さ、さあ、行こう!」
恵子ちゃんに一瞥もくれず、玄関へとまっすぐ進んだ。
しかし…扉を開けられない。チャイムに手が伸びない。
恵子ちゃんが一歩後ろで俺の様子を見ていた。
振り向き、懇願した。
「…ごめん、開けてぇ」
恵子ちゃんが、手で口を押さえながら笑いをかみ殺している。
彼女の気が済むまで俺は待った。
ようやく笑いを終わらせてくれた恵子ちゃんが、
ゴホンとひとつ咳払いをして扉を開けた。
緊張復活。
「ただいま〜」
出迎えたのは浩美さんだった。
「あら、健吾君!?恵子を送ってくれたの?」
「い、いえっ、運転してたのは恵子ちゃんで、あの、その」
「とにかくあがって」
もう堪えられないとばかりに恵子ちゃんが吹いた。
ちょっと恵子ちゃんが小憎らしくなった。
居間に通され、茶を出された。
石像のように固まっている俺を見て、相変わらず恵子ちゃんは肩を震わせている。
浩美さんが台所に行った隙に、軽く恵子ちゃんの首を絞めてやった。
またも恵子ちゃんが吹き出した。
太田家にはまだ灯りがともっていた。
明日はお父さんも母も休みだから夜更かししているのだろう。
玄関の鍵は開いていた。
「ただいま!」
ことさら元気に扉を開けた。
出迎えた母が俺たちふたりを見て目を丸くした。
「ふたりで飲んでたんだ。調子にのって、終電間に合わなくしてしまって」
とってつけた言い訳。
だが母は気にするでもなく、うれしそうに恵子ちゃんを中へと誘った。
居間に行くと、お父さんがテレビ画面に張り付いていた。
どうやらこの夫婦はテレビゲームに熱中していたらしい。
…このふたりも来年、還暦を迎えるのだが。
お父さんも母同様、俺たちを見て驚いた。
俺は同じ言い訳をした。
「今夜は泊まってもらいますから」
母が恵子ちゃんの実家に電話を入れてくれた。
4人で茶を飲む。
無言。
だがお父さんも母もニコニコと俺を見ている。
恵子ちゃんから湯気が出そうだった。
(…バレバレじゃないか(笑))
もとからそのつもりだ。
用意していた台詞を口に出した。
「俺たち、付き合うことにしました」
お父さんと母の顔がパーッと輝いた。
「おお!そうかぁ、そうかぁ」
お父さんがはしゃいでいる。
「よかったねぇ、よかったねぇ」
母がティッシュを鷲掴みにして顔を拭っていた。
恵子ちゃんは恥ずかしそうに湯呑みを弄んでいた。
719 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:24:37 ID:
翌朝早くに恵子ちゃんは家へと帰っていった。
お父さんの車を借りて送るつもりだったのだが、
「午後からお友達の結婚式でしょ?
それまで休んでて。昨日は遅くまで起きてたし」
という恵子ちゃんの言葉に甘えさせてもらうことにした。
彼女が帰った後、恵子ちゃんの実家に電話を入れた。
恵子ちゃんの母・浩美さんが出た。
「すみません。昨晩は恵子ちゃんを連れまわしてしまって」
「いいええ。健吾君なら安心。また誘ってあげてね」
安心…か。
(早いうちに恵子ちゃんの両親にも挨拶しなきゃな)
少しも気は重くはならず、むしろその日を焦がれた。
720 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:25:23 ID:
昼前。
式から参列することになっていたので、早めに式場へと向かった。
郊外の大きなレストランが式場だった。
レストランウェディングというやつだ。
東京などでは珍しくないが、まだまだこの街では目新しい。
控え室で待っていると、友枝が顔を見せた。
俺の姿を認めるや、小走りに駆け寄ってくる。
「おおおつかさぁぁぁん」
予想を裏切らず、友枝はガチガチに緊張していた。
真夏とはいえ、空調のきいた室内なのに、燕尾服の襟元が汗でびっしょりだ。
「だいじょうぶかぁ?」
「気持ち悪いです。吐くかも」
「緊張してるだけだよ。しっかりせい(笑)」
「ダメです。吐いてきます」
そそくさと友枝が手洗いへと消えた。
どうやら式に参列するのは新郎新婦の友人がメインのようで、
会社関係は俺と上司だけだった。
上司と話しているのも飽きた俺は、式場内を当て所もなくうろついた。
721 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:26:27 ID:
一際賑わっている部屋があった。
覗いてみると、女友達に囲まれている芽衣子さんの姿があった。
純白のウェディングドレスが、窓から差し込む陽光にやわらかく包まれていた。
美しい。
この姿を見て、ため息の出ないヤツなどいないだろう。
見惚れていたら、芽衣子さんも俺の姿に気づいた。
何か言いたげに、首を伸ばしている。
近くに行きたかったが、
デジカメや携帯を手に群がる女性たちに気圧され、
(また後で)
と手を振り、部屋を出た。
廊下で友枝と再会した。
文字通りスッキリとした顔だった。
「大塚さん!芽衣子さん、もう見ました?」
「うん」
「綺麗でした?綺麗でした?俺、まだ見てないんです」
軽〜く、友枝の頭をひっぱたいた。
「ああっ、セットが!セットが!なにするんスか!?」
「さっさと行け(笑)」
芽衣子さんの部屋の方向に、友枝をドンと押してやった。
やっぱりというか、式の間中、ずっと友枝は泣いていた。
芽衣子さんはこれ以上ないくらいやさしい顔で、友枝の顔にハンカチを宛がっていた。
ふたりの姿に、参列者から微笑みがもれた。
(でも…俺も泣いちゃうかもしれないな)
ブーケを投げる芽衣子さんの姿に、未来をダブらせた。
722 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:27:28 ID:
2次会は街中のレストランバーで行われた。
披露宴から合流した同僚たちと、友枝を囲み、冷やかす。
いまだ興奮冷め遣らぬ体の友枝だったが、
酒と時間がいつもの彼を呼び覚ましていった。
「大塚さぁん、今日は何の日か知ってますう?」
しな垂れかかっていた友枝が顔を近づけてきた。
「お前が裏切り者になった日(笑)」
「なんスか裏切り者って!大塚さんもさっさと独身にオサラバしなきゃダメっスよ」
「わかってるよぉ。早くお前のお仲間になりた〜い(笑)」
「んふっふっふ」
「なんだぁ?気色わりーな」
「だいじょーぶ。大塚さんも結婚できます」
「他人事だと思って(笑)」
「今日はね、大安じゃないんスよ」
「そーなの?…でも、だから?」
「友引っス」
友枝が俺の肩をバンバン叩いた。
「友引に結婚式すると、来てくれた人も結婚できるんですって。
感謝してくださいよう!
大塚さんのために、わざわざ大安避けて今日にしたんスからぁ」
「そっか。ありがとな」
「てことで、今日はがんばってください!芽衣子さんの友達いっぱいきてるんスから」
友枝。
もう、がんばらなくてもいいんだぜ、俺。
やがて友枝が友人たちと余興を披露し始めた頃、
友人や同僚から解放された芽衣子さんが俺のもとへとやってきた。
「だいじょうぶ?疲れたんじゃない?」
「うん、だいじょうぶ。健吾君、今日は本当にありがとう」
「いやいや。…あ。こっちこそ、ありがと(笑)」
「え?」
「わざわざ“友引”を選んでくれたんだってね。聞いたよ(笑)」
「ああ(笑)すっごく彼こだわってたの、友引に。
『縁起でもかつがないと大塚さんは結婚できない!』って(笑)」
「失礼な(笑)」
「ねぇ(笑)」
友枝を見、ついで芽衣子さんを見た。
「…いいヤツだよな」
「でしょ?」
芽衣子さんのノロケがうれしかった。
「健吾君、これ…」
芽衣子さんが小さな紙包みを差し出した。
中には黄色い花が一輪入っていた。
「ブーケに使った花。メランポジウムっていうの」
芽衣子さんが花をやさしくつまみ、胸のポケットチーフにそっと挿してくれた。
「健吾君にあげたかったんだ」
“友引”と“メランポジウム”
ふたつの想いに応えたいと思った。
「芽衣子さん。
俺もねぇ…芽衣子さんに招待状を送れると思う。
まだまだ先の話になると思うけど…」
口をついて出た自分の言葉に照れ、俯いてしまった。
芽衣子さんの声が1オクターブ高くなった。
「ホントに!?…じゃあ…なのね?」
「うん」
「…よかったぁ…」
ウンウンと、芽衣子さんは何度も頷いていた。
お互いに、おめでとうと言い合った。
724 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:29:33 ID:
3次会は辞退した。
腕に絡まる友枝を芽衣子さんに押し付け、熱帯夜の街に出る。
時刻は8時を回っていた。
今一番聞きたい声を求めて、携帯を手にとった。
「お疲れ様」
ああ、恵子ちゃんの声だ。
もう俺はメロメロだった。
更なる欲求に引火する。
「会いたい…なぁ」
「会えるよ」
事も無げに恵子ちゃんが言った。
「今ね、健吾君の近くにいるの。友達と会ってたんだ。今、別れたから…」
「すぐ来て!今来て!早く来て!」
電話の向こうで恵子ちゃんが爆笑していた。
「会いたい」と言えることに感動した。
(“言える”関係になったんだ)
改めて昨夜の喜びを反芻した。
725 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:30:27 ID:
指定した喫茶店には恵子ちゃんが先に到着していた。
奥の席に座る恵子ちゃんに近づいていくと、自然に目が合った。
お互いの顔がほころぶ。
俺はどうしちまったのか。
十代の時のような、ふわふわとした感覚。
口にするのも恥ずかしい言葉が頭に浮かぶ。
ときめき。
落ち着いて、冷静に、衝動を抑えながら、恵子ちゃんの向かいに座った。
「お疲れ様!」
満面の笑みで俺を迎えてくれた恵子ちゃんの目線が、俺の顔から胸へと移動した。
「そのお花、最初から差して行ったの?」
「ん?ああ、違う違う(笑)もらったんだ、結婚式で」
「ああ、そっか。なるほど(笑)」
「ガラじゃないなって、思ったんだろ?(笑)」
「うん(笑)」
「(笑)メランポジウムって言ってたかな。ブーケに使った花だって」
「へぇ」
「…恵子ちゃん、これね」
「ん?」
「花嫁さんにもらったんだ」
なぜか、きちんと話しておかなくてはと思った。
「その花嫁さん、昔、俺が付き合ってた人なんだ」
「転勤の時に見送りに来てた人?」
「…憶えてた?」
「うん」
一瞬、場が凍りついたような気がして、慌てておどけた。
「や、妬ける?」
俺の馬鹿な質問に、恵子ちゃんは平然としていた。
「ううん。全然」
そして恵子ちゃんがニコリとして言った。
「だって、これからは私が健吾君のとなりにいるんだもん」
テーブルを飛び越え、恵子ちゃんに抱きつきたかった。
だが代わりに憎まれ口を言って我慢した。
「なぁんだ。つまんねーの(笑)」
「御生憎様(笑)」
726 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:31:56 ID:
その後一時間ほど、恵子ちゃんとのおしゃべりを楽しんだ。
チラチラと時計を見出した俺に恵子ちゃんが言った。
「まだ時間だいじょぶだよ。今日、車で来たし」
「いや、二日連続で俺のせいで帰り遅くするのは…。守さんたちも心配するだろうし」
伝票を持ってレジへと向かう。
のそのそと恵子ちゃんが後に続く。
視線を感じる。
じーっと俺を見てる。
なんとかかわして外に出た。
「さて…帰ろっか」
「やだ」
間髪いれずに恵子ちゃんが遮った。
ダダをこねるなんて珍しい。いや、初めてのことだ。
「やだって…そんな(笑)」
「だって…」
「だって今日、初めてのデートなんだよ?
恋人同士になって初めての!」
そっか。そうだった。言われてみればそうだった。
恵子ちゃんが俺を見上げていた。
その瞳の中、ネオンがくるくる廻る。
2、3メートル先、隣の雑居ビルの非常階段まで恵子ちゃんの手を引いた。
向き直り、ぎゅーっと抱きしめた。
こんちくしょーめ、可愛いなぁ!
727 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:32:37 ID:
俺の中で、ある考えが首をもたげた。
「恵子ちゃん」
「…ん」
「やっぱり今日は帰ろう」
「………」
「その代わり」
「?」
「俺も恵子ちゃんの家に連れてって」
腕の中で俯いていた恵子ちゃんが、がばっと顔を上げた。
「んえっ!?」
その滑稽な声と表情に、腹を抱えて笑ってしまった。
「なに笑ってんのっ!?…ていうか、なに言ってんの!?」
目頭と痛む腹を押さえ、動揺する恵子ちゃんをもう一度抱きしめた。
「ちゃんとね…守さんたちに挨拶しときたいんだ。
お付き合いさせてもらってます、って」
「えっ!?いいよぉ、そんなの(笑)」
「まだ早い?」
「ううん、早いとかじゃなくて…。
ウチの親、そんなに形式張ってないから、だいじょうぶだよ?」
「俺がね、ちゃんとしときたいんだ」
我ながら相変わらずアタマのカタイ奴だと思ったけれど、
ほんの一拍の後、恵子ちゃんが頷いてくれた。
728 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:33:30 ID:
恵子ちゃんの家までは高速で40分程度の道のり。
ふと車窓を流れる街灯を見送りながら、
俺は自分に起こっている変化に気づいた。
なんだか恵子ちゃんとの会話に熱が入らない。
会話がブツリブツリと途切れる。
そのうち、押し黙ってしまった。
この緊張はなんだ?
まるで、結婚の挨拶に行く時のような…。
馬鹿な。
そんな大仰なものじゃないだろうに。
何度も自分に言い聞かせたが、
一度意識した心が、頭の命令に従うはずもなかった。
729 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 16:34:29 ID:
「はい。着きました、と」
エンジンを止めた恵子ちゃんが、俺をまじまじと見つめている。
右顔面にその視線を感じてはいたが、俺は彼女に向き直ることも出来ず、
フロントウインドウに熱い視線を投げ続けた。
「だいじょうぶ?」
看破されていることにたじろぎ、うろたえ、虚勢をはった。
「な、なにが!?…さ、さあ、行こう!」
恵子ちゃんに一瞥もくれず、玄関へとまっすぐ進んだ。
しかし…扉を開けられない。チャイムに手が伸びない。
恵子ちゃんが一歩後ろで俺の様子を見ていた。
振り向き、懇願した。
「…ごめん、開けてぇ」
恵子ちゃんが、手で口を押さえながら笑いをかみ殺している。
彼女の気が済むまで俺は待った。
ようやく笑いを終わらせてくれた恵子ちゃんが、
ゴホンとひとつ咳払いをして扉を開けた。
緊張復活。
「ただいま〜」
出迎えたのは浩美さんだった。
「あら、健吾君!?恵子を送ってくれたの?」
「い、いえっ、運転してたのは恵子ちゃんで、あの、その」
「とにかくあがって」
もう堪えられないとばかりに恵子ちゃんが吹いた。
ちょっと恵子ちゃんが小憎らしくなった。
居間に通され、茶を出された。
石像のように固まっている俺を見て、相変わらず恵子ちゃんは肩を震わせている。
浩美さんが台所に行った隙に、軽く恵子ちゃんの首を絞めてやった。
またも恵子ちゃんが吹き出した。
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