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【歴史】原住民と学ぶインドネシア独立と大日本帝国の関係
Part16


797 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:51:19 ID:oaL
8月16日午後11時
[前田武官邸]

798 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:52:14 ID:oaL
彡(゚)(゚)「…よー来たな、まぁ座っとき」
(o‘ω‘ n) ( ・`ω・´) (^)'・▲・`(^) (*^◯^*) (・日・)
前田少将はスカルノとハッタを公邸に迎え入れ、打ち合わせを行いました。
会議には50人ほどが出席しました。
日本人は前田の他に、日蘭商業新聞記者・吉住留五郎、第一六軍軍政監部司政官・三好俊吉郎、海軍嘱託・西嶋茂忠が同席したそうです。

799 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:53:16 ID:oaL
彡(゚)(゚)「それじゃ、ワイはもう寝るわ」
彡(゚)(゚)「ワイが関わったらいかんしな」
彡(゚)(゚)「………頑張れや」
会議は16日23時から17日2時過ぎまで続きます。

800 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:53:59 ID:oaL
( ・`ω・´)「さて」
( ・`ω・´)「”独立宣言”の原案は、既に”独立準備委員会”で採択されている」
( ・`ω・´)「あとはこの原案を調整して、”独立宣言”を起草するだけだ」

802 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:54:45 ID:oaL
( ・`ω・´)「まずは問題は権力の”委譲”という言葉について」
(*^◯^*)「これは革命なんだ!」
(*^◯^*)「”委譲”ではなく”奪取”とするべきなんだ!」
( ・`ω・´)「ここまで来てワガママを言わないでくれよ」
( ・`ω・´)「ここは”委譲”で押し切らせてもらうよ」

803 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:55:40 ID:oaL
( ・`ω・´)「ここに記す署名についてだが…」
( ・`ω・´)「”独立準備委員会”は、日本によって用意された委員会だ」
( ・`ω・´)「”独立準備委員会”の名を使用すると、”日本の与えた独立”に繋がってしまう」
( ・`ω・´)「さて、どう署名するか…」
(*^◯^*)「この会議の出席者全員の署名をするんだ!」
(*^◯^*)「それで万事解決なんだ!」
( ・`ω・´)「うーん、でもちょっと長くなりすぎるなぁ…」
( ・`ω・´)「………よし、まず私とハッタが署名する」
( ・`ω・´)「そして”インドネシア民族の名において”と記そう」
( ・`ω・´)「これで”我々インドネシア人による独立である”と主張できるぞ」

804 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:56:30 ID:oaL
( ・`ω・´)「最後は”日付”についてだけど…」
( ・`ω・´)「”西暦”は論外だ」
( ・`ω・´)「あれはオランダ時代の忌むべき遺物、絶対に使うべきではない」
( ・`ω・´)「さて、どうするか…」

805 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:56:45 ID:g9x
クライマックスやな

806 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:57:35 ID:oaL
( ・`ω・´)「…そろそろ眠くなってきたぞ」
( ・`ω・´)「よく考えたら、昨晩から一睡もしてない」
( ・`ω・´)「独立宣言の時間も迫ってる、どうしよう…」
( ・`ω・´)「………」
( ・`ω・´)「………」
( ・`ω・´)「………なんだか熱もでてきた」
( ・`ω・´)「もう疲労も限界だ………よし、」
( ・`ω・´)「こうなったら”皇紀”を使おう、それで解決だ」
一枚のシワだらけの紙に書かれた、たった数行の独立宣言文。
8月17日未明、後に国宝となるそれは、遂に完成したのでした。

807 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:58:36 ID:oaL
・豆知識『皇紀』
”西暦”に対抗するため、日本が作った年号です。
神武天皇が即位したとされる紀元前660年を元年とします。
科学的根拠に乏しいものですが、日本は政治的意図をもって”皇紀”の普及をはかりました。
”皇紀”は戦時中に使用され、戦後に姿を消しました。
”インドネシア独立宣言”にある”05年”とは、”皇紀2605年”のことを指します。
( ・`ω・´)「あとから考えたんだけど…」
( ・`ω・´)「”インドネシア暦元年”とするべきだったんだね」
( ・`ω・´)「それだけが反省材料だよ」
( ・`ω・´)「まぁあの時は、マラリア発熱で倒れる寸前だったからね」
( ・`ω・´)「睡眠もほとんど取れてなかったし、仕方ないか…」
”インドネシア独立宣言”は、今でもレリーフとして公開されています。
”皇紀”は”インドネシア独立宣言”と共に、永久に保管され続けるのでした。

809 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:59:40 ID:oaL
(o‘ω‘ n)「こうして、一人の勇敢な日本海軍少将の家での、」
(o‘ω‘ n)「忘れることのできない夜の会合は終わったんだ」

808 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)22:58:46 ID:OxT
残留日本兵の話もやるンゴ?

810 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:00:00 ID:oaL
>>808
最終回のメインテーマです

814 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:00:34 ID:g9x
日本は色んな形で独立に貢献したんやなぁ

815 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:00:55 ID:oaL
8月17日午前10時
[中央ジャカルタ、東ペガンサアン通り56番地、スカルノ邸]

817 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:01:57 ID:oaL
( ・`ω・´) (^)'・▲・`(^)
( ・`ω・´)「お集まりのみなさん」
( ・`ω・´)「本日はお越し頂き、ありがとうございます」
( ・`ω・´)「それでは、これより”インドネシア独立宣言”を読み上げさせて頂きます」

818 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:03:01 ID:oaL
( ・`ω・´)「宣言」
( ・`ω・´)「我らインドネシア民族は」
( ・`ω・´)「ここにインドネシアの独立を宣言する」
( ・`ω・´)「権力委譲などに関する事柄は、完全かつ速やかに行われる」
( ・`ω・´)「ジャカルタ、05年8月17日」
( ・`ω・´)「インドネシア民族の名において」
( ・`ω・´)「スカルノ / ハッタ」
( ・`ω・´)「ありがとうございました」
式典には、噂を聞きつけた500人ほどの人たちが集まりました。
スカルノ夫人手製の”メラ・プティ”が掲げられ、伴奏なしで”インドネシア・ラヤ”も歌われました。

819 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:03:55 ID:g9x
ついにか

820 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:03:56 ID:oaL
終戦直後。
その大混乱の中で発せられた、インドネシアの独立宣言。
8月15日〜17日の3日間は”疾風怒濤の日”として、インドネシアの歴史に刻まれています。

821 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:04:16 ID:oaL
本日の更新はここまでです。続きは鋭意執筆中…。
次の更新が、この物語の最終回となります。
多少膨らんでも全てを詰め込む予定なので、次が事実上最後の更新となります。
また少し時間がかかるかもしれませんが、もう暫くお待ち下さい…。

822 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:06:49 ID:g9x
ありがとうやで〜
月またぎで読むのも、壮大な話を聞いてるみたいで効果的やわ(勿論皮肉ではなく)

823 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:07:11 ID:mcM
一乙
これ下手な小説より完成されとるやん
イッチの文才はアマチュアとは言え物書きの端くれとしては羨ましい限りやわ

824 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:07:32 ID:OxT
おつ
いよいよあと少しやな

825 :名無しさん@おーぷん :2015/04/17(金)23:08:51 ID:g9x
読み返したら伏線もあるし、ほんとプロット上手い

867 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:00:17 ID:nmC
8月18日
( ・`ω・´)「独立宣言の発布によって、”独立準備委員会”は”独立委員会”になったよ」

868 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:00:49 ID:nmC
( ・`ω・´)「早速、閣僚人事を発表しますね」
( ・`ω・´)「初代大統領はぼく、スカルノ」
(^)'・▲・`(^)「初代副大統領は私、ハッタです」
(o‘ω‘ n)「初代外務大臣にはぼく、スバルジョ」
(*・公・*)「初代共和国首相は私、シャフリルです」
(*・公・*)「”独立養成塾”時代には、アジア史と社会主義の講義も担当しました」
(*・公・*)「外相も兼任するので、ちょっと大変ですね…」

869 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:01:47 ID:nmC
( ・`ω・´)「次に、議会で憲法を制定します」
( ・`ω・´)「国家の骨格は、既に論議が尽くされてるからね」
( ・`ω・´)「憲法の前文に5原則”パンチャシラ”を折り込むよ」

870 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:02:48 ID:nmC
8月19日
( ・`ω・´)「今日は中央政府12省、地方行政8州の設置を決定したよ」
( ・`ω・´)「8月29日には閣僚と知事を任命するんだ」
準備は全て、終わっていました。
だからこそ、彼らは素早い対応を見せられたのでした。
終戦から数日間、戦勝国からは何の指示もありません。
この権力の空白期を利用し、インドネシアは着々と”独立”を既成事実にしていきました。

871 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:03:49 ID:nmC
夜中、日本軍の目を盗んで行われたラジオ放送。
独立宣言のニュースは世界中に発信されます。
視聴者は僅かだったかもしれません。
ですが、独立を世界中に発信したこと。
それは彼らにとって、とても大きな意味があったのでした。

872 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:04:50 ID:nmC
(U・×・U)「東インドが独立?」
(U・×・U)「いや、知らんし」
”インドネシアの独立宣言”は、国際社会から無視されました。
そして、インドネシア国家誕生の試練が始まります。

873 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:06:02 ID:nmC
(●▲●)
(●▲●)「久々の出番やで〜」
(●▲●)「ワイら”蘭印・植民地軍”は”ニカ”に改名したんやで〜」
(●▲●)「改名理由は……まぁ、”植民地軍”だと、色々都合が悪いからな」
(●▲●)「さて」
(●▲●)「原住民どもめ、待っとれよ」
かつての宗主国・オランダが、連合軍の尻馬に乗って”戦勝国”として帰ってきました。

874 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:07:04 ID:nmC
(●▲●)「ワイらの任務はな、東インドを”日本占領前の状態”に戻すことなんや」
(●▲●)「つまり、植民地の復活やな」
(●▲●)「独立?そんなん関係ないわ」
(●▲●)「東インドが独立したのは”日本がお膳立てしたから”やろ?」
(●▲●)「日本がしたことは全部無効!白紙撤回!」
(●▲●)「当然、”独立”なんて”なかった”んやで(ニッコリ」

875 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:08:06 ID:nmC
( ・`ω・´)「そんな!」
( ・`ω・´)「独立は確かに、インドネシア人によって果たされたんだ!」
( ・`ω・´)「日本が用意した”独立予定日”も回避したし!」
( ・`ω・´)「そこに日本の介入はなかった!」
( ・`ω・´)「だから独立が無効だなんて間違ってるよ!」

876 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:09:06 ID:nmC
(●▲●)「せやろか?」
(●▲●)「なんでも日本時代、”独立準備委員会”なるものがあったそうやないか?」
(●▲●)「独立宣言には日本の”皇紀”も使われとるし?」
(●▲●)「大体、独立宣言の起草には、日本人が立ち会っていたそうじゃないか?」
(●▲●)「日本の関与があったことは、明白やろなぁ?」

877 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:10:07 ID:nmC
( ・`ω・´)「………」
( ・`ω・´)「………」
( ・`ω・´)「………いや」
( ・`ω・´)「”日本人はいなかった”」
( ・`ω・´)「これは全て、インドネシア人だけで行われたことだ!」
インドネシア人だけによる、インドネシア独立宣言の起草。
これが“インドネシアの建国神話”です。

878 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:10:58 ID:nmC
(●▲●)「はー、全く、話が通じん奴らやなー」
(●▲●)「イギリスはん、イギリスはん」
(U・×・U)「お、なんや?」
(●▲●)「どうか協力、頼んまっせ」
(U・×・U)「しゃーないな…」

879 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:11:59 ID:nmC
(U・×・U)「おう、日本軍」
彡(゚)(゚)「は、はい、東南アジア方面総司令官、マウントバッテン大将」
(U・×・U)「ワイらと”ラングーン協定”を結ぶんやで」
(U・×・U)「ワイら連合軍の進駐が整うまで」
(U・×・U)「日本軍は、現地での治安維持の責任を持つんや」
(U・×・U)「兵器は保持したまま、到着した連合軍に引き渡すんや」
(U・×・U)「………武器を住民に渡したりしたら絶対にいかんのやで」
彡(゚)(゚)「は、はい、分かりました…」
こうして、現地の治安維持が日本軍に任されました。

880 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:12:53 ID:nmC
( ・`ω・´)「みんな、聞いてくれ!」
( ・`ω・´)「まもなく、あの忌々しいオランダ兵が帰ってくる!」
( ・`ω・´)「ぼくたちは戦わなければいけない!」
( ・`ω・´)「戦って、勝たなければいけないんだ!」
( ・`ω・´)「旧”ペタ”、旧”ヘイホ”の諸君には、是非とも”インドネシア共和国軍”に参加して欲しい!」
( ・`ω・´)「ぼくたちの手でインドネシアを守るんだ!」
1945年8月19日。日本軍が組織した”ペタ”は、解散しました。
インドネシア政府は旧”ペタ”、旧”ヘイホ”らに、新たな軍への参加を呼びかけます。

881 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:13:34 ID:nmC
10月5日。
後に”建軍記念日”となるその日、”インドネシア共和国軍”は結成されます。
”タンゲラン青年道場”から始まり、”ジャワ郷土防衛義勇軍・ペタ”を経て、祖国インドネシアのために鍛え続けてきた彼ら。
それは遂に、本物の国防軍となったのでした。

882 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:14:28 ID:nmC
[ジャワ島・スラバヤ]
(´・ω・`)「急げ、急げ!オランダ兵が来るぞ!」
(´・ω・`)「もっと武器を集めるんだ!」
(´・ω・`)「ぼくらは独立したんだ!もう奴らの好きにはさせない!」
(´・ω・`)「何としてでも、闘ってでも!」
(´・ω・`)「奴らから、この国を守らないと!」
(´・ω・`)「これはぼくたちの”独立戦争”なんだ!」

883 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:15:30 ID:nmC
彡(゚)(゚)
(´・ω・`)「日本兵のおにいちゃん!」
(´・ω・`)「どうかぼくたちに武器をちょうだい!」
(´・ω・`)「ぼくたちはこれから、オランダと闘わなきゃいけないんだ!」
(´・ω・`)「ぼくたちは勝たなきゃいけないんだ!」
(´・ω・`)「負けられないんだ!」
(´・ω・`)「どうか、奴らと闘うための武器を貸してください…」
彡(゚)(゚)「………」
10月に設立された”インドネシア共和国軍”。
彼らには、武器がなく、弾薬がなく、食料がなく、医薬品がありませんでした。
たった一つ、あるのは兵士たちの愛国心だけ。
彼らは、日本軍の武器が喉から手が出るほど欲しかったのでした。

884 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)21:16:06 ID:nmC
彡(゚)(゚)「………」
彡(゚)(゚)「………」
彡(゚)(゚)「………」
(´・ω・`)「……おにいちゃん?」