Part1
よわくてニューゲーム
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1 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:20:59.75 ID:bAq3pyUe0
僕の街には、都市伝説のようなものがあった。
内容はいたって簡単だった。とある豪邸に行けばいい。
それは、僕の街のはずれに存在している豪邸だった。
僕の住んでいる街は、言ってみれば田舎だと思う。
そんな街の片隅に、あまりにも大きな家があった。
持ち主は誰もいないらしい。まあ、こんな田舎だ。
ここに住んで腰を落ち着けるなんて、物好きだろう。
そして都市伝説の内容についてなんだけれど。
その家に入って、テレビの電源をつけるだけ。
それだけでいいらしい。意味がわからなかった。
でも同級生が言うにはその後が問題なんだそうだ。
大抵二通りのどちらかの文字が表示されるらしい。
ニア ・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
同級生の言葉を文字に表すならば、こんな感じだ。
けれど先に結論から言ってしまうと、ぼくは違った。
「よわくてニューゲーム」になっていた。
2 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:22:15.82 ID:bAq3pyUe0
・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
ニア ・よわくてニューゲーム
3 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:22:50.68 ID:bAq3pyUe0
まずは、その話をする前に、僕の事を語らねばならない。
開口一番に親に悪いけど、僕は不細工だ。非常に。
これは何かしらの意図が働いているレベルだと思う。
鏡を見てもそう思うし、友達からの評価もそうだった。
「あなた、不細工よ」唯一の友達の評価とは思えない。
もう少しオブラートに包むという事を覚えてほしかった。
僕に反して、友人は、あまりに美人だと言える。
街の反対側に住んでいるのだが、かなりの大金持ちだ。
そしてやはりと言った具合に、僕の家庭は貧乏だった。
彼女の父は実業家。そして僕の父にいたっては存在しない。
見事に蒸発し、残ったのは、借金と動ぜぬ母親だけだった。
「あたしは、水商売の女だし、あばずれだとも思うわよ」
母はあばずれを自称していたが、最高の母だと断言できる。
どうしてあれほどの美貌の母から、僕が生まれたのだろう?
とりあえず、人生のスタート地点から、色々思いだしていこう。
4 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:23:19.51 ID:bAq3pyUe0
「じゃあ、行ってくるから。留守番任せたわよ」
気付けば僕は幼少期からお留守番という言葉と同居していた。
そんなわけで、僕は寂しかったが、寂しくなかったのである。
毎日鏡と顔を合わせ、必要以上に化粧をし、高い服を着て出て行く。
電話が鳴ると、猫撫で声と勘違いするような声を出しているのだ。
あまり頭の良くない僕でも、一般家庭のお母さんとの違いは判った。
「ねえ、どうして僕にはお父さんがいないのかな。言われたよ」
「そりゃ、サラ金から返せないもん散々引っ張った結果じゃないの」
とても保育園に通っていた子供に返すとは思えない言葉だった。
だが、僕はその時から、母親を心から信じるようになったと思う。
だって、やろうと思えば誤魔化せた。なのに、嘘をつかなかった。
「ていうか、あんた。お父さんほしい?ほしいなら、つくってあげる」
「いらないよ。お母さんいるし、それに、友達もできたんだ。大丈夫」
「そう。あんたに友達。珍しい事もあるじゃない。仲良くしなさいよ」
保育園の年長と呼ばれる辺りに至って、ようやく僕にも友達ができた。
それが前述で褒めちぎった友人の事である。未だに友人は一人だけだ。
けれど、最高の友人だと、僕は思う。
5 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:23:51.40 ID:bAq3pyUe0
「あなた、友達いないの?なら、わたしと友達になりましょう」
保育園の中ですら、カーストが決まったあとのことだった。
前々から可愛いなあとか思っていた子が、僕に声をかけた。
「僕と友達に。なってくれるのは嬉しいけど。ええと、その」
僕はちらりと目をやった。保育園カーストの一位が僕を見ていた。
なんで、お前なんかが、彼女と話してんだよ。そんなふうだった。
「友達って、人に決められて作るもの?そうじゃないと思う」
あろうことか泥だんご制作の熱意と泥の塊がついた手をとった。
汚れるよ。汚いよ。服につくよ。いいのよ、洗えば済むのだし。
「あの子、わたしは嫌いだわ。毎回、わたしに意地悪するのよ」
そうだろうか。僕は友達が居ない故に皆を羨ましそうに見ていた。
だけども、そんなに毎回と言うほどの被害ではないと思うのだが。
しかし被害者にしか分からない心持ちであったりがあるのだろう。
「ええと、なら。僕でよかったら、よろしくお願いします」
6 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:24:19.85 ID:bAq3pyUe0
今日も輝く衣装を身に纏い、母が保育園に参上していた。
ばいばい、などと手を振る僕を見て、母は嬉しそうに笑った。
「あんたなかなか女見る目あるじゃない」なんて言っていた。
「お祝い」として買ってもらったお菓子に、僕は喜んでいた。
「あんたは、不細工だけど、絶対にいい男になると思うわよ」
毎度の如く不細工を連呼するのは止めてほしいと思う。
愛されているのにそうではないと勘違いしそうだった。
「へえ。なんで。不細工だけどいい男って、矛盾してない?」
「ああ。あんたたちは、男前とか、イケメンの事を言うのか」
「ううん。難しいわねえ。奥深い人間の事を言うのかしらね」
「そりゃ、顔がいいに越したことはないけど、重要よ、これ」
「あんたは、人より不幸の数が多いし、自然とそうなるわよ」
あたしがあげられる、幸せのかけらかしらねえ。そう言った。
そんなものなどなくとも、僕は十分に幸せだったと思えるのだ。
7 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:25:14.74 ID:bAq3pyUe0
しかし不可思議であったのは、彼女との関係が長く続くことである。
未だにその関係は切れてもいないし、また深く繋がったわけでもない。
これは僕の予想だが、なんだかこのまま一生を終えそうな気がする。
小学校に入る頃には、僕は母親に尊敬の念をも抱くようになっていた。
いつも気楽そうな母が、帰ってくると通帳を見て頭を抱えていたのだ。
ああ。子供ながらに察した。あれは僕と自らを励ますような言葉だと。
それゆえ、お下がりのランドセルを背負っても、僕は母に礼を述べた。
「この使い込んでる感は、もう、なんていうか、高学年だよ」
「ごめん。あたしがもっと、稼ぎよかったら。すぐにいいのを」
「使えるもの、捨てたら勿体無いよ。僕はこれが気に入ったんだ」
あんた、割といい男じゃない。もう少し大人になったら、もてるわよ。
人間の価値が、顔以外にあるって女がわかったとき、あんた、絶対に。
母が嘘をつかない人間であるあたり多分僕の青春はいつか来るだろう。
来てくれなければ、それはまあ、そのときだ。
8 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:25:41.12 ID:bAq3pyUe0
小さな街に小学校はいくつもなく、必然的に一箇所に集結するのである。
入学式の日も、僕は彼女と並んで最高の笑顔で写真を撮っていた。
この時だけに限って母はきちんとした礼装をしていたと思うのだ。
僕に気を使っていたかは定かでないが、恐らくそうであったと思う。
「ねえ。クラス分け、同じよ。まあ、そんな気はしてたけれど」
「よかった。君がいないと、僕は一人だ。寂しいのは嫌だから」
名字の違いでやはり真逆の位置に飛ばされた席順だったと覚えている。
もちろん僕も新しい友達を作ろうとしたが、どうにも上手くいかない。
友達百人は二回ほど桁の妥協を繰り返しやはり一人で落ち着いていた。
歌の通り百人友達を作ると一人はぶられる。それが僕である。
予測していた事だが女子の視線を奪ってしまうのは彼女だった。
ある人は「私より可愛いなんて」ある人は「綺麗な人だなあ」
羨望も嫌悪もひとまとめにした視線を受けるのは彼女である。
そして予知とも言えるだろうが、男子の目線も奪っていた。
「すげえかわいい」「ちょっと声かけてみようかな」だ。
しかし入学式を終えると、どうにも困ったことになった。
「ああ。どうして、一人で帰るの?一緒に帰りましょう」
9 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:26:26.84 ID:bAq3pyUe0
月とスッポン。
一言でこの関係性を表せるのだから便利な言葉だと思う。
教室の空気は凍った。そして僕の表情も同様に凍っていた。
「何をしているの。早く帰りましょう。悩みでもあるの」
悩みは主に目の前の彼女についてである。悩みしかない。
僕という存在の介入によって友達が減ることを懸念した。
それなのに地雷原に足を突っ込むとは僕より男だと思う。
「おい。お前、あの。ああ、あの。どういう関係なんだよ」
疑いの目に囲まれるのは僕だった。一種の人気者である。
顔の造形に関して考慮に入れれば動物園のチンパンジーだ。
と言っても友人関係はせいぜい一年と少し程度である。
「ただの友達だよ」というと「当たり前だろ」という視線。
少しでも美男子であれたら、人の動揺を誘えたのだろうか。
「付き合ってたりとかしてんのか」男前な同級生の言葉だ。
小学一年生にして他人と交際を望んでいた彼は僕より猿だ。
「彼女は、付き合ってる人はいないよ。間違いないと思う」
10 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:26:55.20 ID:bAq3pyUe0
僕は知らずにクラスの男子全員に爆弾を仕掛けたのである。
もしかしたら、付き合えるかもしれない。あわよくば。
クラスの男子は色めき立ち女子は見るに耐えなかった。
「まずは、誰か聞き出してこいよ。ああ、お前でいいよ」
「お前でいい」と言われても喜んでしまうのが僕である。
卑屈ながら前向きな心持ちであると自負しているのだが。
「あ。その。ちょっといい。聞きたいことがあるんだけど」
「何かしら。何でも答えるわよ。好きなタイプとかかしら」
「そうねえ。少なくとも、人を使う人間は好きじゃないの」
早速クラス三十一人中十七人が男子だが、一人が撃沈した。
彼女はどういうわけか察しがいい。それに大人びている。
ほぼ名指しされたに近い男子は知らんふりを貫いていた。
「あなた、断ることも覚えた方がいいわよ。人が良すぎる」
11 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:27:46.05 ID:bAq3pyUe0
「人がいいのは、君じゃないか。勝手な事をして、ごめん」
「わたしはいいのよ。ああ、なら、もう、どうでもいいか」
帰り際、いつものように僕と彼女は隣に並び帰っていた。
彼女の口から飛び出す話は常に新鮮で面白いものだった。
なんだか人生の酸いも甘いも噛み分けてきたような感じだ。
「ああ。そっちは、君の家の方向じゃないよ。大丈夫?」
「大丈夫よ。話してたら気を取られたのよ。それじゃあ」
帰ってきた頃には母は仕事に出かける直前であるようだった。
行ってらっしゃい。行ってくる。ご飯、台所にあるから。
ああ。女連れ込んじゃダメよ。もう少し大人になってから。
「しないよ。僕は宿題があるんだ。じゃあ、頑張って」
「ええ。今日もハゲを見ながら笑って呑むの。死にたい」
根本的に卑屈かつ前向きでどこか達観したのは母のせいだろう。
母のおかげと言うべきか。僕を息子と思っていて思っていない。
どこか慣れ親しんだ友人の如くとんでもない事を言うのだから。
さて、宿題をはじめよう。
12 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:28:17.67 ID:bAq3pyUe0
小学一年生の宿題なぞ知れている。すぐに終わってしまった。
ラップがかけてあった焼きそばをレンジでチンし、いただいた。
相変わらずソースの味がきついがお袋の味だと思いこんでいる。
そうでなければ、あの辛いキャベツは選り分けたくなるからだ。
いくら健康優良児でも夕方五時から寝れば不健康優良児である。
わけのわからない言い訳を終え、僕はゲームをすることにした。
・はじめから
ニア ・つづきから ★★★★★
やり込み要素が高い事で有名なゲームだったので僕はやりこんだ。
そこで僕は何かを思い出した気がした。どこかでこんなのを見た。
そう。こんなふうに何かを選んだ。けれど、いつのことだっけ。
『わたしは、いつまでも待ってる。あなたの告白を』
誰だっけ。そう言ってくれたのは、誰だっけか。
まだ、一度も人に好意を告げたことはないのに。
僕は全てを忘れたふりをして、ゲームをはじめた。
13 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:28:52.07 ID:bAq3pyUe0
『普通って、最高だと思わないかしら』
『普通だよ。お母さんは、普通でいいの?』
『いいわよ。むしろ、普通でいたいと思う』
『普通だから、お父さんと出会えたのよ』
『普通に結婚して、普通に幸せになって』
『それで』
『あなたという、特別な子供ができた』
『ほら』
『普通って、最高だと思わない?』
14 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:29:19.28 ID:bAq3pyUe0
我が家で最も早くに目が覚めるのは僕である。
何故なら母は帰宅した後玄関で寝るからである。
風邪を引いてはいけないと思い、僕が運ぶのだ。
帰ってくるのは朝になってからだ。辛そうだ。
行ってきますを言うと母は手を振っていた。
それにしても昨日見た夢はなんだったのだろう。
僕の母は、あんな話し方ではないというのに。
もっと凛々しいのが僕の母親だと言えるだろう。
「もしなれるなら、普通になりたいって思う?」
「普通かあ。僕は、今の僕が気に入ってるから」
「普通の僕なら、どんな人生を送るんだろう?」
「もし僕が強かったなら、どうなっていたかな」
「どうかしら。それらだけでは足りないものよ」
「普通という共通認識。強さ。弱さ。その三つ」
「幸せになるには、それが必要じゃないかしら」
15 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:31:36.65 ID:bAq3pyUe0
きょうつうにんしき。なんだろう。難しい言葉だ。
幸せになるには、強さも弱さも必要だと彼女は言った。
まあ強さは分かる。でも、弱さは何で必要なんだろう。
どうしてだろう。そう。きっと、人の気持ちを知る為。
強かったら、そんな気持ちがかけらもわからないからだ。
悩む僕を、彼女は何故か嬉しそうに見て笑っていた。
きっと彼女は頭がいいんだ。難しい言葉を知ってる。
中学校はまだしも同じ高校になんて入れなさそうだ。
そう。入れはしなかった。
僕は一瞬そう考えた事に恐怖していたような気がする。
まだ分からないじゃないか。僕は何を決めつけている。
「何を悩んでいるのかしら。わたしのこと?」
「うん。君は、頭がいいから。遠いなあって」
「そうかしら。わたしも、そう思った事ある」
僕は知らない間に知的な表現でもしていたのだろうか。
少なくとも知的という言葉は似合わないと思うのだが。
成績から言うと、せいぜい恥的というところだろう。
16 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:32:15.38 ID:bAq3pyUe0
テストを返すぞ。七文字で人を地獄に突き落とす言葉である。
先に言い訳しておくが、僕は本当に真面目に勉強していた。
確かにゲームは好きだが、きちんと自習もしているのだ。
それなのに、これほどまでに成績が悪いのは驚愕である。
二年生になっても、僕と彼女は同じクラスであった。
一組と二組があるので入れ替わる可能性もあったのだ。
「あなた、頭が悪くなっちゃったのかしら。どうしよう」
あまりにも酷い言い草であるが、母にも彼女にも罪はない。
母は勉強する僕を見て「子供を間違えた」とまで言うのだ。
帰宅しテストの点を見せると「あたしの子だ」と笑った。
三年生になる頃には、男子二組三十五名中の十八名が撃沈。
その中の大部分は彼女を諦めない存在が多くを占めていた。
それに反して僕と言えば彼女以外の女子と話すこともない。
「僕は君と話せるあたりに、運を使い果たしちゃったのかも」
「わたし、男子と話しても女子と話しても変な目で見られる」
「あなたと言えば、すごく人畜無害そうでしょう。だからよ」
万に一つもこいつだけはあり得ないと思われているのだろう。
酷いが僕もそう思う。腐っても僕だけは選んではいけない。
少しずつ自我を確立するに連れて、僕は学習していった。
17 :
◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:32:50.75 ID:bAq3pyUe0
そして四年生になる頃には、僕は彼らの同級生になっていた。
元々同級生ではあるが「そういう人がいる」という認識だ。
たまに声をかけられて、たまに無視されたりするくらいだ。
僕はとても選べる立場ではない。それは彼女も一緒だった。
僕は選べない。選択肢が少なすぎて。そうしているしかない。
彼女も同様だ。選択肢が多すぎて。選ばないのが得策なのだ。
「あなた、人生辛くないのかしら。実際どうなの?」
「辛くないよ。僕には君もいるし、母親もいるんだ」
「わたしはこの人生を後悔ばかりして過ごしそうよ」
「あはは。ああ、確かに。僕もそうだった気がする」
「そうだった?」
「え。ああ。違う。僕。後悔したことなんてないよ」
「僕は幸せなんだ。それなのに、なんでなんだろう」
「どうして、そんなことを言ってしまったんだろう」