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お嬢さん「現実逃避、しませんか?」
Part9


503:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 17:12:13.61 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「……どうしていいか、わからないの」
男「……」
お嬢さん「私、どうすれば、いいのか」
何もかも教えて欲しいと、言いたかった。
けれど、言えるわけも無い。
彼女の目は、明らかにこれ以上隠せないことを悟ったものだった。
けれどその説明をするわけにも、いかなかった。
その二つの狭間で、ゆれていた。
なのに安易に、教えてくれなどいえるわけが無く。
そして彼女はあまりに実直で、思慮深かったから、
即座に走って逃げたりなど、しなかった。
きっとあっただろう逃げたい衝動を抑えて、踏みとどまった。
男「……」
そんな彼女が、あまりに気高くみえて。
けれどとても小さくて。
俺は無意識のうちに。
その肩を、
抱いていた。
彼女は、逃げなかった。

505:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 17:18:46.23 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「私の体は……、冷たいでしょう……?」
男「……」
お嬢さん「触れたく、ないでしょう……?」
小さな小さな、まだこれから幾分も成長するであろうその身体。
あまりに弱く、か弱く。
男「なぜ……」
お嬢さん「……、……」
お嬢さん「明日」
男「……」
お嬢さん「……明日、お話します」
お嬢さん「気持ちを、落ち着かせたら」
男「……」
男「……分かった」

509:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 17:31:52.59 ID:RfWIzW8F0

「休日は、とてもよくねるんですね」
「もう正午です」
「ふふ、少し寝顔をみていました」
「気持ちよさそうでした」
「……い、いえ、そんなことないですよ!」
「か、可愛かったですよ……?」
「ああちょっとまた毛布被らないでください!」
「そ、そんなことだとお昼ごはんさめちゃいますからね」
「はい、つくってあります」
「サンドイッチですが」
「え、それなら失敗のしようがないから安心だ?」
「そ、そんな失敗だなんてー……」
「……た、たべられますよ?」
「……大丈夫です」

514:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 17:45:40.38 ID:RfWIzW8F0
翌朝朝食をお嬢さんと取ったあと、
彼女は俺の部屋へとやってきた。
お嬢さん「ふう……」
深呼吸。
男「だ、大丈夫か?」
お嬢さん「……はい」
お嬢さん「昨日、お話しすると、お約束しましたから」
お嬢さん「大丈夫です」
男「……そうか」
お嬢さん「本当は、隠し通したかった」
お嬢さん「いいえ、このまま言わなくてもよかったのです」
お嬢さん「問題は、なかった」
お嬢さん「けれど、でも……。あんな風にされて、私」
お嬢さん「もしかしたら、もしかしたら大丈夫かも」
お嬢さん「って、思ってしまったんです……」
お嬢さん「私は、弱い人です……」

518:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 17:56:35.73 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「これから、私の知っていること全てを、お話します」
お嬢さん「私の身体の話は」
お嬢さん「結局そのまま芋づる式に、話さなければならないことを引きずり出します」
お嬢さん「だから、全てをお話します」
お嬢さん「でもそれは、きっと」
お嬢さん「……いえ、間違いなく、間違いなく貴方を傷つけることになります」
お嬢さん「それは心も、身体も」
お嬢さん「予測ではありません。間違いなくです」
男「……どうしてわかる」
お嬢さん「……お話を聞いた後ならば、お分かりになられる、かと」
お嬢さん「……、それでも、それでも」
お嬢さん「貴方は、お聞きになられますか。今なら、まだ……」
男「……」 
男「ここで首を横に振る人間の方が、少ないのではないかな」
男「……知らなきゃきっと、始まらない。だから教えてくれ。君の知っていることを」

526:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 18:29:56.49 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「どこからお話しましょうか……」
お嬢さん「いえまずはこの身体から。そこから話を一つ、一つ」
お嬢さん「触れてみてください」
俺は差し出されたその白い腕に、触れる。
お嬢さん「体温がないのは、分かると思います」
お嬢さん「けれどよく見てください」
お嬢さん「血潮がとまっているわけでは、ないのです」
お嬢さん「私が無くしたものは、本当にただ、体温だけ」
お嬢さん「まずはその不思議がまかり通るのがこの場所だということ」
お嬢さん「ご理解ください」
不思議なのは今さらである。
男「四季が同居しているのにくらべれば、この程度」
お嬢さん「くす、それもそうですね」

530:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 18:40:18.88 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「何故私が体温をなくしているかですが」
お嬢さん「その前に、この場所についてお話しなければなりません」
男「この場所について?」
お嬢さん「はい」
お嬢さん「まず、一番基本的な部分」
お嬢さん「お忘れかもしれませんが、ここは旅館です」
お嬢さん「サービスを受ける以上」
お嬢さん「対価が必要になります」
お嬢さん「ここまでは、わかりますか」
男「……な」
よく考えると、しかし、そうか。
誰も無料だなどとは、言っては、おらず。

533:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 18:43:43.60 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「この館での生活の対価は」
お嬢さん「……身体の機能の、一部です」
男「身体の機能の……一部……?」
お嬢さん「それが、私は体温だったということ」
お嬢さん「つまりここに客として訪れた人間は」
お嬢さん「必ず身体のどこかに、何かしらの欠損を持っているのです」
男「え……?」
男「い、いやしかし皆普通だったような」
男「俺だって、ほら、どこにも……」
お嬢さん「残念ながら」
お嬢さん「貴方も、もちろん貴方が会ってきた方々全てにも」
お嬢さん「例外はありません」

548:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 18:55:59.76 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「この館には、私の知る限り六人の滞在者がおります」
男「俺と、君と、芸者さんと、童ちゃんと、カタギさんと……それに、仮面さんか」
お嬢さん「そうですね。そのうち私を含め四名が」
お嬢さん「外から分かりやすい欠陥を、持っています」
男「四人……、も……? だ、だれ」
お嬢さん「難しい話ではありません。よくよく、思い返してみてください」
お嬢さん「いえ、貴方に分かるのは、私を除き二名まで、でしょうけれど」
俺は考える。
まず芸者さん。
彼女とは結構な時間会話をしたが、思い返しても心当たりは、ない。
次に童ちゃん。
彼女はーー
男「童ちゃん……、視覚、か……?」
お嬢さん「そうです。……しかし、彼女はもう一つ失っています」
男「……な、え……、それって」
男「……、……感情、も?」
お嬢さん「そのとおり」

553:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 19:01:46.68 ID:RfWIzW8F0
男「何故、二つも」
お嬢さん「それは、あとでお話しましょう。残りの二人を探してみてください」
男「……」
カタギさん。
彼とはほぼ一日酒を飲み交わしたことがある。
しかしその間、そのような気配は、なく。
仮面さん。
彼はーー
男「そうか、理性」
お嬢さん「はい、だから、カタギさんは、あのように」
男「ああ……!」
理性を売った。つまり、それを対価とした。
お嬢さん「ただ、正確には理性ではなく、思考能力そのもの、だそうです」
お嬢さん「だから本当に、残っているのは本能のみなのです」
お嬢さん「ただ……、彼については私もよく分かりません」
お嬢さん「他にも何か失っている可能性は、大いに、ありえます」

559:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 19:07:55.22 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「では、最後の一人」
男「……、いや」
男「俺しか、いないよな」
お嬢さん「くす、そうですね。そのとおり、貴方です」
お嬢さん「貴方もまた、あるものを失っている」
お嬢さん「私はそれを、貴方から隠すために」
お嬢さん「知ってもらいたくないために」
お嬢さん「たくさんの事を、隠しました」
男「お、俺は何を、なくしている……?」
お嬢さん「……その前に、もう少し、外枠のお話をしましょうね」
そういってお嬢さんは、コップに水をそそいで、差し出した。

566:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 19:23:00.58 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「カタギさんと芸者さんについては、本人に聞かなければ分からないのですが」
お嬢さん「お伝えしなければ話が進まなくなるので、何かだけ」
お嬢さん「カタギさんは、痛覚。芸者さんは、性欲、ならびに性感の全てです」
男「……な、なるほど」
確かに、外からでは分からない。
お嬢さん「これで、貴方以外の五人の対価が把握できたかと思います」
お嬢さん「では少し戻りまして」
お嬢さん「童ちゃんの時、貴方は何故二つか、と問いました」
お嬢さん「その答えは、とても単純です」
お嬢さん「彼女自身が、それを選んだから」
男「……え?」
お嬢さん「つまりここの対価は、それぞれ」
お嬢さん「自分で選んで、決めることが、出来る」

573:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 19:41:08.83 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「私たちは、ここに逃避することが決まった時」
お嬢さん「その時点で、対価を問われます」
お嬢さん「そして、それぞれが、それぞれの理由で、対価を選択します」
男「では君も、自ら、体温を……?」
お嬢さん「はい。今はその理由は、置いておきます」
お嬢さん「またどうしてそれぞれがその対価なのかについても」
お嬢さん「気になるのであれば後ほど個々人に、聞いてみてください」
男「……わかった」
お嬢さん「いっぱい話すと、疲れますね」
お嬢さんは、水をのみ、ふうと息をついた。
お嬢さん「続けましょう」
お嬢さん「次は、対価の使われ道についてです」

576:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 19:48:41.31 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「対価は、とても分かりやすい形で私たちの前に現れます」
お嬢さん「なぜなら自分たちの失っているものを、持っているから」
男「いや、まさか……」
お嬢さん「はい」
お嬢さん「……それが、メイドさん、という存在です」
お嬢さん「カタギさんは、だから人形だとよく言っていました」
お嬢さん「人の形をした素体に、私たちが対価として支払ったものを、まとっていく」
お嬢さん「そうして形作られるのが、あの姿なのです」
男「な……」
お嬢さん「それは支配人自身も言っておりました。聞けば、教えてくれたはずです」
男「え」
お嬢さん「しかし貴方は、元手となるはずの、基本的な情報」
お嬢さん「対価というものそれ自体を知らなかったから、追求することが、できなかった」

578:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 20:01:06.47 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「では、なぜ、貴方はそれを知らなかったのか」
男「……それ、は」
お嬢さん「それは……、いえ、聡明な貴方なら、もう」
男「……あ、あ……、ああ……」
そうか、そうか、そういうことならば。
ああ、なんて簡単な。
なんて、馬鹿馬鹿しい話なんだ。
体温を、視覚を、感情を、思考能力を、性欲を、痛覚を、覗いて、残るのは何だ。
いや違う。残るものは、まだいくつか考えられる。
残った中で、俺と合致するものは、なんだ?
男「ああ……、そういう……」
男「そういう……こと、なの、か……?」
俺が忘れるわけもない、彼女達の特徴。
なぜなら、自分で調べていたではないか。
男「あああ……、俺は……」
記憶が、無かった、のか……?

582:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 20:07:47.89 ID:RfWIzW8F0
男「記憶が……」
男「……」
男「いや……、そんな、単純な話では……ない……?」
お嬢さん「……はい」
お嬢さん「貴方はただ単純に記憶をなくしているわけでは、ない」
お嬢さん「先ほども言いましたとおり、ここの対価は身体機能の一部」
お嬢さん「記憶をなくしているだけでは、ありません」
俺はポケットに入れいたメモ帳を、とりだして。
男「そうか……、ああ」
男「ああ、そういう、そういう」
男「だから」
お嬢さんは、今まで、かくして。
男「ああああ……」
男「ああ、あああ……! そういう、そういうこと、かぁ……っ……!」

594:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 20:24:54.28 ID:RfWIzW8F0
>お嬢さん「そうですか。よかった……、ほっとしました」男「ほっとした?」お嬢さん「いえいえこちらの都合です」
>男「ああ、もうそういう状態」 ならさっきの確認は事後承諾でございましたか。
>男「いやそれはそうだけども……、でもそれは事後承諾的なーー」支配人「まあまあ。そのあたりは追々ということで、ね」
>?「初めてだもんねわからないよね、ごめんごめん」芸者「おにいさんの部屋って、春の間だっけー?」
>男「いや順序が逆だ! 俺はここに連れられてきた後に言ったんですよ」男「貴方に言ったわけではない」
>支配人「貴方は間違いなく現実逃避を望みました。そして私がそれに応え、ここにお連れしたのですよ」
>男「はい。どうにも言ってることがかみ合わなくて」芸者「ま、そうだよねー」
>カタギ「ああまた一からか面倒だ」
>何か特別な会話があるわけでもなく、たわいなく飲み交わしているだけというのに。それはとてもしっくりときた。
>男「いつも、こんなかんじなんですか」カタギ「……」カタギさんは一瞬俺の目を見て、変な間を空けてから。
>カタギ「そうだ」なんだろう、今の。
>カタギ「毎度あいつらが隠すのも分かるっちゃあ分かるんだがな」カタギ「俺も巻き込んで、なんてのは簡便してほしいもんだ」
>カタギ「俺は別にどっちでもいい」カタギ「いやむしろあいつらが隠せば俺に聞きに来るんだから」
ああ、全て、すべて
まるで、茶番の
あああ、なんと
ふざけた この  数日間

596:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 20:32:11.66 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「そう」
お嬢さん「私たちは、もっともっと、ずっと昔から」
お嬢さん「貴方と付き合い」
お嬢さん「そしてここでの貴方を」
お嬢さん「貴方以上に、知っている」
お嬢さん「なぜなら」
男「なぜなら……、俺が……」
男「なんども、なんども、なんども……!」
男「最初に、もどって、いる、から……!!!」
これまでの数日間が、
まるで初めてのように進めていたのに、
それは、全て周りからみれば茶番で。
頭を抱えるほかになく。
震えるほかになく。
お嬢さん「いいこ、いいこ」
お嬢さんは、そんな俺の方を、優しく抱いた。