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お嬢さん「現実逃避、しませんか?」
Part8


442:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 13:29:59.62 ID:RfWIzW8F0
水を飲んで、また俺は布団に横たわる。
男(……ん?)
今の一連の動作で、なにか。
なにか、不自然なことが、あったような。
男(……いや? 普通、だったが……?)
なんだろう、と思ったが
頭が上手く回らないので、それはそっと脇に置いた。
お嬢さん「春の間は、過ごしやすくて、いいですね」
お嬢さん「一応扇子ももってきたのですが、不要かも」
男「ええ、今が、ちょうどよく」
お嬢さん「そうですか」
そのうちに、うとうとと。
まぶたがおちてきて。
俺は極楽と思いながら、また眠るのであった。

446:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 13:45:47.95 ID:RfWIzW8F0
次に目が覚めたとき、
お嬢さん「あ……、すいません、起こしてしまいましたか」
男「ああ……いや」
お嬢さんがタオルで、
俺の額の汗をぬぐってくれていたようだった。
男「ありがとう」
お嬢さん「いえ、……この程度しかできませんから」
お嬢さんは優しくもう一ぬぐい。
男「今、何時かな」
お嬢さん「2時ごろ、ですね」
ずっといてくれたのだろうか。

451:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 13:54:11.19 ID:RfWIzW8F0
男「あ、お昼は……?」
お嬢さん「おなかが空きましたか? ではいますぐ」
男「あ、いや俺もそうだけど、君、食べた?」
お嬢さん「いえ、できればご一緒にと、思いまして」
なんとまあ……。
男「それじゃあ、食べようか」
お嬢さん「はい」
メイドさんの持ってきてくれた昼食を、お嬢さんとたべる。
ちなみにそのままメイドさんも混じったので、
ちょっとにぎやかな昼食となった。

454:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 14:01:50.62 ID:RfWIzW8F0
遅めの昼食が終わると、体も幾分楽になっていた。
男「ああ、そうだわすれてた」
男「やらなきゃいけないことが」
お嬢さん「なんです?」
男「メイドさんの記憶がどうなってるかしらべないと」
お嬢さん「ああ……、まだ、やっておられましたか……」
男「中々興味深いよ」
男「これから少し、行ってこようと思うんだけど」
お嬢さん「出歩いて大丈夫ですか……? まだゆっくりしていた方が」
男「まあはきはきは回れなさそうだし時間かかっちゃうけど」
男「どうせ時間はたっぷりあるし」
男「一日布団の中というのも逆につかれるから、これくらいちょうどいい運動だ」
お嬢「……そう、ですか」

459:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 14:19:38.45 ID:RfWIzW8F0
お嬢さんが付き添いますと言ってくれたので、二人でメイドさんを回った。
案の定俺がふらふらだったので、時間はかかったが。
男「あれ、おかしいな……」
男「今日、記憶をなくしてる子が一人もいない」
十六人のメイドさんのうち、
今まで記憶のリセットが確認されたのが五人。
その五人はリセット以降は引き続き記憶を蓄積していて、特に異常はない。
ただ今日は、そのリセットを、だれもしていなかった。
男「うーん、となると……」
今日が特別な日である可能性が、一つ。
もう一つは、十六人の中には偶然、
今日がリセットの日だった子が居なかったという可能性。
こちらの方が濃厚。
男「仮に周期があるとすれば……」
一日目に二人、二日目で三人、三日目でなし。
平均すると一日約1.67人。これで十六で割ると……
男「……概ね、十日。その内に、全員にリセットが、起こる」
すなわち周期の可能性が正しければ、それはおそらく、十日間。

463:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 14:31:29.29 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「……十日……」
男「まあ、データ数がすくないから、まだぶれるかもしれないけどね」
男「今導き出せるのは、概ね十日かなあ、というくらいで」
男「どうかな」
お嬢さん「……はい?」
男「正直、お嬢さんたちはこのあたり、知っていそうな気がするんだけども」
何せお嬢さんで七年、カタギさんで十年。
それだけの年月があれば、
こうしてデータを集めずとも、自然と気づくはず。
お嬢さん「……、貴方は本当に、聡明で、いらっしゃいますね」
男「そんなんじゃないよ」

467:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 14:49:59.61 ID:RfWIzW8F0
部屋に戻ったのが、五時過ぎくらいだったろうか。
お嬢さん「よかった。もう、すっかりお元気そうですね」
男「君のおかげだよ」
おかげもなにも寝ていただけではないかと言うなかれ。
人が近くにいてくれるという安心感は、
ただそれだけで十分妙薬となり得るのである。
ただ、快復を喜んだはずのお嬢さんのかんばせに、
少し寂しそうな、色が。
だから俺は。
男「もう少し、いてくれないか」
お嬢さん「え、あ、あの」
男「まだちょっと、頭がいたい」
男「……かもしれない」
お嬢さん「……」
お嬢さん「……はい」
お嬢さんの頬にすこし朱が差したように見えたのは。
ぎこちなさにちらと打ち見るだけだった俺の、錯覚だったろうか。

469:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 15:04:45.93 ID:RfWIzW8F0
俺はなんともきまりが悪くなって、
どうしたものかと部屋を見回し。
男「あ、ま、窓あけよう」
と、思い返せば今まで一度もあけたことの無い、
その自室の窓に手をかける。
ぱっと、ひらくと。
お嬢さん「わあ」
男「おお……」
それはちょうど窓型にくりぬかれた絵画かと錯覚するほど綺麗に収まって、
桜花爛漫、乱れ咲き。
男「これはまた、よくやる」
明らかに計算された、景色のよさ。
素直に素晴らしいともれるばかり。
座ってみれば空をも捕え、
これがまた文句のつけようもなく。

470:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 15:09:17.44 ID:RfWIzW8F0
それに見とれてしばらくのち。
男「ん……」
ふと、何かが目に入る。
男「これは」
お嬢さん「どうしました?」
その窓の木製のフチ、そこには何か、傷をつけたような跡。
横一線が、二つ。
隠すつもりは無いようで、しかし窓を開けなければ分からない、そんな位置。
男「……なんだろう、わざと、つけたような」
お嬢さん「……、これは、……」
お嬢さんがまた何か知っているのではと、
見落とさぬように表情を見るが。
お嬢さん「なんでしょう……」
これに関しては分からない様子であった。

473:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 15:18:37.61 ID:RfWIzW8F0
他愛無い雑談をしつつ、六時半。
お嬢さん「あ、あの、夕食の前に、お風呂はいかがです」
男「ああ……、そうだな」
そういえば寝汗をかいていたな、と思い出す。
そのあたり気遣ってくれたのだろうか。
男「それじゃちょっと入ってくるよ」
お嬢さん「え、あ……、はい」
男「ん?」
お嬢さん「いえ、どうぞ。ごゆるりと」

475:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 15:27:50.03 ID:RfWIzW8F0
男「ふう……」
春の間の露天風呂で、ほうっと息をつく。
実はこの風呂に入るのは、これがはじめてであった。
男「花見風呂、うむ、絶景絶景」
今日一日は幸せであったなあ、と思い返した。
そこへ。
お嬢さん「あ、あの、し、失礼、します……」
男「んー? ん……、……え!?」
お嬢さん、まさかのバスタオル一枚で、
男一人入浴中のこの湯殿に、赤面しいしいご来臨なすった。
お嬢さん「あ、あの……」
男「ど、どうした……」
お嬢さん「お背中を……」
お嬢さん「お流しに……」
男「おおう……」

477:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 15:36:58.74 ID:RfWIzW8F0
わしゃわしゃわしゃ。
男「あ、あの、ありがとう」
お嬢さん「い、いえ……」
わしゃわしゃ。
気持ちいいのだが、ううむ、どうにも恥ずかしい。
お嬢さん「……先日」
男「ん?」
お嬢さん「秋の間のお風呂を使われた際、には」
お嬢さん「その……、できません、でしたので」
男「……、……」
男「……あ」
>朦朧とする意識の中での、見間違いだったろうか。
>お嬢さんはバスタオルを、まいていたような。
男「ああー……」

479:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 15:47:25.80 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「あの時は」
お嬢さん「あの方たちが悪さをしているであろう、という予感もありましたが」
お嬢さん「もう一つ」
お嬢さん「秋の間に来てくださった貴方に」
お嬢さん「もてなしの一つもしないでは、と、いう気持ちで」
お嬢さん「せめてお背中をお流しできれば、と思い立った次第でした」
お嬢さん「でも、あのようなことになっていて」
お嬢さん「できず」
お嬢さん「……」
お嬢さんはぽつりぽつりと、俺の背中に語りかけていた。
お嬢さん「だから今、こうして」
お嬢さん「そのときの分を、させていただいて、おります」
でもなぜか、どこか本心に言い訳をしているようにも、聞こえて。
男「……、……そうかい」
お嬢さん「……はい」

484:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 16:02:48.08 ID:RfWIzW8F0
そうしてその後は無言のまま背中を流してもらって。
男「気持ちよかった。ありがとう」
お嬢さん「はい。それでは、私はこれで」
男「ああいや、俺が先にでるよ」
お嬢さん「えっ、い、いえ、私はお背中をお流しにきただけですから」
男「背中だけ流させて、そのまま帰らすわけにもいかんだろ」
男「いいよ気にしなくて、俺はもう十分あったまったから」
さすがに一緒に入る、という選択肢はない。
お嬢さん「わ、わるいですっ」
お嬢さん「……じ、じゃあ、あの、ご一緒に……!」
男「それはない」

486:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 16:09:15.98 ID:RfWIzW8F0
気にしないで、と言いつつ俺は立ち上がる。
が、数歩進んだ所で。
そこはちょうど滑りやすくなっていたのか。
格好悪いことに不意に足が取られ、つるっと。
男「わっ」
倒れた先はお嬢さんの方ではなく、前に。
とはいえさすがに軽く滑った程度、
実際この程度踏ん張りもきくな、と頑張った所に。
お嬢さん「あ、あぶないっ」
不意に腕を、つかまれた。
男「……っ!」
それは彼女の、反射的な行動だったのだろう。
滑って転びかけていた俺を、支えようと。
いや、それはそれで、よかった。
俺も何とか踏ん張ったし、すってんころりん、とはいかなかった。
だから巻き込むこともなかった。
問題は、そこではなく。
お嬢さん「あ……っ」
お嬢さんはさっとすばやくその手を引っ込めた。
それは異性に突然触れてしまって恥ずかしく、
などという甘さを含んだ類のものでは、なく。

488:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 16:21:40.47 ID:RfWIzW8F0
男「……お嬢さん」
お嬢さん「……」
お嬢さんは手を抱くようにして、身を引いて。
お嬢さん「だめ……」
男「お嬢さん、今のは、どういう」
お嬢さん「だめ……っ」
俺はいやいやと首を振る、
今にもなきそうな顔の彼女の元へと歩み寄る。
そうしてそっと、手を取った。
男「……、……」
お嬢さん「……っ」
男「どうして」
>今の一連の動作で、なにか。
>なにか、不自然なことが、あったような。
男「どうして君の手には」
男「……体温が、ないんだ……」

497:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 16:41:25.60 ID:RfWIzW8F0
申し訳ないと思いながらも、
腕を、肩を、そして頬を。
男「……なぜ……」
どこにも体温が、ない。
不自然の正体は、これだった。
>お嬢さんはすっとその細い腕を俺の背に当てて支えてくれた。
あの時確かに、服ごしとはいえ彼女の手が当たっていたのに、
まるで人の温かさが、なかったのだ。
彼女との接触は、今まで幾度かはあった。
しかしそのどれも思い返してみれば、
>細い腕が、俺を引っ張っているような気がする。
>朦朧とする意識の中での、見間違いだったろうか。
>言いつつ俺も、そしてお嬢さんも、うつらうつら。
>お嬢さんが肩に、よりかかっていた。
この二度は、どちらも意識が曖昧で。
>まだ頭はくらくらするが、
>ぱたぱたと仰がれる扇子のおかげで幾分かは楽なよう。
>つまりこれは、膝枕。
この時は膝枕をするまでに、例えばタオルを一枚間に挟むでもなんでも、
十分それを隠す時間が彼女にはあったのだ。

499:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 16:58:17.12 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「……、……」
男「これは、どういうことだ」
お嬢さん「……」
男「これも、秘密にする、のか……?」
お嬢さん「……っ」
お嬢さんはどうしていいのかわからない、
そんな顔で、目にいっぱいの涙をためて、
けれど決してこぼさず、そして強く、唇を噛んで。
俺の目から、その潤みきった大きな目を、離さない。
男「お嬢さん……」
動いたら、お嬢さんは逃げ出してしまいそうで。
だから、動けなくて。
そうして、俺はどうすることもできず、
肩をおとして、うなだれて、
深く、そして弱弱しいため息を、一つ、ついた。