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お嬢さん「現実逃避、しませんか?」
Part7


371:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 09:24:05.25 ID:RfWIzW8F0
童「一番古くはない、私より古い人は、いる」
男「え? 誰?」
ここにいる四人とカタギさん以外に、他にいるというのだろうか。
童「仮面さん」
男「……え、…………あっ」
>男「この館の支配人とメイドさん以外は、つまりそういうことなんです?」
>お嬢さん「私たちの知る限りでは、そうですね」
男「……そ、そう……なのか?」
お嬢さん「……彼を、ご存知なのですか?」
男「一度、夜に。……あ」
お嬢さん「……ああ。……なるほど、やはり、あの夜」
男「あ、いや、あの……」
男「ごめんなさい……」

375:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 09:44:44.97 ID:RfWIzW8F0
男「彼は、どれくらい……?」
童「分からない」
男「そうか……」
仮面のあの男は、
その風貌からもっと別の何かと思っていた。
男「い、いや」
>カタギ「いいかよく聞け。あいつは理性を売った」
>カタギ「だから本能だけで動く。もう人じゃねえ」
もう人じゃない。つまり元は人だった? どうしてそうではなくなった?
男「カタギさんは理性を売った、って言ってた。……どういう」
お嬢さん「……!」
芸者「あははー、どういうことだろ。わかんないなあ」
男「何か、知ってますよね……?」

378:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 09:58:29.67 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「……彼は考えることを止めたのです。それだけのことです」
男「考えることをやめた……」
一瞬、背筋がぞっとした。
考えることをやめた? つまりそれは……?
しかし俺はその考えを、いま思考すべきではないと思った。
別の所に問いを移す。
男「でも売った、のだろ? それは?」
お嬢さん「カタギさんが、そういう言い方をしただけ、では」
男「……」
それはやはり、無理やりな。
男「……どうして」
男「どうしてそう、隠すんだ……?」
俺がいったい、何をした……?
お嬢さん「……それは、」
芸者「おにいさんおにいさん」
芸者「女の子を困らせちゃ、だーめよ」

381:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 10:07:30.16 ID:RfWIzW8F0
その日はそれでお開きとなった。
最後に芸者さんが、
「お嬢さんは、貴方のためを思ってるんだよ」
と言ってくれたことが耳に残っている。
いや分かっている。
隠しているのは、悪意の所業ではきっとない。
ただそれでも、気になって。
男「自分で、探すしか……」
明日、カタギさんに「売った」の意味を聞きにいこう。
そうして俺は布団に入った後。
男(でもそれらはまだ……)
考えることをやめた。
その一言が耳に残っている。
なぜならそれは、
現実逃避の極限。
この場所で、もっとも恐れるべきものでは、ないのだろうか。

386:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 10:23:14.10 ID:RfWIzW8F0

「あの、ちょっと変なこと、かもしれないんですけど」
「え? いつも変!? ううう」
「変な質問を、するんですけどっ」
「あの、先日一度、お会いしましたよね」
「はい。……でも、あの前に、会った覚えとか、ありませんか?」
「……」
「そうですか……」
「全然、ですか?」
「……、……そうですか」
「…………。……このあと、……なの?」

392:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 10:42:05.34 ID:RfWIzW8F0
翌朝
お嬢さんとの朝食を終えてーーいつのまにか習慣になっていたーー
俺はまたメイドさんに確認をおこなった。
男「また、進展したな」
昨日「一昨日の記憶」をうしなった二名は、
今日は「昨日の記憶」を覚えていた。
その代わり、別のメイドが記憶を失っていた。
十六名中三名。
ただ今回一つ新しく分かったことがある。
それは、一日前だけでなく、二日前の記憶もなくなるということ。
今日記憶をなくしていた三人は、
昨日一昨日と二日間会話をしてメモをとったのだ。
それをどちらも忘れていた。
ここからわかることは。
男「ある一点を境に、それ以前の記憶がリセットされている……?」
そのリセットの場所は、メイドさんそれぞれで異なっているのだろう。
だから、昨日忘れた子と、今日忘れた子がいる。
男「忘れた後にまた記憶の蓄積が再開されているのをみると」
男「何日かで周期になっている可能性も……?」
とにかく、また明日のデータが、楽しみだ。

394:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 10:48:28.44 ID:RfWIzW8F0
その後俺は、冬の間へと向かった。
冬の間の屋敷の部屋までは、移動が寒い。
男「カタギさん、いますか?」
カタギ「どうした」
カタギさんは部屋の中へすんなりと通してくれた。
男「聞きたいことが、ありまして」
と、昨日の話をしてみる。
カタギ「ははは、遅かったな」
男「はい?」
カタギ「実は昨日の夜、芸者のやつがきてな」
カタギ「絶対聞きに来るから、と口止めしていった」
男「な……!」
先を、越されていた。

396:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 11:00:32.10 ID:RfWIzW8F0
男「うーむ……。隠すのが表立ってきた……」
俺が昨日何故隠すのか、なんて聞いたからだろう。
カタギ「毎度あいつらが隠すのも分かるっちゃあ分かるんだがな」
カタギ「俺も巻き込んで、なんてのは簡便してほしいもんだ」
カタギ「俺は別にどっちでもいい」
カタギ「いやむしろあいつらが隠せば俺に聞きに来るんだから」
カタギ「いっそ一から十まで話しちまってくれたほうが俺は気楽なんだがね……」
案に俺が質問に来ているのが面倒くさい、
と言われているようでもうしわけがない。
カタギ「まあこれも渡世の義理か」
カタギ「先に口止めされちまったんだから、言えないわな」
男「そこをなんとか」
カタギ「なんとかならねえのが義理なんだなあ」

398:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 11:10:11.48 ID:RfWIzW8F0
カタギさん、すこし楽しそう。
男「カタギさんやっぱり極道ですよね」
カタギ「元だ元。今はカタギだ」
カタギ「ところでどうだ、せっかくきたんだ」
カタギ「一杯やっていくか」
男「え、どうしたんですか」
機嫌いいですね、と言おうとして
既に空いたビンが後ろにあることに気づく。
なるほど、昼からやってましたか。
男「なら、すこしいただきます」

402:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 11:18:17.78 ID:RfWIzW8F0
カタギ「わけえなあおい」
年をいったら、そんなことを言われた。
男「どうですかねえ……」
なんだかんだ、結構年をとってしまったような。
カタギ「俺の半分かそこらじゃねえか」
男「そりゃまあそうですけど……」
カタギ「てーなると色恋沙汰ばかりだろ」
男「いや、そんなことは。むしろなにもなく」
カタギ「っはー、わけえのにもったいないなあお前」
なにかこう、胸をえぐられるような。
男「あ、でもお見合いくらいならしたことありますよ!」
張り合ったら笑われた。

406:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 11:38:31.99 ID:RfWIzW8F0
支配人「色恋話と酒の匂いにつられまして〜」
男「おわ!?」
いつのまにか支配人が部屋へと。
カタギ「おう、来たか。座れ座れ」
支配人「失礼いたします」
とくとくと酒が出されて。
男「え、あの……?」
支配人が神出鬼没なのはいいとして。
カタギさんなんでそんな自然に。
カタギ「飲み仲間だが」
支配人「ええちょくちょくと」
カタギ「今日は来るって話だったしな」
支配人「はい、今ちょうど手すきになりましたので」
支配人「いいですね、たまには男三人も」
男「わ、わあ……」

410:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 11:57:38.00 ID:RfWIzW8F0
カタギ「で、その見合いの相手はどんなんだったんだ」
男「いや、それが恥ずかしくて、あまり顔が見れなくて……」
カタギ「青いなあ、お前」
支配人「青春ですねえ」
男「し、しかたないじゃないですか、初めてでしたし……」
男「でも、とても綺麗な人でした」
支配に「おやほれたので」
男「いやほれた、かどうかは……、いや俺なんかが好きになっても」
カタギ「男らしくねえなあ」
カタギ「ついてんのか、お?」
男「つ、ついてますよどこさわってんですか!」
支配人「これは立派な」

416:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 12:09:35.94 ID:RfWIzW8F0
男「……正直、俺、取り得らしい取り得もないですし」
男「だからなんていうか、好きになるのも、申し訳なくて」
男「でもその、だから」
男「もし俺を好きになってくれる人がいたら」
男「俺はその人のために全力で一生をかけられるかな、って」
カタギ「究極の受身だなお前」
男「ぐ……、か、かなり真剣にそう思ってるんですけど……」
支配人「いやでも中々格好いいじゃないんですか?」
支配人「一生かけるって、すごいですよねえ」
カタギ「どうせ男女なんて切った張っただろうに」
男「お、俺はそんなことは……」

419:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 12:26:51.19 ID:RfWIzW8F0
支配人「でも本当に、一生かけられます?」
支配人「人間の方々って、結構色々なところで一生って使いますけど」
支配人「でもその言葉、実際良く考えると重いですよねえ」
男「……人を好きになるって、すごい体力つかうじゃないですか」
男「叶う叶わないとか、叶ったあとも、だめになるかもとか」
男「それなのに、好きになってくれる人って」
男「俺にしたら自分に釣り合わないほど価値のあることなんです」
男「だから、……もしそんなことがあったなら。きっと」
支配人「ほお……」
支配人はくすくすと、カタギさんは少々にやにやとしつつ。
支配人「いや見てみたいものですね」
支配人「人は本当に、他の誰かに一生をかけられるのか」
男「……」
酔った勢いで、俺は今とても恥ずかしいことを口走っていたのではなかろーか。

425:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 12:40:49.85 ID:RfWIzW8F0
さてそんな話をしながら夜まで。
俺たち三人はなんやかんやと話をして、
お開きになったのが23時過ぎだったろうか。
男「ちと、のみすぎたな……」
後半、何を話していたのかも正直よく覚えていない。
ちなみに帰りは支配人が付き添ってくれたので、
前のようなことにはならなかった。
男「はやく、ねよう……」
明日は二日酔いになっていそうだ。
そう思いながら、俺は布団に倒れこんだ。

426:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 12:45:03.52 ID:RfWIzW8F0

「あ、だ、大丈夫です、大丈夫」
「すいません……、くらっと」
「病院ですか? い、いえそこまででは」
「……ありがとうございます」
「本当に必要だと思ったら、頼みますね」
「ふふ」
「それより、貴方はお仕事をがんばってくださいな」
「今が大事な時期と聞きました」
「どうですか、いい感じなんですか?」
「そうですか!」

428:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 12:55:50.10 ID:RfWIzW8F0
男「ぐ……」
やはり、二日酔い。
起きた瞬間に分かるほどである。
男「あー、頭が……、がんがんする……」
男「メイドさん、メイドさん、どなたか……」
なけなしの力でぽふぽふと布団をたたく。
メイド「はいはーい、おや、ダウンですか」
男「はい、ダウンです……、二日酔いで」
男「水と……効きそうな薬を……」
メイド「承知しました少々おまちを!」

430:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 12:59:09.11 ID:RfWIzW8F0
といって数分後。
お嬢さん「だ、大丈夫ですか!?」
と入ってきたのがお嬢さんであった。
男「結構きびしいです……」
後ろから水をもったメイドさんもついてきた。
メイド「はい、水と効きそうな薬です!」
男「え……、薬は……」
メイド「お嬢さん、効きません?」
男「な……」
そういう意味か。
お嬢さん「もう……、はい、ちゃんと薬もってきましたよ」
男「さすが、お嬢さん……、助かる」

435:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 13:10:37.22 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「どうしたんです、二日酔いなんて」
男「いや昨日、カタギさんと支配人と、飲んでたら……」
お嬢さん「ああ……、なるほど、そういうことでしたか」
男「なにか……?」
お嬢さん「さきほど芸者さんが、『介護してくるー』と言って冬の間にいきました」
男「ああ……」
メイド「支配人も珍しく今日は飲みすぎたーって、言ってました」
メイド「いつもは飲んでもケロっとしてるのに」
お嬢さん「はあ、男の人たちがそろいもそろって、まったく……」
あの二人も結構飲んでいた。
というか俺だってかなり飲んだ方だが、
それでもあの二人の三分の一も飲んでいなかったはずだ。
俺の三倍飲んでる二人は、さすがに結構きてるかもしらん。

438:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 13:21:56.63 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「とにかく、今日は私が付き添いますから」
男「いやそんな……」
お嬢さん「……」
済ました顔で、無言の威圧。
男「あ、ありがたく……」
お嬢さん「くす」
お嬢さん「お水、飲みますか?」
男「ああ」
ゆっくり体を起こそうとすると、
お嬢さんはすっとその細い腕を俺の背に当てて支えてくれた。
起き上がると、今度はコップを口元へと。
男「そんな、自分でもてますよ」
お嬢さん「ご遠慮なさらず、ほら」
それをそっとあてがうと、ゆっくりと傾けてくれた。
その具合がちょうどよく、また繊細で。
俺にはもったいないくらいだ、と思った。