Part6
325:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 05:34:39.92 ID:
RfWIzW8F0
カタギ「気分、いいだろう」
カタギ「ここは、こんなのばっかりだ」
男「……?」
カタギ「飯も、酒も、女も、出てくる。好きなだけだ。望むだけだ」
カタギ「そのうえ。何をしていないで遊んでいても、誰も、攻めない」
カタギ「何も、言われない」
カタギ「現実を逃避する場所なら、これほど良い場所は、ない」
カタギ「しかし、な」
カタギ「何もしなくていいというのは、裏を返せば、どういうことか分かるか」
男「え、っと……」
何もしなくてもいい、というのは、つまり?
どういう、ことか。
326:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 05:50:02.49 ID:
RfWIzW8F0
男「何かをする必要が……ない……?」
現実では、生きるために働く必要がある。
三食を手に入れるだけでも、しなければなら無いことがある。
しかしここでは。
何もしなくても、三食に、寝床に、女に、
そしてこの景色のような、旅館の癒しまでも、手に入れられる。
カタギ「そうだ」
カタギ「何も、する必要がない」
カタギ「現実とここの、それがもっともたる違い」
まさしくこれが、逃避の姿。
カタギ「当然のことだが」
カタギ「言ってしまえばそれは、ここでは何も出来ない、ということだ」
カタギ「ここでの全ての目的は、俺たちが手を加えるまでもなく完了する」
カタギ「何かのために動く、という行動の全てが、意味をなさない」
カタギ「俺たちにすることはなにも、ない」
カタギ「これほど無気力なものも……、ないとはおもわないかね」
332:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 06:26:53.20 ID:
RfWIzW8F0
カタギ「まあ、自分にそう言い聞かせて」
カタギ「もう十年も、たったがね」
男「えっ!?」
それには驚いた。
ここまで明らかに否定的な意見だったのに。
男「ここに、十年も……?」
カタギ「ああ」
カタギ「ここが馬鹿馬鹿しいと、分かっていても」
カタギ「それでも」
カタギ「現実に戻るよりは、幾分もマシなんだよ」
334:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 06:31:58.43 ID:
RfWIzW8F0
6
「今日は元気だったので、どん!」
「特性のハンバーグです」
「手ごねです、愛がこもってます」
「ふふふ、どうですか」
「あ、あの……」
「お、おいしいですか……?」
「おいしいですか!」
「わたしもたべてみます」
「……」
「……うっ、こ、これは……」
「もう少し勉強してきます……」
337:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 06:39:13.59 ID:
RfWIzW8F0
翌朝
俺はすぐに、昨日の仕込みを確認しにいった。
男「ふうむ」
男「やはりか」
俺が昨日やった仕込みというのは、
見かけたメイドさん全員に話しかけて、
その容姿と、会話の内容をメモにとっただけである。
ただそれは、一つの結果をもたらした。
男「十六人のメイドに話しかけて……、二人、覚えてない子がいた」
茶髪のメイドさんは、俺の事を覚えていなかった。
けれどたとえば風呂場事件の翌日に、
俺に謝りにきてくれたメイドさんもいた。
記憶を維持している子と、いない子がいた、ということである。
俺はそれに疑問を持ったのだ。
だから、調べた。
そしてその結果が十六人中二人。
この二人の共通点は、いまのところ見られない。
男「もう一日、ねばってみるか」
338:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 06:47:57.45 ID:
RfWIzW8F0
十六人中二人が、一日前に話した内容と
そもそも話したこと自体を記憶していなかったのだ。
となれば明日以降もそれを続ければ、もしかしたら比較が、できるかもしれない。
そんなことを、朝食の席でお嬢さんに話した。
お嬢さん「……そうですね」
男「なにか、気になることが?」
お嬢さん「い、いえ……、なにも」
男「そうか」
時たま見せる彼女達の何か隠しているような素振り。
男「何か、隠してる、か?」
お嬢さん「あ、あはは、そんなことは、まさか」
お嬢さん「何も、本当に、何も」
お嬢さん「ですから、その、また今日一日をゆっくりと、お過ごしください」
340:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 06:56:33.71 ID:
RfWIzW8F0
隠していることを無理に聞き出しても仕方ない。
男「そういえば、カタギさんはここに十年いると言っていた」
男「俺はまだ六日間しかいないが」
男「お嬢さんは、どれくらいいるんだ?」
お嬢さん「そうですね、もう七年には、なるでしょうか」
男「七年……」
男「正直、あきないか? 何もすること無いだろう」
お嬢さん「……それは」
お嬢さんが、その朱唇を一瞬噛んだ。
お嬢さん「いえ、そんなことは、ありませんよ」
お嬢さん「編み物や、小物作りが私の趣味ですが」
お嬢さん「その材料は言えば持ってきてもらえますから。作って、遊んだり」
男「ああ、そういうこともできるのか」
343:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 07:11:53.71 ID:
RfWIzW8F0
朝食が終わって分かれてから。
男「……あ」
そういえば、ここでの時間ってなんだろう。
と思ってすぐに支配人のところへ。
支配人「ここでの時間ですか、まああるといえばありますが」
といって時計を指差して、
支配人「ないといえばないような」
腕を組んで虚空を見つめる。
男「曖昧な」
支配人「だってここ、現実逃避の場所ですし」
支配人「時間なんて気にしてたら、逃避できます?」
男「……む、そういわれると」
支配人「ここでは、望むなら一生だってここに居られるんですよ」
支配人「だからそんなに気にせずとも」
345:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 07:24:22.19 ID:
RfWIzW8F0
男「あ、あと、ここのメイドさんたちって、記憶力が低かったりします?」
支配人「いえ、そんなことは。一般の人間レベルですよ」
男「え、ほんとに?」
支配人「はい。記憶力が特別低いということはございませんが」
男(んー……?)
メイド「あ、お客さんお客さん!」
メイド「ちょっとちょっと!」
男「おわ、どうした」
メイド「夏の間の芸者さんからお呼び出しですがっ」
メイド「いかがいたしましょう!」
男「ああ、なるほど。わかった、いくよ」
男「それじゃあ、すいません。またあとできます」
支配人「はい。いつでもどうぞ」
347:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 07:30:36.68 ID:
RfWIzW8F0
男「二日酔いですか……」
芸者「うん、あはは、もうだめだあ、あたまがあ」
男「やっぱり飲みすぎだったんじゃないですか」
芸者「だって負けたくなくてー! うぐう」
芸者「あーでー、私こんなだから、童ちゃんとお昼ごはん一緒にたべてあげてくれないかなあ」
芸者「朝は私起きなかったから、一人でたべたらしいし……、かわいそうなのお」
男「な、なるほど、分かりました」
芸者「うー、それじゃ」
言うだけ言うと、芸者さんはぱたんと倒れて、眠りこけてしまった。
胸がはだけて、というか半分みえかけて。
男「うーむ、無防備な」
今更ではある。
349:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 07:43:45.37 ID:
RfWIzW8F0
メイドさんに案内されて、童ちゃんの居る部屋へ。
男「こんにちは」
童「こんにちは」
男「えーと、お昼いっしょに食べようと思うんだけど、いいかな」
童「おねえちゃんが二日酔いだから?」
男「おねえちゃん? あ、ああ、芸者さんか。そうそう」
童「わかった」
ほっとする。
男「ここでいい? 外にいく?」
童「どっちでも」
男「え、えっとじゃあ、いつもは?」
童「おねえちゃんのお部屋」
男「そっかじゃあ、ここでいいかな……」
350:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 07:50:40.43 ID:
RfWIzW8F0
一緒にご飯を食べるのだが、こう、会話がうまく成立しないような。
男(むむむ……)
会話はするのだが、機械的というか。
興味をつかめていないのだろうか。
男「芸者さんとは、いつもどんな感じなんだ?」
童「?」
男「あ、えーと、例えば会話とか」
童「おねえちゃんがずっと喋ってる」
男「童ちゃんは、何か話したりしないのか」
童「とくには」
男「そ、そうか……」
返答はあるものの、こんな風に会話の接ぎ穂がなくなるのである。
353:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 08:00:42.48 ID:
RfWIzW8F0
顔も無表情で、何を考えているのかも良くわからない。
でもせっかくの一対一の時間なので、
俺は彼女を散歩に連れ出してみた。
男「んー、夏だなあ。夏はいい匂いがするな」
話しかけるが特に返答はなく。
男「……いい匂いだと、おもいません……?」
疑問系で聞くと、返答をしようとこちらを向いてくれるのだが。
童「……」
首を傾げるだけだった。
男「そうだ、何か遊んでみよう」
花冠をつくってみたり、草相撲をしてみたりと試行錯誤はしたのだが。
面白そうな顔どころか、表情を変えさせることはできなかった。
354:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 08:10:04.90 ID:
RfWIzW8F0
三時ごろになって帰ると、
メイド「あー、着物よごしちゃって!」
メイド「お洗濯お洗濯!」
メイド「お二人ともお風呂へ!」
となって。
男「あの、ご年齢はおいくつですか」
童「九つ」
童ちゃんとお風呂にはいることになりました。
男(これはセーフか、セーフだろうか)
年齢的には、まだ、まだ子供。
大丈夫……? ギリギリ? きっと?
むしろそれを考えてるほうが、アウト?
357:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 08:26:27.14 ID:
RfWIzW8F0
芸者「お風呂までいれてもらっちゃって、ごめんねえ」
男「い、いえ……ははは」
童ちゃんはほとんど自分から動かなかったので、
俺が体を洗ってあげたのだが、
なんだかすごく後ろめたいような。
芸者「昼間ずっとねてたら大分回復したし」
芸者「お礼に今日は私が夕飯をつくってあげよー」
男「おお、それはうれしい」
芸者「あでもそれならお嬢さんも手伝いによぼう! いいよね」
男「え、ええ、ぜひ」
芸者「……あ」
男「どうしました?」
芸者「あ、ううん、やっぱりお嬢さんはご招待ということで」
男「ん……?」
何が違うのだろーか。
359:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 08:36:06.53 ID:
RfWIzW8F0
芸者さんの作ってくれた食事は、
この旅館でよく出るお膳にしっかりのようなものでなく、
とても庶民的なものだった。
それがなんだかとても嬉しかった。
芸者「どー?」
男「おいしい」
お嬢さん「おいしゅうございます」
芸者「あははー、よかった」
芸者さんご満悦の顔。
芸者「それでおにいさん、今日はどうだったー? 童ちゃんとのデート」
お嬢さん「デ」
男「いやデートなんてものではないが……、どうしたお嬢さん」
お嬢さん「い、いえ。私もその話がききたく」
男「た、たいしたことは……」
なんだろう。
この威圧感。
363:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 08:51:34.01 ID:
RfWIzW8F0
芸者「あははーやっぱり。難しかったでしょー」
男「あまり、楽しませてあげられなかったようで……」
芸者「んーん、外に連れてってくれただけで、良かったよ」
芸者「この子、こういう子だから」
童ちゃんを人形のように抱きながら、
芸者「この子はねー、感情をみせてくれないから」
男「それは、たしかに」
芸者「会話してておもったとおもうけど」
芸者「答えのある問いかけには答えてくれるんだけど」
芸者「本人の感情によって変わるものは、答えてくれないんだよねえ」
そういえば、思い返せば。
>男「ここでいい? 外にいく?」
>童「どっちでも」
>男「……いい匂いだと、おもいません……?」
>疑問系で聞くと、返答をしようとこちらを向いてくれるのだが。
>童「……」
>首を傾げるだけだった。
364:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 08:58:48.69 ID:
RfWIzW8F0
芸者「感情がない、とは思いたくないんだけどねー」
いいこいいこ、と芸者さんは童ちゃんの頭をなでる。
男「……あ、あります、ありますよきっと。だって」
>童「おねえちゃんが二日酔いだから?」
男「童ちゃんから、聞いてくれたから」
芸者「あー……、あはは、そうだといいんだけど」
芸者「でもそれはたぶん、いつもと違うからだなあ」
芸者「確認しただけかも」
男「ん……」
そう言われると、なんとも。
芸者「あははまあいいんだ。一緒にいてくれれば」
芸者「ねー」
童「……」
367:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 09:11:21.61 ID:
RfWIzW8F0
男「お二人はいつ頃から一緒に?」
芸者「んー、私がここに来た時からずっとだから、四、五年前かなあ」
お嬢さん「ずっと一緒ですものね」
芸者「そうだねえ」
男「一緒にきた、とか」
芸者「ちがうよー、童ちゃんが先にいたの」
芸者「童ちゃん、ここに来て何年経ったっけ?」
童「二十三年」
男「えっ、年齢より多い……?」
二倍以上である。
しかし体は確かに九歳のままだ。
……なるほど、ここでの時間はあってないようなもの、か。
男「しかし、カタギさんより古いとなると……、一番古いのか?」
お嬢さん「あ……」