Part3
60:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 11:45:07.21 ID:
IY97jrkv0
なるほど、これで謎が解けた。
あの日俺の目の覚めたすぐ近くに彼女が居たこと。
そしてあんなことを聞いた理由。
男「では他に、そもそも俺や君をこの旅館に連れてきた人物がいるのだな」
お嬢さん「……そうなります」
男「それは誰か、分かるか?」
お嬢さん「それは……、その……」
男「ん?」
何かいいにくそうな顔をしたあと、しかし口を閉じきれず。
お嬢さん「……支配人、かと」
男「……ああ」
そうか、たしかに順当に考えればそうなる。
この旅館の支配人が、この旅館のことを知らないわけがない。
男「なるほど、問い詰めるなら支配人が先だったか」
男「わかった、ありがとう。ならちょっと、行ってくるよ」
お嬢さん「……、……はい」
61:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 11:48:15.47 ID:
IY97jrkv0
フロントに行くと、あっさり支配人は見つかった。
支配人「おやおはようございます。朝食はとられましたか?」
男「ええ、おいしかったです。それより、確認したいことがありまして」
支配人「はあ、なんでしょう」
男「俺をここに連れてきたのは、貴方ですか」
支配人「おやこれはまた単刀直入な」
男「どうなんです」
支配人「ふふふ……!」
男「……」
何か悪の親玉がもったいぶるような間を置いて、
支配人「私ですが、なにか」
いともあっさりと。そういいのけた。
64:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 11:53:45.22 ID:
IY97jrkv0
少々肩透かしを食らった気分である。
男「どうして」
支配人「どうしてもなにも……」
支配人「貴方が現実逃避を望んだからでございますが」
男「それは……」
確かにお嬢さんにはそう言ったが……
男「いや順序が逆だ! 俺はここに連れられてきた後に言ったんですよ」
男「貴方に言ったわけではない」
支配人「ほう」
男「だから、ここに俺がいるのはおかしい」
支配人「なるほど、そういう論法で」
いったん間を置き。
支配人「ふふ、ではお伝えしますが」
支配人「貴方は間違いなく現実逃避を望みました。そして私がそれに応え、ここにお連れしたのですよ」
67:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 12:03:13.61 ID:
IY97jrkv0
男「な……に……?」
支配人「まだ、なにか」
男「そ、そんなの記憶に……、ない、ぞ」
支配人「はあ、左様で」
男「俺は……」
混乱しかけ、それでも必死に記憶を思い返そうと、試みる。
男「ん……」
いやしかし、何もそれを阻まない。
すらすらと、記憶の途切れるところまでを俺は思い返すことが出来た。
途切れる最後の日も、普段どおり。
確かに退屈ではあったが、それは逃避するほどのものではなく。
本当に本当に、普段どおりであったのだ。
男「やっぱり、そうだ。普段どおり、だったんだぞ……?」
支配人「そうでございますか」
68:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 12:12:14.11 ID:
IY97jrkv0
記憶が途切れているのは、そこでこちらに移動したからだ。
ちゃんと現実での最後の記憶は、思い出せている。
別段おかしなものはない。
男「何かの手違い……、なんじゃないのか」
支配人「さて、どうでしょうね」
男「……」
男「と、とにかくそれなら話は簡単だ」
男「俺は別に現実逃避なんてするつもりはない。さっさと返してはくれないか」
支配人「ま、そう焦らず。ここで楽しんでから帰っても、損はないでしょう?」
支配人「それともなにかお急ぎで?」
男「ん……」
そういわれると、特に急ぐことがあるわけではないのだが……
70:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 12:19:41.39 ID:
IY97jrkv0
芸者「おやおやー、何かやってるとおもったら支配人におにいさん!」
支配人「おやこれは芸者さん。どうもどうも」
芸者「どうもー。なに、どうしたのおにいさん辛気臭い顔しちゃって」
芸者「あ。また支配人、お客さんおちょくって遊んでたんでしょ」
支配人「おやおや、そんなつもりは」
芸者「おにいさんおにいさん、支配人はちょっとああいう悪い癖があってね」
芸者「支配人とまともに話すとすぐ疲れるんだから」
芸者「ま話は私がきいてあげるよー、私の部屋、くる?」
男「あ、いや、その……」
俺は支配人を見上げる。
なんか、負けたような。
支配人「どうぞどうぞ、ごゆっくりなさってきてください」
男「……」
なんともいたたまれない気持ちのまま、俺はその場を後にした。
75:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 12:34:09.75 ID:
IY97jrkv0
もやもやの気持ちのまま、やはりというか彼女に手を引かれ。
芸者「ここだねー」
と前に立ったのは、観音開きのどこかでみたような。
男「あれ? ここ、俺の部屋が」
芸者「あー、違う違う。よく見て、模様が違うでしょ?」
男「あ……」
言われて気付く、その模様。
春の間のものもうろ覚えだが、たしかに若干違うような。
芸者「そいでは」
開きまして。
男「う、うわ」
むわっと押し寄せたそれは草いきれ。
暑い日差しを受けて昇った、その熱気。
男「……これは」
見上げた空に夏雲奇峰。
季節はまさしく夏である。
77:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 12:42:22.26 ID:
IY97jrkv0
芸者「夏の間へようこそー」
男「これはまた……、信じられないな……」
しかし同時に納得した。
俺の部屋が春の間なら、それ以外の季節があってもおかしくはなく。
芸者「春の間と同じで、回廊を進めば部屋につくんだよー」
芸者「ま、造りは全然違うけどね。そもそも地形が違うから」
男「そう、なんですか」
たしかに春の間と違って、この夏の間には近くに川が見えたりしている。
男「え、川!?」
館の中に川? いやここは館の外?
え、そもそも外ってどうなってる? 春と夏が共存してる?
え? どうやって? あれ!?
芸者「あははー細かいことは、考えない」
芸者「ここは現実逃避をする場所、なんだから」
男「そ、そりゃそうですが……」
芸者「ささ部屋にいこう部屋にー」
78:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 12:49:40.60 ID:
IY97jrkv0
部屋は、俺の四畳半の部屋よりは全然ひろく。
というか。
男「へえ夏の間には何部屋もあるんですね……、というかこれで既に一つの旅館のような」
芸者「え? あー、そっか。気付かなかったのね」
芸者「実は春の間もこんなふうな家というか旅館というか、そんなのが入ってるんだよー」
男「えっ」
芸者「ただ君の部屋が一番前で、でちょうどその部屋の裏にさらに回廊がまわってるから」
芸者「最初から知ってるか、よく注意してないと分からないかもねー」
男「ああ……、そう、でしたか」
そういえば、まともにあそこを散策したことはなかった。なるほど。
芸者「ままそんなことはおいといて」
芸者「今お茶でも出すからちょっとまっててねー」
79:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 12:56:40.75 ID:
IY97jrkv0
芸者さんが出て行った瞬間、はっとした。
男「女性の部屋に、俺が……」
しかも一対一である。
男「これは……まずいんじゃないか!?」
今更、冷や汗がたれる。
そうだった、すっかり失念していた。
昨日の彼女の態度をみるに、
間違いが起こらないとは言い切れない。
男「だ、だいじょうぶ、俺が、俺が折れなければ……」
と気合をいれて少しの後。
芸者「いれてきたよー」
と出てきた芸者さんは、
男「!?」
?「……」
なんと子連れでございました。
83:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 13:13:34.82 ID:
IY97jrkv0
芸者「あっはっははははは!! 違う違う、私の子じゃないよー」
俺が「子連れでしたか」と漏らした途端の大爆笑。
芸者「この子はねー、わらしちゃんって呼んでるのー」
芸者「子供って意味ね。ほら私も芸者さんだし、貴方もおにいさんだし」
男「あー……、なるほど」
ここでは名前を名乗らないのが暗黙のルールなのだろーか。
芸者「はい童ちゃん、ご挨拶」
童「こんにちは」
男「こんにちは」
男(ん……?)
なんか、目の焦点が俺にあってない?
芸者「あ、ごめんねこの子、目、見えないから」
男「ん……、そうでしたか」
85:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 13:19:56.63 ID:
IY97jrkv0
男「この子とは、一緒にここで?」
見た感じこの子はお嬢さんよりもさらに幼い。
芸者「そうだよー。おにんぎょさんみたいで、かわいいでしょ」
男「たしかに」
黒く長い艶やかな髪、ぱっつんに切りそろえた前髪、
その端正な顔立ちと和服であることもあいまって、それこそ日本人形のような。
男(いや……?)
そうではなく、そうではなく。
まるで感情の内容な顔が、そう見せているような……?
男(気のせいだろうか)
芸者「それで、支配人さんとはどんな話してたのかな?」
男「ああ、はい、えっと……」
86:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 13:21:27.85 ID:9LQecg9j0
感情の無いような顔か
88:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 13:32:16.32 ID:
IY97jrkv0
ごめん誤字訂正。
>>85の「感情の内容な顔」→「感情の無いような顔」
>>86指摘ありがとう
87:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 13:28:36.69 ID:
IY97jrkv0
芸者「あー、なるほどねー」
男「はい。どうにも言ってることがかみ合わなくて」
と話している間にも、童ちゃんは虚空を見つめ、眉根一つ動かさなかった。
芸者「ま、そうだよねー」
男「何か心当たりが?」
芸者「んー……」
童ちゃんの頭をさわりさわりとなでながら、
芸者「あはは、よくわかんないや」
男「そう、ですか……」
芸者「でも、ここにきたってことはやっぱり何かあったんだと思うよー」
芸者「支配人さんが言っていたことと同じだけど」
芸者「急がないなら、しばらくここでゆっくりしていったらどうかなあ」
90:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 13:48:09.15 ID:
IY97jrkv0
その後雑談――毒にも薬にもならないようなよしなし事だったが――をいくらか交わして、
軽く散歩をしたあとに、昼食を共にとってから俺は夏の間をお暇をした。
充実した午前中である。
男「はあ、朝早くおきるとこうも色々と……」
やることがあるほうが張り合いはあるが。
支配人や芸者さんの言うように、
とりあえずのところ俺は急いで現実に戻る必要は無い。
それになんだかこのまま戻っても、
いったいどうしてここに着たのかが分からず、もやもやがのこりそうだ。
だからもうしばらく、ここに残ってみようかと思った。
せっかくだから、何かあれば知りたいのである。
男「しかし午後は、どうしようかな……」
考えてみたが、特に浮かばず。
仕方が無いので俺は、この館を散策してみることにしたのであった。
92:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 13:56:35.49 ID:
IY97jrkv0
散策にて分かったのは、この館が思っていたよりもさらに広いということだった。
その恐ろしい広さは、一日二日どころか一週間かけても全てを回りきれるようなものではなく。
男「いやまて迷った……!」
結局こうなる始末であった。
ちなみにこのあとメイドさんをみつけて無事春の間に戻ったころには二十二時過ぎで、
午後は一瞬にして吹き飛んだのである。
収穫は、前に教えてもらった中庭バルコニーのようなものを、いくつかみつけたというところで。
男「あそうだメイドさん、頼みごとが」
メイド「はいはい!」
メイド「なんでしょう!」
男「明日の朝なんだが、お嬢さんを朝食に誘いたい」
男「この前俺がやってもらったみたいに、できるか?」
メイド「おお! 青い予感!」
メイド「春の季節!」
男「いやそうではなく、今日誘ってもらったから、そのお返しに」
メイド「「はいはーい! 承知しました!!」」
93:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 14:06:35.59 ID:
IY97jrkv0
9
「え、なぜ私が来たかですか?」
「あはは、それ恥ずかしいんですけど……」
「でも言わないと始まらないですよね、たしかに」
「前にお会いした時に、貴方が言っていた言葉、あるでしょう」
「お忘れですか?」
「私あの言葉に、びびっとやられてしまって、一発でやられてしまって」
「あはは……、はい。それですそれ」
「私に言ってくれた言葉じゃないことは、も、もちろん分かってますよ」
「でも、本当に忘れられなくて」
「その、やっぱり最初に言っておくべきでした、ごめんなさい」
「そ、そのまさかです!」
「わ、わたし……は、貴方のことが!」
「すす、す、好き……ですっ」
「え……? あ、わわわ、大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」
96:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 14:20:35.09 ID:
IY97jrkv0
翌朝、朝食の席
男「そんなわけで、しばらくここに残ると、思う」
お嬢さん「ああ……」
お嬢さんは心底嬉しそうな顔をした。
お嬢さん「よかった」
なんとなく自分がいることを喜んでくれているようで、俺も嬉しかった。
お嬢さん「あ、そうだ、今日の夕食は芸者さんと童ちゃんと一緒に、どうです?」
男「おお、それはいい。……二人とは、知り合いなのか?」
お嬢さん「そうですね……、結構」
男「そうか。まあ同じ旅館にいるわけだし当然か」
お嬢さん「あ、でもそうなるとあの方も……」
男「あの方?」
お嬢さん「ええ、もう一人、お呼びしたい方が。……構いませんか?」
男「ああそりゃぜひ」
98:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/06(土) 14:38:21.27 ID:
IY97jrkv0
という会話があって、俺は夜まで空いた時間を、散策でつぶすこととした。
二日ほど回って分かったのは、
この旅館は一階から五階程度まではある程度整備がされているが、
それより上は無法地帯だということ。
建築物と建築物が入り組んだ、迷宮のような。
確かに歩く道もあるし、階段もある。
ただそれが整っているかというとそうではなく、
そのデコボコ具合は人口の岩山のようなもので、
その上あちこちがあちこちとつながっているものだから、
どこがどこだかわからない。
ゆえに六階以上に足を踏み入れたら、まず迷う。
五階もあやしい。
また登頂にも挑戦はしてみたのだが、
いまのところ九階より上にたどり着いたためしは無い。
もちろん帰りはメイドさんに手を引っ張られ。
繰り返していたので、何度目かにはため息をつかれた。
ただところどころにあったなんだか分からない部屋や、
隠し扉のようなもの――中は見たが、怖気づいて入っては居ない――は、
男心をくいくいとくすぐった。
まだまだ分からないことばかりで、今後も要捜索だろうか。
そういえば、メイドさんが洗濯物を干している場所は偶然だが発見した。
そうして夜である。