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お嬢さん「現実逃避、しませんか?」
Part18


198:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 02:22:37.30 ID:F106sh6go
男とお嬢さんの二人が去り、
全てが終わったこの場所で、
動かなくなった仮面の男と、
息を付いて座り込んだカタギさんが、残っていた。
カタギ「支配人……」
支配人「どうも」
支配人「お疲れのご様子で」
カタギ「けっ」
私は肩をすくめる。
カタギ「こいつは、死んだのか」
支配人「ええ、どうみても生きているようには見えませんが」
カタギ「……そうだが」
カタギ「しかし、俺は知っているぞ」
カタギ「この場なら、大きなキズだって、寝てれば直る」
カタギ「時間が止まってるから、身体は元の状態にもどるんだ」
支配人「そうですね」
カタギ「死には、至らないんだろう」

199:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 02:30:44.81 ID:F106sh6go
そのとおり。
たしかにこの場所では、逃避した時点の身体を、維持しようとする。
支配人「基本的には、そうですね」
支配人「しかし、そうでない場合もある」
カタギ「そうでない場合……?」
支配人「はい、簡単な話です」
支配人「……逃避者が、すでに、現実で死んでいる場合」
カタギ「……」
支配人「現実逃避をする際、死んでいることから逃避する方もいらっしゃいます」
支配人「そういったかたがたは、一応は時間を与えるために」
支配人「ここに死の寸前の身体で招待いたしますが」
支配人「ここで死ねば、それまでです」
カタギ「そいつも、そうだって言うのかよ」
支配人「……」
支配人「……はい。この方は既に、現実世界において、死亡しております」

200:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 02:42:39.41 ID:F106sh6go
支配人「しかし彼は、自らの死の現実を逃避したのでありません」
支配人「むしろ、現実逃避をするために、死を選んだ」
支配人「もっと正確に言うのなら」
支配人「ここで死ぬために、現実世界でも、死んだ」
カタギ「……どういう」
支配人「……いえ、お気になさらず」
カタギ「……」
支配人「この死体は、私が預からせていただきます」
支配人「カタギさんは、ここからご自分でお部屋に戻れますか?」
カタギ「……ふん」
支配人「ふふ、帰れそうですね」
支配人「……それでは」

201:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 02:56:30.22 ID:F106sh6go
私は自室に、彼をつれてきた。
静かに、寝かせる。
支配人「おつかれさまでした」
その顔を一生の間かくしていた仮面を、
とる。
支配人「……良い顔でいらっしゃる」
とても晴れた、大往生の顔で、彼は死んでいた。
支配人「しかと、見届けましたよ」
彼は一生をささげ、悪魔の契約をやりとげ、
最後の一瞬の報酬を、自ら掴み取った。
支配人「ああ、すばらしい」
支配人「他人のために、自分の一生を」
支配人「本当にかけられる人間が、いるとは……」
素直に、心より。
支配人「感服の至りで、ございます」

203:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 03:11:04.13 ID:F106sh6go
私から見れば、
きっとこの後、さきほど出て行ったほうの彼が、
またここを現実世界で訪れるであろうから、
それを過去に送るという仕事が残っているけれども。
支配人「この彼にとっては……」
ここが物語の、終着点。
この旅館で気づいたところから始まる十日間の呪縛と
それを抜けてたどり着いた現実と、
またそれをどうにかしようと奮起した彼の、
長い長い、物語。
支配人「ああ……」
私はその顔に、人の心の、強い、強い何かを、感じた。
支配人「なんと……」
私は感動に打ち震えていた。
ただあの一瞬を勝ち取るための、
その強い意思の輝きは、
きっと誰もが持つものなどでは、なく。

204:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 03:32:32.10 ID:F106sh6go
そして私は、思った。
支配人「あれだけ頑張って、……これだけの報酬では……、つりあわない」
しかし、契約は契約。
一生に対して、あの一瞬。
彼は一生をここで終えることで、あの一瞬をつかんだ。
そしてそのために、
支配人「おやおや」
>支配人「それでは過去に行く前に」
>支配人「貴方は一つ手順を踏まねばなりません」
>支配人「お教えしますので、ぜひ、ご自分で」
彼はこれで、自分を殺した。
現実で死んでいなければ、この世界で死ねないから。
しかし。
支配人「おやおやおやおや、つりあいませんねえ」
彼がささげたのは、一生である。
支配人「この旅館で一生をささげ、そして現実の世界で、あるはずだった未来の人生も、殺している」
支配人「おやおやおや、おやおやおやおや! 一つの報酬に、二つも代償をささげておられるとは!」
支配人「こりゃあ、大変だ」

208:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 03:43:05.89 ID:F106sh6go
私はくつくつと、わらった。
支配人「等価交換ではないじゃないですか」
支配人「これでは悪魔の名に泥がついてしまいますねえ」
支配人「さてどうしたものか」
これは自分でもひどい屁理屈だと、内心で笑いながら。
支配人「……なに、戯れです」
支配人「悪魔の戯れです」
支配人「その勇姿を見せてくださった貴方への」
支配人「私からの、ちょっとした悪戯です」
支配人「ふふ」
支配人「そしてこれは」
支配人「貴方への、正当な対価」
さあどうぞ、胸を張って。
お受け取りください。

209:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 03:57:53.34 ID:F106sh6go
朝の、少し早い時間。その日俺は仕事に行く途中であった。
?「現実逃避、しませんか?」
男「……は?」
唐突に、肩をたたかれた。
振り返ると、うさんくさいスーツの男が、一人。
?「お金や時間、才能や人間関係、何でもいいのです」
?「それら気の疲れる現実から、さらっと逃避などしませんか」
男「……新手の宗教かなにかか」
?「どうです? 現実逃避、してみませんか」
男「……はあ。いい、しないよ現実逃避なんて」
?「おやそれはどうして」
男「充実してるから」
?「ほう、それはまた」
?「……なるほど、素晴らしいことです。では私は、不要でしたね」
男「そうだ。帰った帰った」
俺が手で軽くあしらうと、その男は何故か小さく笑いながら、その場を去った。

210:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 04:01:15.43 ID:F106sh6go
男「ったくなんだった……」
朝の急いでいる時間を邪魔されたのが、不快だった。
男「って」
男「あああー!!!」
先ほどたたかれた肩が、泥だらけに。
男「あいつ……!」
古典的な悪戯をしていきやがった。
しかも、その犯人はもう姿をくらましている。
男「ちくしょう……」
これでは仕事にいけやしない。
男「く、遅刻だが……」
一度家にかえって、服を取り替えなければ。
男「何てやつだ……、くそ……」

211:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 04:04:51.60 ID:F106sh6go
0 ex
「あれ……、ここ……」
「病院?」
「わっ」
「ち、ちょちょちょちょ、どうしたんですか!?」
「な、な、なんですか、そんな突然抱きついて」
「こ、ここ病院ですよ!?」
「わ、しかもどうしたんですか!? その服」
「なんで汚れて……、あれ、お仕事は……?」
「ああ、ああ、ほら、なかないの、なかないの」
「ここにおりますよ、私はここにおりますよ」

212:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 04:14:52.80 ID:F106sh6go
それは、奇跡だったのだろうか。
男「家にもどったら……、君が倒れてて……!」
すぐに救急車をよんで、病院に運んでもらった。
男「よかった……、よかった……!」
俺は彼女に抱きつく。
女「もう……、いいこ、いいこ」
もしも、もしももう少し、遅かったら。
あの時家に帰っていなかったら。
>医者には一時間はやければなんとか、
>なんていわれて。
きっと彼女は、今は、もうーー
俺は強く、まるで知っていたかのようなくらい、そう思った。
女「そんな、ちょっと倒れただけではありませんか」
男「そんな、こと……っ」

214:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 04:19:20.91 ID:F106sh6go
俺は抱きしめた彼女を、さらに一度強くぎゅっとしてから。
男「俺も……」
男「俺も、愛していた……っ」
女「っ!?」
女「ど、どうしたんです急に……」
男「言ってなかったから……」
男「言わなきゃ……、今言わなきゃ、いけない、って……」
女「もう……」
女「どれだけ心配したんですか」
もうあとは、よかった、という安堵に。
ただただ睫をぬらすばかりで。
女「……」
女「心配かけて、ごめんなさい」
女「……私も貴方のことを」
女「愛しておりますよ」

215:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 04:24:12.02 ID:F106sh6go
これはもしかしたら、本当の世界ではないのかもしれない。
そんな想いが、どうしてかちらついた。
しかしその後、彼女と俺は、
つつがなく共に暮らしていけたから、
そんな想いはすっかりと、消えた。
その中で、不思議な話を聞いた。
男「現実逃避の、旅館……?」
女「……はい、覚えておりませんか?」
男「いや行ったことはないが……」
男「あ、でもあの日、現実逃避がどうとか、スーツのうさんくさい男に」
女「!? そ、それどうしたんです!?」
男「今充実してるからって、追っ払った。君も、いるし」
女「……ああ……」
彼女はとても、不思議な顔をして。
女「……そう、ですか」
でも、くすっと、微笑んだ。

216:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 04:47:26.91 ID:F106sh6go
どうやら話を聞くと
俺はその旅館にいて、そして彼女のことをお嬢さんなどと呼んでいたらしい。
十日間の呪縛とか、対価とか、メイドさんとか。
よく分からない話ばかりだった。
しかし、どうしてかその話が、嘘のようにも思えなくて。
カタギさんや芸者さんという人物にあってみた時には、
彼らもどうしてか見覚えがあるような、気がして。
もしかしたら。
あの日、もし家に帰らず彼女を逝かせてしまっていたら。
たしかに現実逃避を、
していたやも、しれず。
しかしそれはそれで、今俺のいる世界の話ではない。
今ここには、たしかに彼女がいる。
だから、俺はーー
男「これからも……、よろしく、頼む」
ーーそう言って、彼女をめいっぱい、腕に抱きしめた。
女「……はい」
女「こちらこそ」

217:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 04:51:34.38 ID:F106sh6go
支配人「このような世界があっても、良いでしょう」
支配人「貴方はそれを得るにたる、働きをみせたのです」
くつくつと、旅館の自室で腰掛けて。
支配人「ですからどうぞ胸を張って、その世界を歩んでください」
支配人「貴方がかけるべき一生は」
支配人「そのような世界で、正しい貰い手にささげるものなのです」
それは貴方が自力でつかみとった、それももう一つの正しい世界なのです。
ですからどうぞ、力強く。
貴方の掴み取った、幸せを、存分に。
支配人「さて、次の逃避者を探しに逝きますかねー」
彼らは、その後。
長く長く末永く。
彼の宣言どおり、一生をかけて。
幸せに暮らしました、とさ。
fin

218:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/10/10(水) 04:52:15.56 ID:/SFqIsl2o


219:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 04:53:13.02 ID:t4Q2Ygr70
お疲れ様ー

220:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県):2012/10/10(水) 04:53:26.74 ID:9gpij8nCo
乙 泣きすぎて涙枯れてしまいそうだよ
保守してた甲斐があった・・・ありがとう 本当に

221:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/10/10(水) 04:55:17.48 ID:wYhdJM1DO
素敵なお話をありがとう
お疲れさまでした
おやすみなさい。

222:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋):2012/10/10(水) 04:55:26.31 ID:XW9nCkzb0
やっぱハッピーエンドが良いよな、乙

223:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/10/10(水) 04:56:31.93 ID:oG8JJBkvo
お疲れさま!
いい作品に出会えて良かった!

224:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都):2012/10/10(水) 04:56:41.34 ID:WAbxLlOho

ちゃんと形にすれば売れるレベルだろ、コレ

225:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/10/10(水) 05:04:05.70 ID:zXI6o5VIO
おつです

226:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東):2012/10/10(水) 05:06:33.22 ID:6kARdZFAO
お疲れ様でした!

227:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/10/10(水) 05:15:27.36 ID:fH4rjZ++o
乙ー。面白かった

228:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 05:23:48.32 ID:F106sh6go
お疲れ様でした、今回超ながかったですね
前回を超えて最長でございます
1スレで収まらなくてごめんなさい
次回以降はもっとコンパクトにするよう努力します……っ
付き合ってくださった皆様方、本当にありがとうございました
VIPにて保守してくださった方にも、心より感謝を
毎度のコトながら誤字脱字がやばいですね、見返すだけで心がくるしいです
でもとにかく、やっとこれをかけたので満足です
ずっと頭の中にありました(ずっとあったせいで長くなりました。たぶん)
細かいところとか思ってたことは明日ブログあたりでつらつらやるとおもいます
それではそれでは、お疲れ様でした!
また何か思いつきましたら、その際はよろしくおねがいします!

229:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県):2012/10/10(水) 05:26:10.97 ID:9gpij8nCo
リアルタイムで見たのは初めてだけど
今までのどの作品よりも好き お疲れ様!

233:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県):2012/10/10(水) 06:02:03.19 ID:nfgRm+wco
超乙
ヤバい、マジで感動してる
すげえ良かった…

235:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県):2012/10/10(水) 06:27:36.76 ID:q9EgtYLT0
乙!
久々に素晴らしい物語に出会えたよ
ありがとう