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お嬢さん「現実逃避、しませんか?」
Part15

お嬢さん「現実逃避、しませんか?」2
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88:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 06:43:59.74 ID:GSIyCG6Oo
男「あの、カタギさんはここの住職なんですか?」
カタギ「いや現役は引退したよ。納骨式のときは、俺じゃなかったろ」
男「そういえば」
男「あの、このお墓って、他に誰がはいってるんです?」
彼女はここを指定したが、
墓石に彫られた名前を見ても、わからなかった。
カタギ「ああ、そうか、しらんか」
カタギ「誰だと思う?」
男「俺の知っている人です?」
カタギ「そうだな」

91:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 07:33:09.25 ID:GSIyCG6Oo
となるとあそこにいた誰か。
男「童ちゃんか……、芸者さんか……」
男「仮面さん……?」
カタギさんは「それじゃ全員じゃねえか」と言って笑った。
カタギ「童だよ。あいつの墓が、これだ」
男「童ちゃん……か」
カタギ「そうだ」
カタギ「アイツはとお嬢はな、少しの間らしいが一緒にすごしてたんだ」
カタギ「童が、お嬢を保護する形でな」
男「保護……?」

92:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 07:52:31.25 ID:GSIyCG6Oo
カタギ「逃避をした時間が、全員バラバラだっていうのは、知ってるな?」
男「はい」
カタギ「時間的には、童はお嬢よりも前に逃避していた」
カタギ「たしか、今から換算すると二十年かそこらの昔だ」
カタギ「お嬢の逃避はたしか……、六年だか、七年だか」
カタギ「ああ、向こうでの滞在時間とは関係ないぞ」
カタギ「「お前だって何年もいたのに、逃避したのは最近だろ」
男「ええ、まあ。……あれ、何で知ってますか」
カタギ「顔と背丈があの時のままだからな。髪は少し伸びたようだが」
男「なるほど」

94:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 08:01:34.15 ID:GSIyCG6Oo
カタギ「偶然だったらしい」
カタギ「童は、現実にもどったすぐあとのお嬢を、発見したんだ」
カタギ「ただ、あいつは向こうで視覚を失っていたからな」
カタギ「最初は顔を見てもお嬢とは気づかなかったらしい」
カタギ「ただ、その時のお嬢はとてもひどかったそうだ」
カタギ「だから気づかなくても、保護をした」
カタギ「それで一緒にいたのが、五、六年」
カタギ「死んだのは、つい半年前だ」
男「半年前……」
逃避した時が九歳で、それが二十年まえだということは。
悔しいくらい、若すぎる。

95:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 08:35:52.97 ID:GSIyCG6Oo
カタギ「あいつもーー知っていると思うがお嬢もーーほとんど身寄りがなかったらしい」
カタギ「だから死の間際、童はなんとかお嬢に身寄りを、と思って」
カタギ「なんとか見合いの話を、取り付けた」
カタギ「それがまた偶然にも」
カタギ「お前だった、というわけだ」
男「な……」
カタギ「もちろん童のやつは、お前だとは知らなかった」
カタギ「そもそも童自身身寄りがいなかったのだから」
カタギ「頼れる人もすくなく、話を取り付けるだけでも大変だったはずだ」
カタギ「お嬢が運命の出会いだといったのも、頷けるところだな」
男「……」

97:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 08:57:51.54 ID:GSIyCG6Oo
男「ああ……」
目頭が、熱くて。
カタギ「結局、童はお前とのお見合いが行われる前に逝っちまった」
カタギ「まあしかし、お前とあわせることができたのだ」
カタギ「お嬢にとって最高の相手だ」
カタギ「……本望だったろうよ」
男「……」
カタギ「あの頃。旅館でお前が話した見合いのこと」
カタギ「つまりはこれだったわけだ」
カタギ「なんの気なしに聞いていたが、こうと分かると、なんていうかな」
そこで口を閉じ、あごをかいて。
カタギ「あの旅館にいて、それぞれが知っていたからこのお見合いにつながったわけじゃない」
カタギ「本当に全て、偶然に」
虚空に投げるように。
カタギ「……不思議な話だ」

99:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 09:10:42.43 ID:GSIyCG6Oo
カタギさんはそう言ってから、空を仰いだ。
俺は、じっと墓石を眺めていた。
いつのまにか、ぽろぽろと。
なにかが、頬を伝っていた。
男「俺は……」
あふれ出るものは、とめどなく。
男「ああ」
なんといえばいいのか、分からず。
男「……」
とにかく今はもう何も出来ないという事実に。
ただただ、耐えるしかなく。
乾いた風は、つめたかった。

100:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 09:15:36.91 ID:GSIyCG6Oo
その時。
?「おーい」
と、女性の声。
?「あはは、なんだきてたのかあ」
どこかできいたような。けれどすこし、かわっているような。
振り返ると。
男「ああ……」
彼女はあの時見たよりも、やはり大分、年を取っていて。
カタギ「紹介しよう」
カタギさんはにやりとして。
カタギ「こいつが俺の、嫁だ」
芸者「やだなあ、もう。こんな歳になってるのに、恥ずかしいよ」
芸者さんもまた、笑って。
芸者「ひさしぶりだね、おにいさん」
男「……おひさしぶりです、芸者さん」

101:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 09:30:58.55 ID:GSIyCG6Oo
男「結婚、したんですか」
カタギ「そうだ。ずいぶん前にな」
芸者「といっても三十年前くらい? 結構歳とってからだもんね、現実で会ったの」
カタギ「そうだな」
二人が出会ったのもまた、偶然だったらしい。
カタギ「会った時は、誰だか分からなかったしなお前」
芸者「ぐ、その言い方はなんかむかつくなあ」
二人はとても仲がよさそうだった。
男「そうでしたか……、おめでとうございます」
芸者「この歳になって祝福されるとはっ」
男「俺から見れば、二ヶ月前に別れたばかりですから」
その時は二人とも、他人同士。
芸者さんはカタギさんに好意があったようだったし、
だから二人にしては今更と分かっていても、
そう、言いたくなった。

102:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 09:37:56.56 ID:GSIyCG6Oo
その後少し会話してから、俺は帰ることとした。
カタギ「これからどうするんだ、お前」
男「……とくには、変わらず」
今までのように、普通に会社勤めを、続けるだろう。
カタギ「そうか」
カタギ「……また、こいよ」
男「……はい」
カタギ「……」
その間が、少し意を含んでいるのは、分かった。
カタギ「いつでもこいよ」
男「はい。……では」
俺は車に乗り込む。
芸者「またねー!」
芸者さんに見送られ、
俺はその場をあとにした。

103:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 10:27:43.42 ID:GSIyCG6Oo
数日後の休日。
俺はある場所へとやってきた。
男「やっとみつけた……」
明け方頃に家を出たが、今はもうとうに昼をすぎていた。
彼女の残したメモの内の一つ、
押し花とかかれた住所が、ここ。
いや正確には、住所の場所には家があった。
だがそこはボロボロで、既に人はいなかった。
ならこれはどういうことか、
と途方にくれかけたが、そういえばと俺は思い出した。
>「幼い頃は私、とても田舎に住んでおりまして」
>「ええ、山の中のような。あはい、おじいちゃんとおばあちゃんの家です」
>「その頃、お山の中に一つのお墓がありまして」
>「ぽつんと。一つだけ」
>「その納骨室に、押し花の本が一冊、入っていたのです」
>「とてもふるい、お手製の」
>「中のお花はとっくに枯れていましたけど、でも私それがとても気に入って」
おそらくあの家が、幼い頃のお嬢さんが過ごした場所だ。
そしてこの押し花とかかれたメモで向かって欲しかった場所は、つまり。
男「この墓、だよな」
小一時間探し回って今やっと、それらしきものを見つけたのである。

105:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 10:49:32.43 ID:GSIyCG6Oo
男「やっぱり」
納骨室とおぼしき場所から、一冊の和とじの本がでてきた。
男「ずいぶんと古いなこれは」
中には既に枯れきってはいたが、
無数の花が収められていた。
男「これがお嬢さんの言っていた……」
ページを一つ一つ、
本そのものが壊れないよう注意しながら見ていく。
一通り見た後、本の表紙を良く見ると、文字が。
男「……四季、か」
なるほど、本来この本には、
四季折々の花々が、美しく閉じ込められていたのだろう。

106:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 11:28:21.50 ID:GSIyCG6Oo
?「その宿が廃れていく中で」
?「一人の男が悪魔に懇願をしました」
?「宿をつづけさせてほしいと」
?「悪魔は首を横に振りました。契約は契約です」
?「その宿はすでに、悪魔のものです」
?「しかしそれでも、どんな形でもいいからと男は縋り付きました」
?「それでは、と悪魔は提案をします」
?「この現実の宿は、既に廃れることがきまっている」
?「しかし人の世でなければ、つづけさせてやってもいいだろう」
?「男はそれでもいいと頷きます」
?「ただしお前の命が代償だ」
?「宿は続くがお前は死ぬ。それでもいいか、と悪魔は続けます」
?「男はそれにも、それでもいいと頷きました」
?「男にとってこの宿は、命よりも大切だったのです」

107:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 11:34:39.54 ID:GSIyCG6Oo
振り向くと、そこにいたのは。
男「支配人……!」
支配人「おひさしぶりです、お客さん」
男「な、なんで、ここに」
支配人「いえむしろ、貴方の方からここにきたのですよ」
支配人「ここが、私どもの旅館の場所ですから」
男「え……?」
支配人「その墓は、ここにあった宿を営んでいた家の墓です」
支配人は、目線を俺の持っていた本に落とし、
支配人「そしてその本を作ったのは、最後の一人の男」
支配人「悪魔に懇願をし、命をささげ現実を逃避した男」
支配人「すなわち、私どもの館を、作った男にございます」

109:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 11:46:38.94 ID:GSIyCG6Oo
支配人「ゆえにあの旅館には四季の間がございます」
支配人「なぜなら彼が、ここに閉じ込めたから」
支配人「ゆえにあの旅館には現実を逃避した人間が招かれます」
支配人「なぜなら現実を逃避して出来たのが、あの場所だから」
ああそうか。
だからあの屋根から見た景色は、
>支配人「ここから見えるこの風景は」
>支配人「その宿が廃れるまさに寸前で、時間が止まっているのです」
時が止まっていたのだ。
男「……そういう、ことか」

110:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 11:54:39.61 ID:GSIyCG6Oo
支配人「どうです、戻った現実は」
男「……どうもなにも」
支配人「左様で」
俺は何も言わなかったが、支配人は察した様子。
支配人「しかし皆さん頑張って現実を乗り越えたのです」
支配人「きっと貴方も」
男「……、失ったものは、帰ってこない」
支配人「それは誰しも同じですが」
男「それは……」
言葉に、詰まる。

111:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 12:15:44.77 ID:GSIyCG6Oo
支配人「……それでは、彼らの話をいたしましょう」
男「え?」
支配人「彼らの、逃避した理由を」
支配人「貴方と同じく、彼らだって逃避した現実がありました」
支配人「彼らはそれを、逃避から戻ったのち、乗り越えたのです」
それはそのとおり。
あの場所にいたということは、
同じく逃避したい現実があったのだ。
男「……」
では、と支配人は語りだした。

128:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 19:45:59.17 ID:GSIyCG6Oo
それはどれも、優劣のつけられるものでは、なく。
ぐるぐると、言葉だけが、回る。
跡目。抗争。報復。巻き添え。両親。寺。焼き討ち。仁義。復讐。
戒め。痛覚。ケジメ不可。否定。
カタギ。家。父の跡。復興。
性欲。貞操。制御不可。真面目。二律背反。恋。娼婦。
妻帯者。崩壊。優しさ。
謝罪。尽力。解決。抑制。コントロール。
両親。愛人。知らない男。知らない女。家の中。オトナ。
怒声。恐怖。見ない。放置。暴力。孤独。
逃亡。自活。労苦。奮闘。
父。溺愛。肌。エスカレート。男。寵愛。拘束。接触。身体。
生暖かさ。嫌悪。体温。
拒否。逃亡。努力。回復。笑顔。
ぐるぐると、回る。

130:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 20:02:36.79 ID:GSIyCG6Oo
男「……」
自分ばかり、などということは、なく。
男「……っ」
分かっている、分かっている。
話を聞いて、さらに強く、理解している。
男「……」
それでも思わずにはいられない。
だからなんだと、いうのだ。
誰がなんだというのだ。
現実は、いくら乗り越えようと、
事実として、変わらない。

131:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 20:10:33.97 ID:GSIyCG6Oo
支配人「……気持ちは分からないとはいいませんがね」
支配人「それに彼らには、戻るまでに考える時間があった」
支配人「……しかし貴方には、なかった」
支配人「なぜなら全て、忘れていたから」
支配人「その点確かに、異なりはしますか」
しかしその程度。
男「俺は何も……してやれなかったんだ」
現実を逃避した時点ですでに、
俺はもう、何も出来ない状態、だったのだ。
時間がいくら、あったところで。
支配人「あの場は解決を求める場ではなく」
支配人「心の準備を、する場所、ですから」
支配人「だから本心から望まなければ、帰ることはできないのです」

132:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 20:19:55.79 ID:GSIyCG6Oo
男「いくら準備をしたところで……!」
男「こんなにも辛い現実なら、俺はいつまでだって、あそこに……!」
ああ。
それはきっと、あの場にいた誰もが思っていたこと。
支配人「時間は人の心を変化させます」
支配人「どんなに辛いことも、いずれは耐えうるものとなる」
男「だからなんだ……」
男「俺は彼女に何もしてやれなかった!」
男「俺の言葉を信じてくれた彼女に」
男「俺は一生どころか、たった十日も尽くしてやれなかった!!」
男「ただ一言答えてやること、すらも……」
それはどうしたって、変わらない。
悔しくて。
それがたまらなく、悔しくて。