Part14
887:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:53:00.19 ID:
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男「……はぁ、はぁっ!」
心拍数が爆発的に上がり、
明らかに限界を超えているのを理解する。
男(まずい……、まずい……!)
守るべきものがある人は強いなどとは言うが、
人一人負ぶって走るにも限度がある。
どうしたって本能だけで突進してくるあの仮面さんに、
勝てるわけもなかった。
だからその距離はどんどん縮まって、
男「くそっ、くそ……!」
だがその向こうにようやく、
出口らしき扉をみつけた。
男(あそこまで……いければ……!!)
891:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:08:03.04 ID:
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仮面さんが、すぐ後ろまで来ているのが分かった。
明らかに扉までたどり着けない。
そうわかった俺は、せめてお嬢さんだけは守らねばと、
男「く……っ!」
振り返った。
お嬢さん「だ、だめ……!」
乱暴と思いつつも、お嬢さんを俺から半分投げる形でほうりだす。
こうするしか、なかった。
俺は振り返って飛び掛ってきた仮面さんの一撃のこぶしを、
真正面から受けることとなる。
男「が、あ」
吹き飛ばされて、転がり
殴られたところの骨はおそらく折れていた。
しかしそれでもお嬢さんのところに行かせるわけにもいかないから、
ひるまず飛び掛る。
カタギさんがここにたどり着くまでの数秒さえ、持てばと、
半分意識が朦朧とする中で、俺は必死に仮面さんと取っ組み合った。
893:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:12:29.32 ID:
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そうしてカタギさんがたどり着くと、
仮面さんを蹴り飛ばして引き剥がしてくれた。
カタギ「大丈夫か」
男「い、生きては……います……」
カタギ「すまねえ、こいつあまりに死に物狂いで」
よく見ると、右腕がだらりとたれていた。
おそらくカタギさんに撃たれたのがそこなのだろう。
カタギ「躊躇すべきじゃなかったな」
カタギさんはそういうと、どこから出したかナイフを
仮面さんの両足に突き刺した。
仮面「ーー」
仮面さんの声にならない悲鳴を聞いた気がした。
894:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:21:39.96 ID:
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仮面さんは一瞬動かなくなったが、
しかしすぐに痙攣する足を引きずりながら
まだ使える左腕で、身体を這わせてくる。
カタギ「こいつ……」
ただ、その方向は俺でもカタギさんでもなく
端っこで振るえ縮こまっていた、お嬢さんの方で。
カタギ「いかせねえぞ」
カタギさんはその残った腕も、踏みつける。
それでもなお、仮面さんは、もだえる。
カタギ「なんでこいつ、こんなに必死なんだ……」
いくら本能だけとはいえ、
これだけ負傷してもまだ立ち向かってくるというのは、いったい。
898:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:29:16.05 ID:
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その時だった。
仮面「……あぁあ……、ああ」
男「……!」
仮面さんが、初めて声を上げた。
低い、うめき声。
そして、
仮面「ぉ……で、も……」
何か、言葉を。
仮面「あい、し……で」
仮面「……いだ……」
必死に搾り出すように、そう言った。
カタギ「……」
そうして、それだけ言うと、まるで何かやりとげたかのように。
ぷっつりと。
仮面さんは事切れ、もう、動かなかった。
899:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:37:17.97 ID:
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カタギ「なんて言った?」
男「……いえ、俺も……」
お嬢さん「……、……」
凄惨な姿で、仮面さんはピクリともしない。
カタギ「……後味は、悪いが」
カタギさんは、うしろの扉をみて。
カタギ「ここだろ、出口」
男「……おそらく」
カタギ「なら、さっさといくといい」
カタギ「もうここには、用もないだろう」
902:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:45:29.43 ID:
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男「お嬢さん、……行こう」
お嬢さん「……」
この光景で、おびえてしまったのか。
お嬢さんは口もひらかず。
カタギ「お嬢、大丈夫だ」
カタギ「おそらくこいつは死なねえ」
カタギ「何せここは現実逃避をするための場所だ」
カタギ「何でもありだ、支配人のやろうがなんとかしてくれるさ」
それはおそらく、お嬢さんを安心させるためのデマカセだった。
本当にそうなる可能性も、ないとはいわないが……。
お嬢さん「……、……」
お嬢さんはふらふらと、立ち上がる。
しかしよくお嬢さんの顔を見ると、
怯え以上に、困惑の表情が混じっていた。
男「どうした?」
お嬢さん「……、……いえ……」
903:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:50:30.38 ID:
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男「……それでは」
カタギ「おう。またな」
俺たちは、背を向ける。
男「さ、お嬢さん」
扉の向こうは、開いてみたが何があるのかは、よく分からず。
前に屋根からみた霧のようなもので満たされていた。
お嬢さん「お世話に、なりました」
カタギ「俺も世話になったさ」
カタギ「じゃあな」
そうして俺たちはカタギさんに見送られ、
その扉の中へと、入っていた。
男「お嬢さん、じゃあ、俺たちも、また」
お嬢さん「……はい。また」
よく、見えなかったが。
お嬢さんがぎゅっと抱きついてきたような感触が、
最後の記憶として、残っている。
904:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:53:01.41 ID:
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0
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908:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 14:05:00.35 ID:
oVyIEMwx0
男「……わ」
男「あ……れ……?」
なにか、意識がとんでいたような。
男「ん……」
記憶が、グチャグチャとしていて、はっきりとしない。
今まで俺は、なにをしていた……?
男「ここは……」
四角い部屋だった。
青白い光がともっている。
男「……?」
俺のもたれかかっているものは……
机?
なにかのっているようだ。
なんだろう。
俺はゆっくりと、少しふらふらとしながら立ち上がる。
910:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 14:10:50.46 ID:
oVyIEMwx0
男「……これ、は」
人が寝ているような……、
男「い、いや」
あたりを見回す。
四角い部屋、一つの長い机ーーいや、台。そして青白い光。
まるで、
男「霊安室……?」
では、ここの寝ているのは、誰かの……。
顔には白い布が、かぶさっていた。
男「……」
一瞬、ためらう。
あけるべきだろうか……。
男「……、……」
俺はその白い布を、とった。
914:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 14:17:58.73 ID:
oVyIEMwx0
その瞬間。
男「……っ!!!!」
怒涛のように記憶がなだれ込んできた。
男「あああ、ああああ……ああああ」
それは女の顔だった。
それは
男「ああああああああ、あああああ」
ここ十日間、一緒に過ごしていた、女の顔だった。
男「あああああアアアあああ、あアアアアアアアアアア!!!!!!!」
だが、だがしかし、それだけじゃない
知っている、知っている、
ああああ今さっきまで
男「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
お嬢さん。お嬢さん。お嬢さん。
お嬢さん。
919:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 14:31:21.89 ID:
oVyIEMwx0
男「ああああああああああああああああああ」
俺は、この十日間。
この十日間この娘と、
一度お見合いをしたことがある、この娘と、
一緒に暮らしていて。
彼女は
「もし俺を好きになってくれる人がいたら」
「俺はその人のために全力で一生をかけられる」
なんて言った俺の言葉に胸を打たれたからなんて言いながら、
俺の事をずっとしたってくれていて、
ただ、恥ずかしくて俺はなにもしてあげられなくて、
好きだと応えることすらできなくて、
それなのに今日、死んでしまって。
アレだけ尽くしてくれたのに、
俺の言葉を信じてくれたのに、
結局俺が何もすることができる前に、
俺が仕事に行っている間に、
身体の弱い彼女は
あっさりと、死んでしまって。
医者には一時間はやければなんとか、
なんていわれて。
俺はせっかく手に入れかけていた幸せを、結局何もつかむことなく、
それどころか何もつかませてあげられないまま、なくしてしまって。
928:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 14:41:33.73 ID:
oVyIEMwx0
初めて人に好意を持たれたことが、
たまらなく、何よりも俺には嬉しくて。
そんな彼女と過ごす毎日が幸せだったから、
彼女があっさりと死んでしまった時、俺は
現実を、逃避したのだ。
男「ああああああああああああああああああ」
だが今戻ってきた時点で、
今更問題はそれだけでなかったことに気づかされる。
彼女はあの旅館で出会った、お嬢さんなのだ。
年齢は、成長していた。
俺が分かれたあの時よりも、五つ以上は大きくなっていた。
おそらく時代が違った。
俺と彼女は、あの旅館に召集される時点での時代が違った。
今思えば、つまりあの会話こそ、そういう、意味だった。
>「あの、先日一度、お会いしましたよね」
>「はい。……でも、あの前に、会った覚えとか、ありませんか?」
>「……」
>「そうですか……」
>「全然、ですか?」
>「……、……そうですか」
>「…………。……このあと、……なの?」
932:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 14:53:58.43 ID:
oVyIEMwx0
つまり彼女は俺の元へ来た時点で、
既に逃避から戻った後のお嬢さんだったのだ。
そうして彼女が死ぬことで俺はやっと逃避するから、
彼女にとっては「このあと」という認識になる。
男「あああ……」
そんなこと、死んでから、分かったって……。
男「ああ……」
彼女は、彼女には……
男「……」
申し訳が……、ない……。
936:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 15:11:09.00 ID:
oVyIEMwx0
それから二ヶ月が経った。
男「……」
彼女には遠い親戚程度しか身寄りがなかった。
ほぼかかわりがなかったようなので、遺骨は俺が引き取らせていただいた。
そしてそれらは、彼女が指定したお墓に納骨した。
俺は今、その墓の前にいる。
彼女が残したものは、三つのメモだった。
一つは、このお墓の場所が書かれた住所。ここ。
一つは、押し花、とかかれた謎の住所。まだ行ってはいない。
一つは、「気付いたよ」と書かれたメモ。意味は不明。
男「……」
線香を上げて、花を添えた。
空はとても、晴れやかであった。
941:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 15:18:48.49 ID:
oVyIEMwx0
?「……おや」
とんとん、と肩をたたかれた。
男「はい?」
?「おおおー、やっぱりお前か!」
男「え?」
服装からしてお寺の人間のようだが。
誰ーー
男「あ」
その顔、もしや。
男「カタギさん!?」
カタギ「おうよ、よくわかったじゃねえか!」
男「わあ、カタギさん!」
と感動したあと、ぽろっと
男「めっちゃ年取りましたね……」
カタギ「言うな……」
950:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 15:34:10.25 ID:
oVyIEMwx0
カタギさんは、俺の横に並ぶ。
カタギ「ここ、お嬢がはいったんだっけな」
男「……はい」
カタギ「お嬢は、死ぬ前。元気だったか」
男「……体は弱かったですが、はい。それなりに元気でした」
カタギ「笑ってたか?」
男「……ちょくちょくと」
カタギ「そりゃ、よかった」
カタギさんは、ふっと小さく笑う。
男「って、彼女が家にいたこと知ってるみたいですね」
カタギ「お前のとこ行く前に、お嬢が電話で教えてくれた」
カタギ「まさか見つかるとは、とか、運命の出会いだ、とか言ってたな」
男「……そう、ですか」