Part13
813:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 09:25:12.95 ID:
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男「でも、そんな気持ちでいる君を」
男「置いていけはしないよ」
お嬢さん「……っ」
男「……行こう」
男「やってみなきゃ、分からない」
男「ダメだったら、また次の俺に教えてやってくれ」
男「きっと、頑張るから」
お嬢さん「そんな……、そんな……」
男「大丈夫」
俺はその、きっと暖かい手を、取る。
お嬢さんの目を、じっと見つめる。
男「絶対に」
格好をつけたつもりで、
しかし手は、震えていたかもしれない。
男「君だけは守るから」
ただこんな時こそがきっと、
見栄でも男が胸を張る時なのだろうな、と。そう内心で、苦笑い。
817:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 09:32:40.47 ID:
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そうしてお嬢さんを半ば強引に連れ出して。
その手をしっかりと握って。
男「……ここ、だな」
その場所へと、やってきた。
廊下は開いていた。
つまりこれは、ここを進めということ。
お嬢さん「や、っぱり……」
お嬢さんは怖気づくように、少し足をひるませた。
男「いざとなったらなけなしだが頑張ってみるから。なんとか君だけでも、逃げ切れれば」
お嬢さん「そんな、だめです、一緒に、一緒に行くって約束してくださいっ」
男「善処はしよう」
お嬢さん「約束です」
男「うーむ……」
キっとしたその目、もう慣れたあの威圧感。
男「……わかった、わかったよ、約束だ」
安請け合いもいいところであったが、
それでも出来る限り、守るようにしよう。
820:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 09:46:44.41 ID:
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廊下に数歩踏み込むと、
ぽう、と一つがともったと思えば、つらなって。
男「ほう」
廊下のずっと先まで、明かりがともっていった。
恐ろしく長い廊下のようだ。
しかしそれが綺麗だ、と思ったのも一瞬で。
男「……」
お嬢さん「……っ」
その先に、照らされ浮き出た影一つ。
その風貌は前にまみえた時と、変わらず。
仮面「ーー」
思考能力を失った、一人の男。
仮面さんの、姿であった。
821:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 09:51:30.94 ID:
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仮面さんは、ゆらゆらと左右に揺れながら、
ゆっくりとこちらへ向かってきた。
俺たちとしてもここで引いては意味がないので、
進むしかなく。
お嬢さん「……っ」
ゆっくりと縮まる距離に、緊張感が高まる。
過去。
お嬢さんの話では、ここまではたどり着いたものの
仮面さんによる妨害によって、
先に進むことができなかったらしいのだ。
男(こいつを……、こいつを、突破しさえすれば……)
現実に、戻れる。
俺も、彼女も。
この現実逃避をするための旅館から開放され、
自由になることが、できる。
男「……」
おびえるお嬢さんを、背に隠しながら。
ゆっくりと。
823:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 10:00:09.73 ID:
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俺が足を止めると、仮面さんもまた。
その間三メートルあるかなしか。
男「……ここを通しては、くれないだろうか」
仮面「ーー」
仮面にあいた穴は全て真っ暗で、
こちらをおそらく見つめているであろうその目が、
何を訴えているのかも、わからない。
男「……」
お嬢さんが服のすそを引っ張っているのが、わかる。
男「通して欲しい」
もう一度訴えるが、何の反応もない。
男「……」
これでは動き出せない。
825:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 10:07:39.64 ID:
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しかし見詰め合っていても、埒が明かない。
むしろ寒気でもっと動けなくなりそうだった。
男「……行くぞ」
お嬢さん「えっ……」
男「行かないと、どうしようも」
廊下はそう広いものではなかったが、
俺は仮面さんを迂回するように、右から。
仮面「ーー」
ぬうるりと。
仮面さんは俺の前に立ちはだかった。
男「通さない、つもりか」
一瞬の間のあと、俺は少し強引に、身体を進め
男「……っ!!」
その胸を、手で押し返された。
その力たるや、まるで人かと疑うほどの。
俺はどすんと、しりもちをついた。
827:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 10:16:24.64 ID:
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お嬢さん「ああっ……っ」
お嬢さんが駆け寄ってきたが、何のこれしき。
俺はすっくと立ち上がる。
男「大丈夫だ、大したもんじゃない」
しかし今ので、歩いて横を突破するのは不可能というのが分かった。
おそらく、走り抜けるのでも、大差なく。
男「……お嬢さん」
男「すまない、こいつを突破するのに、二人で並んでというのは難しそうだ」
男「俺が何とかするから、その間に」
お嬢さん「だ、だめです!」
男「大丈夫だから。きっと、追いかけるから」
そうでないと、また、二人ともたどり着けなくなってしまう。
男「大丈夫だから」
829:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 10:24:54.95 ID:
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廊下の端に一人ずつならば、
さすがに身体一つの仮面さんではどうしようもないはずだ。
お嬢さん自らの腕をかき抱きながら、
震えながら、
ゆっくりと、左側へ。
男「……仮面さん、なんで、通してくれないんだ」
仮面「ーー」
返答などないと、分かっていても。
そう問いかけずにはいられなかった。
左端にお嬢さんがたどり着いたのを確認した。
男「……いって、お嬢さん。さ、はやく」
お嬢さん「……っ、……っ」
一瞬俺のほうを見て戸惑ったお嬢さんは、
しかしそのすぐ後、意を決して。
駆け出した。
832:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 10:37:54.59 ID:
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仮面「ーー」
走り出したお嬢さんを、
仮面さんは見逃すわけもなく。
男「まてこらっ」
俺は走りだしかけた仮面さんに、しゃにむに、とびついた。
しかし残念ながらこの俺は、肉体派の人間であるはずもなく。
仮面「ーー」
だからそんな俺を、仮面さんはいともたやすく投げ捨てた。
ひょい、という効果音が似合ったとおもわれる。
男「わ」
宙を飛びながら、しかし飛んだ方向が進むべき先で、
わたわたとしながらすぐに立ち上がる。
今度は逆に、俺が仮面さんの前に立ちはだかる形。
俺は精一杯腕を広げて見せた。
しかしながら仮面さんはそれを意にも介さず、腕で突き飛ばす。
俺はそれでもなんとか食らい付く。
そして半ば引きずられるような形になったが、格好など今更。
男「うぐううう……!!!」
それはなんと、無様な戦いだったろうか。
833:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 10:49:06.25 ID:
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全身全霊の妨害だった。
お嬢さんに、指の一本だって触れさすわけにはいかない。
が、お嬢さんはこちらを振り返って、足を止めかけていた。
男「い、いって! いってくれ! はやく!」
お嬢さん「で、でも、でも……!」
男「気にしないで、はやく!!」
仮面「ーー」
仮面さんはまた腕を振り払う、
もう俺は食らいつくのも限界でーー
カタギ「ーー見てられんな」
突如。
仮面さんの感覚が消えた。
男「な」
その代わり俺の前に立った、
なんともたくましい後ろ姿は。
男「か、カタギさん……!!!!」
それは考えうる限り最高の、加勢だった。
868:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 11:24:19.44 ID:
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カタギ「……すまないな」
カタギ「本当は、そう。あの時も、いつだって」
カタギ「俺はこうするべきだった」
まだ俺が立ち上がりきらぬ間に、
既に仮面さんはカタギさんと向き合っていた。
カタギさんは、いつのまにか、
銃をーートカレフを、握っていた。
カタギ「本当は、知らなかったわけではない」
カタギ「概ね今回はたどりつくだろうとか、ここを通るだろうとか。そのくらいは予測もできた」
カタギ「だから最初の時だって、いつだって、加勢はできた」
カタギ「でも、俺は」
カタギ「現実に戻ろうとするお前たちを、どうしても直視できなかった」
カタギ「逃避してここにいる俺と、それを抜け出そうとしている人間では」
カタギ「あまりに立場が違うんだ」
カタギ「だからいつも、知らぬ存ぜぬを決め込んできた」
カタギ「……すまなかった」
871:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 11:36:25.50 ID:
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そうか、だから。
>どこか、いつもより素っ気なかったような、気がした。
俺が帰りたいという意思を示した時に、
そんな態度だったんだ。
カタギ「いけ。お嬢が待ってる」
男「カタギさん……」
カタギ「こいつ一人、どうにでもなる」
カタギ「いけ」
その言葉は大いに安心感をもたらすものであったが、
その背の、どことなくものがしい感じが、なんとも。
男「……はい」
お嬢さんは、少し先で立ち尽くしていた。
男「この義理は、……必ず」
カタギ「生意気いうな、カタギのくせに」
872:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 11:43:12.16 ID:
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俺はお嬢さんのところにすぐ行くと、手を取った。
男「行こう」
お嬢さん「で、でも」
男「カタギさんなら大丈夫だ、絶対」
お嬢さん「……」
お嬢さんはカタギさんを少しみてから、
お嬢さん「……はい」
二人で、走り出した。
後ろで。
仮面さんがこちらに走り出したような音が聞こえたが、
カタギ「現実に戻ろうとしてるやつの足」
カタギ「引っ張るんじゃねえよ」
ドン、と明らか発砲音。
お嬢さん「っ!」
男「見るな振り向くな、走れ……!」
俺たちは懸命に、その長い長い廊下を、走った。
874:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 11:54:18.03 ID:
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どれくらい走っただろうか。
いまだ出口らしきものはみえず。
お嬢さん「はあ……っ、はあ……っ」
お嬢さんは息を切らしていた。
男「結構離れた、あとは、歩きながらでも」
お嬢さん「ご、ごめんな、……さい……」
男「休憩、しようか?」
お嬢さん「い、いえ……、止まるより、歩いていた方が、幾分か……」
男「そうか……」
かなり厳しそうであったから、
俺は慎重に歩調をお嬢さんに合わせながら歩く。
男(カタギさんは……だいじょうぶだったかな……)
おそらく発砲はしていたが、殺しまではしていないはずだ。
本能だけで動くのであれば、手負いでも押さえつけるのは大変なはず。
とはいえカタギさんも元本職、
俺が心配するほどのことは、ないかもしれない。
877:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:00:32.18 ID:
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お嬢さん「げほ……、げほ」
男「お、おい、大丈夫か?」
俺は彼女の背をさする。
お嬢さん「す、すいま、せん……げほっ」
本当に辛そうだった。
男「おぶろう」
お嬢さん「え、あ、そんな」
男「いいから」
俺はさっと、彼女を背に乗っけた。
お嬢さん「……すいません……」
男「……からだ、弱いのか?」
お嬢さん「……すこし」
男「……そうか、知らないで走らせてしまった……」
男「申し訳ない」
お嬢さん「い、いえ、そんな」
880:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:18:01.86 ID:
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話しているだけでも彼女が体力を使いそうだったので、
俺はそのあと、口をひらかず歩いていった。
男(そういえば……、外に出たら、どうなるんだろう)
現実に戻るというのは分かるが、
俺とお嬢さんは、いったいどうなるのだろう。
そんな疑問が駆けた。
男「……もし、現実にもどって」
男「君と会えたなら」
男「その時は、よろしくたのむよ」
お嬢さん「くす、告白をしなおしてくれたりは、しないのですか?」
男「おおう、これは大胆な」
男「……しても、いいな」
お嬢さん「そんなの、確認しなくたって」
くすくすと、お嬢さんが笑った。
その時。
『走れッ!!!! 走れーッ!!!!!!』
怒号が、後ろから。
884:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:42:48.46 ID:
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振り向くと
男「……な」
まるで壊れた人形のように、腕をおかしな方向に曲げながら、
それこそ死に物狂いの勢いで、
仮面「ーー」
仮面の男が、走ってきた。
気の違ったような、おぞましいほど狂気を振りまいて。
今にも甲高い笑い声を上げそうな気色の悪さ。
禁断症状を起こした薬中患者もこうはならないと思うほどである。
しかもその速さがすさまじく。
お嬢さん「ひ、ぁ……っ」
男「しっかりつかまってて!!」
俺は確認するやいなやすぐさま駆け出した。
おそらく怒号はカタギさんのものだった。
つまりカタギさんを振り切るだけ仮面さんは暴れて、
それが今俺たちを襲おうと、しているのだ。
つかまった瞬間全てが終わると、そう暗に告げていた。