Part11
728:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 03:14:12.75 ID:
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なにか、やるせなさのようなものを感じた。
隠されたその空間が、
まるで画面の外側の、作られなかった背景のような、
舞台の、裏側のような。
男「……、……」
今まで過ごしてきた空間が舞台だと知ったときの、
そのあまりにも複雑な苦さは、
いったい誰に、分かるだろうか。
男「くそ……」
また今俺が居る場所ではなかったが、
遠くの屋根には同じような霧がかかっていて、その向こうは見えなかった。
あれはおそらく、他の季節との、敷居。
男「……」
俺は首をふって、そのやるせない気持ちを振り払う。
今は、脱出することを。
俺は屋根の反対側へ、向かうことにした。
旅館をはさんだその向こうに、一縷の望みをかけて。
730:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 03:29:52.74 ID:
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男「……これ、は……」
そうして、広がった風景は。
男「なん、だ」
春の間の方をみればさんさんと明るいのに、
その反対側はまるで時間のとまったような灰色の雲と、
景色と。
男「……」
寒気がした。
ただ、すくなくともそれは外の光景ではあったのだ。
季節は捕えがたいが、
その景色には山があり、野があり、そして村が、あった。
男「ん……」
山村というのが時代に取り残されている、というのは分かるのだが。
それにしても、もっと、古い時代のような。
男「これは、いったい……」
733:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 03:46:14.30 ID:
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支配人「素晴らしい景色でしょう」
突然現れた支配人に、俺は軽く眼をやった。
神出鬼没には、もう驚かない。
男「……寒そうです」
支配人「灰色がかっておりますからな、しかたありません」
支配人「もうすこし色が付いていれば、のどかな山村風景にみえたでしょう」
男「そうですね」
支配人は後ろ手を組んで、その風景を見下ろしていた。
どこからか風が吹いたて、ぱたぱたと着物を揺らす。
しばし、無言。
738:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 04:11:40.87 ID:
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少し昔話を、と支配人はつぶやくように言った。
支配人「ここには昔、とてもとても立派な宿がありました」
支配人「その宿は、しばらくのあいだここでとても栄えました」
支配人「大きく、綺麗で、どこからでも人が足を運ぶような場所でした」
支配人「しかし、ある時ぱったりと、人の足はやんだのです」
支配人「なぜならその商売繁盛は」
支配人「人の手ではなく、悪魔の手によるものだったから」
支配人「その宿の当時の管理者は」
支配人「悪魔と契約をして、宿を栄えさせていたのです」
支配人「しかし悪魔は期限を設けていました」
支配人「だからその満了時に、悪魔はこの旅館の全てを、回収したのです」
支配人「そうしてここにあった旅館は、何日もせぬ間に廃れ」
支配人「栄えたのも一瞬の輝き、気づいた時には跡形も、なくなっていたのです」
740:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 04:17:16.74 ID:
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支配人「ここから見えるこの風景は」
支配人「その宿が廃れるまさに寸前で、時間が止まっているのです」
支配人「……美しいでしょう」
支配人はそこで、くすっとわらう。
支配人「貴方がここに来たのは何年ぶりでしょうか」
支配人「たしか……そう、もう三年はたちましたかね」
男「……過去にも、来たことがありましたか」
支配人「はい。今回のように、壁をよじ登って」
男「今も昔変わらない」
支配人「そうですね、貴方は行動力だけはピカイチだ」
支配人「いくら出口が見つからなくても、壁をよじ登って屋根までなんて」
支配人「そんな人間は千人に一人もいないんじゃないですかね?」
男「俺も、そう思う」
741:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 04:22:27.94 ID:
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支配人「貴方がここまで来た時は、毎度この話をしたんですよ」
男「……そうですか」
吹いた風がやむのを待って。
支配人「戻りましょうか」
支配人「ここまで来るのは構いませんが」
支配人「これより向こうは、貴方の望んだ帰る場所とは違います」
男「……そう、ですね」
俺はそうして、支配人ついていった。
その途中。
屋根につながる扉ーーやっぱりあったらしいーーのフチに
横一線の、跡が。
支配人「ああ、これですか」
支配人「何だと思います?」
男「いや……、分からないが」
支配人「……ふふ、これは、貴方がここにきたと示すためにつけた、跡です」
支配人「過去の貴方が、次の貴方に伝えるために、ね」
742:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 04:27:36.52 ID:
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部屋に戻り、いつの間にか時間は九時を回っていた。
男「あ……」
部屋に戻ると、手のつけられていない夕食のお膳の横で。
お嬢さん「すー……」
お嬢さんが、ねむりこけていた。
男「待ちくたびれていた、のか……」
申し訳ないとおもった。
まさかこの部屋でずっと待っているとは、思いもせず。
男「お嬢さん、お嬢さん」
肩をゆすってみるが、起きる気配はなく。
仕方がないので俺はふとんをしくと、
なれないながらお姫様抱っこの要領でもちあげ、寝かせた。
男「俺も今日は……寝るかな」
あと一日。
きっと明日には、なんとか。
……。
747:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 04:41:08.41 ID:
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2
「押し花とか、つくってみました。どうですか?」
「ふふふ、得意なのです」
「え? あ、えっと、お恥ずかしいのですが」
「幼い頃は私、とても田舎に住んでおりまして」
「ええ、山の中のような。あはい、おじいちゃんとおばあちゃんの家です」
「その頃、お山の中に一つのお墓がありまして」
「ぽつんと。一つだけ」
「その納骨室に、押し花の本が一冊、入っていたのです」
「とてもふるい、お手製の」
「中のお花はとっくに枯れていましたけど、でも私それがとても気に入って」
「それ以降、押し花をよく、やっていたんです」
「それでーーけほっ、けほ……っ」
「い、いえ、すいません、……、けほっ……けほ」
「だ、大丈夫です、大丈夫ですよ、ちょっとはしゃぎすぎただけです。あはは」
749:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 04:55:25.49 ID:
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翌朝
お嬢さん「あ。おはようございます」
男「ん……、おはよう」
お嬢さんは「あ、よだれが……」とタオルで頬をふきふきと。
男「む、すまん……」
お嬢さん「いえいえ。……昨日は、どうでした?」
男「みつからなかった。……今日、頑張るしかない」
お嬢さん「そう、ですか……」
とはいえ、もう
アテはなく。
750:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 05:00:24.31 ID:
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時間というのは無常なもので、
館内を走り回って探しているだけで、もう昼過ぎ。
男「なんで……」
なんの手がかりもなく、しかも時間の制限の中
どんなものかもわからぬ出口を探すというのは、つよくつよく、気力を削った。
男「……みつからない」
焦燥感が、冷静さをうばっていくのを感じていた。
最終日なのに。
なんと時間の進みは速いのか。
男「どうして……っ」
最終日になればおのずとみつかるのでは、
などという期待も、正直なところはあった。
しかし、そう甘くはなく。
見つからない。
いやわかっている、ただがむしゃらに探しているだけでは
きっと見つからないと。
でも手がかりなんて、
どこにも、ないじゃないか。
752:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 05:14:37.98 ID:
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男「……くそ……っ」
本心から思っていれば見つかる?
では俺は、帰りたくないとでもおもっているのか?
男「そんなはず……っ」
ちがう、ちがう。
手がかりが、手がかかりが見つけられてないだけだ……。
何が、どこが、いつが、その手がかりになる?
男「焦るな……、焦るな」
思い返せ、思い返せ。
十日間。
いままでの時間。
どこかに。
なにか。
まだ探していない、ものが……
あってくれ……!
756:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 05:36:28.68 ID:
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昨日、九日目は?
お嬢さんからの話をきいて……、だから今、走っている。
あの中に、何かあったか?
くそ……わからない。
八日目は?
一日中お嬢さんに付き添われて、看てもらって
ここで、彼女の隠していたものをしって
でも、でもちがう、これは九日目の話につながっただけで
出口の手がかりには……ならない……っ
七日目は?
カタギさんと支配人と、飲みまくって……、
楽しかった、しかしあの恥ずかしい話の中には……
手がかりになるようなものは、なにも……
六日目は?
童ちゃんとのデートに、そのあとの夕食。
終わりの頃に少しおかしな話があったが、
しかし隠していた理由は今となっては、明白で。
売ったの意味も、既に理解している。
五日目は?
メイドさんの記憶がないことに気づいて、実験を開始した。
そして夜はお嬢さんたちとともに、カタギさんの部屋へ。
あの時のカタギさんの呟きはーーいや、
今考えれば言っていた意味をより正確に捕らえられるけれど
いまは手がかりには……ならない。
759:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 05:47:51.90 ID:
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四日目は?
風呂騒動の日だ、あの日は色々とあった。
まず秋の間にお嬢さんが居ることをはじめて知った。
その風呂をかりて、なんやとあって、膝枕で……
その後、
男「……あ」
>だから、ふとした拍子にたどり着いたT字路で、
>おんもらと暗闇の立ち込める廊下を見ても、
>さほど危機感というものは感じなかった。
仮面さんと会った、あの日。
男「この、場所は」
行っていない。
まて、仮面さん、そうだ、仮面さんのことについて、調べていない。
男「これだ……、こいつだ……!!」
そうだ、すっかり失念していた。
話せないからと思考の外においていたのが間違いだった。
手がかりを、見つけた……!
762:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 06:05:16.38 ID:
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男「メイドさん、メイドさん!」
メイド「しゅばば!」
メイド「へいおまち!」
メイド「かっこいいぽーず!!!」
メイド「かったな……」
メイド「ああ……」
といつもどおりわらわらやってきた。
男「仮面さんのところに連れて行ってもらいたいのだが」
メイド「仮面さん!?」
メイド「まためずらしい注文で!」
メイド「あぶなっかしいですよあの人!」
男「わかってる、だが、いかないと」
メイド「決意の表情!」
メイド「ならしかたない!」
メイド「「「行きましょうか!!!!」」」
763:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 06:08:35.52 ID:
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と、やってきたのだが。
メイド「あっれーおかしいなあ、ここだよねえ?」
メイド「うんうん、間違ってないとおもうんだけどー」
メイド「いつもここに廊下あるよね?」
メイド「一本まえだったっけ?」
メイド「かも?」
メイド「いやここだよう」
とメイドさんたち何故か混乱の模様。
男「ここに、廊下があったのか?」
メイド「はい、たしか……」
と、ただの壁の前につったって。
男(……でもたしかに、見覚えがなくもない……)
秋の間からもそう遠くなく、
確かにあの日ここに訪れた可能性は、たかい。
764:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 06:13:26.12 ID:
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男(少し、実験をしてみよう)
男「ちょっとみんな、少し戻ろう」
とぞろぞろと5分ほど歩いてから。
男「誰か一人、ちょっともどって、もう一回みてきてくれないか?」
といって向かわせる。
待つこと少し。
メイド「ありましたありましたー! やっぱりあそこでしたよ廊下!」
男「ほう……」
メイド「仮面さんいた?」
メイド「おくーのほうにいたっぽい? かも?」
男「すまないが、今度は全員で行ってみてくれるか」
メイド「「「はーい」」」
そしてまた、待つこと数分。
メイド「「「ありました! いました!」」」
男(……なるほど)
765:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 06:17:03.77 ID:
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そうしてもう一度俺が行ってみると。
メイド「あれー?」
メイド「ないねえ」
男「……そういうことか」
簡単な話であった。
俺がいるとなくなり、俺がいなければ出現する。
男「……これは、思ったより収穫だ」
仮面さんのことは、
正直直接脱出するための手がかりに直接つながるとは思わなかった。
しかしこれは、明らかに。
一つの大きな手がかり。
766:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 06:29:25.34 ID:
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カタギ「あー見つけたか」
冬の間で、俺はカタギさんに相談をした。
カタギ「そうか、そうだな。今回はお前、一度あそこまでいったんだもんな」
男「どういう……?」
カタギ「普段はあんなとこ行かねーからな。気づかずに終わるって話だ」
男「やっぱりなにか、あそこに」
カタギさんは、目を細めてから。
カタギ「お前は、どう見る。あったりなかったり、する理由」
男「俺は……」
さっと、考えていたものを頭でまとめる。