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お嬢さん「現実逃避、しませんか?」
Part10


601:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 20:48:11.43 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「もう何年も前の話です」
お嬢さん「私たちは貴方に、記憶がリセットされることを、戻るたびに伝えていた頃があります」
お嬢さん「しかし貴方は、決してその呪縛から逃れることはできず」
お嬢さん「いつしか、伝えたことを一瞬に忘れてしまう貴方を」
お嬢さん「私たちは、見ていられなくなりました」
お嬢さん「とくにそれを知った最終日の貴方などは、本当に、目も当てられず……」
お嬢さん「いいえそれだけではありません」
お嬢さん「貴方と築いた関係が、一瞬にして消え去ることもまた」
お嬢さん「私たちにはたまらなく、つらかったのです」
お嬢さん「だから、たくさんのことを、試しました」
お嬢さん「たくさんの方法を試し、貴方が幸せになれるように」
お嬢さん「また私たちと貴方の関係が、このリセットをはさんでも上手くいくように、何度も試行を重ねました」
お嬢さん「今のように、出来る限り事実を隠すようにしたのは、三年ほど前だったでしょうか」
お嬢さん「こうすることで貴方は、何も気づかずに最終日を迎えることが」
お嬢さん「いくらかは、できるようになったのです」

604:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 20:53:11.83 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「しかし貴方は聡明でした」
お嬢さん「例えばメイドさんを調査することによる十日間の割り出し」
お嬢さん「見事です、あれは、正解なのです」
お嬢さん「メイドさんの周期と、そして貴方の周期もまた、十日間」
お嬢さん「今回はタイミングが遅かったため、至れませんでしたが」
お嬢さん「貴方はあそこから、自分と結びつけることができる場合だってありました」
お嬢さん「それ以外にも、貴方はどこかの一つほころびから、何かを見つけて」
お嬢さん「毎度どうにかして、自分を探り続けました」
お嬢さん「そうして得た手がかりで、過去に何度も、貴方は自ら支配人を問い詰め、回答を得たのです」
お嬢さん「先ほど私が貴方に説明した中にも、貴方自身が持ち帰った情報は、いくつかあるのです」
お嬢さん「しかし、いずれも、いずれも」
お嬢さん「結果的に、貴方は」
お嬢さん「……」

612:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:15:00.32 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「けれど、話はここではじめに戻ります」
お嬢さん「そもそも、この十日間の記憶という呪縛は」
お嬢さん「あなた自身が、作り出したもの、なのです」
お嬢さん「過去の貴方は、これを考察し、答えを見つけました」
お嬢さん「代弁いたします」
『……俺は十日間を記憶する能力を、失ったわけだが』
『それはつまり、“十日間分”を記憶できなくなった、ということになるらしい』
『十日間で、一つのセットなんだ。だから、十日間の間は、記憶が持続し』
『十日間が経てば、0にもどる』
『それと、メイドさんたちはその逆だったんだ』
『俺は普通の人間だから、元から記憶する能力があったが、彼女達には無かった』
『だから、俺から見れば“十日間を記憶できなくなった” のだが』
『彼女達にしてみれば、“十日間を記憶できるようになった”なんだ』
『だから、システムだけみると全く同じ処理に見える』
『だが決定的に、構造が逆なんだ。ずっと疑問だったが、こういうことらしい』
『……過去になにかあったんだ、ここに来る前の十日間に、なにか』
『だがそれが、思い出せない』
『いやきっと、忘れるために俺はこれを、対価として差し出した』
『でも俺はそれを……、思い出したい……』
『じゃなきゃ、いつまで経っても俺はこの十日間から抜け出せない』
『そのための方法はただ一つ」
お嬢さん「俺はこの旅館を抜け出さなければ、ならない」

622:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:39:47.25 ID:RfWIzW8F0
お嬢さん「……と」
男「この旅館を、抜け出さなければ、ならない……」
たしかに、そうだ。
この十日間のリセットを繰り返さないためには、それしか方法がない。
お嬢さん「……そして最後に、貴方がここを抜け出せなかった、理由」
お嬢さん「でも、これは私ではなく、支配人に聞かれたほうがよい、かと」
お嬢さん「貴方が最後に出口をさがして駆け出した後、リセットされて見つかるまでのことを」
お嬢さん「私はあまり詳しくはないのです」
男「あまり……?」
お嬢さん「……少しは、知っていますが」
お嬢さん「でも、やはり支配人に聞かれたほうがよいかと」
お嬢さん「ですから、私がお伝えできるのは、ここまでです」
お嬢さん「ながかったですね。……おつかれさまでした」

624:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:46:45.60 ID:RfWIzW8F0
お嬢さんは少し休憩しましょうかと言って、
お茶の用意をしようと立ち上がった。
男「今……、九日目、だったか」
お嬢さん「はい。九日目、です」
男「そうか」
二日。後二日しか、時間が無い。
男「すまない、お嬢さん。支配人のところへ、行ってくる」
お嬢さん「あ……」
お嬢さん「はい」
お嬢さんは一瞬俺をとめようとして、しかしそれをやめた。
お嬢さん「がんばって」
男「ああ」

631:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 21:54:33.78 ID:RfWIzW8F0
フロント
男「支配人、いますか」
支配人「はいおりますよ」
支配人「おや……その目はまた」
男「……」
支配人「ひさしぶりですね、ここ半年以上、貴方のその顔は見ておりません」
支配人は嬉しそうな顔で、俺の目をみた。
男「俺を現実に、戻して欲しい」
支配人「承知しました」
支配人「……ではどうぞお帰りください」
男「……出口は、どこです」
支配人「出口は、貴方の中に」
男「なぞかけですか」
支配人「いいえ。貴方が本心から出たいと思えば」
支配人「きっとその場所は、見つかるはずです」

639:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/07(日) 22:14:28.89 ID:RfWIzW8F0
支配人「ここは現実逃避をする場所です」
支配人「ですから、本心から現実に帰りたいと思わなければ」
支配人「それは叶わない、というだけの話です」
支配人「大丈夫です、ご安心ください」
支配人「探していけばきっと見つかります」
支配人「実際、過去に貴方は何度かそこへたどり着きました」
男「……そうか」
男「い、いやまて、たどり着いた!?」
支配人「はい、たどり着きました」
男「じゃあどうして、ここにいるんです」
支配人「正確には、出口につながる道を発見しました」
支配人「しかし、出口までは手が届かなかったのです」
男「何故です」
支配人「何故でしょうねえ」

699:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 01:20:42.16 ID:oVyIEMwx0
自室へと戻る。
男「そんなわけで、自力で探せとのことだ」
お嬢さん「やっぱり、ですよね」
男「とにかくさがしまくってみる、しかないのかな」
お嬢さん「過去の貴方は、そうしておりました」
男「そうか……」
男「過去の俺に見つけられたなら、今の俺に見つけられない道理はないな」
一応フロントにあった正面玄関らしきものにも手はかけたが、
そんなに分かりやすいものが出口であるはずはなく。
お嬢さん「あはは……、正面玄関は飾りだって、前に支配人がいってました」
男「飾りか……」

702:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 01:26:59.82 ID:oVyIEMwx0
お嬢さんの出してくれた、お茶を飲んで一息をついて。
男「ありがとう。それじゃあ、探しにいってくるよ」
お嬢さん「はい」
男「お嬢さんは……、どうする」
お嬢さん「貴方がここを出るための場所は、貴方にしか見つけられませんから」
お嬢さん「私が一緒にいっても、足手まといになるだけに」
男「……そうか、なら、見つけたらすぐに報告しにくる」
お嬢さん「くす、……吉報を、おまちしておりますね」
男「ああ」

704:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 01:31:28.61 ID:oVyIEMwx0
男(まずは一つずつ可能性をつぶしていくか……)
手近いところから、確実に。
男「ちょっとメイドさん、何人か」
メイド「はい!!」
メイド「なんでしょう!!」
メイド「なんなりと!!!」
メイド「言いつけられたら!」
メイド「なんでも従いますよ……!」
男「いや、そうではないんだ。すまない。ちょっと聞きたいことが」
男「メイドさん、出口というのは、しらないか? 現実にかえるための」
メイドさんはきょとんとしたあと、顔を見合わせて、
メイド「「「さ〜?」」」
と首をかしげたのである。
男「まあ、そうだよな」
男(メイドさんは知らない……と)

706:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 01:39:55.05 ID:oVyIEMwx0
夏の間
芸者「え、出口……? ……ああ」
芸者「そっかあ、お嬢さん……」
男「はい、全部、聞きました」
芸者「うん、そっかそっか」
芸者「お嬢さんのこと、口説いたのねー」
男「え、いやいや……、まさか」
心当たりは、ないような、あるような。
芸者「ふふふ」
芸者「まあそうじゃなきゃ、お嬢さんきっと言わないからなあ」

711:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 01:56:57.32 ID:oVyIEMwx0
芸者「それで、出口だけど」
芸者「ごめんね、私には分からないよ」
男「そう、ですか」
芸者「童ちゃんは知ってる?」
童「知らない」
芸者さんは肩をすくめて見せた。
芸者「出口、みつかるといいね」
男「……はい、頑張ります」
芸者「みつからなかったら、また十日間遊ぼうね」
男「そうなりたくはないですが……」
男「その時は、よろしくお願いします」
芸者「また目を隠して登場しよっかなー」
男「あ、あれは真面目にびっくりするんで、できれば別の方法で……」
芸者「かんがえとくー!」

714:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 02:07:53.20 ID:oVyIEMwx0
冬の間
男「おわ、カタギさんなんですかそれ」
部屋を訪れると、カタギさんはなにか物騒ちっくなものを分解していた。
カタギ「見りゃ分かるだろ、チャカだチャカ」
男「本物の銃をみて驚かないような生活してません」
どうやらメンテナンス中のご様子。
男「……トカレフですか」
カタギ「そうだが」
トカレフといえば、昔の極道の定番である。
しかしながら基本的には量産の銃なので、
最近ではもう少し良いものが扱われているようだが。
とにかくカタギさんには、なぜかよく似合った。
カタギ「それで、用事は」
男「あ、ああ、えっと」

716:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 02:17:48.10 ID:oVyIEMwx0
カタギ「そうか、今回は珍しく喋ったか」
カタギ「じゃ、頑張れ」
男「あ、あの、出口とか……」
カタギ「お前の出口はお前にしか分からない」
カタギ「誰が協力できるものでもねーよ」
カタギさんは言いながら、手先は器用にかちゃかちゃと。
男「なにか、せめて手がかりになりそうなことは」
カタギ「自分で見つけろ、そいつが筋だ」
カタギ「結局本気で帰りたいと思ってなきゃ帰れねえんだ」
カタギ「本気なんだったら、自分でなんとかなる」
元極道に筋と言われてしまっては、生粋のカタギにはもうどうしようもない。
男「……わかりました」
しかしいつものカタギさんのようであったが、
どこか、いつもより素っ気なかったような、気がした。

718:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 02:31:02.97 ID:oVyIEMwx0
これでひとまず、旅館の住人には聞き込みが終わった。
芳しい反応こそなかったが、
とにかく自分で見つけなければならないということだけはよくわかった。
男(仮面さんは、そもそも話通じないしな……)
しかしこれで手近なものは概ね終わってしまった。
あとはなんとかしてこの屋敷の出口を探すしかないわけだが……。
男「手がかりが……ない……」
この旅館は大きすぎる。
全てさがせというのでは、二日どころか一ヶ月あってもおそらく足りない。
男「だからたぶん、そういうわけでは無いんだろうな……」
支配人が見つかると言っている以上、
二日で十分見つかる可能性のある場所に出口はあるはずなのだ。
男「うーむ……」

720:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 02:35:32.19 ID:oVyIEMwx0
いや、そもそも出口という概念をいったんはずしてみよう。
目的はなんだったか。
男「この旅館を、脱出すること」
であれば、どこかここから外へと出られる場所を、
探しだせばいいのではないだろうか。
男「しかし玄関は飾りだし……」
となると外への出入り口は最初からないような気もしなくはない。
あまり成果はあがりそうにないが、
とりあえず俺は、飾りといえど玄関扉側が旅館の外と仮定して、
壁にそって歩きながら、窓や扉がないかを探してみることにしたのであった。

722:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 02:44:44.66 ID:oVyIEMwx0
男「だめか……」
四時間探して、外につながるようなものは何も無く。
それどころか壁にそって歩いていたつもりなのに、
入り組んでいるからかいつのまにか中央広場に、
なんてこともよくあった。
男「しかし成果がなし、ではないな」
おそらく、たぶんきっと、端っこの部屋、かもしれない、かなあ、
という部屋の角にあった柱に、
男「横一線の、跡、ね」
前に自室の窓でみた、何かで傷をつけたような跡。
それが三つほどあった。
男「何かの暗示か……あれは」
一応、手がかりということで。

723:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 02:52:31.65 ID:oVyIEMwx0
一度腰を落ち着けたのは、午後三時ごろだったろうか。
旅館内によくある、趣味のいい休憩スペースで、
メイドさんに持ってきてもらったパンをかじっていた。
男「これは、まずいな……」
男「みつかる気配がない」
うろうろと旅館を歩いているだけでは、
いつのまにか同じ場所にいたりして、効率は悪そうだった。
男「うーん……」
パンを、かじる。
男「……、……あ」
パンがなければなんとやら。
男「出口がなければ……」
男「屋根をこえればいいじゃない?」
その手があったか。

724:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 03:01:10.15 ID:oVyIEMwx0
冗談抜きで、それは一手であると思った。
男「しかし旅館の中からだと、たどり着くのも困難だし」
よしんばメイドさんの案内でたどり着いても、
内側から外にでるのがさきほどの調査で難しいと知った以上、
あまり期待はできない。
であれば。
男「壁をそのまま登ってみるか」
と思い立って、俺はすぐに春の間にもどった。
旅館の中に外があると言うのも馬鹿な話だが、
このファンタジー空間は確かに外であって、
屋敷そのものをよじ登れそうではある。
正直、もう打つ手がなかった。
思いついたものをやるだけやってみるしかない。
ざっと見回して、
男「ここなら……」
足場を上手く作れそうな所から、登り始めた。

726:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 03:06:20.69 ID:oVyIEMwx0
開始から一時間半をかけて、ようやく。
男「のぼりきった……」
屋根の上。
傍目から見たら馬鹿だったろうが、
とにかく行動を、しなければ。
男「しかし……、これは」
屋根の上は、見事な瓦のつらなりであった。
よく見ると鳥の巣などもあったりする。
男「……、……」
屋根の上から春の間を見渡すと。
男「霧が……」
俺の過ごした春の間を、遠く眺めようとしても。
そこには全て、霧がかかってなにも、見えなかった。
下に居た時は、ずっと向こうまで見えていた、はずなのに。