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夢を捨てた俺に忘れない夏が来た
Part7


287 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/05(木) 23:13:34.19 ID:NHoSgdPp
奈央と二人きりになったら、あの「お守り」の事を話そうと考えていたが、
奈央の明るい表情を見ていたら、なんだか話すのが怖くなってしまった。
なぜだか分からないが、
そのことを話してしまうとこの笑顔が消えてしまうんじゃないかと、
俺は「余計な」心配をしていた。
そんな事考えずに、話してしまえば良かったのだが。

294 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/06(金) 01:24:42.02 ID:8z+/2djX
昼飯を食べて、午後から自分の部屋で勉強をしていたら
「ピンポーン」というインターホンの音が鳴った。
奈央が下に降りる様子もなく、おばあちゃんもいないようだったので、
「いいのかな?」と思いつつも俺が玄関の戸を開けた。
そこには、短髪の見知らぬ少年が立っていた。
この前野球観戦の時に見た制服だったから、恐らく奈央の高校の生徒だ。

295 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/06(金) 01:25:46.66 ID:8z+/2djX
男子「あ、え?こんにちは…」
俺「こんにちは…」
彼は、いかにも「予想外の奴が出てきた」という表情で俺を見た。
男子「奈央さん、います…?」
俺「あ、はい。ちょっと待ってね」
俺はそのまま2階に上がっていき、奈央の部屋をノックした。
俺「なんか、男の子来てるけど」
すると、中から「えー?どうせタクミだろ」と声がした。
奈央はバタバタと玄関へ降りていき、
「やっぱり。何の用ー?」と親しげに話し始めた。
俺はその様子を、階段の途中からうかがっていた。

296 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/06(金) 01:39:26.54 ID:8z+/2djX
少年「いや、墨汁忘れたんで取りに来た」
少年「教室の入り口閉まってっから、こっちから入れてくれ」
奈央「またそれ。ちゃんと持って帰れし」
少年「しょうがないだろ。先生いねえの?」
奈央「おばあちゃんなら出かけてるよ」
どうやら彼は、ここの書道教室に通っている高校生のようだ。
家の中に他に誰もいないからか、嫌なほど会話が聞こえてくる。
奈央との様子を見ている限り、かなり旧知の仲なのだろう。

297 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/06(金) 02:03:09.16 ID:8z+/2djX
少年「ってかあの人誰?兄ちゃんなんていないよな?」
奈央「親戚…って感じかな。浪人生で、うちに勉強しに来てる」
少年「ふーん。めっちゃ背でかいからビビったわw」
俺の話題が展開され、少しドキッとして嫌な汗が出そうになった。
少年「そういやさ、野方先生来てたぞ、学校に」
奈央「え、先生が?今日うちら部活ないのに」
少年「職員室で偶然見かけてさ。産休決めたって言ってたぞ」
奈央「えっ!?それ、マジ??」
奈央が急に大声を上げたので、俺の心臓がばくん、と飛び上がった。

298 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/06(金) 02:09:33.89 ID:8z+/2djX
今日は一旦ここまでにします
また明日も書きに来ますね
それでは

299 :名も無き被検体774号+:2015/11/06(金) 02:11:10.82 ID:7tXdKzbO
お疲れ
いつも楽しみにしてるよ

301 :名も無き被検体774号+:2015/11/06(金) 06:06:50.90 ID:l4CuhscV
今日もお疲れ様です
毎日楽しみにさせてもらってますありがとう

309 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 03:11:46.37 ID:2DGFGa60
こんな時間になってしまいましたが
少しだけ続き書きます

310 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 03:12:59.56 ID:2DGFGa60
奈央「まだうちら何も聞いてないんだけど…」
少年「あーそうだな。次の部活の時に、言ってくれるんじゃないか」
少年「あのお腹なら無理もないだろ。今までよくやってたわ」
奈央「うん…ほんと、そうだよね…」
少年「女バレ、大会あるとか言ってなかった?」
奈央「…あるよ」
少年「大丈夫か?先生いなくて」
奈央「わかんない…」
奈央がそう言ってから、しばらく会話が途切れた。
教室の方から、ドタドタという足音が聞こえた。

311 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 03:15:43.92 ID:2DGFGa60
しばらくすると玄関の方から「じゃあな」と言って男の子が出て行った。
階段の踊り場でしばらく立ち尽くしていたけど、
奈央が戻ってこないので、俺は書道教室の方を見に行った。
そこには、教室の中でぼーっと立っている奈央がいた。
俺「どうしたの。ここ、暑くない?」
教室の中は冷房もついておらず締め切られていて、ひどく暑かった。
入り口横の小さな窓から西日が差し込んでいた。

312 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 03:17:39.20 ID:2DGFGa60
奈央「どうしよう」
俺「…野方先生って、部活の顧問なの?」
奈央「聞いてたの?」
俺「聞こえちゃった」
俺がそう言うと、奈央は俯いて黙ってしまった。
教室の中があまりに暑かったので、俺は小さな窓を開けた。
奈央「そこ開けると、虫入ってくるよ」
俺「だって、暑いから」
窓を開けたら、網戸がなかった。
でも、外の風が入ってきて、幾分かはマシになった。

313 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 03:19:17.28 ID:2DGFGa60
俺「どうしたんだよ」
奈央「顧問の先生が、産休するんだって」
俺「うん、聞いてた」
奈央「大会…どうしよう」
奈央は下を向いたまま、顔を上げなかった。
俺「監督がいないっていうのは不安だけど…やるしかないだろ」
奈央「うん…」
俺「そんなに落ち込んでたって、仕方ないだろ」
奈央「うん」

314 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 03:20:27.93 ID:2DGFGa60
すみませんが、今日は一旦これで。
明日は昼間に書きに来ます。
それでは

315 :名も無き被検体774号+:2015/11/07(土) 03:25:54.54 ID:7PBGomqj
お疲れ様!来てくれて嬉しかった

319 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 19:11:27.54 ID:dlhGMPwp
こんばんは。昼間来れなくてすみませんー
続きを書いていきます

320 :名も無き被検体774号+:2015/11/07(土) 19:13:09.27 ID:vTmj6fMO
待ってた!

321 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 19:59:15.91 ID:dlhGMPwp
俺は奈央にそう声をかけると、台所に行って麦茶を飲んで一息ついた。
でも、部屋に戻ろうとするとまだ教室の方に灯りが点いていた。
俺「いつまで、こんな暑いとこにいるんだよ」
奈央「うん」
俺「先生が休むのはショックだろうけどさ、自分達でやるしかないだろ?」
奈央「そんなこと分かってるよ!」
奈央が突然語気を荒くしたので、俺は驚いた。

322 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:04:58.38 ID:dlhGMPwp
奈央「私、キャプテンなんだよ…上手くもないのに」
奈央「先生がいなかったら、全部私がやらなきゃ、練習も試合の指示も、全部…」
俺は、なんて声をかけるべきなのか、すぐには言葉が出なかった。
奈央「最後の試合だから、全力でやって勝ちたかったのに…無理だよぉ…」
奈央はそう言って、また俯いてしまった。
俺「だって…それがキャプテンじゃないか。しっかりしろって」
奈央「1は上手いからいいよね!きっと私のことなんて分かんない!」
奈央「失敗したり、思い通りにプレー出来ないことなんてないんでしょ!?」

323 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:11:47.17 ID:dlhGMPwp
奈央の言葉が、俺の胸に突き刺さった。
俺「それは……」
奈央「背だって高くて、レフトでエースだったんでしょ!?」
俺「奈央」
奈央「こんな不安な気持ち、なったことないからそんな気楽に言えるんでしょ!」
俺「奈央、聞いて」
俺「俺はもう、バレーができないんだよ」

324 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:13:50.34 ID:dlhGMPwp
その言葉を聞いて、奈央は口を開けたまま俺の方を見上げた。
奈央「え…?」
俺「言ってなくて、ごめんね」
俺「俺、腰をやっちゃってさ。もう二度と思いきりバレーをすることはできないんだよ」
奈央「え、だって…もうバレーは満足したって…」
俺「うん、ごめん。あれは嘘だったんだ」

325 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:19:18.66 ID:dlhGMPwp
俺「俺はもう、バレーがやりたくてもできない」
俺「ボールに飛び込んだり、思い切り飛び上がってスパイクを打ったり、できないんだ」
奈央「うそ…」
外から、「ミーンミンミン…」という蝉の声が入り込んできて、
しばらく会話が途切れた。
ヒリヒリとした空気の中で、俺は何も言えなかった。
ただただ部屋の中が熱くて、背中にじわりと汗をかいていた。

326 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:21:01.42 ID:dlhGMPwp
奈央「ご、ごめん…私、知らなかったから…」
奈央は少し目を赤くして、震えるような声でそう言った。
そんな奈央を見ていたら、
俺も感情が込み上げてきて全部話してしまおうと思えた。
俺「本当は、ずっとずっと夢があったんだ」
俺「春高に出て、あのオレンジコートに立ってさー」
俺「負けても勝っても、コートの中で沢山の風を起こすんだよ」
俺「俺はここにいるぞ!ってね」
俺「思いっきりプレーして、最後は仲間と思い切り抱き合うんだよ」
奈央は、黙って俺の顔を見ていた。

327 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:22:04.93 ID:dlhGMPwp
俺「そしたらさ、一体どんな景色が見えたんだろうな」
俺「その景色を見るのがさ、俺の夢だった」
奈央は親身に聞いてくれていたが、唇を噛んで俺の方を見るだけだった。
俺はしまったな、と思ってすぐにフォローを入れた。
俺「いや、ごめん。こんな事言われても困るよな」
奈央は少し下を向いてから、口を開いた。

328 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:27:21.07 ID:dlhGMPwp
奈央「うん。正直、私にはよくわかんない…」
奈央「だから、明日私たちの部活に来てよ」
出し抜けにこんな事を言うので、俺は面食らった。
俺「え、どういうこと?」
奈央「私、1にバレー教えてほしいから。先生の代わりに臨時コーチになって」
奈央「一緒に、もう一度バレーしてくれない?」

331 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:44:25.52 ID:dlhGMPwp
奈央は、凛とした目で俺を見た。
そんな目で見つめられるのは初めてのことだった。
俺「そう言われても、そんないきなり部外者が…」
奈央「…やっぱり勉強忙しい?」
俺がここに来た目的ーそれはもちろん勉強だがー
でもそんな事ばっかりやっていて、意味があるんだろうか?
その先には夢も目的もない、何もないのに勉強だけしている。
奈央たちと頑張ったら、その先には何かあるんだろうかー
何か、見えるんだろうか?

332 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:47:54.26 ID:dlhGMPwp
奈央「大会まで、あと一週間だけ…部活に来てくれない?」
奈央「お願い…!」
奈央のまっすぐな瞳が俺を見つめた。
奈央の言葉は、不思議な力を持っているようだった。
いつもの俺なら、間違いなく断っていただろう。
バレーを思い出すと辛いから、
バレーを避けて、バレーの事を忘れようとして生きてきた。
なのに、奈央とはなぜか一緒にバレーがしたいと思えた。
もう一度やれるかもしれない、そう感じた。

333 :名も無き被検体774号+:2015/11/07(土) 20:50:22.94 ID:/hO0QZgg
印象的なシーンだよな
奈央ちゃんが、>>1をもう一度夢の世界に引き連れてくれるのか?

334 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:51:50.52 ID:dlhGMPwp
俺「俺なんかで良ければ、力になるけど」
俺「コーチなんてやった事ないから、上手くできるか分かんないけどさ…」
俺がそう言うと、奈央はくすっといたずらっぽく笑った。
奈央「ほら、やっぱり」
俺「何が?」
奈央「1はまだ、バレーやりたいんだよ。そうに決まってる」
奈央が力のない笑顔で俺に語りかけてくる。
奈央「1は、自分の大好きな事を勝手に終わらせようとしてない?」
奈央「夢だった…って何?夢なら、また追いかければいいじゃん」
奈央「少なくとも、私だったらそうするんだけど」
そう言うと、奈央は口元だけで笑って首を傾げた。

335 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:53:17.43 ID:dlhGMPwp
俺は、けがをしてバレーと関わることを意識的に避けてきた。
でも、それは間違っていたのかもしれない。
そのせいで、いつまでたってもバレーを忘れられず、
そのしがらみに足をとられ続けてきた。
俺の本当にやりたい事は…いつまでも経っても変わらない夢は……
その日の夕飯のあと、台所で皿洗いをしていると奈央に声をかけられた。
奈央「明日臨時コーチに来てもらうって、みんなに言っといたから」
俺「みんなに?どういうこと?」
奈央はぽかんとして、スマホを指差した。

336 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:55:01.62 ID:dlhGMPwp
奈央「LINEだよ。部活のグループ」
俺「ああ、そういうこと」
奈央「みんな結構期待してるよ。良かったね」
俺「え、マジ。なんか緊張すんだけど」
そう言うと奈央は「なんでw」と言って笑った。
奈央「今日みたいな感じで教えてくれたらいいよ」
俺「ん、分かったよ」
奈央「あとで、LINEも教えて」
俺「ああ、いいよ」

337 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/07(土) 20:56:40.19 ID:dlhGMPwp
奈央「手伝おうか、それ」
俺「いや、いいよ。これは居候の俺の仕事」
手伝いは断ったものの、俺が皿洗いをしている間、奈央は俺の横に立っていた。
その時、奈央がどんな表情をしていたのか、俺は見ていなかった。
蚊取り線香の匂いがした。
おばあちゃんとおじいちゃんがテレビを見て笑う声がした。
おじさんは相変わらず網戸外の縁側で一服つけているようだった。
夏の夜の、いつも通りの穏やかな時間が流れていた。
その中で、俺の皿を洗う水の音が響いていた。

338 :名も無き被検体774号+:2015/11/07(土) 20:57:55.76 ID:ypbRVpdh
読書するんだろうな>>1は

340 :名も無き被検体774号+:2015/11/07(土) 21:00:12.05 ID:/hO0QZgg
>>338
読む人の文章だね
この夏の夜の描写も懐かしい