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夢を捨てた俺に忘れない夏が来た
Part3


101 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:55:20.58 ID:KRQaq1Jm0
おばさん「いや、全然そんなことはないんだけどw」
おばさん「あの子、人見知りだから。慣れるまで、ちょーっと時間かかるかもね」
おばさんはそう言い残して、いそいそと台所へと入っていった。
しばらくすると、俺の期待通りのスイカと、氷がごろごろと入ったグラスに麦茶が出てきて、
思わず「うわ、すごい!」と口をついて出てしまった。
「いただきます」と言ってスイカを頬張ると、
まだ少し早い、夏の入り口をかじったような気がして、
受験勉強をしに来たというのに、心が躍った。

102 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:56:36.66 ID:KRQaq1Jm0
おばさん「ごめんね、こんなスイカしかなくてさ」
おばさん「夜は、もうちょっとちゃんとするからね」
俺「いや、とんでもないですよ。スイカ、久しぶりに食べました」
俺「こんなに、美味しかったんですね」
俺が感激してそう言うと、
おばさんは少し笑って「それならよかった」と安堵の表情を浮かべた。

103 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:58:05.76 ID:KRQaq1Jm0
そんな風にして、俺はスイカを食べながらテレビで昼過ぎのワイドショーなんかを見て、
まだ始まったばかりのゆったりとした夏の時間を過ごしていた。
すると、ぱたぱたぱた、と慌ただしい音が聴こえてきて、玄関の方から声がした。
奈央「お母さーん!ちょっと、出かけてくるからね」
おばさん「あら、どこ行くの」
奈央「ちょっと友達と勉強しに行ってくる」
おばさん「勉強なんて、家でもできるのに」
奈央「家じゃ集中できないの!」
俺はもう食べきったスイカを眺めながら、ぽかーんとその会話に耳を傾けていた。

104 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:59:43.86 ID:KRQaq1Jm0
奈央「じゃあね!」
おばさん「ちょっと奈央、夕飯はどうするの」
奈央「多分夕方には帰ってくるから、食べる!」
おばさん「気をつけて行くのよ!」
そして、バタン!と音がすると、窓の外でガシャ、と自転車を出す音が聞こえて、
奈央は勢い良く出かけていった。
俺は一連のその様子を見て、このクソ暑いのに元気だなーなんて思っていた。
「ごちそうさまでした」と言いながらスイカの器を台所まで運んでいき、
「あら、そのままで良かったのに」なんて言われながら「いえ」と会釈して、
再び自室である2階の部屋に戻った。

105 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:02:23.64 ID:KRQaq1Jm0
畳六畳ほどはあろうかという部屋に、整然とたたまれた布団が置いてあって、
その脇には小さな机が置かれていた。
扇風機なんかもおいてあって、窓からは山あいの緑の景色と青空が広がっていた。
扇風機のスイッチを入れて、心地良い風を浴びながらその景色を眺めると、
「夢みたいなところに来ちゃったなぁ」と思った。
おまけに、窓際に吊るされたくすんだ風鈴の「チリン」という音が、
その夢見心地になおさら拍車をかけるようだった。

106 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:05:59.62 ID:KRQaq1Jm0
あんまりに気持ちいいものだから、
俺はそのまま畳まれていた布団にもたれかかって横になった。
でも、こんな状況になっても浮かんでくるのはやっぱりバレーのことだった。
半分眠りに落ちていくフワフワとした頭のなかで、
コートを駆け巡ったあの日の光景とか、美香に言われたあの一言とか、
春高の決勝で羽ばたいていたあのエースのこととか、
色んな記憶が頭をよぎった。

107 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:07:05.62 ID:KRQaq1Jm0
そんな事を考えているうちに、俺はすっかり眠ってしまって、
目が覚めるとすっかり外は夕方の光景に様変わりしていた。
さっきまでの真っ白な陽の光ではなく、景色は若干オレンジがかっていた。
体中汗だくになっていて、俺はリュックに入っていた生ぬるい水を飲んだ。
そんな風にしてぼーっとしていると、窓から風が入ってきて風鈴が音を立てる。
ああ、やっぱり夢じゃなかったのか、なんてぼんやりと考えていると、
何やら「バン、バン」とボールを弾く音が外から聴こえた。

108 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:09:52.24 ID:KRQaq1Jm0
「なんだなんだ」と不思議に思って、窓から外を眺めてみても、
その音の正体は掴めなかった。
俺は仕方なく、起き抜けの怠い体で1階に降りていき、玄関から外へ出た。
夕方とはいえ、外に出ると熱気が一気に押し寄せてきて、心が折れそうだった。
とても近くで、ジワジワジワジワ…と蝉が鳴く声が聞こえた。
家のもう一つのドア(書道教室側)の前には沢山の自転車が止まっていて、
どうやら書道教室の時間になっていたらしい。
おばあちゃん、義父の母にあたる人がここで書道教室をしている、
というのは話に聞いていた。

109 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:12:29.34 ID:KRQaq1Jm0
もしかしたら、さっきの音はこの教室からだったのか?なんて思ったけど、
家の裏の方から「ばん!」とボールを叩く音が聞こえて、
俺はすぐに家の裏へと回った。
俺「あ……」
奈央「あ、どうも…」
そこには、家の裏手の斜面に向かって壁打ちをしている奈央がいた。
しかも、持っているボールは紛れもなくバレーボールだった。
俺はそれに気付いて、瞬時にドキッとしてしまった。

110 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:14:34.87 ID:KRQaq1Jm0
俺「練習…かな?バレーするんだね」
奈央「ええ…まあ」
奈央はそう言うと、軽く頷いて再び壁打ちを始めた。
俺「3年生って聞いたけど、部活はまだ引退じゃないんだ」
奈央「…はい。最後の試合がまだあるんで」
練習の邪魔をされたくない、とでも言わんばかりに、
奈央は俺の質問に淡々と答えた。

111 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:17:02.34 ID:KRQaq1Jm0
俺「バレーって、楽しいよね」
俺のその一言にはっとしたように、奈央はこちらを見た。
奈央「え、バレーやってたんですか?」
俺「うん、ずっとやってたよ。すっごい好きだった」
奈央「そうなんですか…!そういえば、東京って…どんな高校だったんですか?」
先ほどまでの平板な顔色が一変して、奈央の表情が笑顔に変わっていた。
俺はそれに気付いて少し嬉しくなりながら、会話を続けた。
俺「うーん…まあまあ強かったかなぁ…○○高校っていう…」
奈央「あ、なんか聞いたことあります」
俺「そっか、それは嬉しいな」

112 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:22:15.45 ID:KRQaq1Jm0
ジワジワジワ…という蝉の声が俺たちを包んで、少しだけ空間が間延びした。
奈央は、一心に壁打ちを続けた。
奈央「じゃあ…その、けっこう本気でやってたんですか」
俺「ん…まあね。春高出場とか、もっと言えば優勝とか…考えてたな」
奈央「すごい…え、でも。もうバレーは…?」
奈央の質問にちょっとだけドキッとしたものの、俺は続けた。
俺「まあ、色々あって…やめちゃったんだよね」
奈央「そうなんですか…」
俺「ん、まあね」

113 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:30:16.20 ID:KRQaq1Jm0
時たま吹き抜ける風が、木々のさざめきと共に少しだけ涼しさを運んでくれた。
家の表の方から、書道の帰りなのか子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
奈央「あの…」
俺「どうしたの?」
奈央「もし良かったら…ちょっとだけ対人、付き合ってもらえませんか」
奈央「壁打ちだけだと…やっぱりあれで」
俺「ああ…いいよ、全然オッケ」
対人というのは、バレーの基礎練の一つだ。
二人で向い合って、ボールをパスしあう。

116 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:31:58.24 ID:KRQaq1Jm0
奈央「いきます」
俺「よし、来い!」
奈央がボールを掲げ、俺の方に打ち込んでくる。
俺「お、なかなかイイ球打つね」
俺がレシーブを上げると、そのまま奈央からトスが返ってくる。
俺は「いくよ」と言ってそのままボールを打ち放つ。
バシン、と手のひらにミートして、気持よく奈央の元にボールが向かう。
久々にボールに触ったけれど、そこまで感覚は鈍っていないようだった。

118 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:35:23.24 ID:KRQaq1Jm0
奈央が、「はい!」と言ってレシーブをする。
ふわりと浮かんできたボールを、俺は両の手でキャッチし優しくトスを返す。
瞬間、少しだけ陰っていた空からにわかに光が溢れて、構える奈央を照らした。
俺は動揺して、打ち込まれたボールのレシーブを失敗した。
奈央「あ、ごめんなさい…」
俺「いや、今のは捕れた…こっちがごめん」
夏の夕暮れに、こうして対人をする…
俺は、大事な事を思い出していた。

119 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:36:37.30 ID:KRQaq1Jm0
中学の頃、体育館が満足に使えず、こうしてよく外で対人をすることがあった。
バレーを始めたばかりで、上手くなっていくのが本当に楽しかった。
夕暮れから、真っ暗になってボールが見えなくなるまで、仲間と無心にボールを追いかけまわした。
あれは、なんだっけ。夏の総体の前で、みんな燃えていたんだっけ。
奈央「どうかしました…?」
俺「あ、ごめん。なんでもない」
考え事にふけってしまったせいで、奈央が心配そうにこちらを見ていた。

120 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:43:40.62 ID:KRQaq1Jm0
奈央「たまに、上手く打てないことがあるんですよね…」
俺「ああ、強く打ち込もうとか、叩きつけるとか考えないほうがいいよ」
奈央「あ、はい!」
俺「手のひらでボールをしっかり捉えれば、力む必要はないから」
奈央「…なるほど。もう一回いいですか?」
俺「うん、全然いいよ」
この子、案外一生懸命なんだなぁって、
俺は思わず笑ってしまいそうだった。

121 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:45:03.79 ID:KRQaq1Jm0
すみませんが、今日は一旦ここまでにします
見てくれている人、ありがとう!
また明日来ますー

122 :名も無き被検体774号+:2015/10/31(土) 01:45:37.84 ID:bDeUIzSc0
>>121
お疲れ様

123 :名も無き被検体774号+:2015/10/31(土) 01:49:11.27 ID:HG5QmRA40
おつかれさま!

125 :名も無き被検体774号+:2015/10/31(土) 04:01:19.47 ID:dgJrA0xf0
おつかれ!
引き込まれるな
また明日も頼むぜ

132 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:45:34.48 ID:KmWOGr510
こんばんはー
今日も続きを書いていきますね

133 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:47:04.54 ID:KmWOGr510
奈央「…あの」
奈央がボールを追いかけながら、俺に質問してくる。
俺「…うん、何?」
奈央「ポジションはどこだったんですか」
俺「俺は、レフト。一応、エースだったんだよね…」
奈央は「へー…」と言いながら夢中でボールを追いかけていた。
俺「じゃあ、奈央…さんは?」
奈央「私も…レフトで、一応エース…」
俺「お、すごいね!」
奈央「いや、全然そんなんじゃないです…」
俺の言葉を聞いて、奈央は表情を曇らせた。
何か、まずいことでも言ったんだろうか。
こうして、しばらく二人で対人を続けた。

134 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:48:18.66 ID:KmWOGr510
奈央「あの、少し休憩しませんか」
奈央はそう言うと、家の表の方へと駆けて行った。
玄関の脇に水道があって、勢い良く蛇口をひねって水を飲み始めた。
水道の下にはバケツに入ったキュウリの束が置かれていた。
奈央「おばあちゃんかな、こんなとこにおいて」
奈央「いいや、水入れといちゃえ」

135 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:51:41.15 ID:KmWOGr510
そう言って、バケツにじゃばじゃばと水を入れていく。
青々としたキュウリの群れが、気持ちよさそうに、
ぷかぷかと水の中に浸っていく。
奈央「どうせだから、水もあげちゃうか」
続けざまに、近くにあったひなびたジョウロに水を入れていく。
そして玄関付近の花壇に、ばーっと、何というか大雑把に、水を蒔いていく。
奈央「うん、これでいいかな」
そう言うと、奈央は少しだけ笑みを見せた。
俺はその様子を見て、少し感心して聞いてみた。

136 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:52:48.35 ID:KmWOGr510
俺「この黄色い花、なんていうの?」
奈央「えっと……確か、マリーゴールド、だったかな」
俺「そうなんだ。綺麗だね、なんか夏っぽくて」
奈央「確かに、この燃えてるみたいな色、いいですね」
奈央「個人的には、ひまわりのが好きだけど…」
俺「あ、そうなんだw」
夏の明るい夕日を浴びて、花壇の花達は元気に揺られていた。

137 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:53:52.41 ID:KmWOGr510
そんなやりとりをして、また少し沈黙になりそうな時だった。
奈央「はーあ、もう少しで部活も終わっちゃうなぁ…」
奈央がため息を漏らすように、口にした。
俺「あー、確かに。でも、もう総体とかは終わった時期…だよね?」
奈央「そうですね…総体は負けちゃいました」
俺「大会って言ってたけど、何の大会?」
奈央「地区の、夏季大会です。ちっちゃいですけど…どうしても勝ちたくて」
奈央「最後に、みんなで何かを成し遂げたいなって……」
座り込んで、愛おしそうにボールを眺める奈央に、俺ははっとさせられた。

138 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:55:13.70 ID:KmWOGr510
俺「奈央さんは…バレーがすごい好きなんだね」
奈央「はい、好きです!…できたら、ずっとみんなでバレーしていたいです」
照れ隠しなのか、奈央はちょっと苦笑いだった。
奈央「1さんは、バレーやめちゃったって言ってましたけど…」
奈央「大学に行ったら、きっと続けるんですよね」
奈央「きっと、上手いだろうし」

139 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:56:19.51 ID:KmWOGr510
「あ……」
瞬間、言葉が詰まって何も言えなくなる。
奈央の言葉が俺の胸に突き刺さって、じんじんと痛みを感じるくらいだった。
どうしよう、なんて答えればいいのだろうか。
俺「もう、バレーはやめたって言ったじゃん」
奈央「え…?」
俺「ごめん、俺先に家の中に戻ってるね。」
戸惑う奈央をよそに、俺は急いで家の中へ戻って2階へと駆け上がった。

140 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:57:27.13 ID:KmWOGr510
俺は、何をやってるんだ。
明らかに不機嫌な態度をとってしまった。
奈央は別に何も悪くないのに。
俺はただ、奈央が羨ましかった。羨ましくて、悔しかった。

141 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 23:58:31.24 ID:KmWOGr510
屈託なく「バレーが好きです」と言い切れる奈央が、羨ましかった。
俺にとってバレーは「好きだった」ものに成り果てていたから、
今を楽しくバレーができる奈央が、羨ましくて、一緒に居られなかった。
そして相変わらず、腰からはあの鈍い痛みを感じた。
たった一瞬、奈央と対人をしただけだったのに。
部屋に戻ってからも、奈央のバン、バン、という壁打ちの音はしばらく聞こえた。
俺はその後、夕飯の時間まで部屋に篭って勉強に没頭した。
奈央についてしまった悪態も、バレーのことも、これからの事も、何もかも忘れたかった。

142 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/01(日) 00:02:58.81 ID:reqGEZaq0
すみませんが、今日は一旦ここまでにしますー
また明日書きに来ます。
それでは

143 :名も無き被検体774号+:2015/11/01(日) 00:15:14.94 ID:eiDRjLLL0
ゆっくりペースでいいからこのままの感じで書いていただけると嬉しいですね。支援。

149 :名も無き被検体774号+:2015/11/01(日) 20:17:56.15 ID:3oHQMf8J0
夏っていいなぁ
このまま夏の描写が続くなら俺は最後まで絶対付き合うぜ

150 :名も無き被検体774号+:2015/11/01(日) 20:22:57.28 ID:jT59xFBy0
見てるよw
とても楽しみだよ!

151 :名も無き被検体774号+:2015/11/01(日) 20:29:01.53 ID:0mP/AKTU0
続き楽しみ♪