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夢を捨てた俺に忘れない夏が来た
Part2


55 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/29(木) 22:44:35.10 ID:wtNnxcQB0
こんばんはー
昨日の続きを書いていこうと思います。

56 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/29(木) 22:45:49.95 ID:wtNnxcQB0
体育館に着いてみると、中は満員だった。
中学の時にも一度春高の決勝は見に行ったことがあったが、
その時以上に混んでいた。
注目の対戦カードは、S高校-O高校。
注目の大エース擁する優勝候補のSと、変幻自在のOがどんな戦いをするのか。
俺はこの決勝に、本当にワクワクしていた。
応援の歓声も、会場の熱気も、とても真冬とは思えない。
ああ、これだ!この感覚!と笑顔になるのを抑えきれなかった。

57 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/29(木) 22:57:49.28 ID:wtNnxcQB0
試合はやはりS高有利に進んでいく。
両者の高校も、バシン!と決めて一点入るたびに、
ワッ!と歓声が起きて、「ドドドドドン!」と応援の地響きが湧き上がる。
俺も一緒に「オッケーー!」と叫んでしまう。
大エースを率いるS高に世間の注目が集まる中、俺は近くにいた高校生の会話が耳に入った。
「O高のレフトエース、身長175ないらしいよ」
「らしいねー。ほんと、どんだけ飛ぶんだって感じ」
「しかも2年生って、すごいよなぁ」

58 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/29(木) 23:02:19.96 ID:wtNnxcQB0
俺はこの会話に耳を疑った。
確かにコートを見てみれば、
オレンジコートで躍動するその姿は、どの選手よりも小柄に見えた。
でも、誰よりも高く飛んで、その小柄な体で大きなブロックを打ち抜いていく。
それも、春高バレーの決勝の舞台で。
彼が決めるたびに、チームが沸き立つ。風が吹く。走り回る。
俺は、この時見たO高校のエースの姿が、目に焼き付いて離れない。

59 :名も無き被検体774号+:2015/10/29(木) 23:12:10.53 ID:Oji8U7gI0
挫折ってつらいよな

60 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/29(木) 23:12:41.09 ID:wtNnxcQB0
それはまるで俺に、
「できないことなんて何もない。諦めなければ誰だって輝ける」
と言っているかのようだった。
試合も終盤に差し掛かれば、
1プレー1プレーに悲鳴のような歓声が湧き起こる。
最後はやっぱり、S高の大エースのサーブで決まり、S高校は優勝した。

62 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/29(木) 23:18:02.27 ID:wtNnxcQB0
オレンジコートの真ん中で、感極まって抱き合うS高校に、
がっくりとうなだれ、コートの外に並んでそれを見つめるO高校。
まさに明と暗。しかし、負けてもなお表情を崩さず、凛と相手の栄誉を称えるように、
コートの外に佇むその姿は、美しささえあった。
俺は、強く憧れた。
優勝したS高校にも、散ってしまったがコートに沢山の風を吹かせたO高校にも。
俺は強く憧れ、もう戻れないバレーの日々を思い出した。

63 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/29(木) 23:20:26.99 ID:wtNnxcQB0
俺もあんな風に飛んでみたかった。
どうして俺は…こんな腰にならなければ!
そんなことを思ってしまった。
憧れの舞台で輝いていた彼らを見て、キラキラした感情が込み上げた裏で、
何もできない自分に対する絶望の念が、心にずっしりとのしかかった。
高く高く舞い上がって躍動していたO高校のエースの姿が、
俺の心に刻み込まれて、離れなくなった。

64 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/29(木) 23:26:35.94 ID:wtNnxcQB0
そして俺は、そんなバレーへの情念を忘れられないまま、
一週間後のセンター試験を迎え、案の定、失敗した。
その後の本試験も、そのまま上手くいかなかった。
自分でもバカだなって思う。
バレーを諦めて勉強に専念しているのに、その勉強すらおぼつかない。
俺は何にもなれない、なんて半端者なんだろうって、自分でも馬鹿らしかった。
そのまま義父に強く叱責を受けて、俺はそのまま2浪した。
自分の行く先も、将来も、何もかもが不透明なまま、
失った夢の幻影だけが心にずっしりと残って、
俺は再び浪人の一年を迎えたのだった。

65 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 01:02:54.70 ID:UNc5U78V0
義父も何かを感じ取ったのか、
さすがに新宿の予備校は負担が大きいだろうと言って、
2浪目からは、家の近所の予備校に通うこととなった。
だが俺の腐り加減は凄まじく、予備校に通うフリをして、
毎日公園に行ってぼーっとしたり、ゲーセンに一日中篭っていたりした。

66 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 01:07:07.00 ID:UNc5U78V0
時には、夜も友達の家に泊まると偽り、
秋葉のアニクラに行って朝まで騒いでいる、なんてこともあった。
バレーに夢中だった頃の自分なんてすっかり影を潜め、
もう本当に、ただの「ダメ人間」でしかなくなっていた。
それを自覚する度、昔の自分や、昔の仲間、美香のあの一言、そして、
春高のオレンジコートで羽ばたいていた、あの小さなエースの事を思い出した。

67 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 01:10:39.85 ID:UNc5U78V0
もう俺には何も出来ない。
あんな風に輝けることは、一生ない。
そんな気持ちだけが、いつも心にあった。
夏前になって、予備校に連絡を入れた義父によって、
俺が予備校をすっかりさぼっていることがバレて、本当にひどく怒られた。
そこで、義父から思いもよらない提案を受けた。

68 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 01:19:45.66 ID:UNc5U78V0
義父「お前は東京にいるから、勉強に散漫になるんだ」
義父「夏の間、田舎に行って勉強に集中してこい。俺の実家に泊まれるから」
それはまったく予期せぬことで、
俺はこの提案に驚いたが、自分でもちょうど東京から少し離れたいと思っていた。
全然知らないところに行って、少し何も考えない時間が欲しかった。
勉強するかは、別として。

69 :名も無き被検体774号+:2015/10/30(金) 01:20:34.63 ID:Ah5NM3RE0
いい義父さんで良かったな

71 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 01:24:15.24 ID:UNc5U78V0
>>69
堅い人ではあるけど、決して悪い人ではないんだ。
まあ、それでもやっぱり色々考えちゃうけどな

70 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 01:22:58.21 ID:UNc5U78V0
俺は義父の提案を受け入れて、2浪目の夏、
義父の故郷の田舎に行くこととなった。

72 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 01:49:34.75 ID:UNc5U78V0
そんなわけで、簡単な着替え一式と勉強道具を担いで
一路義父の故郷へと向かうことになった。
季節は7月も中盤。まさに、夏の始まりの頃だった。
新宿から慣れない特急列車に乗った。
高1の時、Vリーグの試合観戦のために一度だけ乗ったことのある特急だった。
そして揺られること1時間以上、幾つものトンネルを抜けて、
山あいの田舎に辿り着いた。

73 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 01:56:12.71 ID:UNc5U78V0
電車から降りると、けたたましいほどの蝉の声が俺を包んで、むわっと熱気を感じた。
でもそれは東京とは違って嫌な熱気ではなく、
どこか溌剌とした、爽やかな暑さだった。
小さな駅舎の古びた改札を抜けると、
目の前には信じられないほどひらけた景色が広がっていた。
少しだけ標高が高く、視界を遮るものが何もないから、遠くの山がよく見える。
山と青空の境目がくっきりと浮き立っていて、遠くには麓の市街地が見えた。

74 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 02:12:18.14 ID:UNc5U78V0
山側を振り返ると、畑のようなものが斜面にいくつも広がっていて、
これが教科書で見た「扇状地」ってやつなのかも、って思った。
そこら中を沢山の緑や畑が埋め尽くしていて、
「ああ、これは田舎だわな」とすぐに思った。
一体なんの畑なのか、木の棒が打ち付けられた畑が沢山並んでいる。
よく見れば房のようなものがぶら下がっていて、ぶどう畑か何かなのかな、と思った。

75 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 02:16:27.66 ID:UNc5U78V0
駅に面した道はそれなりの大きさだけど、
ぐらぐらと陽炎で揺れていて、滅多に車が通る様子もない。
道沿いには軽トラが止められていて、
近所のおばさんたちが世間話をしている。
なんてのんきな所なのか。
生まれてからずっと東京で過ごしてきた俺にとっては、
「本当にこんなところもあるんだな」と太陽の熱射線に朦朧としながら思った。

76 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 02:26:25.11 ID:UNc5U78V0
義父からもらった地図を頼りに、駅前の道を右に進んで、
線路沿いの坂道をずっと登って行く。
坂道には木漏れ日がちらちらと差し込み、蝉しぐれが降り注いだ。
暑くて暑くて、もうダメだ、なんて思っていると突き当りにタバコ屋があって、
そこを右にまがって線路を越えると、義父の実家があった。

77 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 02:31:41.12 ID:UNc5U78V0
今日は一旦ここまでとします。
続きもまた明日書きに来ます
それでは〜

78 :名も無き被検体774号+:2015/10/30(金) 02:33:39.88 ID:AlKlvZ2N0
挫折して、田舎にいくってわけだな
夏の描写見てるとワクワクしてくるな
また明日ー

79 :名も無き被検体774号+:2015/10/30(金) 05:07:41.58 ID:OgxW5GBO0
また明日♪

88 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/30(金) 22:20:44.15 ID:T1YaVojV0
こんばんは
今夜も続きを書いていきたいと思います。

89 :名も無き被検体774号+:2015/10/30(金) 22:28:38.46 ID:COBhCCXc0
夢を捨てた俺に、忘れられない夏が来た
じゃなく?

124 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 01:53:00.72 ID:KRQaq1Jm0
>>89
確かにそうだね
でも、あえてそうしてる部分もあるんだ
後々、わかるかもしれない

90 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:23:35.12 ID:KRQaq1Jm0
「○○書道教室」と小さな看板が掲げられていて、入り口が二つあった。
「書道教室ってことはここだな…」と思いつつ、
なかなか家に入れずその場で立っていた。
わきにまた木の杭の打たれた畑があって、
「ここにもあるよ」と思ってまじまじと眺めた。
やっぱり実っているのはぶどうで、この家でもぶどう作ってるのかな、
なんて余計な事を考えていた。

92 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:28:22.93 ID:KRQaq1Jm0
そんな風にして数分家の前で立っていると、
ガシャン、と自転車を降りる音が聞こえた。
振り返ると、大きなエナメルのバッグを背負った制服の女の子が立っていて、
そわそわした様子で俺を見ていた。
俺は焦ってすぐさま「こんにちは、」と言うと、
女の子も「どうも…」と小さく会釈をした。
炎天下の中自転車をずっと漕いできたのか、顔は真っ赤だった。

93 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:32:10.89 ID:KRQaq1Jm0
そのまま家の横の水道の近くに自転車を置くと、ぱたぱたと家の中に入って行き、
「お母さん、来てるよー!」と声を上げた。
俺は瞬時に、「行かなきゃ」と思って、続けざますぐに家に入った。
家の中にはおばさんがいて、
「はじめまして、1君来てたんだね」と俺に挨拶してくれた。
「聞いてはいたけど、やっぱり背が大きいね」
ちなみにおばさんは義父の弟の嫁さんに当たる。
俺も初対面で緊張していたが、ここに来るまでに何度か電話で話した事はあった。

95 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:36:35.41 ID:KRQaq1Jm0
俺が、「お世話になります」と言うと、優しく笑って
「1君の部屋は2階のあいてるとこだから。荷物、入れちゃってね」と言ってくれた。
そのあとすぐに、おばさんが
「奈央!ローファーのかかと踏んじゃダメだっていつも言ってるでしょ!」
と声をあげると、2階から
「うるさいなぁ!分かったよ!」という女の子の声が返ってきた。
そこには確かに、かかとを踏み潰されたローファーが転がっていて、
俺はそのやりとりが微笑ましくて、思わず笑ってしまった。

97 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:41:08.70 ID:KRQaq1Jm0
自分の荷物を2階の部屋に入れ、1階のリビング(と言っても、畳張りなのだが)へ降りると、
台所から出てきたおばさんにすぐに声をかけられた。
おばさん「悪いじゃんね、奈央がうるさいと思うけど、許してあげて」
俺はすぐにあの子の事だな、と察して、
「いえいえ、全然大丈夫ですよw」と答えた。
俺「奈央ちゃんは、今何年生なんですか?」
おばさん「高3だよ、だから受験なの〜」
俺「え、そうなんですか」
俺は自分と2つしか歳が変わらない事に驚いた。

98 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:44:53.64 ID:KRQaq1Jm0
おばさん「全然勉強する気がないから、困るじゃんねー、1君勉強教えてあげてw」
そう言われて俺は、「それはさすがにw」と苦笑してしまった。
おばさん「ここまで来るの、迷わなかった?」
俺「あ、それが。案外すんんり来れましたね」
俺がそう言うと、おばさんは「わ、それはすごい」と驚いた様子だった。
おばさん「そうそう、スイカがあるんだった。切ってあげるから、1君食べなよ」
俺「え、そんな、悪いですよ」
おばさん「いいのいいの。暑い中歩いてきて、喉も渇いたでしょう」
おばさん「今、冷たい麦茶とスイカ出すからね。待ってて」
ぱたぱたと支度を始めるおばさんを前に、俺も言葉に甘えてしまう。

99 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/10/31(土) 00:49:24.78 ID:KRQaq1Jm0
遠慮しつつも、炎天下の中を歩いてきてとても疲れていたから、
冷たい麦茶にスイカ、考えただけでワクワクしてしまった。
おばさん「奈央ー!スイカ切ったげるから、1君と一緒に食べたらー!」
おばさんが、階段下から2階に向かって呼びかける。
だけど反応はなく、奈央が下に降りてくる様子はない。
おばさん「うーん、あの調子じゃ、来ないかも」
俺の方を見て申し訳無さそうに苦笑いするおばさんを見て、俺は答える。
俺「いや、それは仕方ないですよ。こっちも突然押しかけて、申し訳ないです」

100 :名も無き被検体774号+:2015/10/31(土) 00:49:33.61 ID:dgJrA0xf0
面白い支援
この女の子は義理のいとこになるわけか