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夢を捨てた俺に忘れない夏が来た
Part13


614 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:01:05.59 ID:PVGs7r0u
こんばんは、今日も書いていきますね。
今日が、最後となります。
よろしくお願いします。

615 :名も無き被検体774号+:2015/11/22(日) 20:03:57.83 ID:ngIt9MmP
待ってました♪

616 :名も無き被検体774号+:2015/11/22(日) 20:04:10.46 ID:Q5KQyfyU
>>614
待っていたよ。
よsろしくねw

617 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:10:38.62 ID:PVGs7r0u
翌日の朝、奈央は昨日のことがまるで嘘だったかのように、
元気に部活をやっていた。
吹っ切れたかのように、あの笑顔で、
大声を上げてボールを追いかけていた。
奈央の調子が戻ると、自然とチーム全体の調子も高まり、
俺がコーチに来てから一番の活気に満ちていた。
練習中、千景ちゃんに「奈央先輩、復活しましたね」と笑われた。

618 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:14:07.76 ID:PVGs7r0u
千景「1さん、先輩に何か言ったんですか?」
俺「うーん…ちょっとそれは、秘密かな」
俺が笑みを含んでそう言うと、千景ちゃんは意味深に、
「1さんって、本当にいい人ですよね」と楽しそうに笑顔を浮かべていた。
それが何を意味しているか、少し気になったけど、すぐにどうでもよくなった。

619 :名も無き被検体774号+:2015/11/22(日) 20:15:19.36 ID:vDzDEynU
まってました

620 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:19:01.08 ID:PVGs7r0u
とにかく、今この体育館の中には笑顔の奈央がいて、
最高の調子になったチームがある。
後は明日の夏季大会で、この目で見るものが全てなんだろう。
そんな風に、感じていたからだ。

621 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:21:01.99 ID:PVGs7r0u
部活が終わった後、奈央はみんなの前で
「みんな、今までありがとう。明日は最後まで、楽しく笑顔で頑張ろうね」と語った。
澄んだ瞳に、感謝の満ちた表情だった。
高校の3年間の部活、それはきっと誰にとってもかけがえのないものだ。
奈央にとってのこの3年間も、きっと何物にも代えがたい、
楽しくて、大切な、長いようで、あっという間の3年間だったんだろう。

622 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:34:42.28 ID:PVGs7r0u
ここ一週間は、俺もその大切な3年間の一部になっていたのだ。
そう考えると、なんだか少しだけ胸が温かくなった。
そして俺自身も、
自分のやり遂げられなかった3年間を重ねあわせていたのだと、強く思う。
そして体育館を出る時、奈央は俺に向かって
「私、気合入れてくるからね」と言って家の鍵を手渡した。
それはつまり、「先に家に帰ってて」といういつものやりとりだったのだが、
気合を入れるってどういうことだ?と言葉の意味までは汲み取れなかった。

623 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:37:38.33 ID:PVGs7r0u
夕方、家に帰って来た奈央は生まれ変わっていた。
肩甲骨まではあったであろう長い髪を、
さっぱりとショートヘアにしていたのだ。
居間でばったり奈央と顔を合わせて、
その変貌ぶりに俺の心臓は大きな音を立てた。
奈央「ただいま」
俺「おお…おかえり」

624 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:41:28.79 ID:PVGs7r0u
ここまでイメージを変えた女の子相手に、
何も言わないというのもアレだなと思い、
俺は恥ずかしくて目が回りそうだったが、勇気を出した。
俺「すごく短くしたんだね。似合ってるよ」
そう言うと奈央は「ふっ」と吹き出して笑い、
「ありがとう」と言ってくれた。
奈央「そんな真面目に言われると、変な感じだね」
奈央はそう言って自分の髪を触り、はにかむような笑みをこぼしていた。

625 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:42:38.52 ID:PVGs7r0u
パート帰りでキッチンにいたおばさんにも
「あら!そんなに切ったの!素敵じゃない」と言われていて、
奈央は上機嫌なようでニコニコしていた。
正直、奈央がどんな心境で髪を切ったのかは分からない。
だけど、髪を切った奈央の表情は「何かを決意した」ものに見えた。
白い首筋が見えるようになってスッキリとした奈央の顔からは、
強い気持ちが溢れ出していた。

626 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:46:20.21 ID:PVGs7r0u
そして、夏季大会当日となる。
会場は隣町の高校で、そこまでは自転車で向かう。
一度自分たちの高校に集合した際、奈央がチームメイト全員に囲まれて、
「奈央先輩どうしたんですか!」
「めっちゃ可愛いじゃーん!短いの似合うねー!」
「気合入れてきたねー」
と髪型に関しての反応がマシンガンのように飛び交っていた。

627 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:47:41.99 ID:PVGs7r0u
よく晴れた晩夏の日だった。
奈央の3年間の想いが結実するには、うってつけの日だった。
視界が狭くなるような真っ白な日光に、街中が照らされていて、
何もかもが落ち着かないように見えた。
夏の終わりだったからだろうか。
俺の胸も、朝から高く波打っていた。

628 :名も無き被検体774号+:2015/11/22(日) 20:50:38.24 ID:Vkv2SBO3
視界が狭くなるような真っ白な日光に、街中が照らされていて、
何もかもが落ち着かないように見えた。
なんだこの描写は
圧倒されるな

630 :名も無き被検体774号+:2015/11/22(日) 20:58:40.84 ID:X7f1dezK
>>628
表現がすごいよね
惹き付けられる…

629 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 20:51:24.31 ID:PVGs7r0u
夏季大会の会場に着いて、体育館の外で部員たちが集合する。
円陣なんか組んで、奈央の声が高らかに響いた。
「今日は、思いっきりやって、最後まで楽しもう!」
「おーーー!」部員全員のかけ声が青空の中に吸い込まれていった。
その中に、俺もいた。
眩しいはずの太陽を何故か見上げてしまって、
「すげえ光だな」なんて思った。
でも、その光の当たる場所に、俺も立っていた。
奈央たちと一緒に。

631 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:00:36.81 ID:PVGs7r0u
体育館の中は、独特の試合前の雰囲気に包まれていた。
俺も、何度も感じてきた雰囲気だ。
朝早く、体中にエネルギーとやる気が漲った状態で行う対人。
不思議な高揚感に包まれて、何にでもなれるんじゃないか、とさえ思える。
ふと、奈央がボールを抱えたままコートの脇に立ち尽くしていた。
カットしてすっかり短くなった髪の毛を、さらに結んでいた。

632 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:02:11.28 ID:PVGs7r0u
俺「どうかした?」
奈央「ううん……」
奈央はそう言って、その場を動こうとしない。
俺「緊張、してるのか」
奈央「うん…」
奈央はこわばった表情で頷いた。

633 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:03:40.80 ID:PVGs7r0u
俺「なあ、奈央」
奈央「え…?」
俺「今何が聞こえる?」
俺の質問が唐突だったのか、奈央は眉根を寄せて首を傾げた。
俺「シューズのこすれる音、ボールを弾く音、スパイクから着地する振動、かけ声…」
俺「この全部が、バレーだよな」
奈央は不思議そうに「そうだね」とこちらを見た。

634 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:05:17.15 ID:PVGs7r0u
俺「すっごくいいものじゃないか」
奈央「うん…まあ」
俺「この中にいるだけで、ワクワクしてくる」
そう言っている間も、奈央のチームの後輩たちが
「オッケー!!」と笑顔でかけ声を上げていた。
俺「色々考えるな。この雰囲気を、楽しんでこい」
俺「今日で最後なんだ」
俺がそう言うと、奈央はしばらく体育館の中を見つめていた。
まるで大切な何かを優しく見守るような、そんな表情だった。

635 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:08:23.78 ID:PVGs7r0u
奈央にかけた言葉は、そのまま自分にかけたような気もした。
バレーをやるはずだった三年間。
途中で途切れた俺の夢。
俺のしたかったこと、見たかったこと、それはーー

636 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:09:27.70 ID:PVGs7r0u
夏季大会の参加チームは7チームで、1チームがシードだった。
抽選の結果、奈央の高校がシードとなり、初戦は2回戦となった。
「一回勝てばそのまま決勝にいける」
部員全員が色めき立っていて、不穏な雰囲気があった。
加えて、俺もコーチとしてコートの横で指示をするのは初めてで、
うまく采配をとることができなかった。
結果、初戦は無残にも惨敗してしまった。

637 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:10:34.08 ID:PVGs7r0u
俺も慌ててしまいろくなアドバイスができず、
奈央も緊張からか上手く動けず、
結果、チーム全体の調子が下向いてしまい、
全く良いところがなかった。

638 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:12:25.45 ID:PVGs7r0u
試合後、外に集合した部員たちはみんな真っ暗な表情だった。
どうしたものか…と考えていた時、澄んだ声が響いた。
奈央「まだ次があるよ」
奈央の輝いた表情は、この湿った空気を吹き飛ばした。
奈央「3位決定戦があるから」
奈央「最後まで頑張って、そこで勝とうよ」
奈央「まだ、終わりじゃないんだから」
負けてしまい、心底落ち込んでるかと思った奈央が、
一際煌めく表情で、部員たちを鼓舞していた。

639 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:14:26.53 ID:PVGs7r0u
千景「そうですよ!みんな、最後まで頑張りましょう!」
「そうだよね、まだ次があるから!」
「最後まで諦めないで頑張ろ!」
奈央の気持ちが、チームを本来の「あの雰囲気」に戻していた。
俺はその光景が嬉しくて、黙って眺めていた。
奈央、えらいぞ。
お前の頑張り、バレーを想う気持ち、それは絶対に返ってくる。
そんな事を思いながら。

640 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:16:33.22 ID:PVGs7r0u
集合が解かれて、部員たちが体育館の中に帰って行く時だった。
奈央が一人で空を見つめたまま立ち尽くしていた。
昼下がりの、強い光を帯びた空だった。
俺「奈央、何してんだ」
俺が声をかけると奈央は笑みを浮かべてこちらを見た。
風が吹いて、奈央の短くなった前髪を揺らした。
俺「奈央?」

641 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:22:49.41 ID:PVGs7r0u
奈央「最後まで、頑張るからね」
奈央はそれだけ言い残し、そのまま体育館へと戻って行った。
その奈央の姿が印象的で、俺はしばらくその場から動けなかった。
奈央の澄み渡ったその表情は、俺の胸を強くとらえたのだった。
昼過ぎの良い時間帯、3位決定戦が始まった。
初戦と違って、奈央もみんなも落ち着いているようだった。
俺もドキドキはしていたが、これはすぐに「期待」の高鳴りだなと悟った。

642 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:31:23.24 ID:PVGs7r0u
俺のここに来てからの全て、
そして奈央の3年間の全てが、この一瞬に詰まっていた。
泣いても笑っても、もう最後なのだから。
「ピーーー」と主審の笛の音が体育館に響いて、
両校の選手がネットに近寄る。
俺もコート脇の監督席から、控えの選手とその様子を眺めていた。
手を叩いて、「よっしゃいこう!!」と声をあげた。
コートの中で千景も思い切り声を上げ、エンジンがかかった。

643 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:35:35.84 ID:PVGs7r0u
試合開始の瞬間、サーブカットを構える奈央と目が合った。
俺は頷いて、「いけ」と声をかけた。
奈央は真剣な眼差しで俺を見つめて、深く頷いた。
試合は3セットマッチで、先に2セットとった方の勝ちだ。
一発目のサーブカット、千景が良いキャッチをし、
セッターの子の元へ最高のレシーブが返った。

644 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 21:57:14.53 ID:PVGs7r0u
トスは奈央の待つレフト方向へと飛んでいき、
チーム全員が「奈央!!」と叫んだ。
俺も身体の底から「奈央、いけぇ!」と叫んだ。
高く跳んで打ち込んだ奈央のスパイクは、
ブロックの間をすり抜け、相手コートに叩きつけられた。
瞬間、ワッ!と歓声が起こり、体育館中が沸き立つ。
体中の毛穴が開くような、そんな興奮の一瞬。

645 :名も無き被検体774号+:2015/11/22(日) 22:02:51.18 ID:InSBrJXx
奈央!千景!頑張れ!
房江も悦子も和子も克枝も負けるな!

646 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 22:06:53.37 ID:PVGs7r0u
俺「よっしゃいいぞぉ!!」
思わず大きなガッツポーズをしてしまう。
それに続いて、控えの子達も「オッケー!」と言って立ち上がる。
コートの中を走り回る奈央は満面の笑顔だ。
千景がベンチの子たちに向かって嬉しそうに手を振った。
奈央たちのチームの良さがふんだんに出ていた。
これなら、きっといける……

647 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 22:11:05.13 ID:PVGs7r0u
一発目の奈央のスパイクで調子を得たのか、
1セットはスムーズに取ることができた。
戻ってきたレギュラー陣を全員で鼓舞する。
俺「いいよ!この調子だ!!」
俺「楽しんでいこうな!」
円陣を組む部員全員に向かって渾身のかけ声をかける。
「はい!」ときらきら輝く表情が返ってくる。
俺が「いこうか!」と言うと
奈央が「2セット目もこの調子でいくよ!」と叫んだ。
「おー!!」というかけ声が力強く響いて、
俺も「おし」と拳を強く握った。

648 :1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/22(日) 22:14:54.72 ID:PVGs7r0u
2セット目も出だしは調子が良かったが、
千景のレシーブミスをきっかけに、徐々に調子を崩してしまった。
全員の奮闘も虚しく、2セットは僅差で落としてしまった。
しかし、みんなの様子は一つ前の試合とは違った。
奈央「サーブカットがちょっと乱れてきてるね」
千景「そうですね…私のミスがちょっと…」
奈央「ううん、大丈夫。切り替えていこう!」
「はい!」