Part11
519 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 00:42:15.37 ID:xK8lMwpC
こんばんは
今日も続きを書いていきます
520 :
名も無き被検体774号+:2015/11/18(水) 00:45:58.50 ID:mJ872zSZ
待ってました!
521 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 00:52:49.31 ID:xK8lMwpC
家に着く頃には俺は息が上がってしまって、朦朧としていた。
山の方から聞こえてくる蝉の声が、頭の中で反響する。
水道と花壇の間に自転車を立てかけて玄関に走ると、
そこには奈央がボールを抱えて座っていた。
俺は「いた…」と言って膝に手をついて息を整えた。
奈央は驚いた様子で俺を見上げた。
奈央「そんなに急いで来たの…?」
俺「だって、対人したいんでしょ?やろうぜ」
俺はぜえぜえと息を上げたまま答えたが、
自分でも質問の答えにはなってないなって分かった。
522 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:00:42.37 ID:xK8lMwpC
俺は奈央の肩を叩いて「来いよ!」と庭へと誘った。
奈央も「うん…」と申し訳無さそうに立ち上がった。
奈央が打たずにボールを抱えたまま立ち尽くしていたので、
俺は「来い!思いっきり打っていいよ!」と声をかけた。
奈央はそのまま、黙ってこちらを見てボールを打ち込んだ。
523 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:05:09.40 ID:xK8lMwpC
そしてそのまま、会話を交わすこともなく黙々と対人を続けた。
レシーブする。トスが返ってくる。打つ。トスを上げる。レシーブする…
そんなことを何周繰り返した頃だろうか、
ぽつぽつと、雨が降ってきた。
小雨というわけではなく、すぐに勢いのある雨となった。
ただ奈央は、雨が降ってきても対人をやめる素振りは見せなかった。
なので俺も濡れることは気にせず、それに付き合った。
525 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:11:39.24 ID:xK8lMwpC
サアア、と雨の音が辺りを包み、蝉の声が消える。
奈央「あは、やったぁ。これだけ雨が降ったら今日の花火は中止かもね」
不意に奈央がしゃべり始めて、雨の中で力のない笑顔を浮かべた。
俺「まあ、そうかもね。花火、行かないの?」
俺がそう質問しても奈央は答えず、再び黙って対人を始めた。
526 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:17:46.53 ID:xK8lMwpC
奈央は、俺とラリーを続けながら話し始めた。
奈央「1は、花火大会とか行った事あるの」
俺「そりゃあ、あるさ」
奈央「女の子と一緒に?」
俺「それは言いたくないな」
言いたくないというよりも、女の子と一緒に行ったことはなかった。
だが、そんな事を真正直に言うのも気が引けた。
527 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:21:47.29 ID:xK8lMwpC
奈央「私、ふられちゃったの」
突然核心に触れる言葉が飛び出し、俺は動揺を隠せなかった。
俺「そっか…まあ、そういうこともあるよ」
奈央「何それ」
奈央「もっと気の利いた事言えないの?」
俺は何て言えばいいのか分からなかった。
ただでさえ雨の中で対人をしていて、頭が回らなかったのだ。
奈央を助けてやりたい。助けてやりたい!
そして無意識に想いが溢れ出た。
528 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:24:11.97 ID:xK8lMwpC
俺「じゃあ、打ってこい!気が済むまで、思いっきり打ってこい!」
俺「俺が全部キャッチすっから!!」
叩きつける雨の中で、奈央がこちらを見て立ち尽くした。
その姿は、何かに怯えているように見えた。
俺はそれを見て胸が張り裂けそうになった。
俺「大丈夫、俺は絶対ここにいるから」
俺「全部、受け止めるから!」
奈央は黙ってボールを掲げた。そして俺の方に向かって思い切り打ち込んだ。
俺はそのまま奈央が打てるように、高々とレシーブを上げた。
天高くボールが舞い上がり、奈央がそのまま腕を振り下ろす。
529 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:27:45.32 ID:xK8lMwpC
何度も何度も、奈央の渾身のボールを受け止める。
打ち続けるうちに、奈央は鼻をすすり始めた。
そして、打ったかと思うと、ボールを真下に叩きつけた。
奈央はそのまま「うあああ」と声を上げて泣き始めた。
叩きつける雨音の中に、奈央の泣く声が入り混じった。
目の前で、雨に打たれて嗚咽している奈央。
手の甲で何度も何度も顔を拭った。
俺はそれを、唇を噛んで見ていることしかできなかった。
530 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:30:29.65 ID:xK8lMwpC
奈央は泣き続けた。
泣いても泣いてもおさまらないようで、ずっと声を上げて泣いていた。
しばらくして、不意にボールを拾い上げたかと思うと、
そのまま俺に向かって打ち込んできた。
俺は突然のことで反応できず、ボールをはじいてしまった。
531 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:34:15.19 ID:xK8lMwpC
奈央「やった。私の勝ち、だ」
降りしきる雨の中で、奈央は俺に向かって満面の笑顔を見せた。
服も髪も、びしょ濡れになってぐしゃぐしゃの奈央。
けど、その笑顔は俺が今まで出会ってきた中で、飛びきり一番の笑顔だった。
「奈央」
俺は思わず、奈央の名を呼んだ。
532 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:37:02.80 ID:xK8lMwpC
奈央「へへ、なんかスッキリした」
奈央は両手で目元をこすっていた。
奈央「まだ、悲しいけどね」
俺「そりゃ、そんなすぐには全部忘れられないよ」
奈央「あれ、まるでそういうことがあったっていう口ぶり」
俺はそう言われて「ないよ」と笑った。
奈央の元へと駆け寄り、「風邪ひくから中入ってすぐ着替えな」と言った。
奈央は俺の顔を真っ直ぐに見上げた。
奈央「ありがとね。こんな事に付き合ってくれて」
そう言う奈央の目は真っ赤に充血して、涙が溜まっていた。
533 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:40:02.87 ID:xK8lMwpC
俺「そんな事、気にするなよ。俺はただの居候だしな」
俺がそう言うと、奈央は笑って「そんなことないよ」とつぶやいた。
「なんかめっちゃ鼻水出ちゃったw」
「きたねえな、顔も洗っとけw」
俺たちはそんなやりとりをしながら、家の中へ戻った。
この日この時、俺の前で見せた奈央の表情はずっと忘れることができない。
ただ、この出来事があったから、俺の新しい夢への想いは確信へと変わりつつあった。
もう、昔を思い出して嘆いているだけの俺はいなかった。
前を向こう、これからの未来を考えよう、そんな想いがふつふつと湧いてきていた。
534 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:41:19.87 ID:xK8lMwpC
夕方になると分厚く空を覆っていた雲は立ち消え、
気持ちの良い夕空が広がっていた。
東の空は暗闇に溶け込み、西の空は橙色の波を帯びていた。
これならきっと花火大会もあるだろう、そんな風に思った。
535 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 01:42:29.53 ID:xK8lMwpC
今日は一旦ここまです。
続きはまた明日書きます。
かなり佳境まできました。
見てくれている人、ありがとう
536 :
名も無き被検体774号+:2015/11/18(水) 01:43:11.40 ID:PKhsmwnx
描写上手いなぁ…
しえん
537 :
名も無き被検体774号+:2015/11/18(水) 03:29:13.02 ID:EGayC3GY
おつかれさま♪
538 :
名も無き被検体774号+:2015/11/18(水) 05:11:10.19 ID:lJU8Wp6Q
今日もお疲れ様♪
539 :
名も無き被検体774号+:2015/11/18(水) 09:43:29.88 ID:eDjqExff
素晴らしい。
奈央ちゃんとの描写が印象的だね
しえん。
540 :
名も無き被検体774号+:2015/11/18(水) 18:54:34.11 ID:eDjqExff
綺麗な描写が多いから、岩井俊二あたりに実写化してほしい
541 :
名も無き被検体774号+:2015/11/18(水) 19:01:47.92 ID:ymKkD3UJ
透明感っていうのかな?
とても読みやすくて好感が持てます。
542 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 20:54:22.34 ID:anNfxHXg
こんばんは
今日も続きを書いていきますね
543 :
名も無き被検体774号+:2015/11/18(水) 21:00:58.05 ID:MHlmDNuw
支援
544 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 21:04:03.92 ID:anNfxHXg
奈央はもしかしたら、夕飯の場に顔を出さないかと思っていたが、
おばさんに呼ばれて居間に下りると、その団欒の中に奈央がいた。
奈央は少し目を腫らしているように見えたが、
家族の中でいつも通りにご飯を食べていた。
ただ、テレビを見ながら力なく笑っている奈央の姿が、俺の胸を騒がせた。
自分でもよく分からないが、いつも通りにしている奈央を見て胸が傷んだ。
545 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 21:09:23.07 ID:anNfxHXg
夕飯を食べた後、部屋で窓を開けて扇風機を回して勉強をしていた。
すると、外から「ドドドン!」という音が聞こえて、
麓の方角で花火が打ち上がるのが見えた。
「こんなによく見えるんだな」と感激して、すぐに1階へ下りた。
俺「花火、始まりましたね!」
おばさん「そうね、よく見えるでしょ」
縁側では、おじさんとおじいちゃんがガラスの灰皿を置いて、二人でビールを飲んでいた。
テレビの前で、奈央が浮かない様子でスマホをいじっていた。
546 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 21:10:27.12 ID:anNfxHXg
おばさん「そういえば、今朝ぶどうが取れたんだけど食べて」
そう言っておばさんは居間のテーブルにぶどうを3房ほど出してきた。
俺「これって、もしかして隣の畑のやつですか?」
俺が興奮して聞くと、おばさんは
「そう。1君が奈央と一緒に水あげてくれたやつ」と言って笑っていた。
547 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 21:14:19.45 ID:anNfxHXg
目の前に出てきた瑞々しいぶどうを見て、少し嬉しくなった。
横にいた奈央に「な、これなんてぶどうなの?」と聞くと、
「巨峰だよ、一番美味しいやつー」と力のない返事をされた。
俺「これって、俺らが水あげたやつだよな?それが食べれるって凄くね!」
俺が興奮してそう言うと、奈央は笑っていた。
奈央「何いってんの、大げさだなぁ」
548 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 21:16:34.97 ID:anNfxHXg
でも俺は確かに、奈央と二人で水をあげた日の事を思い出していた。
あの時、奈央は大口を開けて笑っていた。
すごく楽しそうだったと思う。
ここに来てから、本当に色んな奈央の表情を見てきた。
大口を開けて楽しそうに笑う姿や、いたずらっぽくにやにや笑う顔、
バレーに対する真剣な眼差しや、落ち込んで下を向いていた表情、
そして土砂降りの中で見せた泣きっ面に、満面の笑顔…
その全てが俺の心に強く残っていて、その全てが奈央だった。
そして、その沢山の表情に、俺は動かされ、変わってきていた。
549 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 21:19:54.29 ID:anNfxHXg
でも今の奈央の表情は…いつもと変わらない様子を見せている奈央の表情は…
俺の心に残したくないな、と感じた。
そんな瞬間、奈央の口からぽろっと言葉がこぼれ落ちた。
奈央「花火…行きたかったな」
その言葉を聞いて、心臓が大きな音を立てたのが分かった。
色々と考えてしまう前に、すぐに口から気持ちを吐き出す。
550 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 21:38:41.15 ID:anNfxHXg
俺「じゃあ、行こうよ」
奈央「は?何いってんの?」
奈央が右手にぶどうの実を持ったままこちらを見た。
俺「行きたいんだろ。まだ全然間に合うじゃん。」
俺「一緒に行ってこようぜ」
奈央は俺から視線を外して下を向いた。
奈央「え、でも…」
奈央「1だって勉強があるし、もうこれ以上色々迷惑かけれないし」
俺「そうじゃないよ」
俺は強く言い切った。
551 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 21:50:27.06 ID:anNfxHXg
奈央「え?」
俺「俺が行きたいんだよ、俺が。だからさ、一緒に行こうよ」
奈央「はー…?」
奈央は返答に困ったららしく、目をきょろきょろさせた。
俺「行こうぜ。自転車で下ればすぐだろ。な、奈央」
奈央は少し「うー…」と首を傾げて考えてから答えた。
奈央「いいよ…」
俺はそれを聞いた瞬間、ぱっと心が晴れて「おっしゃ!」と口走ってしまった。
552 :
1 ◆aPqsLiX.0g :2015/11/18(水) 21:58:01.82 ID:anNfxHXg
奈央「いいけどさぁ…ちょっと待ってね」
俺「どうしたん?」
奈央「準備するから、待ってて。分かるでしょ」
そう言われて俺は落ち着かず、家の外の玄関の前に座って、
一人で遠くに打ち上がる花火を眺めていた。
ドン…パラパラ…という音が光から数秒遅れて聞こえてくる。
遠くで小さく瞬くだけの花火は、見ていて物悲しく感じた。