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姫「置き去りにされた世界の中で」
Part9


193 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 00:55:48.75 ID:vaoyWf2b0
再開

194 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 00:56:30.49 ID:vaoyWf2b0

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ヒトという生き物はとても脆い物だ
肉体的にも、精神的にも
弱い箇所をとんと突いてやれば、簡単に崩れてしまう
昔、自分の力で多くのヒトを救おうとした愚かな人間がいた
だが、その人間はヒトを救うだけの力も知識も持ち合わせてはいなかった
必死に足掻いた、でもダメだった
知識を蓄えた、それでも解決出来なかった
親しき友人、恩人が耐え難き苦しみを味わっている
その人間は、何もすることが出来なかった
……その人間に出来た、たった一つの事
苦しみから解放するための……
ああ……どうしてヒトという生き物は、こうも簡単に……

195 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 00:56:56.60 ID:vaoyWf2b0
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男「がッ!!ああッ!!」
商人「うわビックリした!?」
男「なッ!?……??」
凄まじい胸の鼓動と、肩を大きく揺らす自分の息で目を覚ました
辺りは真っ暗な闇、俺の真上には心配そうに覗き込むあの商人
状況が理解できないまま上体を起こし、相手の反応を待つ

196 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 00:57:37.52 ID:vaoyWf2b0
商人「お、お決まりのセリフを言わせてもらいますが……大丈夫ですか?」
大丈夫に見えるか?
……ああ、そう見えるのなら、きっと大丈夫なのだろう
心臓は徐々に落ち着き、深海から一気に引き上げられたように、呼吸が困難となっていた肺も今では正常に活動している
納得を得られたからか、少し身体が楽になった
商人「そうですか、そりゃよかったよかった」
男「……」
何がよかっただ
どういった経緯があってここにいるかは分からないが、あまりこの女とも一緒に居たくはない
幻想玉の事もある。こちらが所有している事は知られたくない
少し距離を置き、現状を問いただす

197 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 00:58:08.65 ID:vaoyWf2b0
商人「倒れていたんですよ、遺跡の中で。それで、この娘が安全な場所まで貴方を連れてきたって訳です」
剣士「……」
男「お前が俺を……?悪いな」
本当は悪いとも思っていないが、こうでも言っておけば相手も嫌な気はしないだろう
しかし、変な借りを作ってしまった
コレをネタに何か買わすように詰め寄られなければいいが……

198 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 00:58:43.46 ID:vaoyWf2b0
剣士「下手に動くな病人、迷惑だ」
男「……ッ」
話によると、遺跡の探索に来ていた剣士が偶然にも高熱を出して気絶していた俺を発見したらしい
一人では対処できないという事で商人を呼んで来たとの事だ
商人「既に簡単な手当はしてありましたが、頭の傷口が開いていたのでまた包帯を巻きなおしておきましたよ」
ああ、本当だ
結構な量の血が服まで垂れてきている
今更ながら、あの魔法生物め。随分と乱暴に扱ってくれたものだ

199 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 00:59:18.66 ID:vaoyWf2b0
商人「もう夜が降りてきます。この地下都市も光が無くなりますので急いで出ましょう」
この地下都市は綺麗に地下に埋まっている
上を見ればドーム状の大天井、所々に空いた穴から僅かな光が差し込む程度
夜になればそれが月明かりに変わる。当然だが、こちらで明かりを持ち込まなければほとんど何も見えない
足取りのおぼつかないままの俺を支えながら、彼女達は暗い廃墟を歩き出す

200 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 00:59:51.49 ID:vaoyWf2b0
思い出せば吐き気を覚える
冷たくなっていくヒト
抜け殻となった体はゆっくりと血の気が引いていく
そして……
……?
俺は、何を思い出したんだ?
目の前で空っぽになってしまったあの少女?
いや、それだけではない
もう一つ……
自分の過去を。誰一人救う事の出来なかった、自分の"罪"を……
「……」

201 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:00:46.11 ID:vaoyWf2b0
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日も完全に落ち、夜
街は仕事終わりの大人たちで活気付く
あのまま宿屋に届けられたのだが、そのままあの二人の女に"借り"を宣言され食事に付き合わされている
多少なりとも回復した俺を見て夕飯を奢れと、何ともケチな事を吹っかけてきた
商人「ただ奢るだけじゃないですけどね。この娘、すごく食べるから覚悟しておいてください」
剣士「……フン」
頬を目いっぱい膨らませながら黙々と食事を貪るその姿はまるで子供か
確かに、危ない所を彼女達に助けられたのは事実だ
このくらいでチャラにしてくれるのなら安いものだ

202 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:01:14.30 ID:vaoyWf2b0
商人「おんや?貴方は食べないんですか?勿体ない」
勿体ないもなにも、どれだけ食べるか分からんそこのブラックホール胃袋を持つ剣士に備えなきゃならんだろう
迂闊にこちらが注文して足りなくなったら笑えない
剣士「おかわりだ。今の豚肉を3皿追加しろ」
……本当に何皿食うつもりだコイツ
注文を受けた小柄な少女が伝票に慌てて書き足してゆく
そんな可愛らしい仕草に、あのお姫様を不思議と重ねながら、退屈を感じていた
俺の視線が白けている事に気が付いたのか、商人は話を切り出してきた

203 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:01:54.27 ID:vaoyWf2b0
商人「それで、ですけど。どうしてあんなところで血まみれで倒れていたんですか」
こっちが聞きたいくらいだ
詳しい情報も話せない以上、曖昧な返答しか出来ない
出来る事ならばこちらも思い出したい光景ではなかった
流石に無視して押し通せるような事ではない。助けて貰った以上はある程度放す必要がある
本当の事を言わない様に気を付けながら言葉を選ぶ
商人「で、要約すると……頭打って気絶して、それを誰かが勝手に治療して、そして関係ない所で貴方はまた気絶したと?そんな滅茶苦茶な……」
嘘は言っていない、嘘は
商人「ま、通り魔ならぬ治療魔なんてのもいるんですねぇ。普通なら追剥上等なもんですけど」
男「へぇ、その割にはアンタも俺を助けたじゃないか」
商人「口ではこうは言いますが……まぁ死にそうな人間放っておくほど腐ってませんので」
「無論下心あっての行動ですが」と、最後に一言付け足して
言わなきゃいい事をワザワザ口に出す。しかし、その表情は年相応の娘にしか見えない笑みだった
ああ、この娘は心優しいのだろう。言葉の端々から俺に気を遣う様子が伺える

204 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:02:26.99 ID:vaoyWf2b0
下らない談笑の中、次々と料理が運ばれてくる
しかし、その中に剣士が頼んだ覚えの無い物が届けられた
剣士「ん?テーブルが違うのではないのか?こんなもの私は頼んでいないぞ」
ぶっきら棒に突っぱねようとする彼女に商人は慌てて間違いではないと釈明し、それはテーブルへと無事に辿り着いた
商人「アンタ一人が料理を頼んでると思うなよ!?私も私で注文してたからな!?」
どうやら商人が注文した品だったようだ
お小言を連ねる彼女の言葉を無視して剣士はまた食事を始めた
このチグハグなコンビはいつもこのようなやり取りをしているのだろう
お互いに慣れたように口を動かしている。動かす理由は違うのだが……

205 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:03:05.99 ID:vaoyWf2b0
男「……アンタは何を頼んだんだ?」
白く濁った液状のものに大雑把に刻まれた具が浮かんでいる
あまり美味そうにも見えないそれに不思議と興味を持った
商人「この店の裏で育ている果物を使ったスープですよ。栄養価が非常に高い上に鎮静作用があるそうです」
どうぞ、とその一皿を此方に差し出してきた
これを飲めと……?
商人「その為に注文したんですから。さっきから食事には手を付けてないですし、病み上がり何ですから何か口にしないと持ちませんよ」
気を使ってくれたのか
そう、気を使ってくれたのなら早く宿に返してほしいものだ

206 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:03:45.65 ID:vaoyWf2b0
あまりありがたい見た目はしていないが、お言葉に甘え頂くことにした
果物らしい甘みが抑えられたそれはすんなりと口の中へ注がれていく
嫌味の無い後味に不思議と手に持ったスプーンが次へ次へと口に運ばれていく
俺好みの味だ……力が漲ってくる
商人「昔から薬としても重宝されていたとか。加工が地味に面倒らしいので注文なんてされると地味に嫌な顔されますけど」
男「そりゃ大層なもんだな。で、この料理の金は誰が払うんだ?」
商人「ん」
こちらに向けられた人差し指から目を逸らし、俺は今日一日の事を振り返る
遥か遠い過去に遡ったあの場所で、俺を襲ったあの出来事を……
明日、もう一度幻想玉を使いあの場所に行ってみよう
直接的に最悪の事態を……"死"を確認したわけではない。俺の勘違いかもしれない
ここまで関わった以上、その結末を見届けなければならないという思いが俺の胸を圧迫していた
こんな気持ちになったのはいつ振りだろうか……

207 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:04:22.07 ID:vaoyWf2b0
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ーーー

ー7th days ……?ー
ーーー何度泣き叫んだだろう
   何度気が狂っただろう
   
   私が愚かでした
   でも……
   それでも私は……ーーー
姫「……」
「……」
男「あは……はははははは!」
ああ、思い過ごしだ
何てことは無い、今日も問題なく彼女は窓の外を退屈そうに眺めていた
昨日の出来事はただ頭を打ったことで俺の中のトラウマが呼び起されただけの事だったようだ
彼女は……"ここに生きている"

208 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:04:53.55 ID:vaoyWf2b0
姫「不気味に笑って……ハァ、また来たのか」
男「ああ、懲りずに来てやったぞ」
小さなため息とともにそう呟いた彼女は以前のような笑みを浮かべる
昨日起こった事全てがまるで嘘の事かのように
男「昨日は悪かったな、約束を忘れて会いに来ちまって。丁度調子が悪くなってたんだな」
その話を出すと、彼女の表情は一瞬だけ曇りを見せる
地雷を踏んだ、と焦る前に、彼女の顔は悪戯な……またいつもの悪い顔になる

209 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:05:39.39 ID:vaoyWf2b0
姫「クク……馬鹿め、アレはフリだ、フリ」
男「お、おいおい……冗談キツすぎるぞ」
こちらは酷く心配したのだ、嘘でもやめてほしい位には
男「迫真の演技だったな。俺を困らせるだけにやったとは思えない程」
姫「面白い事ならばなんだってやってやろう。お前はせっかく見つけた玩具なのだ、とことん私を楽しませてみろ」
よく言う
このくらい口が利けるのならば何も言う事はない
安心してまたこの小さなお姫様と話が出来た
こんな程度の事が楽しみな日課になるなんて、数日前の俺が知ったら度肝を抜かすだろう

210 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:06:17.14 ID:vaoyWf2b0
姫「……しかし、な」
男「ん、どうした?」
思いつめたようにこちらを伺う
その眼差しは真っ直ぐに俺を捉える
彼女は何かを言おうとして、すぐにその口を閉じ目を伏せた
短い沈黙の中、気まずい雰囲気になる
男「言いにくい事ならば言わなくてもいいぞ」
我慢の出来ない俺が先に口を出す
ハッとしたかのように、彼女は顔を上げてまた俺を見る

211 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:06:45.42 ID:vaoyWf2b0
姫「いや、なに。お前に言いにくいようなことなど毛ほども無いのだが」
失礼な奴だ
眉を八の字にしてその生意気な態度を注意してやる
案の定、堅い果物は脛を飛んできた
姫「馬鹿め……いや、バカだからこそ、こうも私を引っ掻き回すか」
何の意図があるか分からないその言葉に、少し胸が時めいた
俺は何を考えている、文字通りの馬鹿か

212 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:07:22.01 ID:vaoyWf2b0
姫「ところで……その頭はどうした、怪我でもしたのか?」
唐突に振られた話題に反応して、思い出したかのように頭に手をやる
今の今まで忘れていたが俺は怪我人だ
本当なら今日くらい宿でゆっくり休みを取るべきなのだろうが、こちらの時代への興味が勝っていた
姫「以前の時点で既に治療を受けていたようだが」
男「ああ、そういえば昨日既に包帯巻いたままここへ来たっけな。大したことないよ」
なんせ記憶が曖昧だ、明確に思い出す事が出来ない

213 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:07:49.77 ID:vaoyWf2b0
「……」
彼女の隣に浮かぶ大きな帽子と手袋
そうだ、昨日の出来事全てに立ち会ったこの魔法生物に聞けば……
男「この考えも何度目だよ……」
口が聞けないと何度思い出せば覚えるのやら
物言わぬ大きな帽子は、心なしかこちらをジッと見ている気がした

214 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:08:22.57 ID:vaoyWf2b0
姫「見舞いの品だ、一つ持っていけ」
突然の彼女の仕草に慌てて身構える
その手に持たれているのは例の果物
姫「……別に思い切り投げようとはしていないぞ」
そうは言われてもそいつには何度も痛めつけられている
嫌でも反応してしまうだろう
男「ありがたく貰っておくよ。貴重なものなのに悪いな」
姫「一国の姫たる私がこの程度の物を民にくれてやらんでどうする。気にするな、欲しいのなら好きなだけ持っていけばいい」
随分と豪快な提案をしてくれる
そんなに持ち歩けるものでもない為、カバンにいくつか入れるだけにとどめておく
姫「ああ……本当に何個か持っていくのだな、遠慮のない奴だ」
言われたとおりに動いただけなのに、どの口が言うか

215 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:08:54.40 ID:vaoyWf2b0
その後、またしばらく他愛のないような話を続ける
この一週間、まだ話していなかったお互いの事
やれ姫とはどんなものだ、やれ冒険者はどういうものだと
既に時代の流れなど感じさせない程にまでお互いに近づけたようだ
そう、いつも通りだ
いつも通りに話していた
ただ一つ、彼女が謝罪をしてきた事を除いて
一変して空気が重くなり、彼女の眼には涙が浮かんだ
姫「……」
男「どうしたんだよ、突然」
すまないと一言告げると、本当に申し訳なさそうに頭を下げている
立場を考えても在り得ない光景だ。彼女は一体何をしたというのだろうか