2chまとめサイトモバイル
姫「置き去りにされた世界の中で」
Part7


147 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:41:37.21 ID:dxS7ozrO0
姫「かつて、不毛の地に一つの国があった」
姫「小さな小さな国……人々は生きるために働き、子を産み、そして死んでいく」
姫「そんな当たり前の光景が広がる、なんてことはない国があった」
男「……」
姫「国を作った者達は、さらなる発展を目指し、禁忌とされていた魔法の研究を始めた……魔法、分かるか?」
この時代では広く知られず、魔族にだけ使うことを許された異形な術
今でこそ珍しくも何ともない"それ"は、きっと彼女たちにとっては悍ましいものなのだろう

148 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:42:03.69 ID:dxS7ozrO0
姫「ああ、その顔は分かった顔だな。続けよう」
姫「戦争にも生活にも役立つその技術は、やがて国を支える重要なものとなっていった」
姫「……だが、独学では限界があった。より強力な魔法を使うには"学ぶ"必要があったからだ」
姫「魔法を使える魔族との接触はとてもではないが危険すぎた。そしてあまりにも途方もなさ過ぎた」
魔族……今では普通の"ヒト"として扱われている
地上に出てきた彼らは、時の流れの中で俺たちの生活に溶け込み、そして同じように生き、同じように死んでいった
時を経て、なんら変わらないその命を見た地上の……俺たちの先祖は、彼らを受け入れた
だが、大昔はそうはいかない
自分たちとは違う見た目、違う力を持つ彼らとは分かりあうことは出来なかった、しなかった
異を排除し、否定し続け、世代が大きく変わる長い年月が経つまで、それを認める事が出来なかったのだ
……恐らく、ここがその時代に当たるのだろう

149 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:44:35.31 ID:dxS7ozrO0
姫「行き詰まりを感じ始めていた魔法という技術は、ある一つの道具を見つけることで目覚ましい昇華を始めた」
男「道具……」
姫「"神器"。神の創りし強大な魔力を宿した器」
彼女は俺の片手に持たれた幻想玉を指さし答えた
姫「他国の視察に出ていた家臣たちが偶然見つけたそれはすぐに王族に届けられたそうだ」

150 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:45:14.33 ID:dxS7ozrO0
姫「ヒトの知恵というものは恐ろしいものだ」
姫「一たび手がかりを手に入れればたちまち新たな力とする」
姫「手に入れたその新たな力で火を起こし、水を操り、緑を作り……」
姫「砂漠の中の小さな国は、みるみるうちに発展を繰り返し、いつしか大国とまで呼ばれることになった」
男「……まるで、この国のみたいだな」
姫「……どうかな」
濁したような返事を返す
何か思うところがあるのか、その表情は複雑さを感じさせる

151 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:45:55.88 ID:dxS7ozrO0
姫「人々はその力を讃え、謳歌し、王族達をまるで神のように崇めた」
姫「ある国の者達はその神器をめぐり、その国に戦を仕掛け。またある者達は野盗として神器を奪うために争い……」
姫「幾度となく繰り返されるその戦いを退け、国はなお健在であったそうだ」
姫「しかし、そんな大国であろうとも、いつか終焉を迎える時がくる」
何故?
ここまでの話ならばそんな唐突な事態にはなりえない
強いて言うのならば魔法の酷使、あるいは兵の疲弊……
自然と口に出されていたその疑問に肯定するように彼女は頷いた
姫「ああ、そのどちらもだ」
姫「きっかけなんていくらでもあった。ただ力に任せ、騙し騙しに突き進んでいただけだったのだ」

152 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:46:27.34 ID:dxS7ozrO0
姫「……結局、全ては見かけだけの……仮初の力でしかなかった」
姫「魔法の力ですべてを支配出来ると勘違いをした王族達は、その力をもって愚かしくも新たな命を作ろうとした」
男「魔法生物……」
姫「そうだ」
吹き抜けになった窓から下の街を見下ろしながら、淡々とした口調で言い放つ
禁忌とされていた魔法という名の力で命を弄ぶ
それは昔だろうと今だろうとあってはいけないことだ
命を育むことを許されるのは、この地に生まれ、そして土に還るものだけなのだから

153 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:47:16.80 ID:dxS7ozrO0
姫「魔法生物は生殖能力を持たない。そして死して大地に還ることも無い、魔力は離散しそこから無くなる。生きるとも死ぬとも違う、ただ存在しえるだけの者」
姫「元々、魔法の乱用自体には反対の声も上がっていたが、それが大きな引き金となり……」
男「謀叛か」
姫「今までその力に頼り、助けられていたこともありあまり大きな声では言えなかったのだろう。だが、今回はそうはいかなかった」
簡単な話だ
禁忌を行うことによる他の国からのバッシング
そして度重なる戦争
例え連戦連勝だとしても、国民からしてみればその重圧に耐えきれる訳もない
そこへ魔法生物の話と来た。これ以上は黙っていることも出来なかったのだろう

154 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:47:58.88 ID:dxS7ozrO0
姫「そうしたこともあり、王宮の関係者達は秘密裏に捕えられ、隠居という形で王宮から追い出されることになった」
姫「……まだ王族を慕う者も沢山いた。だからこそ、そういった話でまとまったが、言ってしまえば扱いは罪人だ」
男「……」
罪人、咎人
聞きたくもない一番嫌いな言葉だ
姫「……顔色が悪いぞ?大丈夫か?」
お前の方がよっぽど悪い
言い返すと、すかさず枕元に置かれていたあの硬い果物を脛目掛けて投げてきた
男「や、止めろよ……」
姫「心配してやった女に対して失礼な物言いだったからつい、な」
痛み悶える俺のことなどつゆ知らず、話は続く

155 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:48:45.92 ID:dxS7ozrO0
姫「国は王に代わり新たな代表を立て、幾ばくかの領土と魔法技術の全て、そして神器を手放すことを決めた」
他国との溝を作らず、そして今まで築き上げてきた物を手放すことでその後の衝突を避けようとしたのだろう
だが、国と国との間柄、そう簡単に話が進むことは無い
姫「直接的には攻め入られることは無かった……らしいが、やはりその後は目に見えて国は衰退していった」
たとえ間違った方向だったとはいえ、向上心を欠いた国に未来は無い
ゆっくりと、それでいて着実に、その国は形を保つことが出来なくなっていったのだと……
姫「ただ、報いが来ただけなんだ。ヒトの掟に背き続けた報いを……」
男「……」

156 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:49:40.54 ID:dxS7ozrO0
男「それが……この国か?」
聞いてしまった
疑問に思っていたことだ。所々で濁していたが、まるで彼女は自分の身にあった事のように話す
そう思わない方が不自然だろう
姫「ククク……そうか、よく分かった。お前は阿呆だ、筋金入りのな」
男「アホってお前……」
少し溜めた後、彼女はこちらを見ることなく、片手で顔を覆い笑い出した
姫「阿呆も阿呆だ、当然だろう。自分の国の事を話しているのなら、今ここに在る国は何だというのだ、まったく呆れて物も言えん」
国、神器、魔法生物
俺が前に読んでいたこの国の歴史に共通するワードこそ多いものの、確かにこの国は"今は"健在だ
自分のことだとしたら、この時代に生きている彼女が話す内容としては確かにおかしい

157 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:50:13.92 ID:dxS7ozrO0
姫「だから初めに言ってあっただろう?誰も知らない世界の話、と」
男「大昔の伝承か、あるいは作り話ってか?」
姫「ああ、どうとってもらっても結構。ありえないだろう?今もこうして存在している自分の国の哀れな行く末を語るなど」
奇妙な感じはしたが、そこは物理的に納得せざるを得なかった
こうして時間を超えて遊びに来ている自分が一番納得できない状態だという事は忘れておこう

158 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:50:41.19 ID:dxS7ozrO0
しかし、気になることはもう一つあった
男「なぁ。罪人として捕えられた王族ってのは、その後どうなったんだ?」
姫「……」
ピタリと動きを止めてこちらに顔を向けないまま目を瞑り、彼女は静かに答える
姫「大罪人と言えど、今まで自分たちを導いてきた人間だ。酷い扱いは受けなかったさ」
姫「寧ろ……好待遇とも言えるだろうな。あることを除けば」
男「あること……?」

159 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:51:41.27 ID:dxS7ozrO0
姫「罪人の証である刻印をその背に入れられ、外には出られない」
男「ッ!」
姫「そして一般には知られず、誰にも語られぬまま、処刑された……顔を隠され、背中の罪の証だけが語る名も無き者として、な」
男「そんな……」
当然といえば当然だ
隠居というのはあくまで形式、本来なら責任を取るべき事だ
いや、要因はそれだけではなかったのだろう。全ての悪をその身に押し付けられた……名も無き罪人として
姫「だが、王族は誰一人としてその決定に異議を唱えなかった……何故だかわかるか?」
分からない
助かりたいと思うはずだ
自分達が築き上げてきたものすべてを捨てられている
俺ならば何か行動しなければ気が済まない、ましてや処刑などと……
姫「それはな……」
姫「国を愛していたからだ」
男「……」

160 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:52:38.65 ID:dxS7ozrO0
男「そんな馬鹿な話が……」
姫「ただ国を思い、愛し、周りが見えなくなっていただけの不器用な一族だったんだ」
姫「これから先、どのような形になろうとも民たちが生き延びていく未来を信じて」
姫「国の為に生き、そして国の為に死んでいった……悲しい話だ」
分からない
分からない
俺には分からない
死んで何になるというのだ
それが本当に誰かの為になるというのか
ただの自己満足ではないか
現に国は衰退している
どうして大人しく死を選んだのだ
裏切られたのに……その愛する者達に殺されて何になる……
俺には……分からない

161 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:53:45.89 ID:dxS7ozrO0
姫「理解が追いついていない顔をしているな。お前にはちと小難しすぎたかな」
男「……一国を担っている訳じゃないからな。お前と違って、俺には一生分かりそうもない」
姫「愛するものが出来ればわかるようになるさ……ただ規模が違うだけだ」
ご丁寧に、年下の女に意味不明な説教をされてしまった
何を悟った風な口を利く……と言えばまた反撃を受けかねない
喉まで出かかった言葉を押し込めて、彼女が再び口を開くのを待った
姫「ちなみに、神器はその時にどさくさに紛れて失われたそうだ。王族の誰かが隠したか、あるいは関係者が持ち出したか……真相は闇の中だ」
破棄をしたと公言しても、その力を求めるものは五万といるだろう
だからこそ有耶無耶にして終わりにしたという事か
姫「ま、言うまでもないが他国の王族お抱えの盗賊が後を絶たなかったそうだ。それ程までに神器というものは魅力的なのだろうな。お前が欲したように」
あるかどうかも分からない物を探す、途方もない事だ
だが、それは手にしたものに莫大な富と権力を与える。どんな手を使ってでも欲しいだろう
俺だってそうだった

162 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:54:34.31 ID:dxS7ozrO0
姫「あくまで"道具"としてではなく、"尊き物"として扱う側面が強い。畏れ多くも神の創りし器だ、調べはしてもあまり罰当たりな事も出来んさ」
しかし世の中には神器を完全に"道具"として割り切って使い潰した奴もいる
男「そういや神器をぶっ壊したって奴がいたな……」
この世界からずっと未来の、俺のいる時代の話
先の戦争で破壊されたと言われる聖剣
この時代の人間には信じてはもらえないだろうが……
姫「いるのか、そんな馬鹿が?」
男「あ、ああ、まぁな」
姫「ふぅん……だが、魅入られる前に処分するのも一つの手だろう」
意外な返答が返ってくる
まるでその行動に肯定するかのような言い方に驚きを隠せない
姫「前にも言ったが、神器はあまりいい物ではない。人が持つには過ぎた力でしかない」
姫「そのまやかし玉もまた……」
彼女にとって神器はあくまでその程度の物でしかないようだ

163 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:55:06.53 ID:dxS7ozrO0
姫「さて、話すのも疲れた。私はそろそろ眠るかな」
男「ん?今日も随分早いな」
姫「私とて暇ではない。お前がいない間は疲れるような事をしているのでな」
薄い掛け布団を手に取ると、それを身体に纏わせ横になり、力が抜けたようにパタリと寝そべる
帰ろうか?と声をかけると、彼女から一言返事が返ってくる
姫「私が寝入るまでそこに居ろ。寂しい」
随分としおらしい
らしくないその態度に疑念を抱きながらも、俺は彼女の言う通りその場に残り暇を潰した

164 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:55:33.12 ID:dxS7ozrO0
数十分が経った後、静かな寝息と共に彼女の意識はまどろみの中に消えたようだ
それだけを確認し、俺は幻想玉を掲げ元の時代に戻ろうとした……が
男「ッ!」
「……」
いつの間にか背後に大きな帽子が宙を舞っていた
スケルマターだ
男「お前……ホントいつも音もなく近づいてくるな。足音聞いたの最初に会ったときだけだぞ」
「……」
驚きを隠せない俺を無視して、魔法生物は代えの水を彼女のベッドの枕元に置く
これは日課なのだろうか、残されていた水が入っていたであろう瓶は手際よく片付けられていく

165 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:56:49.31 ID:dxS7ozrO0
「……」
盆の上に瓶を乗せ、立ち去る魔法生物を見る
すると、ピタリと立ち止まり何やらこちらを見ているようだ
……向きが分からない以上向いているかどうかは手袋と靴の方向で確認しているが
男「どうした?俺に何か用か?」
「……」
勿論だが返事は無い
恐らくこの無防備なお姫様に変な事をしないかと心配しているのだろうが、俺はそんなことはしない
かといって、変な誤解の末に獲り殺されても困る。そそくさと再び幻想玉を掲げ、その場から立ち去ることにする
まるで夢から覚めるような歪な感覚に苛まれながら、俺はその世界から姿を消した
そういえば、明日は来るなと言われていたな
ここで約束を破って信用を無くすのも避けるべきか
さて、明日はどうするべきか……

166 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:57:34.88 ID:dxS7ozrO0
姫「う……ぐっ……」
「……」
姫「ハァ……ハァ……ッ!」
「……」
「…………」

167 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:58:14.03 ID:dxS7ozrO0

ーーー
ーーーーーー
大丈夫だ、必ず助かる!
希望を持て!きっと何とかなるさ!
時間さえかければみんなきっと……!
きっと
きっと……

168 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:58:49.42 ID:dxS7ozrO0
ーーーーーー
ーーー

男「……ッ」
男「……クソッ!」
男「嫌な夢を……」
胸を強く打つ動悸に襲われながら目を覚ます
夢を見るたび、過去の出来事が俺の心臓に楔を打つかのように深く刻み込まれる
俺は……