Part4
77 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 00:56:07.09 ID:dxS7ozrO0
とはいえ、こちらにデメリットが無いからこそ無難な方は選ばなかったが
そうこう話しているうちに賭けの題目である綱渡りが始まる
慣れたもので、最初のうちは恐る恐るといった風に渡っていたものが、順を追って過激になっていく
彼女曰く「そうやって魅せている」だそうだ。本当かどうかは分からないが
確かに、その僅かな足場で危なげな足取りならば客は釘づけだろう
その目に映る期待感は芸人への心配か、はたまた最悪の結末の怖いもの見たさか
綱の上で芸人がそのしなりを利用し飛び跳ねる
その時
男「危なッ……」
78 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 00:56:36.30 ID:dxS7ozrO0
こんな離れた場所からでも確認できた
突然風が吹いたのか着地点がズレ、芸人は滑るように綱から落ちてゆく
咄嗟に手を伸ばし綱をつかもうとするが、それも叶わず背中から……
男「うわ……大丈夫かアレ」
姫「賭けはお前の勝ちだな」
男「お前な……流石にこんな時にそういうことは……」
姫「よく見ろ、あの芸人は無事だ」
得意げに親指で舞台を指し示す
そこには綱の下で何かをバネに跳ね飛ぶ人の姿
男「トランポリン……?」
姫「クク……いつもあそこに都合よく置いてあるからな」
男「お前なぁ……」
79 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 00:57:12.82 ID:dxS7ozrO0
またしてもからかわれたか
芸は終わり盛大な歓声と共に悠々とフィナーレへと向かっていく
男「知ってたのか?こうなる事を」
姫「何度見ていると思っているんだ。私は私が答えを知っている賭けしかしない、相手の反応を見るのが面白いからな」
何とも性格の悪いことで
彼女曰く、相手の喜怒哀楽を見るのが楽しみだとか
ずっとここに居て、人の顔なんて見る機会がない故か
80 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 00:57:49.85 ID:dxS7ozrO0
姫「あー、楽しかった!こうして人と話すのは、やっぱり悪くはないな」
男「……」
一国の姫だ、こうして丁重に扱われるのも頷ける。しかし
男「人と話したいのなら親に我が儘でも言って相手くらい用意してもらえばいいだろう。それも許されないのか?」
姫「……」
地雷を踏んだのか、彼女の顔つきは険しいものとなる
余り触れてほしくはないのか、表情に出す。辛そうに、悲しそうに
81 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 00:58:17.61 ID:dxS7ozrO0
姫「あのな、王族を舐めるな。簡単に出来る訳がないだろう。そう御家の事情に軽々しく踏み込むと、女も近づかないぞ」
男「悪かったな」
姫「……ずっと一人なんだよ、私は。これからも……」
男「はぁ?」
彼女の眼は遠くを見つめる
その窓から見える圧巻の街並みよりもその先を
ずっとずっと遠くの景色を
姫「……さ、今日の所は終わりだ。丁度旅芸人たちも後片付けに入っている」
いつのまに……と、既に舞台を畳んでいる彼らを見つめる
立つ鳥跡を濁さず、といった言葉があるが
彼らは客と最低限の触れ合いのみに抑え、とっととその場から撤退していく
82 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 00:58:58.94 ID:dxS7ozrO0
姫「見ようによっては情が無いだの言われそうだな、アレは」
男「あくまで芸を見せに来ているだけだからな。それも仕事でだ」
姫「割り切るか……寂しいものだな」
そう言った彼女の横顔は、やはりどこか遠くを見ているように思えた
姫「まぁいい、お前も早く出ていけ。私はもう眠い」
男「まだ日は落ちきっていないぞ」
姫「姫である私にそんな理屈は通用しない。わかったら退け、邪魔だ」
"今日は終わり"と言う言葉はどうやらこちらに向けられていたようだ
言われずとも、ここに残る必要は無い
俺は石造りのベッドから降り、来た方向へ歩き出す……と
83 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 00:59:35.70 ID:dxS7ozrO0
男「うおあッ!?」
「……」
大きな帽子が宙に浮き、大きな靴が地べたを這う
いつの間にか背後に魔法生物が忍び寄っていた
姫「言っただろう?今日はすぐに来ると」
男「音もなく近づいてくるか普通……」
姫「配慮が足りんのだ。別に困ることではないが」
もしくは空気を読んでその場で待機していたか
まったく心臓に悪い
84 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:00:13.07 ID:dxS7ozrO0
姫「早くしろ、喧しくて寝付くことも出来ない」
その場で横になり、彼女はすぐに寝息を立て始めた
はしゃぎ疲れたのかとても眠りが深いように見える
男「こんなに早く眠れるなんて、一種の特技だろ。ったく、やっぱりまだまだ子供だな」
本人には聞こえるハズも無いが、ため息混じりに一言告げる
その様子を見ていた魔法生物がこちらの服を引っ張り催促する
男「分かったっての、出てきゃいいんだろ。ん?」
「……」
魔法生物に改めて目をやると、その手に……宙に浮いた大きな手袋の平には果物が一つ握られていた
男「あ……賭けの」
ゆさゆさと大きな帽子は縦に揺れ、無言のまま魔法生物は頷く
85 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:02:04.28 ID:dxS7ozrO0
どこから話を聞いていたのかは分からないが、彼女が賭けの品を渡すのを忘れていたフォローなのか、公平に見ていたからなのか
どちらにせよ、何も答えない以上分かりはしない
男「お前、案外気が利くな」
「……」
勿論無言
素直に果物を受け取ると、魔法生物は持ってきていたであろう水をベッドの脇に置いた
飲み水だ。これを交換するために今日は早く来たようだ
86 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:02:40.96 ID:dxS7ozrO0
さぁ、もう留まる理由もない
幻想玉を掲げまた念じる
元の場所へ、元の時代へ
眩い光に包まれながら、そこから姿を消した
「……」
姫「スゥ……ん……フフ」
「……」
87 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:03:21.65 ID:dxS7ozrO0
ーーーーーー
ーーー
ー
実験は成功、成果は上々と言ったところか
その後、あそこの場所以外でも何度か同じことを試したが、遺跡内ならどこでもあの時代に飛ぶことが出来る
お姫様には出ていけと言われたが、これをやめろとは言われていない
言い訳がましいが、あちらは俺の正体なんて知る由もないだろうから関係も無い話だ
男「街中を歩くのは……流石に危険か」
当然だ。過去に飛んだとしても、その時代にそぐわない恰好をしている人間が容易に出歩けるわけがない
この時間で宿に帰るのもちと遠い。このままこの時代の遺跡で一晩を明かすことにしよう
88 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:03:53.59 ID:dxS7ozrO0
ここでの寝泊りは初めてではない、初探索の時に数日過ごしている
適当な廃墟で火を起こし、そこを拠点としていた
男「念のためだが、食糧を持ってきていて正解だったな。時間を忘れて没頭していた」
俺らしくもない
いつもは仕事ならば寄り道などせずに、手早く済ませ切り上げる
しかし、今回はその仕事さえ終わっているのにも関わらず、こうして立ち往生だ
男「これも、神器の魔力ってやつかねぇ」
神の創りし物の意図など人には分かるはずもない
だが、"それ"には確かに魅せられるものがある。俺はその気に当てられたのだろう
89 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:04:49.64 ID:dxS7ozrO0
男「さて、飯も食ったし今日はこの辺で寝るか……あ」
ふと、先ほど受け取ったものを思い出す
男「そういや果物貰ったんだったな。可笑しな話だ、あっちから問題なくこちらに持ち込めるなんてな」
身に着けている物、ないしその中に入れている物は全てそのまま持ち出せる
そしてこの果物、見た事もない形をしている
珍しいものなのか、またはもうこの世界に存在していないのか
90 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:05:30.10 ID:dxS7ozrO0
手に据えたナイフでその硬い皮を慎重に剥いていく
水分は少ないのか、皮だけでなく実も硬い訳だが
男「ん……歯ごたえがあるなこりゃ」
カリカリと音を立てながら頬張る
味の方は……中々と言うべきか。案外しっかりとした味だ
男「硬さからして疑ったけど、食べてみりゃ確かにこれは果物だな」
少ないといってもちゃんと水気はある
必ずしも既存のものに当てはまることはないだろう
男(林檎とかアーモンドが混ざったようなような奇妙な感じだけど)
そんな他愛のない事を思いながら、今日という一日が終わる
心の片隅に、その果物の所有者であった彼女を無意識のうちに記憶の中で追いながら
この時間になると、光が無いせいもあって体が震える
妙に冷めた身体が気になり、中々寝付けずに時間が過ぎた
そうして、いつの間にか眠気に誘われて……
91 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:06:09.93 ID:dxS7ozrO0
ーーーーーー
ーーー
ー
ー3rd daysー
ーーーそれはきっと幻だ
誰かが見せた空ろな夢だ
たとえ幾度の光を見ても
私の心は閉ざされる
誰も知らない世界の闇にーーー
何も幻想玉一つに拘る理由は無い
手中に収まっている限り、後は手放さなければいいだけ
他に有効活用できることも踏まえる
この力を使って過去の世界に飛び、そこで手に入れたものを元の世界で売りさばく、なんて事も出来るハズで……
男(変装……変じゃないよな?)
昨日、少しだけ探索した街中を歩く
適当にくすねた衣装で最低限、この時代に溶け込める恰好をしているつもりだが
男(よっぽど変だったら奇異の目で見られるわな)
多種族の交易が見られるため人種については誰も触れないだろう
これならば問題なく行動できそうだ
92 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:07:08.01 ID:dxS7ozrO0
男「しかし広いな……」
遺跡を見て回り、そしてこの時代でも上から見下ろした時点で分かっていたことだが
今いるこの広い大通りは人の流れも多く、市場は活気に溢れている
露店を開く者、店舗を構える者、客を引く者、誘われる者
食糧、玩具、衣類、武器……
生きる上で必要なもの、そうでなくとも沢山の娯楽品が調達できよう
男「人の営みってのは時代を経ても変わらないんだな」
93 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:07:35.93 ID:dxS7ozrO0
「よう兄ちゃん!そこにあんただよ!」
男「……俺か?」
不意に声をかけられる
どうやら客引きに捕まったらしい
しかしこれは好都合。並ぶ商品に目を通し、説明を受けて堂々と品定めが出来そうだ
「あんたここは初めてかい?妙にソワソワしてたけど」
男(ああ……マジか)
都会に出てきた田舎者によくある傾向だ、恥ずかしい
94 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:08:15.13 ID:dxS7ozrO0
いくつか適当に商品の案内をされてそれを聞き流してく
実際、金にもならなさそうなものを紹介されても時間の無駄だ
男「……」
男(あの姫様、こういうの知ってんだろうか)
何を考えているのだか。頭に彼女の顔がよぎる
現代でもあまり目にかかれない物にいくつか目星をつけ……その場を後にする
店員に引き留められたが、こちらは買う気などサラサラ無いのだ
その意思が分かると機嫌が悪そうに店の中へ引っ込んでいく
95 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:09:00.46 ID:dxS7ozrO0
その後、店を回り適当に時間を潰す
面白そうなものを見つけては店に顔をだし、また出て行って……
通り過ぎる人々、顔を合わせる店の人間
どいつもこいつも昨日の旅芸人の話が多いことだ
見に行っていない者でさえネタが知れ渡っている
ネタバレはやめてやれ。芸人たちの食い扶持を潰してやるな
何度かひやかしを繰り返していくうちに日は暮れていった
男「こんなもんか……」
いつの間にか背負っていたカバンはこの時代の物品でパンパンに膨れ上がっていた
男「案外簡単なもんだな」
勿論金など払っていない
払えるはずがない、持っていないのだから
そう、何故ならこれらは全て……
96 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:09:47.47 ID:dxS7ozrO0
ふと空を仰ぐ
見上げれば雲一つ無く、夕暮れと共に薄らと星空が見えてきた
その真下には、俺がこの時代に初めて訪れた場所……
男「流石に、下からじゃあの窓の中は見えないな」
気にならない訳がない
この都市のド真ん中にこんな大きな建造物があれば誰だって注目する
しかし、そんな事を思うのは余所者だけだ
その事をたった今痛感することとなる
「止まれ!そこのお前!そこのお前だ!」
男「ん?」
97 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:10:32.84 ID:dxS7ozrO0
呼び止めたのは屈強な男
兜を被り、その手には槍と盾を持つ典型的な兵士の姿
「怪しいな、何者だ」
男「怪しいってアンタ……」
目の前の大きな建物以外に何もないこの場所で、堂々と見上げていれば怪しくもある
現地人にとっては当たり前の光景だ、余所者以外にそんなことをする奴なんてそうはいないだろう
男「俺は旅行者だよ。怪しくも何ともない」
「こちらも仕事でやっている。少し荷物を見せてもらえばそれでいい。最近、この場所を狙ってくる野盗が出るらしいからな」
あぁ、そこまで疑ってますか
こんな場所で何をどうしでかせば危ない人物と断定できるのやら
98 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:11:11.10 ID:dxS7ozrO0
下手に抵抗すればさらにややこしいことになるだろう
ここは相手の指示に従い荷物を渡す
幻想玉は念のために服の下に身に着けている
これを失えば一巻の終わりだ
「……ふむ」
兵士が漁っているものは俺が調達してきたものだ
どれもこれも……まぁ、言ってしまえば盗品だ
だが、それが分かることも無い
一度だって騒ぎにはならなかった
発覚するにしても、もう少し後のことだろう
一しきり調べ終えると、兵士は荷物を突き返してきた