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姫「置き去りにされた世界の中で」
Part15


324 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:17:54.53 ID:vaoyWf2b0
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ー6th daysー
ーーーもう何も望まない
   彼との思い出は作れた
   悔いはない
   後は流れに身を任せよう
   新しい朝日を迎えるためにーーー
男「準備はいいか?」
姫「……」
男「だから、その顔はやめろ。何回も言わせるな」
上手くいけば、今日が最後になるだろう
彼女が夢見た明日を迎えるために、どれだけの日々を耐え抜いてきたか、俺には分からない

325 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:18:21.52 ID:vaoyWf2b0
姫「もし……」
男「ん?」
不安がる彼女を抱きしめる
それもそうだ、確証がないまま始める事だ
だが、もうこれしか方法が思いつかない
姫「もしも失敗して、お前までこの世界に閉じ込められたら……」
男「その時はその時だ。お前と一緒に、お前の罪を背負ってやる」
屈託のないその笑みは、心からのものだった
偽りの無いその言葉は、彼女を想うからこそのものだった

326 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:18:53.59 ID:vaoyWf2b0
警備の者は誰もいない
外には"都合よく"繋がれた馬が一頭放置されている
男「誰が置いて行ってくれたんだろうな」
姫「心当たりは……十二分にある」
自身たっぷりに彼女は語る
行ってしまえばこの場所に勤めていた兵士たちは皆彼女の味方だ
それどころか国中全て……
彼女を逃がす為にいつだって準備は出来ていたのだ

327 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:19:48.45 ID:vaoyWf2b0
いざ馬に乗ったそんな時
物陰からひょっこりと大きな帽子が現れる
魔法生物……スケルマター
コイツにも随分と世話になったものだ
「……」
見知った果物と、一つの袋を差し出してきた
どうやら餞別のようだ
毒に使われていたものを渡すのはどうかと思うが
袋の中身は種……まさかこの果物の種か?育てろと?
姫「なんだ、気が利くじゃないか」
この魔法生物もただ言いなりになっていた訳ではないという事か
しっかりと芽生えていたその感情に感謝し、その場を後にする
男「……行こう」
姫「ああ」
準備は整った
全ては運命に任せよう
彼女の背負うものが勝つか、存在するかどうか分からない神などという虚像が勝つか

328 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:20:15.06 ID:vaoyWf2b0
馬を走らせる
全速力で大通りを駆け抜ける
心なしか、多くの人々から声援を受けているように感じた
何百年と付き合い続けたこの国に、彼女は見守られている気がしていた
出口だ
本来ならば静かに出ていく筈だった
なのにどうも……
姫「アイツら!」
男「捕まえるつもりか、俺たちを?」
兵士たちが一斉に並び、こちらを見ている
威圧感のある光景だ、ここを抜けなければいけないのか

329 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:20:53.73 ID:vaoyWf2b0
だが、誰一人として前へ出ようとはしなかった
皆その場で敬礼し、温かい眼差しでこちらを見ている
姫「随分と大がかりな見送りだな」
男「泣いているのか?」
姫「……嬉しくて涙を流したのは、いつ振りだろうな」
姫は国を愛した
そしてまた国も姫を愛した
彼女の償いは……とうの昔に終わっていたのだ

330 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:22:05.39 ID:vaoyWf2b0
兵士の列を通り過ぎ、そして国を抜け出す
自由へ向かって、走り出す
男「本当に真っ白なんだな……」
その光景に驚いた
透明な砂が辺りを覆う
それがいくつも折り重なって白く見える
姫「気を付けろよ、後ろを振り返るとすぐに国に戻される……」
その忠告を胸に、ひたすらに馬を前に走らせた

331 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:22:42.95 ID:vaoyWf2b0
終わりの見えない白い砂漠
どこまでも果てしなく続く砂の波
もうすぐだ……もうすぐ全てが終わる
姫「なぁ、一つ聞き忘れていた」
男「どうした?こんな時に」
姫「賭けだ。お前が賭けに勝ったら、私は何を差し出せばいい?もうお前にくれてやるものなど全て失った立場だ」
そんな事を言うな
賭けに勝てばそのまま貰っていけるものが目の前にある
姫「嬉しいことを言ってくれるな」
共に生きてゆこう
咎人と呼ばれた二人は口を揃えてそう言った
きっと、これからもずっとその痛みを分かち合って行けるだろう

332 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:23:28.65 ID:vaoyWf2b0
姫「ッ!始まった!また時が繰り返される!」
男「やっぱり気持ちが悪いな、この感覚は」
時が繰り返される
その輪廻を断ち切る為に
たった一つ……見つけた方法
男「幻想玉……決してそれは人々に幸福を与える物では無かった」
姫「……さらばだ、まやかし玉……ありがとう、そして、さようなら……」
右手に持たれたガラス細工の宝玉
そして、左手に添えられた時を奏でる水時計
二つを重ね合わせる
音を立てて崩れゆく
脆く、儚く、美しく……
今、神器は否定された
唯一と思えたその力を
時を戻すという、神にしか許され得なかったその愚行を
簡単に
こんなにも簡単に……
男「見ろ……」
姫「ああ……」
男「……夜明けだ」

333 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:24:09.13 ID:vaoyWf2b0
ーNew daysー

334 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:24:47.75 ID:vaoyWf2b0
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幻想玉が砕け散った
長きに渡る私の役目が終わりを告げた
ああ……どうか
どうか幸せに……

335 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:25:14.71 ID:vaoyWf2b0
商人「こんにちはー……って、うわああああああ!?げ、幻想玉が!?じ、神器が……」
剣士「久しぶりだな、元気にしていたか」
商人さんと剣士さん
この人達にはお世話になった
あと二人
変な幽霊さんとウサギちゃんがいるのだが、今日はここには来ていないようだ

336 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:25:54.87 ID:vaoyWf2b0
商人「神器が……歴史的遺物が……」
剣士「呆然としているところ悪いが話を進めるぞ、全てが終わったようだな」
この二人には案内人の役割を演じてもらった
姫様を救うためには、どうしても誰かが生贄になる必要があった
私ではダメなのだ

337 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:26:24.98 ID:vaoyWf2b0
剣士「私達はある人からの依頼で、あの優しき咎人の救済を命じられた」
それと、幻想玉が抱える呪いの解呪と合致したのだ
その男の人が幻想玉を狙ってやってくる野盗だと知って私は反対したのだが
それでも自分たちを信じろと持ち掛けてきた
不思議と悪い気はしなかった、いや、それに縋ってみたいと思っていた
私だって神経がすり減っていたのだ……誰かに託したくもなる

338 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:26:56.70 ID:vaoyWf2b0
商人「で、結果はこんなもんでしたが……いいんですかね、コレ」
剣士「奴も納得して幻想玉の中の世界に留まったのだろう、それでいいだろ」
でも、どんな結末を迎えたかは私には分からない
またループが始まったのかもしれない、新しい朝を迎えられたかもしれない
それは……あの二人だけが知るだろう

339 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:27:26.33 ID:vaoyWf2b0
姫様が亡くなったあの日から、私はずっとこの幻想玉を護ってきた
姫様の魂が閉じ込められていると知って、破棄することなど出来なかった
時代は流れ、幻想玉は行方不明という扱いでこの世界から姿を消した
でもそうじゃない、私がずっと持っていた
いつか、誰かが姫様を助け出すまでずっと……
商人「それじゃ、観測も終わったので私達はもう行きますね」
剣士「達者でな」
彼女達とももう会う事はないだろう
残念だな、仲良くなれたのに
……私が一人ぼっちになってしまった
商人「さようなら……スケルマターさん」
「……」
さようなら
未来を……ありがとう

340 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:31:58.41 ID:vaoyWf2b0
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ーーー

後は私は消えるのみ
自らの意志で魔力を離散させて死ぬことが出来るのだから、姫様よりはずっとマシだろう
今までの事を思い返す
私が外の住人だという事に姫様は最後まで気が付かなかった
それを知ってしまえば……
救う手立てがないにもかかわらず、姫様に希望を与えてしまう
だからそれは出来なかった
ただ機械的に仕事をこなし、言われたとおりに毒薬を作り
そして……
とても心苦しかった
私の手で姫様を殺していたのだから

341 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:33:10.41 ID:vaoyWf2b0
逆水時計もそうだ
本当ならば隠し通す事も出来ただろう
でも、あの男の人が姫様を変えた
だから、私も"あたかも逆水時計があの世界に留まっていた"ように見せたのだ
希望を与えるために
6日目の夜、逆水時計を私が持ち出して外に出てまた中に持っていけば……まるでそこに初めからあったかのように振る舞える
結果的にそれが正しい方向へ向いたのだからよかったのだろう
神器は対消滅を起こした
己の存在を否定する物体を神器は許さない
……これも、後から知った話だから、あの時はどうする事も出来なかったのだけれど
そして、役割を終えても、一つだけ心残りがある
やっぱり結末を知りたい
例えどうすることが出来なくても、私には知る権利がある
その後の事が……

342 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:33:48.32 ID:vaoyWf2b0
ああ、地上の街に来るのは何百年ぶりだろう
華やかな街並み、色鮮やかなネオン
時代は変わった、いい方向にも悪い方向にも
私のような透明な生物が通りを歩いていても気にも止められない
過去よりもずっと色んな生物がこの地上に生きている
もっと遅くに産まれていたのなら……私もみんなに受け入れられたのだろうか

343 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:34:26.33 ID:vaoyWf2b0
「……?」
ふと気が付いた
とある酒場の裏だ
確か、あの商人たちの行きつけと言っていたか。こんな場所にあったのか
見覚えのある木が成っている
……そこに存在するはずがない
だって、その木は……その果物は
あの国が消えた時に、絶滅したはずのものなのだから

344 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:35:18.02 ID:vaoyWf2b0
「あ、気になりますか?」
女の子に声をかけられる
小さな子だ、可愛らしい
しかしどこか……面影がある
「この木は先祖代々ウチが守ってきたものなんですよ」
ああ……これは
「乾燥したこの大地に貴重な水分をもたらしてくれた、飢饉のときは生命を与え多くの人々を救った」
「心を落ち着かせるその果実は、万病にも利くと言われているくらいです!全世界の同じ木は全部この木から産まれた種から出来たものなんですよ。物凄く数は少ないですけど」
それは間違いなく……ああ、間違いない
私が二人に与えた種だ

345 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:35:52.34 ID:vaoyWf2b0
私が知り得る過去では姫様は首を刎ねられ亡くなっている
でも、ここに確かに存在した
彼女が……いいや、彼らが生きた証が
これは、神器がもたらした奇跡なのだというのだろうか
未来は既に決定していた
あの二人は……幸せになれたのだ

346 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:37:09.52 ID:vaoyWf2b0
「よかったら食べていきます?えへへ、お父さんの料理はおいしいですよ!」
「……」
「ようこそ!数百年続く老舗の酒場"優しき咎人"へ!」
大きな帽子を縦に振り、私は酒場へと導かれていく
姫様……
もう少しだけ、私も生きて行こうと思います
貴女を見届けた私も
もう少しだけこの世界を……見ていきたいと思います
姫「置き去りにされた世界の中で」 fin

347 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:39:51.87 ID:vaoyWf2b0
終わった
一旦止めた部分が去年書いたところで
再開した部分が2日前に急いで書き始めた箇所
今回は前のと違ってホント書いてて楽しかった
もしお付き合いしていただいた方がいましたら、どうもありがとうございました

348 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:41:53.53 ID:vaoyWf2b0
過去作
http://blog.livedoor.jp/innocentmuseum/
可能ならリンクして欲しいです……(媚た目)

349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/18(月) 02:42:04.31 ID:LLg+z5A90
乙!!もう一度読み返したくなるね。そして林檎ちゃんは損も得もしないという

351 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:59:19.00 ID:vaoyWf2b0
ああ、そうそう
触れるの忘れてたけど魔法生物は♀です
結局主人公二人は分からず仕舞いで賭ける以前の問題だったという

352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/18(月) 03:18:24.64 ID:1NIA5iYDO

然り気無い描写が伏線になっててビックリしたわ
果物の下りを追っていくと最後のシーンに繋がるのは色んな意味で感激した
パスタが無いのが残念だったけどな!

353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/18(月) 05:21:27.25 ID:kcrgRpxIo
良いもの読めた、乙
やっぱりこういう話は良いね