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姫「置き去りにされた世界の中で」
Part14


301 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:03:36.88 ID:vaoyWf2b0
集落に移り住んでから数年が経ったある日
病が流行るようになっていた
始めこそ風邪の初期症状のようなものだった
だが、日が経つごとに徐々に重く、最後には動けない程にまでなっていた
元々、雨がよく振り湿気が多い場所だ
菌が繁殖するのを大きく手助けするような気候だった
俺は近場の都市から医者を呼んだ
かなり離れているが、ここいらでは一番大きな場所
魔王国首都・ナツァリア
その名前とは裏腹に、全ての施設、設備が高水準に整った最先端の国だ

302 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:04:09.94 ID:vaoyWf2b0
この呼びかけに答えたのが、魔王軍の医師達だった
これで皆が元気になる、そう信じて疑わなかった
……だが、事は上手くは運ばなかった
男「なんで……どういうことだよ!!このまま帰るって!!」
今の技術でこの病を治す事は出来ない
その答えを出した
男「見捨てないでくれ……みんな、俺の大切な……家族なんだ……」
「……」
視察に来ていた魔王軍の総隊長であるオークが苦い顔で言う
「すまねぇ。俺たちの力不足だ」

303 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:04:41.41 ID:vaoyWf2b0
戦争が迫っていたこともあってか、俺たちに構っていられないのか
魔王軍たちは少数に医師を残し引き揚げて行った
他の国にも応援を頼むから、しばらく待ってくれと言った
だが
話が違う……
すぐに助けてくれないのならと、他の援助を突っぱね、俺は単独で彼らを救うと決意した
日に日にやせ細っていく家族たち
どうする事も出来ない自分に苛立ちを覚える
この場で無事なのはたった一人
ならばと、手に取ったのは医学の本だ

304 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:05:08.10 ID:vaoyWf2b0
長い期間、俺は学んだ
足りない頭を精いっぱい使って
当然のことながら、そんな付け焼刃が通用する事も無い
衰弱してく彼らが痛々しい
無力な自分を呪った
ただ只管に呪った……

305 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:05:37.58 ID:vaoyWf2b0
病が流行って1年
いつの間にか戦争も終わり、外の世界は戦後処理に追われていた
驚くことに、ウチの集落は死者が誰一人として出ていない
それは決して喜ばしいことではない
「あ……ああ……」
男「皆、大丈夫。希望を持つんだ、必ず……関らず助かるから」
既に生きる屍と化した彼らは、苦しむことしか出来なかった
命を奪わぬ病
死ねぬ苦しみがどれ程のものか、想像を絶する

306 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:06:14.20 ID:vaoyWf2b0
余所者だった俺がかかる事の無かったこの病
どうやらこの地の人間だけが発祥する物らしい
遺伝的なものなのか、まるで呪われた血ではないか
他者から不気味がられ、迫害され
そしてここに集った者達
それでも彼らは懸命に生きて、生きて、生きて
ただ、そうしてきただけなのに……

307 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:06:43.40 ID:vaoyWf2b0
長い苦しみの中、俺をこの地に迎え入れてくれた一人が言った
何てことは無い、こんな状況になれば誰しもが思う事だ
「殺してくれ」
手足は動かず、満足に食事をすることも出来ず
それでも、苦しみから逃れるために栄養を無理矢理点滴で補給し
ずっと、死ぬことの出来ない身体と精神は
とっくの昔に限界を迎えていた

308 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:07:27.06 ID:vaoyWf2b0
どうか
どうか愛するその手で
トドメを刺して
出来る筈がないだろう
この手を汚せと言うのか
家族を殺せと言うのか
俺一人に業を背負えと言うのか
違う
他に誰がいるというのだ

309 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:08:56.95 ID:vaoyWf2b0
俺しかいない
他人なんて信用できない
俺がやるしかない
これは、俺にしか出来ない事なんだ
俺が……唯一彼らにしてやれる恩返しだ
銀色の刃物をその手に持った
喉元に突き立て、それを深く押し込めた
ああ……重い
ああ……これが、ヒトの命の重みか
こんなにも簡単に……命は旅立っていった
人間はどうしてこんなにも……脆いのだ

310 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:09:30.59 ID:vaoyWf2b0
延45人
その日、俺が奪った命の数
俺が救った命の数
流した涙は、いつの間にか雨に変わっていた
そして、集落を焼き払い、その炎で彼らを弔った
自らの身を焦がさんばかりの、真っ赤な炎で……
これが正しかったのか
それとも過ちだったのか
今でも分からない
……皮肉なことに、この後すぐにこの病の原因が発覚した
この地は本来雨があまり降らない地域で、雨の中に含むまれる微量の魔素とこの地特有の菌が特殊反応を起こし発生するものだったらしい
近年になり、雨が多く降るようになって、元々抵抗の無かった彼らの身体を蝕んでいくのには時間は掛からなかった

311 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:10:16.80 ID:vaoyWf2b0
俺はその後、国に捕えられた
魔王国は先の大戦で解体され、隣国であるジスト王国と合併していた
俺はその王国で殺人罪を背負わされた
あんまりだ
俺は、俺の出来る方法で彼らを解き放った
それが倫理的に許されない事だとしても……
それと同時に、後悔に見舞われていた
あの時、素直に助けを求めていれば
もっと早くに、彼らを本当の意味で救えたのではないかと
この腕に罪人としての刻印を刻まれ、俺は投獄された
旧魔王軍からの弁護もあり、情状酌量の余地ありだという声もあった
だが、下されたのは死刑だ
明確な情報が出回っていない世間には仲間殺しと後ろ指刺され、白い目で見られ
そんな事は耐えられた
しかし、今でも思い出す
あの感覚を
肉を裂き、ズブズブと飲み込まれていく刃物の間隔を

312 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:11:21.83 ID:vaoyWf2b0
このままではいられなかった
生きた屍と化していくこのままでは
それでは、俺は何のために彼らをこの手に掛けたのか分からない
俺は生きなければ……
彼らの分まで生きて……

313 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:12:05.83 ID:vaoyWf2b0
ーーーーーー
ーーー

男「生きて……俺は……何がしたかったんだろうな」
いくら問いかけても答えは出ない
ただ、命が惜しかっただけなのかもしれない
姫「簡単だ……償いたかったのだろう。誰かから……許しを得たかったのだろう」
彼女は簡単に答えを出した
二人は合わせ鏡だ
お互いの望む物を、お互いが知っていた
自分では気が付かなかった事を、こうも簡単に……

314 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:12:35.18 ID:vaoyWf2b0
男「……そんな所だ、俺の腕に刻まれた"コイツ"は、俺にあの日の事を忘れるなって意味が込められているんだろうな」
そう言い聞かせれば、ここに彼らが生きていると思える
俺に力をくれる
姫「難儀な奴め」
男「お前にだけは言われたくはないな」
久しぶりに長く喋った
そして、ようやく
肩の荷がおりた気がした

315 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:13:03.58 ID:vaoyWf2b0
一しきり話を終え、休憩を挟む
他に話したいことはない、全てを出し切ったのだ
しばらくの沈黙を破るように彼女は問いただした
姫「……それよりも、だ。答えを聞かせろ」
彼女としてもこの200と数十日付き合ったのだ
出来るか出来ないか、と言うのは気になるところだろう
男「難しいな……答えには限りなく近づけた気がしたが」
分かっている、この世界に特異点が二つあることくらい
姫「一つは私、そしてもう一つは……」
幻想玉
彼女をこの無限の牢獄に閉じ込めた元凶だ

316 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:13:53.89 ID:vaoyWf2b0
男「……こればかりはどうする事も出来ないな」
恐らくは神器の破壊が何らかの変化をもたらすだろう
だが、そう簡単にはいかない
神の創りしその器は、通常の技術では破壊など出来はしない
姫「かつて神器を破壊した男の話をしたな……アレはどういう状況だったのか分かるか?」
俺の知る限りでは、同じ力を持った神器をぶつけたと言われている
力の入れ方によっては一方的な破壊となるが、同等の力を充てることが出来るのならあるいは……
姫「無理だな……この世界に神器はこれしか存在しない」
先にそれも調べた
国中探しても見つからない、神器はこれ一品のみ
ならば外から持ち出すか……それも叶わない
天界からの落とし物、そんなものがいとも容易く手に入るほど世間は甘くはない
博物館行きの代物だ、個人が所有することなどまずありはしないだろう

317 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:14:27.14 ID:vaoyWf2b0
また振り出しだ
本当に、どうする事も出来ないのか
男「……」
姫「なぁ、やめにしないか?お前も辛かろう……」
男「お前以上に辛い思いをしたらやめてやるよ」
勿論、そんな日は決して来ることはない

318 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:14:53.05 ID:vaoyWf2b0
男「俺からも一つ聞かせてくれないか?」
姫「……何だ?」
ずっと気になっていたことがある
気を使わせたのならば悪いとも思う
彼女はあの日からずっと、薬を服用せずになるべく眠らない様にしていた
6日目に苦しんで次のループを迎えるというのに、俺に付き合ってくれた
その理由が聞きたかったのだ
姫「……お前が希望を運んできたからだ」
短く答えると、彼女はこちらにあるものを差し出してきた
男「お前……それ……」

319 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:15:19.41 ID:vaoyWf2b0
あの日
彼女が涙を流し、無くしたと言った
姫「逆水時計だ」
本来ならば6日目を迎えた時点で、外から持ち込まれたものは消えるらしい
彼女は今まで試した事は無かったと言ったが、俺の持ち物を密かに盗んで実験して、それは見事に的中したのだという
いつの間にそんな事をしていたのやら

320 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:15:59.62 ID:vaoyWf2b0
姫「だが、この逆水時計だけは違ったのだ」
この逆水時計は商人から買ったなんてことはないただの商品でしかない
特別な力が無いなんてことは知っている。そんな貴重なものを売り歩く理由が無い
なのに何故コレは……これだけは存在しているのだ?
姫「いつも、最終日を迎える前に必ずスケルマターが持ってくるのだ……どこからともなく」
すっかり存在を忘れていた大きな帽子が部屋の隅に突っ立っていた
そうか、コイツがどこかからこれを拾ってきているのか

321 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:16:27.84 ID:vaoyWf2b0
理由は分からないが、どうやらこの水時計もこの世界では異端の存在らしい
一つ手がかりを得たところで、逆水時計を彼女から受け取ろうとする……が
男「ッ!」
姫「しまった!」
その手から滑り落ち、あらぬ方向へと飛んでゆく
それが、たったそれだけの事が
二人の運命を
彼女の止まった時間を再び動かした

322 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:16:54.80 ID:vaoyWf2b0
姫「ッ!!」
宝玉にぶつかったそれは、何度か跳ねた後に床に転がった
水時計は無事だ、傷一つ無い
案外丈夫に出来ているものだ
だが、驚くのはそちらでは無かった
男「……幻想玉に、ヒビが……」
決して傷を付けることの出来なかったその神器は
無造作に亀裂を作っていた

323 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 02:17:24.00 ID:vaoyWf2b0

ーーー
ーーーーーー
ーーー神器
神の創りしその器は
人々に知恵、力
欲望のままに、強欲に
富、名声を与える
それは穢れを嫌い
それは己の存在の否定を嫌う
神の創りしその器は
あまりにも脆い
あまりにも……儚い