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姫「置き去りにされた世界の中で」
Part12


258 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:35:31.91 ID:vaoyWf2b0
……月夜に散らばる星々を見て思い浮かべる
自分にしてやれた事が、それが最善だと誰が決めるのか
後悔だけが残るのならば、いっそ全てを見なかったことにして立ち去ればいい
そうだ、俺はそうして生きてきた
そうして都合の悪いことから目を逸らして……
あの日の事を忘れようとして……
こんなものは手放そう
懐に隠された幻想玉を強く掴み、ギルドへ歩き出す
今回の仕事はこれで終わりだ
俺も、神器を献上した名のある冒険者として一躍有名となるだろう
そうすれば、ギルドの要人として扱われ、誰からも追われることのない生活を迎えることが出来る
そうだ、早くこんなもの!誰かに渡してしまえ!もう誰だっていい!こんな呪われたものなど!!

259 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:36:07.79 ID:vaoyWf2b0
……路地裏に差し掛かった
首筋に冷たい"何か"か突きつけられ咄嗟に立ち止まる
それはとても美しく、真っ青な反りの無い……
刃だ
「……どこへ行く、"咎人"」
鋭い殺気が襲う
冷や汗が噴き出す
明確な死が見える
このまま軽く引けば、簡単に命の旅路が終わってしまう程に
人間は……脆い

260 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:36:57.89 ID:vaoyWf2b0
あれほど飲んだにも関わらず喉が渇く
恐ろしさのあまり声が出ない
冷酷な死を悟るというのはこういう事なのか
しばしの沈黙の後、殺意の正体が物陰から姿を現す
静かな怒りを燃やすその眼光は、俺をしっかりと捉えていた
男「……ッ」
「もう一度聞こうか、どこへ行くつもりだった?」
女だ
青く長い髪を靡かせ、伸ばした華奢な腕には凶器が握られている
……間違いない、あの商人の用心棒である剣士だ

261 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:38:25.05 ID:vaoyWf2b0
何の真似だ、俺はただギルドに足を運ぼうとしていただけだ
お前たちの客である以外に接点などない。それがなんだ、この仕打ちは
剣士「この先にあるのは、所謂"裏のギルド"というものだが。まさか、そこまで堕ちている人間という訳でもあるまい」
……裏のギルド
数々の種類のあるギルドも、元を辿れば"冒険者ギルド"という冒険者を支援する場所から派生したものだ
裏のギルドも例外ではない。真っ当な冒険者達ではまず受けないような汚い仕事を主としている
盗み、殺し、常人では吐き気のする当然な行為を平気で行う連中が集まる
だが、そこで功績さえ残せば一気に成り上がれる
特に、裏のギルドはそういう面が強く出ている
全てのギルドは繋がっている
だからこそ、そういった一面を知っている冒険者たちからは"ギルドは死の商人"と言われている
その繋がりは一国の権力よりも重い
匿ってもらえれば、もうこの国の治外法権だ。誰からも追われることは無くなるのだ

262 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:38:58.92 ID:vaoyWf2b0
剣士「悪いがお前の素性は既に知っている」
知っていてなお商売を吹っかけていたのなら、あの商人はとんでもなく大きい肝っ玉を持っている
俺の表向きの罪状を知っているのなら……関わり合いなどしたくは無いだろう
男「俺を……どうするつもりだ」
恐怖を抑え、声を絞り出す
カラカラに擦れた聞き取りにくいその音は、剣士にはしっかりと伝わった
剣士「ここで殺す事は簡単だ。だがそれでは……生温いッ!」
触れていた刃が離れた瞬間、身体が宙を舞う
僅かに見えたのは、剣士の肘
続けて、倒れた頭に足が乗る
強く踏みつけられ、ミシミシと軋んでいくのが分かる

263 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:39:28.41 ID:vaoyWf2b0
男「があああ!」
まだ治りかけの傷が痛む
意味の分からない理不尽な暴力に屈してしまいそうになる
いっそ死んでしまった方が楽なほどに
……死んでしまった方が……
剣士「何故私に殴られたかまだ分からんようだな、"仲間殺し"が」
氷のような冷たい言葉で攻められる
かつての俺の罪が何だというのだ
お前に何の関係があるというのだ

264 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:40:05.18 ID:vaoyWf2b0
剣士「……お前は、今まさに取り返しのつかない事をしようとしていた」
剣士「ウチのは深くは追及しなかっただろうが、酷く悲しんだ顔をしていた。私はそれが気に入らない」
なんて勝手な理由だ
ヒトの事情に足を踏み入れておいて、覚えの無いことで責められどうしろというのだ
ん?まて……
男「取り返しの……つかない事……だと……?」
剣士は沈黙した
語る口は持たないという事か
だが、思い当たる節ならば一つだけ思い浮かんだ

265 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:40:53.42 ID:vaoyWf2b0
"幻想玉"
今まさにこれを手放そうとしていた
奴らは知っているのか?俺がこれを持っている事を……だとしたら何故今まで放置していた
何が目的なのだ……
考え出した様子を見て、剣士は足を頭の上から降ろした
圧迫感から解放されてもなお痛みは消えない
素早く動けない俺に見かねて、剣士は無理矢理にこちらを立たせる
剣士「何を迷う必要がある……」
男「……?」
剣士「目の前でお前に救いを求めているんだ。他の誰でも無いお前に」
彼女の顔が目に浮かぶ
彼女の笑顔が
だが、身の毛がよだつ
また過去を思い出す
冷たい雨が降るあの場所で
起きた惨劇を
俺にしか出来なかった
救済を……

266 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:41:28.27 ID:vaoyWf2b0
剣士「……友を、家族を失うのは辛かろう。その痛みは私も知っている」
剣を収め、剣士はこちらから背を向ける
剣士「これは、お前の過去を清算するための物語だ」
その言葉にハッとする
逃げ続けた数年を思い返し、そして悔やんだ
あの日……俺は、俺には他に何か出来たハズだ
誤った選択肢を選んだ俺に
俺はあの日の俺から逃げ続けていた

267 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:42:02.86 ID:vaoyWf2b0
剣士「その思いを"彼女"に重ねたのなら、今度は違う道を選んでみろ」
剣士「次にまた逃げ出したのならば……今度こそ殺す」
強調し、威圧する
そうだ、俺はもう……あんな思いをしたくない
逃げるのではない、向き合うんだ
かつての俺と……彼女と
薄汚れた道端から立ち上がり、剣士を見つめる
その決意に満ちた表情を見ると、悟ったように彼女は笑みを作る

268 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:42:46.30 ID:vaoyWf2b0
剣士「……お前のカバンの中にあった果物、一つ貰っていくぞ」
男「……は?」
ゆっくりと間を取り、さり気なく拾われた硬い"アレ"
どういう訳かいつのまにかスラれていたようだ
なんて奴だ、ヒトが真剣にお説教を聞いて気持ちを新たにしていたのに
なんだこの仕打ちは
剣士「そう奇妙な顔をするな……ん?」
果実を齧ろうとしたものの、臭いを嗅ぎ始める
確かに数日前の物だが、腐っていたのだろうか
剣士「……これ、以前お前が飲んでいたスープの臭いに似ているな」
男「……ッ!」

269 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:43:16.82 ID:vaoyWf2b0
突然、頭の中に嫌なものが過った
常に部屋に置かれた樽、その中に入れられたこの果物
定期的に差し出されていた水の入った瓶
近い場所にあった調合室
スープを飲んだときに説明された鎮静作用
果実を食べたときに感じた急激な寒気
そして……
静かに眠るように……冷たくなっていく彼女

270 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:43:42.72 ID:vaoyWf2b0
男「……クソッ!!」
思うがままに走り出す
嫌な予感が的中しない様に祈る
他には目もくれないで、また来た道を戻る
あの場所へ……

271 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:44:20.42 ID:vaoyWf2b0
剣士「……フン」
商人「なーにしてるんですかこんな所で」
剣士「見ていたのか?」
商人「まぁ、途中から」
剣士「……口が過ぎたな」
商人「随分優しいんですね、貴女は」
剣士「お前ほどじゃない」
剣士「……今度こそ救ってこい、"優しい咎人"」

272 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:44:54.41 ID:vaoyWf2b0

ーーー
ーーーーーー
変わらないのならばいっそ、その方がよかった
奴は私に退屈を与えた
奴のいない退屈を……私に刻み込んだ

273 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:45:45.98 ID:vaoyWf2b0
事の発端は、私の我が儘から始まった
謀叛を起こされ、王家は崩壊
親兄弟、そして私も皆捕えられ、そして罪人としての烙印を押された
原因などいくらでもあった
だが、引き金を引いたのは私だった
「まやかし玉を手放すなど!この国を衰退させるつもりか!」
その頃、私は王位継承の為に躍起になっていた
実力のあるものが王を継ぐそれが我が一族の掟だった
この疲弊した国を救うために、私は上に立つつもりでいた
あくまで国を想い、国の為に尽くそうとした
他国からの威嚇に屈せず、戦い続ける事を選んだ
私は神器を魅入ってしまったのだ
多くの可能性を映し出したそのまやかし玉は
私に尽きぬ欲望を与えていた……
しかし、この一言が全てを終わらせる切っ掛けとなった

274 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:46:20.88 ID:vaoyWf2b0
要人達の逆鱗に触れるのは当たり前だった
私は目先の事しか見えていなかった
魔法技術の放棄は国を崩壊させることを意味していた
それがどれだけ痛手かは皆分かっていた
だが……民の事は考えてはいなかった
それが尊きものだという事に……私は気づいてなどいなかった

275 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:46:51.34 ID:vaoyWf2b0
公にされたのはそれからしばらく経った後だった
国の経営は全て王族を支えてきた者達に任せ、王族達は隠居した
国中にはそう伝えられた
民たちは内心衝撃を受けるとともに、安堵していた
戦いに怯えていた日々も終わりを告げると
その真実は、王族を捕え罪人として我が城に閉じ込めた
民たちは黙認した、その事実を知りながら
名無しとして捕えられた我々の罪状は
罪状は……無い

276 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:47:27.45 ID:vaoyWf2b0
私達王族はとても慕われていた
我々を捕えた重鎮達も例外ではない
民たちからもそうだった
ただ一つ、魔法という禁忌とされる技術の探求を理解されなかっただけなのだ
彼らは私達に最後の機会を与えた
「まやかし玉を置いて逃げろ。こことは縁の無い地へ」
それが彼らの……国を作ってきた我ら一族への最後の感謝の気持ちだったのだろう

277 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:48:04.91 ID:vaoyWf2b0
だが、誰もその誘いを受ける事は無かった
我が父は頭に袋を被せられ、無名の罪人として斬首された
その顔は最後まで優しい笑顔だった
我が母は誰もいない隙を見計らい毒を飲んで冷たく死んでいた
その顔は何か満たされたような顔をしていた
我が兄は部屋で首を括って死んでいた
この世に怨むものなど無し、と書置きを残して
我が姉は窓の外から飛び降りた
誰も悪くはない、時代が証明してくれる、そう言い残して
私は……一人だけ取り残されてしまった
失意の中、逃げる事も出来ず、死を恐怖する日々を続けた

278 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:48:39.70 ID:vaoyWf2b0
流れる時間の中、ただ処刑の時を待つだけになってしまった
何故誰も苦言一つ残さなかったのか
何故誰も……私を恨まなかったのか
それを悟ったのは、私が処刑台に立ったとき
父と同じように、袋を被せられ名も無き罪人としてここに立ったとき
見えたのだ
民たちが泣いていたのを
感じたのだ!
兵士たちの手が震えていたのを
聞こえたのだ!!
私を支えていてくれた者達が……声を上げたのを

279 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:49:21.49 ID:vaoyWf2b0
愛していたのだ!!
この国を、民を
この世界を……
その時私は酷く後悔した
こんな瀬戸際まで、私はこんな"神器"に縋っていた事を
これさえあればどうとでもなると高を括っていた自分を恥じた
私は……願ってしまった
生きていたいと
また、彼らとやり直したいと
そして
隠し持っていたまやかし玉が
その歪んだ私の願いを、呪いへと変えてしまった