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姫「置き去りにされた世界の中で」
Part11


236 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:21:56.03 ID:vaoyWf2b0
しばらく話し込んでいると、彼女は店の前から手でバツの字を作り何やらジェスチャーをしてくる
どうやら飲み物を作るのにまだ時間がかかるようだ
この砂漠の乾燥地帯では見ないような果物の数々、それをその場で加工するのだろう
時代や環境を考えると随分豪勢なものだが、それは彼女の財力を頼るとしよう
一人取り残された俺は、退屈しのぎに旅芸人の芸を眺める
以前と同じだ、人間同士が危ない形で奇跡的にバランスを保ちながら組上がっていく組み体操だ
丁度その芸も終わりを迎え、次の準備を始めている
確か、この次の芸で彼女と賭けをしたな
綱渡り。落ちるか落ちないか簡単な賭け
俺の勝ちで終わったものだが。さて、落ちるまでが芸らしいが、一度見たものをまた繰り返し見せるのは芸人としては失格だ
ましてや一週間前に公演したばかりだ、そう何度も同じことはしないだろう

237 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:22:23.03 ID:vaoyWf2b0
綱を渡るその足取りは重い
冷や汗をかいているのがここから見ても分かる
その足取りはまるで慣れていない者の歩き方だ
まだ入団したばかりの新人だろうか、目は見開いて棒を持つ手は震えている
大丈夫か?と周りのギャラリーも不安になる
ついこちらも手に汗握ってしまう
何せ前とは違い下には何も置いてはいない
そして、ここでまさかのジャンプ
台本通りの芸にしても危険すぎる
すると、突然。運の悪いことに、今日一番の強風が吹き始める

238 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:22:51.44 ID:vaoyWf2b0
危ない!
誰かが声を荒げると同時に、その一言で団員達が一斉に動き出す
芸人が足を踏み外すその瞬間に、下で待機していた者達がすぐさまトランポリンを滑らせる
背中から落ちた芸人は間一髪、弾力のある床で跳ね回る
落ち着いた頃合いにトランポリンから着地し客席に向かって勢ぞろいで一礼をする
男「前と同じじゃないか……演技かよ」
多少白けてしまったが、間近で見るのはやはり臨場感があってまた抱く感想も変わる
半分だけ得をしたと思いながらも周りの反応を伺う
二週連続で同じ芸を見せられても、彼らにしてみればネタは既にバラされているようなものだ
見に行かなかったそこらの人間にまで知れ渡っていたのだ、そう何度も感動する物ではない

239 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:23:20.56 ID:vaoyWf2b0
しかし、その予想に反して周りはヒートアップしていた
芸人の生還に拍手し喝采を送り
口笛の音は飛び合い喧しいほどの歓声が波のように押し寄せる
若干冷めてしまっている俺とは正反対の反応に戸惑いを感じていた
なんだ……?この妙な感じは……?
姫「そんな目で周りを見てやるな。ほれ」
忘れていた頃に現れた彼女は、手に持った色鮮やかな飲み物を手渡してきた
話によると、砂漠の真ん中に位置するこんな場所では大きな娯楽はこれくらいしかないらしい
都会の、それも未来の華やかさを知っている俺からすれば、それは不思議な光景にしか見えなかった
だが……この拭えぬ違和感は何だ
"同じ"なのだ
まるで別視点から見たような既視感
そう……"同じ"なのだ

240 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:24:00.90 ID:vaoyWf2b0
……
日は既に大きく傾き、月が薄らと顔を出す頃
俺たちは、お姫様の閉じこもる巨大な建物の外に居た
ここまででいい、と
そう言うと、どこで待機していたのか
また音も無く現れた魔法生物に彼女は連れられていく
どうせなら最後まで付き合うと言っても、彼女はそれを拒んだ
姫「出る時と入る時では若干難度が違ってな。今の時間は警備がより厳しくなる、最悪隠し通路に入ってくることもあるだろう」
俺が前に運悪く遭遇したのがその見回りだったのだろう
大人数で動くには都合が悪い。お姫様はともかく、部外者である者が侵入などしていればただでは済まないだろう

241 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:24:52.56 ID:vaoyWf2b0
一人と一匹と別れ、その場を後にする
彼女との交流を楽しんでいる自分に、どこか満足している
思えば、ここ数年はずっと逃げ続ける生活で精神が張りつめていた
空を見上げる、確かめる
高く聳え立つ"鳥籠"
彼女はその中から、少しでも自由になれたのだろうか
柄にもない事を考えながら、幻想玉を使おうとした
その時だ
「そこの男!なにをしている!」

242 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:25:23.61 ID:vaoyWf2b0
ゾッとした
背筋が凍り付く
「何をしているのかと聞いている」
男「……あ、ああ……」
「ん?なんだ、何を驚いているのだ?」
そこに居たのは
確かにあの日、俺が……
俺が喉笛を刺してやったハズの兵士だった

243 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:25:50.16 ID:vaoyWf2b0
「まぁ、突然声を掛ければ驚きもするか……すまないな、こちらも仕事でやっているのだ。持ち物の確認だけでもさせてくれ」
おかしい、やはり何かがおかしい
一切の事を覚えていなかった店主、芸への既視感
そして今、目の前に喉を潰してやったハズの兵士が平然と声を出している
双子か?そっくりな兄弟でもいるのか?そんな馬鹿な話は無い
あの時、俺は殺す気で刺した
トドメこそ躊躇った、だが瀕死になっていたのは確認した
助かったにせよ僅か数日で喋ることなど出来るハズが無い、ましてや一切の傷跡も残っていない
この国には瀕死の人間を回復させるだけの薬でもあるのか?
いいや、一兵にそんなものを使う訳がない
この時代に禁忌とされている魔法を使って治癒をした?
例え魔法だとしても、俺の知る限りでは短期間でここまでの修復は出来はしない。それに伴う代償もある
なのに……こいつは……!

244 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:26:25.82 ID:vaoyWf2b0
「えっと?特に目立つ物は持っていないな……お、綺麗なガラス玉を持っているな。というより、これしか持っていないのか」
勝手にボディチェックを済ませていくと、兵士は特に不振なところの無い俺を解放した
「祭事に乗じてよからぬことをする輩が多いからな。芸人たちが舞台を開いている最中に盗みが何件も起こったそうだ」
仕事疲れからか、溜まった鬱憤を口に出していく
俺の事も覚えていないのか?
一切こちらの事を咎めることなく、やはり喋りたがりなのか
いつの間にか公演内容の話にすり替わっていた
「実は、私の友人はあの旅芸人と親しいらしくてな。噂に聞いた話では、今日の綱渡りの演技のアレは事故だったらしいな」
……何だと?

245 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:27:41.80 ID:vaoyWf2b0
「見ている分には楽しかったが、やはり落ちるという事は想定されていないらしい。あの備品を投げ入れなければ大参事になっていたとか」
どういうことだ、一週間前も同じ事をやっているのだぞ。それが演技では無かっただと?
「一週間……?おいおい、あの旅芸人が前にこの国に来たのは2年も前の話だぞ?久しぶりだからこそあそこ前賑わっていたんじゃないか」
戦慄した
今までの常識が全て打ち砕かれていく気がした
そして、今日遭遇した違和感が一つの糸で繋がっていく
在り得るのか?
いや、ありえないなんてことは決してない
これは、神器である幻想玉が見せる世界だ。なにが起こっても今更不思議ではない
回った店で誰も俺を覚えてなかったことも、この兵士が俺を覚えていない事も
違う、覚えていないのではなかった
始めから
知らなかったのだ

246 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:28:37.01 ID:vaoyWf2b0
仮説の域を出ない
なんて、察しの悪いことは言わない
誰もが俺を知らず、一度見たハズの光景に飽きもせず喝采を送り
死者が蘇り、また同じ場所で見張りをしている
そして……冷たくなった彼女がまた俺に笑顔を見せてくれる
彼女は確かに覚えていた
俺の事を、彼女だけが
そう、この世界は……繰り返されている
一週間にも満たないこの時間を
この俺と、たった一人の少女を除いて……

247 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:29:15.36 ID:vaoyWf2b0
姫「……」
「……」
姫「奴は……」
姫「気が付いただろうか」
「……」
姫「お前には……知る由も無いか」
「……」

248 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:29:48.09 ID:vaoyWf2b0
ーーーーーー
ーーー

ー3rd daysー
ーーー巡り巡る、世界は廻る
   たった一人の少女を残して
   幾度となく繰り返される
   時の流れは止められぬ
   誰にも止めることなど決してーーー
男「どういう事だ!何故言わなかった!」
姫「言ったら何かしてくれるのか?憐れむか?同情するか?そんな感情、私はいらんぞ。もうこの呪縛からの解放などとうに諦めている」
何も言い返す事は出来ない
いてもたってもいられず、俺は翌朝早速彼女の部屋に乗り込んだ
言い訳もせず、アッサリとこの世界の理を認めた

249 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:30:19.19 ID:vaoyWf2b0
彼女はずっと一人だ
この国が滅んだと言われてからの数百年
たった一人でこの場所で
何百、何千回と
人間では考えられないような途方もないこの時間を繰り返してきた
姫「ま、お互いにいい暇つぶしとなったのだ。気が付いたなら丁度いい、この辺で手切れとしよう」
姫「お前も、まやかし玉……神器に魅入られれば"元の世界"に帰れなくなるやもしれんからな」
それだけを伝えると、そのまま彼女は黙り込む
これ以上話す事はないという風に、頑として目を瞑ったままだ
俺が見ているのは過去の世界などではない
今までの経験、そして彼女の言葉を読み取れば分かる
幻想玉が、神の創りし神器が作り出した"擬似的な別の世界"だ

250 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:30:51.35 ID:vaoyWf2b0
男「……なぁ、教えてくれないか」
諭すように声を掛けるも、それでも口も開かない
ただの暇つぶしとしての付き合いだったのだ、それ以上に踏み込むのはおかしい話だ
だが、それならば何故彼女は俺に"見せた"
何故この世界の背景に気が付かせる要因をわざわざ俺に……

251 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:31:21.87 ID:vaoyWf2b0
姫「寝る」
無造作に置かれていた布団を手に取ると、彼女は不貞寝を始めてしまった
もう話す気など無いのだろう。これ以上はこちらも何も出来ない
姫「……」
男「……」
お互いに沈黙したまま、幻想玉を掲げる
"これ"は決して所有者に富や力を与えるようなものではなかった
一人の少女を、無限の牢獄に閉じ込めただけの……腐った器でしか……

252 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:31:56.64 ID:vaoyWf2b0
ーーーーーー
ーーー

男「……」
いつもの酒場で酒を貪る
今日はダメだ、酒でも飲まなければ気分が晴れない
商人「相席いいですか?」
男「……」
またお前か
何のつもりかは知らないが、また彼女は俺にちょっかいをかけてきた

253 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:32:27.65 ID:vaoyWf2b0
商人「あ、すみません。早速なんですけど、逆水時計……あれ再入荷の目途が立たなくて。申し訳ないです」
もうどうだっていい
そんな事を伝えに来たのか?
商人「何かお困りの様でしたので、ここは私が相談相手になってあげようと思いましてね?」
余計なお世話だ鬱陶しい。商人らしく商売だけしてろ
商人「いえね?ここに来てから儲けて儲けて仕方がないなって話を私もしたかったんですよ、アッハッハ」
男「……チッ、その割には貧乏生活してるみたいじゃないか」
商人「……ま、食費がですねぇ」
ヒトの気も知らないで……
くだらない与太話を話す為だけに俺に近づいたわけでもあるまい
適当に奢るから、それでどこかへ行けと突き返そうとするも、彼女はそれを拒んで来た

254 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:32:59.58 ID:vaoyWf2b0
商人「振られたんですか?」
男「ぶッ!!」
突然の発言に酒が喉につかえて吹き出してしまう
こいつは何を言っているんだ
商人「女性の扱いって難しいですからねぇ。あ、私は殿方とお付き合いをしたことが無いんですけど、姉がよく彼氏と揉めているのを見ているのでね」
商人「それでつい相手の方が可哀想だと思う時があるんですよ。結構理不尽な要求とは普通にしてきますし」
商人「大方、余計な事して怒らせたとかそんな話じゃないですか?デリカシーなさそうですし、あなた」
半分正解だが半分大外れだ、彼女と俺はそういう関係ではない
否定しようにも商人は耳も貸さずにこちらを憐れむ
そんな目で見ないでくれ、辛いだけだ
あそこで何もしてやれなかった事が……とても辛い

255 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:33:49.03 ID:vaoyWf2b0
商人「気にかかるのなら、何度もぶつかってみるのもいいんじゃないですか?不器用なら不器用なりに、自分を見せることだって必要ですよ」
商人「それが例え、解決できない大きな壁だったとしても……誰かが"彼女"を必要としているのなら、それはきっと、今までの行為は何かを求めている事なんじゃないですかね」
男「え……?」
商人「ああ、あんまり私も踏み込んだことは知りませんよ!?ホント辛気臭い顔してたんで声かけただけですから!」
気にかかる言葉があったが、身振り手振りで誤魔化してくる
この商人は一体何を言おうとしている……
商人「ともかく!ウジウジ悩むよりは行動あるのみです!あ、今回は私が奢っておきますよ!サービスですサービス!アハハハハハ!!って高ェッ!!どんだけ飲んだんだコンチクショウ!?」
勝手に騒ぎながら何も注文することなく勝手にレジへ向かい
勝手に金を払って勝手に帰って行ってしまった

256 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:34:25.17 ID:vaoyWf2b0
男「……」
そうだ、確かに俺に世界の真実を教えたことには何か意味がある筈だ
もしかしたら……
自惚れでなければ、この考えは当たっているだろう
彼女は俺に助けを求めている
声なき声で、ずっと誰かを待ち続けていたのではないか
自分を、あの檻の中から助け出してくれるヒトを
……だが、彼女は諦めていた

257 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:34:57.38 ID:vaoyWf2b0
長い年月の中、あの世界を抜け出す方法を模索していただろう
色々な事を試したのだろう
でも、それでもダメだった
何も見えない暗闇の中で、ただ時が流れるのを静かに待つ事しか出来なかったのだろう
……俺に何が出来るというのだ
残っていた酒を一気に飲みほす
喉が焼けるような高いアルコールだ、ムッとむせ返るものを抑え、酒場を後にする
酒場の娘が心配そうに声を掛ける。やめてくれ、どうしても彼女を思い出してしまう