Part10
216 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:09:30.51 ID:vaoyWf2b0
姫「……無くしてしまったのだ」
男「無くした?何を……」
「……」
姫「……お前から貰った、大切なものを」
男「あ、まさか……」
そのまさかだったようだ
逆水時計
彼女に渡したプレゼントだ
姫「……」
流石にこの短期間で無くされたとなったら一言何か言ってやりたい
しかし、彼女の落ち込み様を見ると、そんな言葉など口には出せなくなる
その頬には、確かに雫が伝っていたのだから
217 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:10:09.09 ID:vaoyWf2b0
男「泣くことはない、気にしてないから顔を上げろ」
涙を流す程大切に思っていてくれたのか
嬉しい反面残念な気持ちも湧き上がってくる
女の涙というのはどうもやきもきさせる
たとえそれが年端もいかない少女だろうと、堪えるものがある
男「本当に必要なら、また同じものを買って来てやろうか?」
姫「え……」
驚いたようにこちらを見る
その言葉を言われるとは考えていなかったようだ
自分でもこんな事を言うとは思ってもみなかった
姫「どうして……怒らないのか?」
怒りたい気持ちもあるが、今はそれより彼女の涙を見たくないと思っていた
不思議なものだ、こんな感情がまだ自分の中にあるとは
218 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:10:47.58 ID:vaoyWf2b0
姫「……いや、すまない。大丈夫だ、迷惑をかけたな」
涙を拭うと、またいつものお姫様の顔に戻る
ただの我が儘を一般市民である俺に押し付けるような事はしたくないそうだ
男「何だそりゃ」
姫「ここでまた同じものを強請るのも恰好がつかんだろう。無くしたのは私の責任だ、その尻拭いを押し付けるような真似は出来ん」
ごもっともな意見だが、涙まで見せられたら男としては黙ってはいられない
ここは冗談でも10個20個くらい買って来てやろうと言っておく
「期待しているぞ」と笑われてしまったが……
あくまでも旅商人が売る程度のものだ、再び購入できない値段でもない
彼女はいいと言うが、一方的にまたプレゼントするという約束をして今日は帰ることにした
219 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:11:27.57 ID:vaoyWf2b0
姫「やはり傷が痛むか?」
心配そうにこちらを見つめる
病み上がりな分、体力的な面で不安が残る
会おうと思えばいつでも会えるんだ、今日くらいはこちらが早く切り上げても大丈夫だろう
男「それじゃあ俺はこれで」
幻想玉を掲げ念じる
不安が安心に変わるという事は何と心地のいい事だろう
昨日の景色は夢幻で、今日の景色が現実で
変わらない事がよかったと思える
ああ、今日はよく眠れそうだ……
220 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:12:00.59 ID:vaoyWf2b0
姫「……」
「……」
姫「……外へ」
「!」
姫「外へ出てみたな……久しぶりに」
姫「あの男と」
「……」
221 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:12:33.04 ID:vaoyWf2b0
ーーーーーー
ーーー
ー
男「無いだって!?」
商人「アハハ……申し訳ない」
帰って早々、商人に声を掛けるも落胆する返答しか得ることが出来なかった
逆水時計は売れ筋の小物だったらしく、老若男女ヒトを選ばず飛ぶように売れていったのだという
当然だが、商人も俺個人だけに商売をしている訳ではない。文句を言おうにもお門違いだと言い返される
納得せざるを得ない理由を突きつけられ頭を抱える
ああ、どうするべきか。買ってきてやると豪語した以上、他に何か代わりの手土産でも……
商人「貴方も随分とまぁ……入れ込んでますねぇ。そんなに魅力的な女性(ひと)ですか?」
男「……」
些細なものではない、大きな変化だ
既に自分でも気づいている
商人「一応再入荷できるかどうかだけ調べておきますよ。気に入ってくださっているのなら同じものをご用意いたします」
そういった商人の言葉は耳には残らなかった
分かっている
決して神器に魅せられている訳ではないだろう
俺は、彼女が気になって仕方がない
恋愛感情や親心ではない
惹きつけられる
その儚い存在に……
222 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:13:33.79 ID:vaoyWf2b0
ーーーーーー
ーーー
ー
ー8th days ……?ー
ーーー変化というものは唐突に訪れる
それは嵐のように現れ、そよ風のように消えていく
私の心を打つその風は
新たな希望をもたらす
ただ冀う、絶望からの救済を
それが、空望みだという事に気が付かぬままーーー
姫「アハハ!見ろ、アレが我が国が誇る巨大石碑だ!」
男「ふーん、こりゃ中々……」
8日目
意外な事が起きた
今朝早くに会いに来た俺にまったく予想だにしていなかった言葉を聞かされた
今日は外に行くぞ
どういう心境の変化か、今まで自ら拒否していた外出を提案したのだ
223 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:14:02.68 ID:vaoyWf2b0
少し過去に遡る
魔法生物は既にその事を聞かされていたのか、手際よく準備を終えると、この建物から抜け出す道へと案内した
お姫様という事で、やはり外出自体は自由にいかないのだろう
自分でも気の利かない無茶な事を聞いてしまったと今にして思う。自由に動けない相手に外に出ろとは、酷な話だ
そして案内されたのは、以前俺が通った真っ暗な通路
男「この通路は……?」
姫「王族専用の隠し通路だ。有事にはここから逃げられるようになっている」
なるほど、出入り口がカモフラージュされていたり妙な位置に設置されていたとは思ったがそういう事か
姫「もう、使う事も無いのだがな……」
男「……」
その有事とやらが無くて使う事が無いのならば喜ばしい事だろう
もっとも、今はお姫様の悪巧みの為に利用されている
その方が平和的で、最悪の事態に使われるよりはマシか
224 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:14:54.71 ID:vaoyWf2b0
真っ暗な道をランプの明かりだけを頼りに進む
何度か角を曲がり、その先に微かな光が見えた
男「出口か……おっと?」
適当な距離で魔法生物がこちらに待てとジェスチャーで伝える
そのまま先行し、手慣れた様子で隠し扉を開けると、外へ向かって行ってしまった
何をしているのだろうか。僅かな時間をここで過ごすと、また魔法生物は戻ってくる
どうやら人払いをしていたようだ
確かに、姫が抜け出したとなれば大事になるだろう
しかし、喋る事の出来ないコイツがどう兵士たちを言いくるめたのか。謎である
225 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:15:25.33 ID:vaoyWf2b0
そして今に至る
彼女はあれやこれやとこの大きな都市を案内する
以前この辺りは一通り回ったのは黙っておいた方がいいだろう
その方がお互いに気分がいい
通り過ぎる人々は、彼女の顔を知らないのか少しテンションの高い娘程度にしか思っていない
顔を知っている兵などにバレてしまうのではないかの内心ヒヤヒヤしながらの外出だが、近くで魔法生物が見張っているらしいので大丈夫だろう
いつもの帽子と手袋、それに靴を脱いでいるせいでこちらもどこにいるのか判断出来ないが
大通りを進む
朝という事で朝市が賑わっている
まだ日は昇り切っておらず、本来ならば涼しい位なのだが、この場所は活気付いて違う意味で暑苦しい
226 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:16:02.47 ID:vaoyWf2b0
姫「何か買おうか?」
それは男の俺が言わなければいけないセリフだろう
しかし、この時代の通貨を持っていない以上そんな事は口が裂けても言えない
彼女の前で盗る訳にもいかない。せっかく築いた信頼関係を崩す程愚かではない
彼女は持て歩ける適当な料理を店から二つ見つくろい、こちらに差し出した
姫「ここの店は美味いぞ。私も何度か食べたのだが、どれも絶品だ」
自慢げに語るが、それは何度もあそこから抜け出しているという事か
苦い顔をして否定も肯定もしない
俺はこの国の関係者でも兵でもないから煩い事は言わないが、魔法生物もよく許可するものだ
姫「許可というよりはただ私の言いなりになっているだけだがな」
男「止める権限も無いって訳ね」
227 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:16:39.12 ID:vaoyWf2b0
さて、受け取ったパンのようなものを食べる、味は随分と素朴なものだった
彼女の言う絶品とは随分と安い物だ
塩ゆでしたササミと乾燥させて歯ごたえの良い豆に少ししょっぱい特製のソースを目一杯かけてサンドしたもの
腹には溜まるだろうが、舌には物足りなさが残る
姫「随分味が濃い方だと思うが、どれだけお前は舌が肥えているんだ」
地味なところでジェネレーションギャップが出たものだ
俺の時代ではバリエーションが豊かな味で、飽く事の無い食事が提供されるのが当たり前だが
遥か大昔のここではそんな事は言っていられないだろう
228 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:17:14.97 ID:vaoyWf2b0
姫「フン、物足りないのなら自分で開発でもしてみるのだな」
男「そうだな、余生は冒険者を脱却して小さな店でも開くかね」
姫「……」
冗談を交えながら食事を片手に店を回る
朝市では洒落たようなものはまだ売りに出さないだろう
少し見て回った後、休憩を挟み再び店を巡る
229 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:17:43.23 ID:vaoyWf2b0
「よっ!そこのお二人さん!」
男「……げッ!?」
見知った顔に呼び止められる
ここは数日前に立ち寄った店だ
勢いのいいその声に応え、彼女は店内に足を運ぶ
今日も以前と変わらず小物を売っているようだが……
姫「どうした?入らないのか?」
そうは言っても、こちらにはあまり顔を合わせたくない理由がある
あの日、俺が立ち寄った後にいくつか商品が消えていたはずだ
見たところあまり客入りがよくない店だ、"誰が盗っていった"かなんてのはすぐに分かるだろう
230 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:18:20.10 ID:vaoyWf2b0
なるべく顔を合わせないように壁と仲良くお見合いをしながら這うように店に入る
当然怪しまれるわ彼女からのバッシングはあるわで……
「お兄さん、悪いけどこっち向いてくれないかな?怪しすぎるよアンタ……」
姫「……?クク……お前まさか、やましい事でもあるのか?」
その通りですよお姫様
なんとかやり過ごす事は出来ないかと思考を張り巡らせるものの、残念ながらそんなに頭の回転はよくはない
そしてあろうことか、前方不注意のまま商品棚に足をひっかけ派手に転げ回る
恰好が付かないにも程がある。彼女は大笑いを、店主は苦笑いをしている
231 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:18:50.05 ID:vaoyWf2b0
とんだ災難だ。結局顔は晒され醜態まで見せてどうしようもない
最悪、咎められても幻想玉を使って逃げる事も出来る
だが、彼女を放置することも出来ない為それは避けたい。出来れば権力でも何でも使ってお咎め無しで事を終えたいが……
しかし、店主は俺が思っていたものとは違う反応を見せた
「変わったお客さんだねぇ。そうだ、災厄除けのお守りなんてのも売ってるんだけどどうだい?」
姫「ほう、コレは面白い形をしているな」
男「あー……」
呆気にとられる俺を放置し、二人は商品に付きっきりになる
当然だ、今までの行動も以前この店に立ち寄った時の事も、どちらも怪しまれても仕方がない位だ
なのに……何故?
232 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:19:33.02 ID:vaoyWf2b0
姫「これをくれ」
「はいよ、包もうか?」
彼女は首を横に振ると、そのまま俺の手を引き店を出る
取引を終えると、店主もまた店の奥へと引っ込んでいく
何度かこちらと目も合わせたハズだが、まるで初めて会った人間かのような接し方だった
そう、ただの客としてしか見られていなかった
姫「お前とあの店の者に何があったかは知らんが、挙動のどれ一つをとってもひたすらに怪しいぞ」
とうとう注意までされてしまった
気恥ずかしさを咳払いで誤魔化し、また道を歩く
どうやら、幸いなことに店主は俺のこと自体を覚えていなかったようだ
それどころか商品が盗まれていたに気が付いたかどうかさえ怪しい
ホッとしたと同時に、あの店の行く末を心配してしまう
233 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:20:10.57 ID:vaoyWf2b0
姫「ほれ」
と、突然。彼女がこちらに何かを差し出してくる
どうやら先ほど購入したお守りらしい
何故それを俺に?疑問符を頭に浮かべながら彼女に問う
すると、鼻で笑い小馬鹿にしながら間を置く
男「な、なんだよ……」
姫「なに、ツイていないお前に少しでも災厄除けの加護があるよに願ってこのお守りをくれてやるのだ、ありがたく思え」
また生意気な口を利く
だが、これも彼女なりの気遣いなのだろう
邪険にする理由も無い。素直にその好意を受け取ると、彼女は優しい笑顔を作った
234 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:20:48.82 ID:vaoyWf2b0
その後、何軒か店を回り、知った場所での買い物も済ませていく
どこもかしこも俺が盗みに入った店だったが、誰も俺の事を咎めはしなかった
大丈夫かこの国は……
随分と長く歩くころ、人々の流れが止まる大きな広場に辿り着いた
この場所は数日前にも賑わっていたと記憶しているが……
男「ん?確かアレは……」
姫「……」
妙な既視感を覚える
設備、配置、そして舞台
この場に直接居合わせていた訳ではないが、確かにそれはあの日見た旅芸人の一座だった
姫「なんだ、今日も来ていたのか」
白々しく答えると、彼女はそのまま通り過ぎようとする
男「お前、知ってただろ。またコレをやるって」
姫「まぁな。だが私は何度も見たし、お前ももう見ただろう」
235 :
◆cZ/h8axXSU :2015/05/18(月) 01:21:22.49 ID:vaoyWf2b0
ため息交じりにそういうと、渋々その場で立ち止まる
見たいのか?と問われたが、別にそういうつもりではない。1週間前の旅芸人が早くもここで再公演をしていたのが気になっただけだ
姫「熱望があったのだろう。ま、私はもう興味はない。以前にお前とは語りつくした話題だしな」
御尤も。遥か遠くからとはいえ、一度見た物をまた見せられては、俺ではなく彼女が退屈だろう
姫「まぁ……お前が見たいというのならそこで待っていろ。何か適当な飲み物でも買って来てやろう」
……それは、男の俺のセリフではないだろうか
何度も言うが、金を持たない俺がそんな事を言うのは格好悪いので決して口に出さないが
彼女はそのまま近くの店に飲み物を買いに行った
鳥籠の中のお姫様だと甘く見ていたが、随分と慣れたように振る舞っている