Part9
258 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:15:56.09 ID:NeK/HLg90
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何組目の謁見希望者だったかは覚えていない
いつも通りの手順で、一人の貴族が商人を連れて口上を述べていた
少女『(ねぇ、おにいちゃん… すごい事に気がついちゃった)』
少女『(あの、なんか一生懸命な顔でお話してるオジさん…)』
痛みの中で話しかけてきた少女に誘われて ふと見てみる
いつかのあの哀れで蒼白の男ではない事などは承知だ
「ただいま隣国で人気のある見世物屋を連れて参りまして、是非とも魔王様にもご観覧いただければと……」
だから、それが耳に飛び込んできたのはおそらく偶然だったのだと思う
隣国といえば、少女の暮らす国… もっとも、少女が住んでいるのはその辺境だが
魔王(…少女の国では人気のある見世物か)
259 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:16:56.24 ID:NeK/HLg90
気をとられてしまったのは、疲れていたからかもしれない
気を紛らわしたかっただけなのだろう
だが安易に見てしまえば、この商人を調子に乗らせてしまうかもしれない
見れば、代わりに何かを要求されるのだろう
そんな物の為に引き換えてしまうのはごめんである
ただ、今朝の憔悴を引きずる頭は ぼんやりとしか働かない
『もっと出来た事があったのではないか』ーーそんな考えを、思い出すのがやっとだった
魔王(……少女ならば、見たがったのだろうか…)
望むものを与えかったあの少女を想って なすことならば
感心を持つフリくらいしてやってもいいのではないだろうか
そう思いつくと… 言葉が、口からこぼれ出た
魔王「……それは、どのようなものか」
貴族「!」
少女と離れてから 初めてこの場で『要らぬ』以外を口にした
臣下も他の謁見希望者も、動揺を隠しきれずにざわめく気配は鬱陶しい
260 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:17:32.79 ID:NeK/HLg90
商人は しめた、といわんばかりの卑しい笑いで手をこすり合わせながら言った
商人「へぇ! ワタクシんところでお見せしているのは 達磨でございやす!」
魔王「ダルマ。そんなものが面白いのか」
商人「いえいえ、珍しく年頃ですので 噂が噂を呼び人気となったのでございやして」
魔王「…年頃? ダルマがか」
商人「へえ。達磨がです」
意味がわからなかった
魔王はしばし考えてから、話しを続けるよう顎で促した
商人「それでは見世物小屋での案内文句でございやすが、お話させてもらいやす」
商人「これは、とてもとても悲しい話でございやした」
商人「この達磨、元はとても貧しい家の娘」
商人「どうやら仕事を休んだせいで、折檻を受け 足を壊したマヌケ者」
商人「そこらの地へ打ち棄てられていたのを、夜盗どもが拾ってきたのがコトの始まり」
261 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:18:31.39 ID:NeK/HLg90
商人は、ユーモアたっぷりの抑揚をつけ、慣れた様子で朗らかに語りだした
途中、魔王の反応が気になったのか 口を止めて魔王をちらりとみやる
まるで挑発されたかのような様子は気に入らない
だが、商人のその口上… やめさせることが出来なかった
魔王「…………続けろ」
商人「へえ! …こほん」
商人「足を壊したこの娘、逃げるに逃げれず、夜盗どもから好き放題」
商人「愚かな娘は口煩くわめいてわめいて止まらない。たまらぬ夜盗、まずは口を焼きました」
商人「次に娘は抵抗し、夜盗を殴り怒らせた。怒った夜盗はその腕を叩いて壊してしまいます」
商人「逃げれず、喋れず、拒めない。夜盗は好き放題に楽しんだ。何夜も何夜も楽しんだ」
商人「そうしてついには孕んだ娘、役にも立たぬと また棄てられたーー」
262 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:19:02.31 ID:NeK/HLg90
魔王「………………それを、おまえが拾ったのか」
商人「いえいえ。ワタクシではございやせんよ」
商人「それを見つけて拾ったのは、一人の貧しい医者の卵ーー
魔王「その娘はその医者に助けられたのか」
商人「……へぇ。治療をされました」
口上途中に口を挟まれ、苦い顔をする商人
だが、とてもその歌うような口調で聞いている気にはなれなかった
魔王「そうか。……治療されたのか」
悟られないよう、小さく吐息を吐き出す
胸の中を這う、ぞわりとした虫の蠢きのような何かが少し収まったーー
と、思った瞬間
263 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:19:51.14 ID:NeK/HLg90
商人「ですがまだまだ医者の卵。まずは壊れて壊死した娘の手足を、4本全て切り落としました」
魔王「っ!」
商人「血が吹き出るのを押さえようと、慌てて鏝をあて 切り口を焼き潰しました」
魔王「ーーーく」
商人「口は元より塞がれて。叫ぶに叫べぬこの娘、そんな治療が終わるとまた棄てられてーー」
商人「そうして出来上がったのが ワタクシのお見せする、達磨の娘でございます」
商人「今ではすっかり腹子も育ち、それは本当に達磨のような姿でございますーー」
謳いあげると、満足げな表情で礼をする
そのまま、僅かに沈黙した時が流れる
他の謁見希望者も、その口上には驚いたものが居るようだ
その姿を想像し、嗚咽を漏らすものもいる始末
聞かずにいればよかったと、後悔の表情で顔を背けるものも居たが……
264 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:20:20.92 ID:NeK/HLg90
魔王だけは商人をみつめたまま、一言だけ呟いた
魔王「………それは… 生きて、いるのか」
商人「へぇ。生きてますので、お見せしてやす。口の真ん中に穴を開け、じょうごで飯を与えてやす」
魔王「ーーーー」
残虐な話など、これまでいくらでも聞いていた
魔国に限らずとも、戦地に赴けば5体満足な死体のほうが珍しい
そうだというのに 何故、これほどに俺は取り乱しているのだろう
どうして身体中が、冷たく凍りつくように感じるのだろう
言葉が、出てこない
商人「哀れな話も、ここまでいくと滑稽でしょう」
魔王「…滑稽……?」
商人「つまらぬことで逆らい、酷い目にあって。またつまらぬことで逆らい、また酷い目に合う」
商人「学習するということをしない、愚かな娘。本当に、滑稽でしょう」
悪びれも無く、本心からそう思っているのだろうか
ただその顔には、芝居小屋で客にしてみせるような 愛想笑いを浮かべている商人
265 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:21:05.21 ID:NeK/HLg90
魔王だって、もちろん『魔王』だ
これまでにも、その役目として断罪や処罰をする事があった
何も考えなかったし、何も感じなかった。ただ、無感情に首を刎ねた
魔王(俺は、刎ねられる者の目に どう映っていたのだろうか)
気持ちが悪い、と感じた
急に この卑しい笑いを浮かべた商人に 自分が重なって見える気すらした
そう感じた瞬間
斬り殺してしまいたい欲求に駆られ、剣に手が伸びそうになる
実際に伸びなかったのは
冷え切って氷のような手の感覚に違和感があるのに気付いたからだ
違和感に僅かな気をとられたことで、ようやく理性を薄皮一枚でつないでいられた
それほどまでに衝動的で強い嫌悪感を覚えたのだ
この卑しい男には 自分の顔が写って見えているのに。斬り捨てたいと強く思った
『怒り』を露にして。おまえが嫌いなのだと、声高に叫びながらーー
荒ぶるがままに、斬り捨ててしまいたい
魔王(そうすれば その最期の俺だけは、きっと少しは………)
商人「魔王様、どうなされました」
266 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:21:36.63 ID:NeK/HLg90
声をかけられ、思考の海に落ちかけていたのに気付く
機嫌を伺う商人の様子は、僅かに不安の色を浮かべていた
……もしもニコニコと笑っていたら、次こそは本当に斬り殺していただろう
達磨の事を、気にしてやることも出来ないままに……
魔王は、言葉を搾り出して会話を続けた
嫌で嫌で仕方ないと思いながらも 聞かなければ居られなかった
魔王「………滑稽だから、見世物にしているのか」
商人「へぇ…。まあ、事実は小説よりも奇なりと申すものでしてね」
商人「元は悲劇の娘として出した達磨でございやす。ですが巷の反応は予想外でしてね」
魔王「……人気、と言っていたな。どういう反応なのだ」
商人「へぇ。『言うことを聞かずに仕事をさぼってばかりいると、達磨になってしまうよ』とーー」
商人「今 隣国では、親がこぞって子供達にこの娘を見せに 集まってくるのです」
魔王「………」
商人「それもあって、ここまで運の悪い娘は最早… と、この娘を滑稽と思うようになりやした」
267 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:22:58.65 ID:NeK/HLg90
運の悪い、娘
何度も不遇を繰り返し、それでも生き永らえたその娘は
あの子リスにしたように 『“生”に恵まれている』と言い換えることが出来るのだろうか
生きているから、運がいいなどとーー 本当に言えるのだろうか
森の中での少女の様子や言葉が
今もまだ つい先ほどのことのように思い出せる
それはそうだ
鮮やかなままの記憶を、必死になって保つように努力してきたのだから
だがそれは、こんな時に
あの少女の笑顔を思い出す為だったのだろうか
魔王「………………」
268 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:23:29.13 ID:NeK/HLg90
商人「本日は、その娘を連れて参りやしてね」
魔王「っ!」
商人「今、運んで参りますので。 どうぞ実物をご覧くださいやせ」
魔王「…………」
この 訛りを隠しきれない田舎商人は、
魔王の返事も聞かずに 無礼なことに勝手にそう決めてしまった
貴族や臣下が、それは魔王様の御返事を待ってからだと叱り、押しとどめた
だが、いつもならばすぐに『要らぬ』と言う魔王は 『答えない』
先ほどまでの応答もあって
皆が 無言の魔王を見て、『肯定している』とーー 勝手に決めてしまった
商人はキマリのわるそうな辞儀をして、室外へ娘を連れに行く
269 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:24:00.48 ID:NeK/HLg90
魔王は、言葉が出ないだけであった
どう答えていいのか、わからなくなっていた
記憶の中で笑う少女が、様々な事を語りかけてくる
妙に胸が騒ぐ
どうかーー 違う娘であってくれ、と
その達磨には悪いが
どうか
どうか
あの少女でなければいいと
今にも黒く染まりそうな視界を
歪む視界を なんとか、とどめるのが精一杯で、言葉などは出てこなかった
246 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/24(土) 23:21:00.90 ID:XOVnAhZUO
長い月日ってどれくらいなのかな?
271 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/26(月) 23:47:11.23 ID:NeK/HLg90
中断します
本日投下分は >>5の「一部、多少の残虐な描写」が含まれております。ご注意ください
明日の投下は少なめになると思います
>>246
ご質問ありがとうございます
確かに人や用途により感覚の違う曖昧な表現でしたので、今回投下分で
「魔王が少女と過ごした月日よりも 長い月日が過ぎた」と明記しました
現時点で魔王は相変わらず「離すことも出来ない痛み」をどうする術も持っていないようです
273 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/26(月) 23:57:22.87 ID:VGfEoSLBO
しんどいよ
乙
274 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/27(火) 00:06:46.92 ID:NWdX4/js0
乙
えっマジで?
277 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/27(火) 00:50:49.92 ID:j8aJOQOh0
少女である場合と無い場合の二つが見たいです
278 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/27(火) 07:17:59.73 ID:55wPtl3FO
なるべくならハッピーエンドにしてほしいな
279 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/27(火) 07:43:47.02 ID:B48wn9k/O
乙
好きに書いてほしい
読者の意見に左右された話は望んでない
284 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/27(火) 23:58:25.34 ID:95f1POD10
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商人「おまたせしやした」
ドアが開くと、商人は手押しの車を引いて入ってきた
真紅の豪奢な布が引きずるように被せられ、そう大きくも無い荷物を覆っている
商人「これからお見せするのは、作り物ではございやせん。芸の為に用意した、『ヤラセ』などでもございやせん」
商人「小屋ではあまり言いやせんがね。実はこの娘、コチラの城よりほど近い場所の生まれなのですよ」
商人「お疑いになるようならば、行って確認なさってもかまいやせん。友人・知人を名乗る者も少しはいるようでございやす」
自慢の収穫を披露するかのごとく、もったいぶって余計な口を聞く商人
黙れといってやりたいのに、出される情報には余計に言葉をなくしていく
商人「魔王様はご存知ですかな。国境沿いの森を抜けた少し先にある、貧しく荒れた小さな町のことをーー」
不安感を、絶望感を、促されていく
285 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/27(火) 23:59:22.71 ID:95f1POD10
言葉を失ったまま箱を見つめ続ける魔王を見て
商人は『充分な期待と関心を引きつけた』と、満足げな笑顔を見せた
商人「では、ご覧いただきやしょうーー
商人「これがその、滑稽なほどに 哀れな達磨でございやす」
バサアッ!!
一息に布がめくられると、中には前面の板だけがはずされた箱があり
その箱の中には 商人から聞いたとおりのーー
いや。聞いて想像した以上に、奇妙な『ダルマ』が納められていた
魔王「……………………」
286 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:00:00.95 ID:rBtvQerQ0
連れてこられたのは
元は美しかったであろう娘の “頭部と胴体”だった
栗色の長い髪は、ところどころが ざんぎりになっていたし
話に聞いたとおりの 酷い様相をしている
服は着せられていない
腹に朱墨で、“達磨”と達筆に書かれているだけだ
ともあれ、それはーー
少女では、無かった
魔王は 布がめくられて達磨を見た瞬間、『良かった』と思い胸を撫で下ろしていた
残虐な行為などに特別な関心はなく
その醜く爛れた傷跡でさえも、『爛れた傷跡がある』以上の感想を持てない
手足の無い者を見ても、ただ『手足の無い者』としか思えない
だから魔王は、そんな“悲惨な見た目を注視する”ことはしなかった
287 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:00:36.98 ID:rBtvQerQ0
商人「いかがでしょう。こちらの娘のこの風体、あまりに哀れであまりに滑稽でーー
少女でないのなら、躊躇無く いつも通りに答えるだけだ
関心を失い、視線を外す
魔王「 『い
だが視線を流した時に 達磨が動いたように見えた
気をとられ、口を止める
魔王「………?」
正確には、達磨が動いたのではなかった
達磨の腹が、動いたのだ
腹が、時折 妙なカタチに歪み、薄い腹の肉を内側から押している
本当に、子を宿しているのだとわかった
魔王(なるほど、確かに生きているようだ)
死体ならば、手足が無くとも珍しくは無いが
生きてここまでの風体を晒しているとなれば、にわかには信じがたい
商人が見せる前に、『作り物ではない』と前置きしたのも頷ける
288 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:01:04.47 ID:rBtvQerQ0
魔王(……そうか。これでも、生きているのか)
これでも 生きているのか
これでも 見えているのか
これでも 『聞こえている』のか……
魔王「ーーーーーーーっ」
聞こえている
聞いている
この達磨の娘は、この商人や……魔王の言葉を、聞いている
商人「……あの、魔王様。その… やはりこのような身分の娘を見せられては、ご気分を害されやしたか…?」
魔王「………」
気付いた瞬間に、『要らぬ』と言うのが躊躇われた
言っても良いのだろうか。そんな疑問が湧き出してしまった
289 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:02:12.30 ID:rBtvQerQ0
そんな魔王の気など知らぬ商人は
それまでの自信に満ちた態度を一変させた
魔王の態度が変わったことで、不興を買ったのではないかと不安に駆られ始めたのだ
魔王に嫌われては敵わない
運が良くとも、少なくとも。商人としての生は終わるだろう
そう思った商人は、ひたすらな弁解を始める
「そうですよね。『この程度の不遇』、この時代では珍しくも無いーー」
「芸を仕込むわけでもなく、こんな『醜いだけの姿』をお見せしてーー」
「ワタクシの所では『こんなもの』しかお見せできないがーー」
急に自分の持ってきた“見世物”を 口早に次々と貶めはじめる商人