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魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」
Part5


141 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:26:39.08 ID:WWLfwMQc0
魔王「あれは、俺の后にと考えている娘だ。俺自身で連れてきた」
謁見希望者A「なっ」
魔王「それを、そのように貶めてくれるとは。俺の目が節穴だと言いたいのか」
謁見希望者B「とんでもございません! 自分はそのような発言をしておりませぬ!」
魔王「では残りの二人…」
謁見希望者A/C「「!!!」」
魔王「………だけでは、ないな。この場にいる全員が等しく似たような思いを持っているのだろう」
「……………」
凍りついた空気は、次第に黒々とした粘性を持って皆を捕らえていくようだった
ドロリと粘りつくその音が聞こえそうなほど、重く沈殿した雰囲気…
箱入りの娘などがいれば、それだけで失神しそうなほどの緊張感が部屋中に纏わりついている

142 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:27:16.72 ID:WWLfwMQc0
魔王「否定しないか。ならば、この場にいる全員ーー  要らぬ」
阿鼻叫喚と共に、威圧に押し出されるかのように皆一斉に逃げ出した
ある者は、殺されると思った
ある者は、顔を覚えられては堪らないと思った
ある者は、真っ白な頭でよろめきながらーーただ、ここに居てはならないという危機感だけで逃げ出した
部屋には、頬杖をついたままの魔王と…
その役割から逃げることすら出来なかった忠義者の臣下2人だけが、残されていた
夕刻には、少女の耳にもその話は届いていた

143 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:28:15.92 ID:WWLfwMQc0
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その晩、魔王の自室ーー
そこだけは魔王城で唯一 可愛らしい笑い声が響き、穏かな空気が流れていた
魔王「……まったく、あれならば蜘蛛の子の方がマシだ。静かに散る」
少女「きっと本当に怖かったんだろうねー。見てみたかったなぁ」
魔王「見たい? お前は魔王が怖くないのか」
少女「? 魔王っていうのは…怖いものなんでしょ?」
魔王「では、やはり怖いのだな」
少女「ううん、今は怖くない。でも、本当は怖いもので、それが魔王様なら、見てみたかったなぁ」
魔王「……怖いもの見たさと言うことか。 怖いほうが良いか?」
少女「怖いの嫌い」
魔王「」

144 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:29:20.10 ID:WWLfwMQc0
少女「でも…… 怖いのも魔王様なんでしょ? やっぱり見たかったなー」
魔王(…・・・??)
少女は頭を悩ませる魔王を見て、また笑う
その後で「あれ…もしかしてわかんないのって、私の説明が下手なせい??」と 少女のほうが頭を悩ませはじめた
少女「魔王様は、つよいんだね。それに、やっぱりえらいんだ」
しばらく後で、少女はにっこりと笑い そんな言葉を説明に代えた
魔王はこれ以上の理解は難しそうだと、溜息をひとつ吐いて思考を中断する
魔王「まあよい。…しかし、后だと宣言してしまったからな。以降は城内での対応も変わるだろうな」
少女「そうなの?」
魔王「それから……様付けでも構わぬが、もう少し気安く呼ぶとよいだろう。むしろ后として、そう振舞うべきだ」

145 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:29:48.89 ID:WWLfwMQc0
少女「気安く? どういう風にしたらいいの?」
魔王「呼びたいように、過ごしたいように。王の伴侶として堂々と自由に振舞え」
少女「呼びたいように…?」
魔王「ああ」
少女「じゃぁ……っ!」
少女「 『おにいちゃん』って、呼んでもいい!?」
魔王「ブハッ!」 ゲホッ… ゴホッ、ゴホゴホ!!
少女「……ま、魔王様…? 大丈夫…?」ソー…
魔王「おい……『后』だと、言っただろう?」
少女「なんでもいいって言ったから… 呼びやすい、呼びたい呼び方。駄目だったの?」

146 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:30:34.87 ID:WWLfwMQc0
魔王「お前は… 俺を“兄”のように思っているのか」
少女「わかんない。魔王様は魔王様… でも」
少女「……なんとなく。友達とかより身近で、頼れる。エライヒトでも、緊張しない。そばにいると、落ち着く気がする。だから…おにいちゃんかなって」
魔王「……」
少女「だめ?」クビカシゲー
魔王「……ああ、まあ。…そうだな」
魔王「さすがにそのような趣味を疑われては困る」
少女「駄目ってこと? 『おにいちゃん』…だめ?」
魔王「……そう、呼びたいのか」
少女「うん」

147 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:31:11.38 ID:WWLfwMQc0
后ーー 妻として迎える存在に、兄として慕われる
理屈と感情のどちらによるものかは分からぬが、モヤモヤとした気分になる
だが、それを望んでいるのならば、それを与えてみたい
そうするためにこそ、彼女を迎えたのだから
魔王は、深い溜息をついてから ひとつの提案をした
魔王「では、公私で使い分けるとよい」
少女「コウシ?」
魔王「ああ。人前に出る時と、俺と二人でいるとき。そこで呼び方や態度を変えるのだ」
少女「む、むずかしそうだね? ……魔王様も、コウシを使うの?」
魔王「言葉が妙だな。 公私とは公事と私事の二つを合わせた意だ。公私は“使い分ける”ものだ」
少女「えっと…じゃあ。魔王様も、公私を使い分けるの?」
魔王「俺は、公私共に魔王だからな。使い分ける必要などない」

148 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:34:47.85 ID:WWLfwMQc0
少女「ぁぅ。魔王様もしないなら、私もしなくていいよ?」
確かにそのままで構わないとも思う
少し考えてから…そのまま、言葉を続けた
魔王「だがおまえは、公の態度を学ぶことで魔王の后らしい素養を身につける事ができよう。多くの知識、常識と共に お前の為になるはずだ」
少女「后らしい素養?」
魔王「立ち居振る舞いや、言葉遣い。そういったものもあるな。上品さ…一流の姫らしさ。王族らしさ、とでも言おうか」
少女「……え… 私でも、なれるの…?」
魔王「后とした時点でその地位は王族だ。今はその身分に相応しい素養の話を…
少女「私が…お姫さまみたいに、なれるの!?」
目を輝かせて、興奮の色を隠せない少女
魔王は言葉を止め、そんな彼女の様子を見つめた

149 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:35:46.81 ID:WWLfwMQc0
少女は后というものが何か、よくわかっていなかったのだ
正確に言えばイメージしにくかった
童話などで見聞きする后は、“厳しく意地悪な母”の役割が多い
少女は、自分がそれになるということが理解できずにいた
だが、魔王が口にした『姫』という単語は、その立場のイメージが容易だったらしい
想像の中では、きっと童話などで語り聞いた 洗練された淑女の姿に自分を重ね合わせているのだろう
まさしく憧れたーー 永遠の、夢の姿だ
頬を紅潮させるほどに、うっとりと空想にふける少女
魔王は複雑な思いと同時に、可笑しさも感じた
魔王「ああ。望むのならば、必ずなれるだろう」
少女「えへへ…… じゃあ、がんばる! わぁいっ!!」

150 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:36:17.92 ID:WWLfwMQc0
無邪気にはしゃぐ少女をみて 魔王は心温まるのを感じる
少女に何かを与えると、幸せを返してくれるのだと、再認識した
魔王(共存関係にあるとでもいうのだろうか。そうか、后とはこういうものか)
知識や、知恵
多くのものを与えよう。望むように、望むものを…
そうして、幸せを売ってもらうのだ
少女は尽きることのない幸せを分ける代わりに 知識や知恵を得る事が出来る
生きるのも容易くなろう。お互いに両得な関係だ
魔王はそんな事を思いながら
目の前で飛び跳ねる少女をいつまでも眺めていた

151 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:36:53.75 ID:WWLfwMQc0
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それから、一月
少女は賢く、教えられた事はすぐに吸収していく
理解も早く、その様子は一月前とは見違えるほどのものになった。だがーー
少女「魔王様。本日はまだご公務をお続けになりますか?」
魔王「いや、今日はもうやめだ」
少女「では、ご入浴の準備など確認して参ります、どうぞごゆるりと」
魔王「ああ」
少女「その間、お酒などをお持ちしますか?」
魔王「要らぬ。お前の分は、好きなものを侍女に頼んでおくとよいだろう」
少女「はい、魔王様」
知識、礼儀、マナー、言葉遣いは、問題なく習得できた
だが、侍女や謁見希望者の連れてくる娘達の振る舞いを模倣する少女は決して后らしくはなかった

152 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:38:33.07 ID:WWLfwMQc0
母である后が、后らしく振舞っていた決め手が何であったかなど覚えていない
興味を持たなかった。だから魔王もアドバイスも出来ぬまま、違和感だけを抱えていた
内心で少女を后に迎えることを快く思わない臣下達もまた
魔王の機嫌を取るために表面上だけは相応に扱ったが…… 本当に必要な忠言はしなかった
そして謁見に来る者や来客たちはーー
「ほぅ… これは面白いな」
「あれはあの時の、小娘?」
「しっ。声が大きいぞ…聞かれたらばまた二の舞だ」
「しかし、変われば変わるものだな。コソコソと、金魚の…… っ。いけない、いけない」
「だが、あれではいくら出来がよくとも せいぜい一流の“侍女”だ」
「ははははは! たしかにな。后とは呼べまい。あのような娘、いずれ飽きて放り出されるさ」
「ではそれまでに、次こそは我が領地から 選ばれるべき上等の娘を…」
「いやいや、魔王様にもご興味があることはわかったのだ。こちらも負けてはいられない」
「ははは…!」
少女を値踏みしては嘲笑と侮蔑の的にし、その存在を無視して……
ただ、それぞれの欲望と思惑を魔王に与え続ける

153 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:39:32.47 ID:WWLfwMQc0
少女にとってかつて経験のない、勉強漬けの日々
言葉の選び方、食事を取る仕草、歩き方… 
生活のほぼ全てを、慎重に努力して 憧れた姫らしくあるように務めあげていた
だが、そんな彼女の周りにあるのは
表面的で心のこもらない臣下たちの態度
ふと見上げた先にある、嘲笑の視線
時折、耳に入ってしまう来客たちの侮蔑の言葉……
それらは、少女の心を 確実に蝕んでいった
魔王の部屋にこもりがちになり、魔王にくっついたまま
言葉少なに、すぐにうつむいてしまう。笑顔も、あまり見なくなった
そしてある晩、少女は魔王の胸に頭を預けて… ただ、泣き続けた
魔王はその涙を止める術を持たず、立ち尽くすしか出来なかった
初めて知った、無力感だった

154 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:40:53.54 ID:WWLfwMQc0
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魔王「…………」
少女「…………っく。ひっ………う…っ」
少女の涙が枯れるまで、魔王はただその胸を貸し続けた
何も与えることが出来ず、苦しい思いをした
泣き止んだ少女はゆっくりと涙をぬぐうと…ぽつりぽつりと言葉を漏らした
少女「……ね、おにいちゃん…」
魔王「なんだ?」
少女「……私、まだ頑張りが足りないのかな」
魔王「そんなことは…
少女「でも。いっぱい頑張ったけど……やっぱりお姫様なんかになれないよ。もう、これ以上どうしたらいいのかわかんないよ」
魔王「……」
少女「少し、疲れちゃった。やっぱり私には無理だったんじゃないかなぁ…」
魔王「…………」グッ

155 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:42:44.72 ID:WWLfwMQc0
この少女は 知識や知恵、物ーー そういったものを充分に身につけてきた
もう そういった“持っているもの”では幸せを売ってもらえないのだろうか
それとも、彼女は俺にたくさんの幸せを与えすぎて… 無くしてしまったのだろうか
魔王はうつむいたままの少女をみながら、そんな考えにしか至れない
本当にわからなかったのだ
魔王は生まれながらに 今の少女のいる環境に置かれていた
人々から向けられる視線の違いなど知らなかったし、そういうものだと思っていた
少女が生まれた環境も、育った環境も知らない魔王にとって…
何が、彼女をそこまで参らせているのか 知る由もなかったのだ
魔王(他に何か、こいつが持っていないものはないだろうか。彼女に必要なもの…)
与える者、与えられる者
魔王にとってこの世界は そういったものに過ぎなかった

156 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:43:31.52 ID:WWLfwMQc0
魔王「……そうだ」
少女「おにーちゃん…?」
魔王「お前が“公”の態度を身につけるように、俺も“私”の態度を身につけるように努力をしてやろう」
少女「おにいちゃんが…? そうすると、どうなるの?」
魔王「俺がお前にとって、より気安い態度となるかもしれぬ」
魔王「それに……忘れていたが。お前が俺の后ならば、俺はお前の伴侶なのだ」
少女「ハンリョ?」
魔王「仲間のことだ。共に努力をする者、婚姻相手… そういった者を示す」
少女「おにいちゃんが…仲間? 一緒に、頑張ってくれるの?」
魔王「ああ」

157 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:44:22.97 ID:WWLfwMQc0
少女のもたないもの、それは“仲間”だ
だからそれを与えようと思った
そうしてできることならば、また幸せを譲って欲しい
元のように……今までのように。
魔王(“仲間”を引き換えに、幸せと換えてくれるだろうか)
魔王(魔王に値段をつけるとしたら 相当なものだろう。まあ売れるようなものでもないし、買うようなヤツもいないだろうが)
魔王(これで買えない幸せならば、もはや諦めるしかないのかもしれない)
そう思いながら少女の反応を待つ
口数も減り、表情もうつむいていてわからない少女の様子を見るうちに、魔王は『不安』を感じるようになった
魔王(…ああ、そうか。“魔王”なんていう仲間は、いらないという可能性もあるな)
魔王(持っていなくとも、“欲しくないもの”もあるだろう…。 魔王だなどと、言われてみれば 俺自身でも願い下げのシロモノではないか)

158 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:44:50.40 ID:WWLfwMQc0
だとしたら、魔王には安い価値しかないのだろうか
魔王の価値とはなんだろう
少女は俺にどれほどの価値をつけるのだろうか
俺は、不要ではないだろうか。 入り用だとしても高価だろうか安価だろうか……
疑問は、湧き出す側から不安へと変わっていく
魔王(……そんなことはどうでもいい。俺は俺、魔王なのだから…)
そう自分に言い聞かせて、馴染みの無い“不安感”を払拭する
それなのに 少女の答えを促すのがためらわれるのは、何故なのだろう

159 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:46:37.82 ID:WWLfwMQc0
いつの間にか、少女は魔王の顔をじっと見つめていた
随分長く、思案にふけってしまっていたらしい
焦点が合うと、少女はいつか見た真剣なまなざしと同じ目をしているのに気付く
少女「おにいちゃんが… 一緒に がんばってくれる……」
魔王「………まあ、そういうことだが… …それでは駄目だろうか……」
生まれ持った筈の“威圧感”はどこへ消えてしまったのだろう
自分でも、その自信なさげに漏れ出た声に驚くほどだった
少女「私と一緒に、同じように? おにいちゃんは、公私を使い分ける必要はないんでしょ?」
魔王「…ああ。“私”など使う機会もない。だが…そうだな、おまえの前でだけ違う態度を取るというのでは納得できないだろうか…?」
少女「わ、私だけ…? ど、どんな態度になるの?」
魔王「……済まない。具体的になど想像はまだできぬ」
少女「えええ……それじゃわからないよぉ…」

160 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:47:39.01 ID:WWLfwMQc0
ガックリと肩を落としかけた少女を見て、慌てて言葉をつむぎだす
魔王「が、お前が俺を兄のように慕うのならば。俺をお前を妹のように慕おうと思う」
少女「!!」パァァ
眼を大きく見開いて、期待の表情を浮かべる少女
それを見て、また少し ほころぶ様な温かさを手に入れた
どうやら、“仲間”でも幸せを譲ってもらえるらしい
やはりこの少女は、幸福を失ってなどいなかったのだ。魔王は人知れず安堵した
少女「ね、じゃあ…! お前、じゃなくて。少女って呼んでみて! おにいちゃんみたいに!」
魔王「それくらいならば。……『少女』」
喜ぶならばと、たっぷりと情感をこめて 少女の名を呼んだ
少女「怖い」
魔王「」

161 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/21(水) 17:48:05.22 ID:WWLfwMQc0
含むべき情感を間違えたらしい
言われてみると、“威圧感”以外に言葉に乗せる物など知らなかった
溜息をつき、弁解を試みる
魔王「…これから努力する、と言ったのだ。そう簡単には身につくものではない」
少女「そっか… うん! そうだね! だから一緒に頑張るんだもんね!」
魔王「うむ」ポン
少女「ひゃ!?」
魔王「……」グッ…
少女「お、おにいちゃん? ……何してるの?」
魔王「…………」ナ、ナデ…
少女「おじいちゃんがよくやってる、乾布摩擦…?」
魔王「断じて違う」