Part30
791 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:37:20.89 ID:WNi40XMG0
令嬢「それは、よかった。どうぞ、まだあります。どうか遠慮なさらないで」
元・北国王「腹が減り、何も無いときに食うただのパンが… こんなにも旨いだなんて」
元・北国王「ワシは50年生きてきて、今まで何を食べてきたのだろうか」
令嬢「そこまでお腹がすいていらしたのですか…?」
元・北国王「ああ。昨夜などは もう、このままでは飢え死ぬかもしれぬと覚悟していた」
元・北国王「本当に助かった。そなたに出会えたこと、そなたの厚意には誠に感謝する」
令嬢「……私も… 」
令嬢「私も。私を必要としてくださる方がいて、とても嬉しく思います」
元・北国王「……? 妙な事をおっしゃるお嬢さんだ。それほどの美しさがあれば、誰からも引く手あまたに必要とされるだろうに」
令嬢「いいえ。私は役立たずの不出来な娘」
元・北国王「そのような謙遜は…」
令嬢「…本当なんですよ。ですから、役たたずと呼ばれた私を必要としてくれる人がいる、と思うと嬉しいのです」
令嬢「本当に嬉しいのですよ。ですのでどうぞ、私の好きにさせてくださいな、さあ、お召し上がりください」
元・北国王「あ、ああ…」
792 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:37:59.22 ID:WNi40XMG0
その後は、腹が膨れるほどに馳走になった
気がつけば当たりは暗く、森からは動物の鳴き声なども聞こえてきた
令嬢「今夜はここにお泊まり下さいませ」
娘か、下手をすれば孫ほどにも年の離れた美しい娘は、そう誘った
すっかり日が落ちると、令嬢は小さな暖炉に火をいれた
元・北国王「暖かいな……。暖炉の火など 昔は、ついていて当然だと思っていた」
元・北国王「これほどに暖かくしてくれるものだとも、知らなかった」
令嬢「ついていて当然、だなんて。暖炉の火の番は大変でしょうね。一日中、家にいなくてはならないのですから」クスクス
元・北国王「………」
火の番の苦労など考えたことも無かった
誰が火の番をしていたのかさえ預かり知らぬ
もしあの頃に戻れたならば、火の番を探して礼を言ってみたい
そんな思いに、駆られた
元・北国王「暖炉の火をみて、どうやら望郷の念が生まれたようだ」
793 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:38:37.57 ID:WNi40XMG0
令嬢「あなたさまは、寒い場所でお生まれに?」
元・北国王「ああ。……北国だ。とても寒いが、自然の豊かな良い国だった」
自らのものだった国を、そのように褒めた事がこれまで何度あっただろうか
いつだって民や兵士の数、あるいは財力で国を計っていた
元・北国王の言葉に、令嬢は穏かに「素敵。いつか行ってみたいものですね」と呟いた
その言葉は、“王”でなくなった今になって、自国を誇らしく思わせてくれた
そのせいか、元・北国王は 思いを馳せる自国の話をはじめた
元・北国王「北国では、寒いので年の半分以上を家屋の中で過ごす」
令嬢「まあ…… せっかくの自然があっても、それはそれで退屈そうですのね」
元・北国王「ああ、退屈だよ。美食も娯楽も…極めてしまえば退屈さ」
令嬢「皆様はどうやって時間を潰されているのですか?」
元・北国王「我が国は、冬季は本の国とも呼ばれる。皆が書き、皆が読む。そうして時間を費やす国だ」
令嬢「まあ… それは、本当に素敵…!」
794 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:39:05.48 ID:WNi40XMG0
元・北国王「? そなたは本が好きなのか」
令嬢「ええ! 私は記憶力だけが取り柄でして…他には何一つ、才能がありません」
令嬢「だから本を読み、話し聞かせるしかできません。ですが、それだけは得意で…大好きな事でもありますの」
元・北国王「本を読み、覚え、語る。素晴らしい才能だ」
令嬢「ですが読み聞かせなんて…」
元・北国王「どんな内容の書物でも、覚えていられるのかね?」
令嬢「ええ、文字であれば覚えていられます。本の名や著者名でも」
元・北国王「それは… 本当に稀有な才能だ」
令嬢「ふふ。よろしければ、夜語りなどもいかがです?」
元・北国王「なんと… ありがたい。では、何か 暖かく穏かな物語をお願いしよう」
令嬢「はい…!」
その晩は、ふたりとも夢中になって話を語り、物語に聞き入った
懐かしい童話などを聞いて、童心にかえってしまったようだった
795 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:39:35.32 ID:WNi40XMG0
朝になって、朝食を食べながら北国王は令嬢に提案した
元・北国王「……図書館を、創ろうか」
元・北国王「我が城は、まだ我が城だ。民からの視線を恐れ逃げ出してきた…。国は魔王に渡してしまったが…」
元・北国王「溢れんばかりの蔵書と広い部屋がたくさんある」
令嬢「え… 城…って…?」
元・北国王「ワシは国にかえり、城主ではなく、館主になろう。奪い、争ってきた日々を…与え、穏やかな日に代えてしまおう」
元・北国王「そなたのパンが、ワシに幸せを教えてくれた」
元・北国王「魔王のいった通り…長くこれを味わってみたくなってしまった…」
令嬢「あの、魔王様が…?」
令嬢が過去に謁見した魔王は、冷たい瞳の持ち主だった
期待させるだけ期待をさせて、掌を返したように“要らぬ”と言い捨てた
あの晩、父から受けた仕打ちはひどいもので…
それをきっかけに、家を出ることを考え始めるようになったのだ
796 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:40:02.20 ID:WNi40XMG0
令嬢(こんな家に生まれたのは私。それは仕方ないこと)
令嬢(だけどこの才能だけは、ちゃんとした場所で生かしてあげたい、と)
令嬢(このままここに埋もらせず、他の生き方があるんじゃないかとーー)
そうして数年、こっそりとお金をため、支度を整え、家を出た
家を出たのはもう何年前のことだったか
時々孤児院などへ行っては、子供達に読み聞かせをして喜ばれている
父親の元にいたときよりは、余程マシだった
それでも、これでいいのかどうか悩み…
ここ1年、この半端な町で暮らしながら考えていたのだ
元・北国王「どうだ。我が城へこないか。君はそこで司書になるがよい」
元・北国王「探す者には答え、悩むものに諭し、見えぬものには語り、読めぬものには教えるがよい」
令嬢「……私が…?」
元・北国王「うむ。我が国には 君のその才能を必要とする者が、多くいるだろう」
797 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:40:33.61 ID:WNi40XMG0
元・北国王「それに… もしもそんな生き方が出来るのであれば、ワシはまた、国に戻れる気がするのだ」
元・北国王「やはり… もう一度、あの国で生きていきたい」
元・北国王「どうだね… 来ては、くれぬか。ワシと共に、図書館を建ててみぬか」
元・北国王「そうして、たまにでよいから…ワシにパンを焼いてくれないかね?」
令嬢「……はいっ」
この幸福は、彼らが自分自身でつくりだしたものに違いは無い
だが、もしかしたら いつだか願った魔王の償いが、ようやく身を結んだのかもしれない
『幸福』
それは 湯の中でぷくりと生まれては水面へ浮上する水泡のように
どこからか、突然に生まれてくる
この世界の中では、今も、いつだって
突然どこかから湧き出た幸福を 味わっている者がいるのだろう
798 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:41:01.19 ID:WNi40XMG0
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魔王「は? 北国が… 『図書の国』として国を立て直す?」
侍女長「ええ。知識人の集う国になりましたので… 国としての在り方をかえるべきだ、と意見が出ています」
側仕「ふふ。北国と言えば、武器といさかいの耐えない国だったはずでは?」
侍女長「いまも、ある意味ではいさかいの耐えない国ですが…」
魔王「ある意味、とは?」
侍女長「春になると、賢人が熱弁を交わしては研究を競いあうようです。冬季の間に溜め込んだ知識をぶつけあいます」
魔王「ほう」
侍女長「そして、熱が過ぎると容赦なく追い出す司書がいるそうで……」
魔王「は?」
侍女長「それがまた、大層美しい娘だそうで。男たちは時に彼女を巡っても言い合いになるそうですよ」
799 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:42:01.61 ID:WNi40XMG0
魔王「ふん。図書の国が聞いて呆れるな。その司書も、もてはやされて いい気になってるのではーー…
侍女長「要らぬ、と。氷の目付きで一言だけ司書に呟かれるので、男性は恐怖し沈黙するようです」
魔王「……恐ろしいやつもいたものだな」
侍女長「魔王様が手本だそうですよ。一度謁見でお会いした事があるそうで」
魔王「 」
侍女長「就任以来、はじめてお返事をなさり ご対面した娘だとか」
魔王「ああ……思い出した。たしか、ちょっと興味をもってみようとか思った時期だった」
魔王「……それにしても… 何か間違ったものを与えたようだ」
側仕「断ることができぬものに、断ることを教え与えたのは間違いではありませんよ」クス
魔王「……ああ、そうだな」
魔王「そうか。あの娘も、今は賑やかな生活の中に身を置いているのかーー…」
こうして、魔王は順調に世界を治めていった
魔王の知らない場所でも幸福は生まれ、育っていく
そして、ついに大陸全土をその手中に入れ 安寧の元に収まった時…
最後の大仕事に、ついに着手した
800 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:42:29.92 ID:WNi40XMG0
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魔王「中央より北は治まった… この大陸は、これで全て」
魔王「これで、世界の半分だ」
后「うん」
亡霊兜『あとは南にある大陸だけですな』
侍女長「亜熱帯大陸の… 亜熱帯国」
魔王「ああ」
魔王「赤道より南…大海を隔てたその先。文化も世界も違う、交易すら未だない土地だ」
亡霊鎧『あちらは既に大陸をひとつにまとめた大きな国がありますぞ。容易にはいきませぬ』
青年「そうなの?」
侍女長「ええ。こことは別に… 人間なのですが、その統治の手法から『魔王』の別名を冠する 一人の王がいます」
侍女長「……彼は、きっと厄介でしょうね」
魔王「ああ」
801 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:42:57.50 ID:WNi40XMG0
后「ねえ、魔王…… 本当にそこまでするの? この大陸だけでもいいんじゃ…」
魔王「ここまで来て、ひきさがるわけにはいかない」
魔王「おまえが亡き後の“安心”は、この世界を引き換えにせねば手にはいらないようでな」
后「むー…」
魔王「世界を手にする。 ……手に入れるのも、守るのも 本当に命がけだ。人生を使い果たしそうだ」
魔王「心労も労働対価も、この魔王の生をもってしても なお厳しいというのに……」
魔王「そうまでしないと安心することができない。これはなんと難しい感情なのだろうな」
后「……普通の人は、そこまでしなくても そばにいるだけで安心できたりするんだけどなぁ?」
魔王「そうなのか? しかし、それでは 俺の生涯をかけてお前を幸せにするという誓いは中途半端にしかーー…
后「ま、まってまって! また魔王が止まらなくなっちゃうから ストーーップゥ!」
魔王「む。よいではないか、お前の一生は俺の愛情を受け取る為だけにあると思え」
后「 」
802 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:43:49.68 ID:WNi40XMG0
后「……はぁ、もう! やっぱり、魔王って魔王なんだなぁっておもうよー…」ハァ
魔王「そうか?」
后「うん(心の中にある闇が深すぎるもん、いろんな意味で)」
魔王「まあ、よい」
魔王「世界の半分は手に入れたのだ。残る半分もーー…」
魔王「全てを、手中に収めよう」
魔王「后の全て その魂までも」
后「……せ、せめて、私が『来世にどんな場所でどんな子として生まれても、ちゃんと生きていける世界を作るために』って言おうよー…?」
魔王「む。それはあくまで副効能だ」
后「そ、そうなの? でも、んー… いまのこの世界は、すごく好きだよ?」
魔王「そうか」
魔王と后が見詰め合っていると、背後から深すぎる溜息が聞こえてきた
803 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:44:16.24 ID:WNi40XMG0
青年「……はぁ。ったく、なんで郵便配達員だった俺がこんなことを…」
亡霊兜『みっともないですぞ、青年殿。仕方があるまい? 我輩に鍛えられて、強くなった甲斐があると考えなされ』
青年「でもさー…」
側仕「青年さん……っ 気をつけて行って下さいね?」
青年「うん、できるなら引き止めて欲しいんだよね」
側仕「魔王様を止められるわけないじゃないですか…」
侍女長「大丈夫ですよ、側仕。浮気などしないよう、きちんと見張っておきますから」
側仕「はい。よろしくおねがいしますね、侍女長さん…!!」
青年(俺、侍女長さんコワイから苦手なのにー…)
亡霊兜《我輩も、侍女長殿には頭が上がりませぬぞ》
804 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:44:46.59 ID:WNi40XMG0
后「お兄ちゃんと侍女長さんで、亜熱帯大陸への旅かー… どうなっちゃうのかなぁ」
魔王「さぁな。武術だけならば勇者のそれを身につけているのだから、適任だとは思うが」
側仕「魔王様…… 青年さんの供は、やっぱり私じゃ駄目ですか?」
魔王「侍女長は、あれで一応魔族だからな。人間のお前とは頑丈さが違うんだ」
魔王「知恵も回るし… 青年の代わりに、頭脳となってくれるだろう」
青年「俺のこと、筋肉バカみたいに言わないで?」
侍女長「必ず無事に亜熱帯国へ渡り、あちらの王へ謁見してまいります」ペコリ
魔王「ああ。期待しておこう。必ず戻れ」
青年「ったりめーだろ、ばーか! 町娘を残して俺は死なねーよ!」
侍女長「后様も、お身体にお気をつけて。どうぞ健やかな子をお産みくださいませ」
后「……えへへ。うんっ!!」
805 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:45:20.30 ID:WNi40XMG0
魔王「さあ。支度は、良いか」
青年「おう」
侍女長「はい。いってまいります、魔王様」
魔王「では、世界征服を始めよう」
魔王「残るこの世の半分を… 必ず、手に入れるのだ」
漆黒の瞳が、嗤っていた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おわり
806 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/25(水) 02:48:45.52 ID:GIH/EAPW0
本当におつかれ
まさかあの時の令嬢がでてくるとは思わなかった
807 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:56:54.37 ID:WNi40XMG0
完投ですので終了します
後日談までお読みくださり、ありがとうございました
808 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/25(水) 03:20:24.31 ID:vEvdBKCy0
乙……ああ…本当に終わっちゃったんだなぁ……なんかさみしい感じがするぜ……
810 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/25(水) 03:27:20.10 ID:RiHgEqpbo
お疲れ様!
綺麗にまとまってるしなんだかんだ殆どの人が救われてて気持ちいい終わり方だった
813 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/25(水) 03:55:33.39 ID:vfp9yWR6o
乙!
努力が正当に報われる世界ってのは見てて気持ちいいな
読後感が実に爽快だ
良い物読めた、ありがとう
814 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/25(水) 04:06:56.57 ID:7DiD1xbro
乙でした
素晴らしいハッピーエンドだった、それに尽きる
818 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/25(水) 09:35:48.30 ID:jYZ+RBgQ0
乙
ここ最近読んだssの中で一番面白かった
822 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/25(水) 11:49:43.81 ID:SYX6IC1/o
乙
今まで見た中でもトップクラスの面白さ
823 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/25(水) 13:01:12.90 ID:D3Ilod/0o
最大限に乙!
ハッピーエンドで本当に良かった!!