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魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」
Part3


75 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:42:07.96 ID:7GZzCymT0
魔王「……責めた訳では、ない」
少女「え……?」
魔王「追い払い、ここには立ち入りにくかっただろうに よく来てくれたと… そう、言いたかった」
少女「……怒らない…の?」
魔王「少なくとも今日は、歓迎しよう。待っていた」
少女「えっと…? あ、丁度いい叩き相手を探していたとか?」
魔王「その思考回路は、叩き直してやりたいものだな」
魔王「……しばらくの間、見なかった。何故 またここに来ようと思った」
少女「あ…しばらく熱がでて、動けなくて… パンも、買えなくて」
魔王「熱?」
少女「今日は少し体調もよかったから…急いでお金にするために、その…」
魔王「泉の冷たい水を浴びて、風邪をひいたんだな」

76 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:42:38.29 ID:7GZzCymT0
あの時にすぐ気づいていれば
全身に水をかぶるような無茶を諌めることもできたのかもしれないと思う
少女「ち、ちがうよ! 大丈夫、そりゃ冷たかったし熱は上がっちゃったけど…でもそれは泉の水を浴びたせいじゃないよ!」
魔王「違う?」
少女「…熱は、前から続いてたの」
魔王「それなのに、水浴びを?」
少女「近くに住んでるおじいちゃんが言うには…体調が悪いのは、背中の傷が膿んでいるせいだろうって」
少女「綺麗に洗って、冷やして…そうやってしておかないと もっともっとひどくなるって教えてくれたよ」
魔王「なるほど」
少女「それに、熱があって 喉が渇いていたから… 冷たい水も飲みたくて、我慢できなかったし」
少女「本当に助かったの。もっかいお礼を言おうと思ったら、帰っちゃう所だったから…今日は、会えて嬉しい!」
少女「あの時は、本当にありがとうございました!!」ペコリッ

77 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:43:36.86 ID:7GZzCymT0
隙を与えれば、つけこまれると思っていた
それでもいいと思った。つけこまれて、花を持ち帰るくらいなら構わぬと
だがこの少女は あたたかな謝辞で、与えた隙を満たして返してくる
比喩でしか表現できない心地よさがあった
魔王(少女との会話は気分がいい。ならば続けよう)
魔王「普段はどこの水をのんでいる」
少女「地面だよ」
魔王「………どういう意味だ?」
少女「地面に穴を掘っておくとね、雨が降って、そこに水がたまるんだよ!」
魔王「なんと」
貧しいということ
力がないということ
それだけで、そこまでの生活を強いられるのか

78 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:44:38.04 ID:7GZzCymT0
少女「綺麗に洗ったおかげでね、膿みが引いたの。おじいちゃんが言うには、次は食べて精をつけて直す番なんだって」
少女「でも、後で払うって言ってもパンを貰うことはできなくて…。それで、つい…ごめんなさい……」
魔王「……」
『配給品のパンを、買わされる』…彼女は それを当然だと思い込まされている
親切な老人もそれを教えてはいないのだろう。教えれば その老人が鞭を打たれるのは明白だ
不条理を抱かされ、疑問は奪われている この少女
聡明な頭を持っていても 判断に至るだけの知識は持たぬこの少女
野に咲く雑草を譲ってくれと
そのために、身を差し出すからと
それを当然のように 『生きる知恵』として身につけた少女……

79 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:45:07.17 ID:7GZzCymT0
魔王「……今日は、花を取りにきたのだったな」
少女「っ! その…ごめんなさい。でも、もしも譲ってくれるのなら…
魔王「また、叩かれるからと言うのだな」
少女「…それしか、払えるものがないから…」
少女は、申し訳なさそうに顔をうつむけた
魔王「……では、話し相手になってもらおう」
少女「はなし・・・あいて・・・?」
魔王「ああ。聞きたい事がある、答えてくれるのならば代わりに花を与えよう」
少女「聞きたいこと?」キョトン

80 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:45:36.59 ID:7GZzCymT0
魔王「………初めて会った時から、引っかかっていた疑問がようやくわかったのでな」
少女「?」
魔王「そこまでして、何故 お前は生きようとする?」
少女はまっすぐに俺の目を見つめた。だが、顔色を伺っているわけではない
『そんなあたりまえのことを聞くわけがないから』と、続きを話すのを待っているだけのようだった
魔王「……俺が聞きたいのは、それだけだが?」
少女「え」
魔王「答えがあるならば、答えよ。何故、生きようとする」
少女「え? えっと、それは… 生きたいから、かなぁ?」
魔王「生きたいのか」
少女「そりゃ、死にたくないです。生きたいです!」

81 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:46:36.66 ID:7GZzCymT0
魔王「何故だ。聞いた所、お前の現状にいいことなんて無いだろう。辛いことばかりだろう」
少女「……?」キョトン
魔王「違うのか」
少女「んっと… よくわかんないけど… 生きていれば、夢を見ることが出来るよ」
魔王「夢……? 夜に見る、あれか」
少女「ううん。起きてても夢を見るの。うーん… お金が無くても、辛くっても…楽しい事を考えていられるって事かなぁ。それは、生きているからだよ」
魔王「楽しい事……?」
少女「楽しい事とか、ないの?」
魔王「思いつかないな」
少女「あ、じゃあ 幸せなことは?」
魔王「ふむ。何を持って幸せと呼ぶかによるが…幸福の定義があるとすれば要件は満たすのではないだろうか」
少女「な、なにそれ??」
魔王「幸せとはなんだ」

82 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:47:42.08 ID:7GZzCymT0
少女「あ、知ってる。テツガクっていうんでしょ?」
魔王「つまり、お前も知らないのではないか…」
少女「むぅ。幸せなことも、楽しいこともいっぱい知ってるよ!!」
魔王「いっぱい…? 幸福とは質量の増えるものではなく、個体数として増加する物だったのか」
少女「さ、さっきから 何をいってるかわかんないけど…私はいっぱい思いつくよ?」
魔王「……では、そのいくつかを教えてみろ」
少女「んーっとねぇ…」
少女は思案する
目を閉じ、考え込むその側から微笑みを浮かべ…
想像のなかの幸福を、指折り数え始める
少女「おなかいっぱいなこと。自分のお部屋があること… あ、あと可愛いぬいぐるみ!」
少女「ぴかぴかのカガミに、あったかいお風呂でしょ。ふかふかのお布団に、キレーなお洋服も…」

83 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:48:12.28 ID:7GZzCymT0
それから、と 少女は自分の胸に手を当てて、愛おしむ様に言葉を並べ置いた
少女「やさしい、ぬくもり」
少女「あたたかな会話。愛しい想い」
少女「手を伸ばした先にある、人の気配…」
魔王「…………」
少女「えへへ…。溢れそうなほど、いっぱいあるよ! いくらでも、思いつくよ!」
魔王「そう、か」
照れくさそうに、でも誇らしげに笑う少女
魔王「そういうものを 楽しいとか幸せというのか。だが、それならばその殆どは俺も持っている。ぬいぐるみなどはないがな」
少女「あはは。あなたがぬいぐるみもってても、嬉しくなさそうだもんね!」
魔王「? ぬいぐるみは『楽しいもの』ではないのか」
少女「ヒトによって違うよ! 大事なのは、気持ちだもん!」
魔王「気持ち?」

84 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:48:45.06 ID:7GZzCymT0
少女「うん! 今私が言ったのは、私の好きなものだよ。持ってないものだらけ。憧れてるものや、欲しいものだよ!」
魔王「は? ……ではお前は、鏡が欲しかったりするのか?」
少女「私が憧れてるのは、ピッカピカのカガミだよ!」
魔王「どう違うのだ」
少女「えっとね。…えへへ。ひび割れて、顔が8つに見えたりしないやつ」
魔王「……ああ」
貧しい境遇では、鏡も贅沢品なのだろう
ピカピカの、という部分に重点を置く理由に 合点がいった
魔王「では、ふかふかの布団、というのも?」
少女「うん。麻布じゃなくて、ちゃんと中に 綿が入っているやつっていいなぁって思うよ!」
魔王「……では、あたたかい風呂というのは?」
少女「入ったコト無いから。きっと気持ちいいんだろうなーって、憧れてるの!」
魔王「…………」

85 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:49:39.64 ID:7GZzCymT0
かたや 君主
望んで手に入らぬ物などはない
面倒だからと、手に負えないからと すべてを『要らぬ』と断る『魔王』
かたや 貧民
与えられるべき物ですら奪われ、それを得るために また毟り取られる
憧れだから、幸せだからと 瑣末な物をも欲しがる『少女』
はじめから、理解などできるわけがなかったのだ
魔王「俺には、やはりわからぬものか」
少女「なんでわからないのか、わからないよぉ」
魔王「ではわかるまで、もうすこし話をしてくれないか」
少女「あ…。教えてあげたいけど… でも、お金を稼ぐのにお花を集めに行かなくちゃ…」
魔王「……そうか。そうだったな」

86 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:50:18.94 ID:7GZzCymT0
少女「お花…本当に貰っていってもいい? お話が足りないなら、パンを買った後に戻ってきても…」
魔王「まだ本調子ではないのだろう」
少女「え? あ、そう…だけど。でも」
魔王「良い」
少女「……ごめんね。やっぱり、話し相手なんかじゃ…」
魔王「……」
少女「私のこと、叩いていいんだよ。それでだめなら、1年後に身体でだけど…払いにくるよ」
魔王「…………」
どうしても、最後にはこうして後味が悪くなる
俺に何かを与えようとなど、これ以上 持たせようなどとしなくていいのに
どうすれば この少女は
ただ素直に与えさせてくれるのだろう

87 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:51:10.76 ID:7GZzCymT0
魔王(そうだ、ならばいっそのこと…)
魔力を練り、掌の上に靄の球体を生み出す
指を鳴らすと、靄はギュルリと凝縮し、その姿を変えた
少女「魔法!」
魔王「…魔術だ。これは胡蝶蘭の花だな。創り出した物だが本物と変わらない生花だ」
少女「綺麗…! すごいよ、こんなのみたことない!」
魔王「生花…というか、生物を創りだすのは俺の専売特許だ。見た事が無いのは当然で…
少女「ううん…魔法もすごいけど、こんなに白くて可愛いたくさんの花がついた枝、見たコト無い…! それに、すごくいい匂い!」
魔王「……」

88 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:51:51.70 ID:7GZzCymT0
誰もが俺の術を見れば 褒め称え、感嘆する。時には畏怖の対象にされることもある
成しあげた物を評価するよりも、成し遂げる様ばかり評価されてきた
魔王(それらしいポーズさえ取れれば、結果などどうでもよかった)
だが、この少女はその結果に魅了されている
そこかしこに咲くありふれた花を出さなくて良かったと思った
魔王(そうだ、ならばこんな花はどうだろうか…)
次いで、亜寒帯の国ではまず見ることの無いヒマワリの花を数本創りだす
少女は目をまん丸に見開いて、その大きな花に顔をつき合わせていた
少女「な、なにこのおおきな黄色い花!? 綺麗だけどおっきすぎる! 面白いー!!」
魔王「ヒマワリという。このあたりでは非常に珍しい、あたたかい場所で咲く花だ」
少女「すごい、すごいすごい! こんなにスゴイ事ができるのに、どうして楽しくないの?!」
魔王「さあ… なぜだろうな」
少女「本当に、どっちもすごく綺麗…!」

89 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:53:32.92 ID:7GZzCymT0
自分だけしか使えない術は、確かに『すごいもの』なのだろう
だが魔王にしてみれば、職務の一部にすぎない能力。日常の中にある、ありふれたつまらないものだった
目の前で喜ぶ少女を見て、魔王はそこで初めて
その術を使ったことに確かな達成感を覚えることができたのだ
魔王(やはり、純粋に“ただ与える”ということは気持ちのいいものなのだろうか)
魔王「その花を、持っていけ」
少女「え…」
魔王「どうした」
少女「こ、こんなに綺麗で立派な花…、とてもじゃないけど、支払いきれないよ」
魔王「ああ。これに価値をつけるとすれば、お前ではとても支払いきれないだろうな」
少女「う…」

90 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:54:11.52 ID:7GZzCymT0
魔王「だが、これは森の花ではない。俺がお前に与えるために創った花だ」
少女「…じゃあ、貰っていいの…? 代価は…?」
魔王「………」
魔王「『要らぬ』」 
少女「!」ガバッ!
魔王「っ」
突然、少女は抱きついてきた
抱きついたまま、ぴょんぴょんとその場で跳ねている
魔王「おい」
少女「〜〜〜〜〜っ嬉しい!!! ありがとう!!!」ニコッ
魔王「ーーっ」
喜ばれる 感謝される
心臓が 一瞬、おおきく揺れたのを感じた

91 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:54:38.71 ID:7GZzCymT0
要らぬ、といったはずなのに
いつものように、ただ断っただけのはずなのに
強張るでもなく
怒りと辱めに紅潮するでもなく
少女は 大きくひたすらな感謝をしてくれた
大きく手を振り続けながら、花を両手に抱えて森を去る少女を見送った
見送った後で、自分の胸に手を当てて考える
魔王(……これは どういう感情なのか…)
魔王(これが… 『楽しい』。 いや、『幸せ』? ……『嬉しい』? 嬉しいとはなんだ?)
魔王(???)
『要らぬ』と言ったのに、妙なものを貰った気がした
その日の夜は 自分の中にある初めての感情を整理しきれず、眠ることも出来なかった

92 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:56:32.19 ID:7GZzCymT0
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翌日、魔王はおとなしく城内に留まっていた
その後も何度か、少しを与えてはその後で『要らぬ』と言うのを繰り返してみた
だがその誰もが 魔王には結局他の何も差し出さぬまま
それぞれが出していた欲望をひっこめるだけ…… 魔王は興ざめしていた
要らぬ、と断る魔王に差し出されるのは
いつだって 相手が無理矢理にでも押し付けたいものばかりだったのだ
魔王(そうだ。どうでもいいものばかりなんだ…)
政治や 権力や 金や 名声
美酒も美女も いまさら欲しいだなどと思わない
そんなものは全て もう、持っている
持っているものばかり渡されても それは要らぬのも道理
魔王(なるほど。つまり、持っていないのか)
おまえらは持っていないのだ 俺の持っていないものを
だからきっと 俺はお前らから なにも欲しがろうと思えないのだろう

93 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:57:24.43 ID:7GZzCymT0
その結論が出たとき、俺はどんな顔をしたのだろうか
それまで饒舌に 大振りな仕草で話をしていた謁見希望者が、動きを止めた
「魔王…様……」
嘲笑。おそらくそんな所だろう
俺は周囲の人間と、そして自分自身に対して 嘲笑を浮かべていた
確かに、持っていない
割れて顔が8つに映るような『不思議な鏡』も
“布団”の役割をおしつけられた『道化のような麻布』も
あたたかい湯船を『知らぬ自分』も
魔王の持っていないものを あの少女は持っている
彼女の住む世界で、彼女から見る景色を 魔王は知らない
魔王は 彼女を知らない
魔王(それならば まず俺が望むのは……)

94 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:58:17.72 ID:7GZzCymT0
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夜明けの薄闇にまぎれ、町の近くにまで足を伸ばした
花摘みをするのならば、朝露のある時間に近くの街道にいるはず
そう思い、危険を省みずに少女を探した
朝日がすっかり昇りきり、誰かに見つかる前に帰ろうと思ったその時
少女が困った様子で歩いてくるのを見つけた
その手には、割れたワインの瓶が握られている
魔王「少女」
少女「!」
人差し指を口元に寄せ、人気の少なそうな茂みに誘う
林にしては少し深い場所まで来ると、少女は小さく口を開いた
少女「び、びっくりしたぁ。こんなところで何をしているの?」

95 : ◆OkIOr5cb.o :2015/01/19(月) 01:58:48.18 ID:7GZzCymT0
魔王「お前こそ、それをどうするつもりなのだ」
少女「あ うん。これに一杯の、綺麗な水をどこかで汲めないかと思って…」
魔王「瓶の先端が割れているな。呑むつもりならば、危ない」
少女「あはは。これは呑むんじゃないよ。お花を活けるのに使おうと思ってるの」
魔王「花を?」
少女「えへへ… こないだ貰ったお花。すごく高く売れたよ。だから一本づつ、売らずにとってあるの」
魔王「そうであったか」
少女「でも、泥水じゃあんなに綺麗なお花が かわいそうだから…綺麗なお水を汲んであげたいなぁって」
魔王「……妙な話だな」
少女「みょう?」