Part29
775 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:23:40.94 ID:WNi40XMG0
北国王「く、国など… 命と生活の保障にすぎぬ!」
北国王「城も財も残していただけるのであれば、すべてやろう!!」
北国王「こ、こ、こ… こんな馬鹿馬鹿しい戦争に巻き込まれるのはゴメンだ!!!」
魔王はその男の言葉を聞き、満足そうにさらに目を細めた
部屋の隅にいた侍女長が書類をそろえ、町娘に手渡す
町娘はその書類を持って、北国王の下へ進む
うやうやしく、落ち度のない礼儀作法をもって、北国王へと書類を差し出した
北国王は、たかが侍女と侮ったのだろうか
それとも慇懃無礼と感じたのだろうか
やつあたりをするように、町娘の手を 書類ごと打ち払おうと手を上げーー…
シュピンッ!
側仕「…………」
レイピアの収められた鞘で、制止させられた
北国王「な・・・ な…!?」
776 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:24:09.01 ID:WNi40XMG0
抜き取った動きすら見えなかった
気がつけば、振り上げた手を降ろす間もなく、レイピアに阻害されていた
侍女服を着たその娘は、一見はただのかよわき娘にしかみえない
北国王は 彼女だけが唯一“長手袋”を嵌めている事に気づかなかったのだろうか
気付いたとしても、知ることではなかっただろうが
魔王(ふむ。……さすが、伝説の勇者と共に生きた騎士甲冑。その動きはやはり確かだ)
銀色の腕が丁寧な所作で鞘を収めると、側仕は深々と頭を下げた
側仕「申し訳ございません。ですが魔王様の御前です。あまり不躾な振る舞いをなさいませぬよう、お願い申し上げます」
北国王「〜〜〜〜〜〜〜〜……っ」
北国王は、混乱につぐ混乱に言葉をなくしていた
そんな惨めな王に、魔王は言葉をかけた
777 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:24:34.79 ID:WNi40XMG0
魔王「安寧を選んでよかったと、お前は必ず思うだろう」
北国王「……は?」
魔王「失くすことで気付く物がある。気付いて手に入る物がある」
魔王「もしも幸福を手にいれたならば、思うはずだ」
魔王「少しでもながく、その幸福を味わいたい、と」
魔王「つまらぬものに縛られた人生よりも…… 価値のある生き方が、見つかるだろう」
呆けた顔の北国王を横目に、別の王が口を開く
東国王「……わしは、国を捨てることは出来ぬ」
東国王「王として、国もろとも滅びようとも。最期まで我が国を守らせてもらいたい…」
魔王「ほう。おまえは国を選ぶか。国のために生きると?」
東国王「うむ…。我が国には守るべき民がいる。守るべき土地がある」
東国王「誰かにゆだねては… 我が人生、悔いに満ちてしまうだろう」
魔王「……俺と同じだな」
東国王「何?」
778 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:25:02.81 ID:WNi40XMG0
魔王「東国王。ならば我が国と同盟を結べ。同じ道を歩む者として、この手を取り合おう」
東国王「なっ!? せ、戦争ではなく… 同盟だと!?」
魔王「東国内の統治のため、魔国は必要な支援をしよう。姉妹国として、我が傘下に入るが良い」
東国王「な… 魔国が… 支援を?」
魔王「金も出すが、悪しき政治や治安があれば 口も同様に出させてもらう。如何か」
東国王「……く、詳しくお聞かせ願いたい!!」
魔王「ああ。……侍女長」
侍女長「はい。それでは東国王様、こちらへ。書面にてご説明の準備がございます」
東国王「ま、魔国の支援だと…? これならば夢であった山地への食糧輸送の問題解決も…」ブツブツ
東国王が部屋から出て行くのを見届けると、
呆けていたはずの北国王が顔を真っ赤に染めて叫びだした
北国王「どういうことだぁぁ!? 話が違うではないかぁぁ!」
魔王「違う?」
779 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:25:33.29 ID:WNi40XMG0
北国王「自分が死ぬか、国を棄てるかという話だったのではないのか!?」
魔王「そうは言っていない。俺は最初から『王に問う』と言っている」
北国王「な、何をわからんことを…!!」
魔王「個としてのおまえたちに興味などない」
魔王「王とは国の意思だ。そして国とは民の集合体である。王とは民の総意であるべきだ」
魔王「東国王は民の為に生きる。民に生を預け、民の幸福を自らの幸福とする事だろう」
北国王「〜〜〜〜っ!!」
南国王「……ちっ。引き換え事ばかりの魔王というのは、真実であったか」
魔王「そのような呼び名があったとは初耳。だが、確かに事実だな」
魔王「さて… 隣国、北国、東国と話は済んだ。あとは南国王のみだ」
魔王「おまえは… どちらを選ぶ?」
南国王「選ぶまでも無い。東国王と同じ意見だ」
魔王「ほう」
南国王「だが… この同盟、結ぶ前に確認せねばならぬことがある」
魔王「なんだ」
780 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:26:22.00 ID:WNi40XMG0
南国王「魔王殿の、目的だ」
魔王「……ふ。もっともだな」
魔王「どうやら、おまえがこの4国の中では最も賢王だったようだ」
魔王「だが安心しろ。世界中に目を行き届かせたいだけ…… 世界の隅まで、全てを愛そうと思ってな」
南国王「あ、愛だと?? ふざけてるのか? 魔王が愛を語るだなどと、これまでを思えば正気の沙汰とは思えない!!」
南国王「もしや、ご乱心なのか!?」
魔王「 」
側仕(……毎日のように愛を語らうのを、これでおやめになってくれればいいのですが)ハァ
側仕は丁寧に、世界征服で実現させようとしている『世界の在り方』を説明した
その甲斐あって、南国王は目的については納得したらしい
南国王「なんととっぴな…。ですが魔王殿ならば実現できそうにも思うのが恐ろしい」
魔王「実現してみせよう。俺の生きているうちに、な」
781 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:30:48.66 ID:WNi40XMG0
南国王「……では、よければもうひとつ。今度は、個として魔王殿に問いたい」
魔王「なんだ?」
南国王「……引き換え事ばかりの魔王、なのだろう」
魔王「ふむ。それが?」
南国王「お主はこの世界制覇を、何と引き換えて実現させるおつもりなのだ」
南国王「……一体、どれほどのものを犠牲に、この世界を得ようとしている…?」
魔王「そう、だな……」
魔王「俺は『魔王』を引き換えるのだろうな」
南国王「…『魔王』を…? それは一体」
魔王「代々引き継がれし、伝説に至るまでの『忌々しきその在り方』をーー」
魔王「理想郷の実現と、引き換えるのだ」
782 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:31:17.70 ID:WNi40XMG0
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それからさらに数年が経過した
民に慕われ、民に生かされる王もいれば
国を手放し、新たな生を歩みだした者もいた
栄華を極めた後に地に落とされた者は、はじめは荒れ狂っていたが
絶対的な恐怖に睨みつけられてる内に、その猛りを鎮めた
貧しき土地で、貧しく生きる者は 新しい可能性を得た
これまでの“最下層”には準備期間や支度金、医療などの援助が行われ、“底上げ”された
様々な人間が、様々な道を歩き出す
だが、確実に世界は活気付き、まとまりを得ていった
魔王がまず着手したのが、大陸全土を横断する大規模な交易路工事だった
それぞれの住処や、住みたい場所に一番近い場所で労働に貢献する事で
労働の“時間”“貢献度”で評価され
その対価に食と医療、必要があれば居住地の保障がされる
最初のうちは魔王城から派遣された物がその指揮に当たっていた
だが、次第に“指揮役”も貢献者の中から選ばれるようになっていった
大抜擢を夢見て仕事に励む者もいれば
農村の休耕期だけの出稼ぎに来る者もいた
783 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:31:46.42 ID:WNi40XMG0
男性だけではなく、女性や老人、体力の無い者や子供にも機会は与えられる
食と医療を保障するための働き手だ
そこでは多くの出逢いも生まれた
人々は新たな仲間や恋人のために、仕事の無い時でも時間を作るようになった
多くの民が、各地を移動した
人が動けば金が動く。金が動けば、人も動く
食料品店、宿屋、酒場
衣料品店、道具屋、娯楽場
それらの客足も増えていく
富を得れば、贅も求められる
世界中の様々な職に、仕事の依頼が入るようになり職人たちが活気を取り戻す
良いものを作れば、良い値で売れるようになった
多くの人間が忙しく動き回る地帯では
安価で手早く大量に用意される商品も人気を得た
技術力を持たずとも、知恵を働かせることで成功するヒトも現れ始める
財源は、同盟各国の税収の一部を転用することとなった
最初の数年のうちは、魔国の財を利用して工事を行った
だが、それによって経済が活性化し増えた税収については、
各国で予算を組ませ 必要分を残して全てを回収する取り決めになっていた
それでも、各国は動かせる金が増えた
渡した金もまた、全てが“魔王の理想の為に”世界にばら撒かれていく
784 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:32:17.53 ID:WNi40XMG0
いつか、勇者と魔王が実現させた『和平』
全員を平等にすることで叶えようとした『平和』
それは、長い年月を経て
『絶対的な不平等』の前に ようやく叶いつつある
ただひとりの『独裁』によって
この世界はようやくまとまりをみせていく
貧しき者の生活を、必要以上に憐れむことも無い
「我が后は、今のお前たちよりも貧しき中に生き抜いた」
富んだ者の生活を、必要以上に崇めへつらうことも無い
「我が財は、今のお前たちでは手も届くまい」
だからーー
「そんなものには興味は無い」
「望むのならば、叶うと知れ」
「驕るのならば、立場を知れ」
785 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:32:43.40 ID:WNi40XMG0
複雑なルールなどない
ただ、悪事も 善行も 相応のものと引き換えられる世界
それは決して“平等な世界”ではない
絶対の権力に踊らされるだけの世界
「貧しければ、望みをもつようになるだろう?」
「富を得れば、その価値を考えるようになるだろう?」
彼は、彼の目的のためだけにこの世界を支配する
小さな女神のささやきを聞きながら
決して違えることなく、その道を進み続ける
ただ一人の幸福の為だけに
この世界を『安寧』という名の支配の下に従えるーー……
「欲せ。失くせ。知れ。進め。誤まれ。挑め」
「全ての機会を、我が与えよう」
強欲に、我侭に
恐怖の代わりに、幸福を支配していく
786 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:33:54.46 ID:WNi40XMG0
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ところかわって、ここはとある南国の町
交易路からはすこし離れた、穏かな農村地区だ
魔王が“幸福を支配”しようとしている頃、
自らの力で自らの幸福を作り出そうとする者もいた
慰めを必要とする者
同類を必要とする者
それぞれは引き寄せあい、傷を舐めあい、癒されていく
ここはそんな半端者が暮らす町
いつしかそのような者ばかりが集まるようになった町
生きる道を見失い、立ち止まったまま、進むことも出来ない者が暮らす町だ
南国王はこの町について、最低限の関与しかしない
自然災害の後の支援
年に4度の商人の派遣
この町の住人は
普段は、豊かな森の中で川魚や動物を捕らえ、木の実や植物を食べている
衣類や調味料、道具などは 派遣される商人から物々交換で手に入れる
耕すこともしなければ、学ぶこともしない
ただ、漠然と生きていくためだけの町
そんな町に、流れ流れて辿り着いたのはこの男だった
787 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:34:54.90 ID:WNi40XMG0
元・北国王「…町… 町だ… これで… ようやく、食事が……」
自国を魔王に委ねた後、北国王は城にもどって残された財で生活をしていた
だが、政治の実権は魔王の派遣した魔国の臣下が握っている
城に閉じこもり、民の信頼も失くし、残った財を目減りさせていくにつれ
自らの境遇の惨めさに耐えられなくなった
恥ずかしさを覚えた
驕り高ぶっていた自分の滑稽さに気付いた
自分の価値を、見誤っていたことに気付いてしまった
そして北国王は逃げ出した
誰も彼のことを知らない場所に行きたいとーー こんな場所まで流れてきた
王族ゆえの無知
それまで身体ひとつで旅に出ることなどありえなかった
だから彼のそれまでの旅は、とても辛く険しいものとなっていたのだ
令嬢「……あら? …まあ。どうかなさいましたか」
そんな彼に声をかけてきたのは、こんな町には不釣合いな容姿をした美しい娘だった
彼女は地べたに座り込んでいる元北国王の下へ近寄ってきた
788 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:35:27.29 ID:WNi40XMG0
長くしなやかに、腰まで伸びた金糸のような頭髪をスルリと落とし
座り込む北国王よりもさらに目線を低くしてから、体調などを気遣った
礼儀正しい所作。
そして相手を敬い、自らをへりくだる言葉遣い
その令嬢の行動に、元北国王は “王”であった頃を思い出し、動揺する
元・北国王「お、おまえは… 何者だ!? 何故、こんな… っ! もしやワシの事を知っているのか!?」
令嬢「え…。 いいえ、申し訳ございません。…あいにく、存じ上げておりません」
元・北国王「な… ならば、何故そのように畏まった物言いをする?」
令嬢「これは…。幼き頃より、父に躾けられた習慣でございます」
令嬢「『女たるもの常に控えて。男を立て、敬い、従え』と……。父の元を離れてもなお、この習慣だけは癖になっていて抜けないのです」
元・北国王「……そう、であったか」
令嬢「あなたは… どこかで名のあるお方でいらっしゃるのでしょうか?」
元・北国王「………」
元・北国王は、自らをどう名乗るべきかわからなかった
王ではない自分は、一体何者なのだろうか
仕方なく、『国を棄てた流れ者』とだけ説明をした
789 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:36:24.13 ID:WNi40XMG0
令嬢「そうでいらっしゃいましたか。……では、私と同じですね」ニコリ
元・北国王「な、なにがだ?」
令嬢「私も…… 家を棄て、国を棄てた身ですから」
元・北国王「そのような若い身で…… 一体何が……?」
美しすぎて、場違いなその令嬢
このような田舎村にあってなお、気品を醸し出している
その過去を問うてみたいと元・北国王は誘惑されたが……
グギュル、と。
あまりにはっきりと鳴ってしまった腹の音に邪魔をされた
元・北国王「こ、こ これはその。先ほどから何か良い匂いがして…!!」
令嬢「良い匂い、ですか?」
元・北国王「あ、ああ。久しぶりだ。これは…パンの焼ける香だろうか」
元・北国王「なんと暖かそうな。なんと美味そうな匂いだ」
令嬢「ふふ。そこまで仰っていただけるのでしたら、ご一緒に焼きたてのパンはいかがです?」
元・北国王「!! そ、そちの焼くものであったか! だがワシはねだるつもりなどでは決して……!」
790 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/25(水) 02:36:51.33 ID:WNi40XMG0
グゥ、グギュルゥ
元・北国王「………」
令嬢「どうぞ、おいでくださいませ。狭い家ですが、暖かなミルクもいれましょう」
元・北国王「いいのか…?」
令嬢のあとをついて、小さな丸太小屋に入る
同じく木製のテーブルと椅子に案内されて腰かけると
少しの後に 焼きたてパンとミルクが並べられた
令嬢「どうぞ。私の手作りで、少し形もくずれていますが」
元・北国王「いや… とても、美味そうだ…」
まだ湯気の出そうなパンは、芳醇な香を放っている
出てくる唾を飲み干して、パンを手に取り 大きく口を開けて齧りついた
モグモグ…
令嬢「いかがです?」
元・北国王「……旨い」