Part26
697 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:05:52.44 ID:JceRb9if0
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静かに家を出た
部屋の中では、小さな声で二人が会話を続けているのが聞こえてしまう
薄い壁をいいことに、聞き耳を立ててしまうのは憚られる
家の裏手にまわると
薪とも枯れ枝ともいえないハンパな太さの枝が積み重ねられている場所があった
その前で、少女は座り込んだ
指先で、その木を弄りながら… ポツリポツリと話し出す
少女「おにいちゃんは、いっつも牢屋に入れられてたんだ…」
少女「あのね。魔王にあったあの時も、おにいちゃんは牢屋の中にいたんだよ」
魔王「ほう」
少女「いつもなかなか帰って来れなくて 帰ってきても、仕事ばっかりで。何日も何日も留守にして…」
少女「お金をもってかえってきても、全部ためて…」
少女「お金がたまると、それを持って見世物小屋へいったり、医術者をさがしたりしてたんだよ」
少女「捕まえられると 牢屋に入る時に、お金は憲兵に取られちゃうけど…。 それでお金がなくなると、また…」
698 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:06:18.89 ID:JceRb9if0
魔王「……それでおまえはあの時、俺についてくる時 兄がいるにも関わらず躊躇しなかったのか」
少女「うん…。えへへ…魔王にお礼、したかったし!」
少女「それに、そんなに長いこと居ることになるって思ってなかったし!」
魔王「……后にすると行って、連れ帰ったのだが」
少女「えへへ! 本気で后にするつもりだなんて、魔王城にいくまでおもってなかったもん!!」
魔王「 」
嫁にするつもりでいたのは、自分だけだったという事実
なぁなぁで、后というものを受け入れてしまうところだった少女
魔王(……姫にあこがれたり… 俺を兄と呼んだり…。后になったつもりがなかったからだったのか……)
人知れず、どん底にまで落ち込む
699 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:07:05.17 ID:JceRb9if0
少女「ねえ魔王。魔王と離れてから… いつもおもってたこと、いってもいい?」
魔王「なんだ」
少女「あのね…。魔王が… 前に、私に『幸せを売ってくれ』っていったの。覚えてる?」
魔王「ああ。……今でも そう願っている」
少女「えへへ…。 売ったりは、できないけど。でも、あげたいな。私も、いっぱい魔王に幸せもらったから」
魔王「?」
少女「魔王と… 別れてから。魔王がいなくって、おにいちゃんも厳しくって… 魔王だけが……私のこと、ずっと助けてくれてたんだよ」
魔王「……連絡の一本も、しなかったが」
少女「えへへ… 顔。思い出してたの」
魔王「顔? 俺のか」
少女「うん。前に私が 無理をして泣いてた時に… すごく悲しい顔してた時の、魔王」
魔王「……悲しい顔…?」
魔王も、このしばらくの間 少女のそういう顔を思うことはあった
だがそれらの顔が脳裏に浮かぶたび、心が苦しくなった事を思い出す
離れている間、この少女の胸中では 俺が少女を責めていたのだろうかーー
700 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:07:59.27 ID:JceRb9if0
少女「辛そうだった。魔王はそんな顔しなくていいのにって、思ったよ」
少女「……してほしくないなって、思った」
少女「魔王は、私が辛いと 慌てたり悲しんだりする。 ……そんな顔してほしくないのに」
魔王「……すまない。自覚がなかった」
少女「えへへ」
魔王「少女?」
少女「でもそれって 私のこと…… すっごくすっごく、大切にしてくれてたからなんだって気付いたんだぁ」
魔王「少女……」
少女「辛くなった時に思い出す魔王の顔は、いつもそんな顔で」
少女「辛いの無理してるから、魔王までそんな顔になるんだって、気付いて…」
少女「それで、自分は大切にしなくちゃダメなんだって知ったんだよ! 叩かれたりしちゃだめなんだって!」
少女「だから、魔王と離れてるとき 辛くて休みたい時は 『魔王が悲しむから休む!』って、休むイイワケにして休んだりしてたよー! あはは!」
魔王「……あたりまえだ。辛いならば休むべきだ」
少女「あたりまえかもしれないけど… そんなあたりまえ、知らなかったから」ニコ
701 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:08:27.67 ID:JceRb9if0
少女「……ありがと。魔王 いっぱい、幸せをくれて。助けてくれて」
魔王「……何をしたわけではない。礼を言われる筋は……
少女「誰かを大切にしたい、幸せにしてあげたいっていう優しい思いは、それだけで、自分も相手も幸せにしてくれる。助けてくれるんだよ」ニッコリ
魔王「………思い…か」
少女「えへへ。魔王と離れてから そう気付いて。すごく…楽になったよ」
少女「いつだってどんなときだって、がんばんなきゃいけないって思ってた」
少女「それがあたりまえで、それがいいことだと思ってたんだよ」
少女「たくさん楽しいこと考えて…幸せなことばっかりかんがえて。辛いこと忘れてがんばろうって思ってたよ」
少女「……それがあたりまえだと思ってんだよ? 魔王と会うまでは。魔王と別れてみるまでは」
魔王「……失くしてみて気付くものは、いろいろあるのだな」
少女「?」
魔王「いや、気にするな」
702 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:08:56.44 ID:JceRb9if0
少女は陽気に立ち上がり、細めの枝を手にしてくるくると回りだす
無邪気で明るい様子は変わらない
少女「えへへ。『あんなにがんばんなくてよかったのかー!」って 今はちょびっと後悔ー!」
ずっと… ずっと求めていた
少女といる間の、この穏かな陽だまりのような時間
風が吹いても、どこか暖かなぬくもりがある
冷たく感じるその次の瞬間には、突然に日差しを浴びるような
そんな優しい思いと、言葉の問答が 心地いいのだ
魔王「……お前が無理をして頑張っていたおかげで… 俺は救われた」
少女「へ?」
魔王「ただの現実逃避だったなんて思わなかった」
魔王「ただ、たくさん幸せなことや楽しいことを考えつくお前をみて、羨ましさを覚えた」
魔王「だからこそ、俺もそういった喜びを欲した。そして求めて…… 生きる意味を手に入れた」
少女「魔王?」
703 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:09:25.65 ID:JceRb9if0
魔王「……俺の人生を、救ったのだ。並大抵の苦労でできることじゃない」
魔王「お前が今まで辛かったのは、俺の為だったと思っていい」
少女「えへへ…… なーに? それー… 」
魔王「頑張った事を後悔するな。自分の為にはならずとも、どこかの誰かの為になることもある、ということだ」
少女「…っ」
魔王「思い改めたからといって… これまでの事が無駄になるわけではない」
少女「〜〜〜〜〜〜〜〜っ 魔王っ!」
少女が、抱きついてくる
体重を、身を預けて 魔王に寄りかかる
魔王「……久しぶりの重みを感じる。暖かい」
少女「うっ、うん…… 久しぶり、だよ…っ!」
少女「一緒にいた時間なんて、ほんとに少しだったのに」
少女「別れてからの時間は…長くて…… ずっと…… もっと一人になっちゃった気がして、寂しくて、つらくって……っ」
魔王「……そうか。長かった、か」
少女「魔王は… 長く、なかった? あっというまだった…?」
705 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:11:54.11 ID:JceRb9if0
魔王「……俺は あの日から『終わらない一日』をすごしている気分だった」
少女「終わらない… 一日?」
魔王「いろいろなことがあって…… 忙しなく過ごす日も多かった」
魔王「いつだって、考えてばかりで。気がつくと時間ばかりすぎていく。それでも、終わらない1日の中にいるような… そんな気がしていた」
少女「魔王……?」
魔王「そんなに……長く感じているなんて。寂しがっているだなんて、思わなかった」
少女「すごく… すっごく 寂しかったよぉ……っ!!」
変わらない日々の中で ”変われない時間を”すごしていた少女
毎日毎日、楽しい事も無い日々
変わり映えのしない日々を、ただ憂鬱な出来事ばかりが続く日々は、どれほどの長さに感じるのだろう
変わってしまった時間を、“次々に変えさせられる時間”をすごしていた魔王
次から次に、周りの出来事が変わっていく
ただ、静かに想いつづけていたかったのに、それもできないもどかしい時間は、どのような時間だろう
そこには、どれだけの感覚の差があるのだろうか
706 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:13:36.87 ID:JceRb9if0
抱きとめたまま、その暖かさを味わっていた
失われていた時間を、こうしていれば取り戻せるような気がした
その時、ふと声が響いてきた
<……おーい… 少女…!
少女「……あ…。 お兄ちゃんがよんでる…」
魔王「話がおちついたのだろう。戻るとしよう」
少女「えへへ…」
少女「ほんとに、一緒にいれば…… あっという間に時間が過ぎちゃうんだね」
魔王「ふむ。……一緒にいる間は、俺には永遠のようにも感じるが」
少女「えへへ。へんなの」
魔王「ああ。……へんだな」
こんな気持ちになるのは
変だとしか、他にいいようがない
離れるのを惜しむように、一度強く魔王を抱きしめてから
少女は そっと離れていった
少女「行こう、魔王!」
魔王「ああ」
必ず、連れ帰る。これからはーー
魔王「共に行こう」
707 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:14:05.83 ID:JceRb9if0
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部屋に戻る
今度こそ、4人とも冷静に話が出来るだろう
どこか落ち着きの無い青年と
ちいさな満足感を愛おしみ、お互いに気恥ずかしそうに笑い合う少女と町娘
魔王(俺は… どんな顔をしているのだろうか)
青年「えっと…。その。話は、整理がついた」
魔王「………」
青年「町娘は、その。あんたたちへの恩義ってやつを感じてるみたいだし。それに…ここにいたら、俺に迷惑がかかるからって、言うこと聞きやしねぇ」
町娘「頑固みたいにいわないでください。最善を考えてみた結果です」
青年「……と、まあこんな調子だ」
魔王「ふむ」
青年「だから、やっぱり改めてお願いしたい」
青年「こいつを・・・ 俺に、譲ってくれ。こいつの帰る場所を、俺から取らないでくれ」
708 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:14:31.28 ID:JceRb9if0
青年「……それしか、こいつに『俺の側にいるしかない』って思わせるやりかたが思いつかない」
魔王「…………居場所、か。 確かにそれは まるで所有者を表すようにも感じる」
青年「隣国の、それも魔王んとこにいる、なんて。下心が無くたって、気が気じゃねぇ」
魔王「ふ。俺も 少女をこの家に置いておくのは気が気じゃなかったな」
青年「……っち」
魔王「おい、青年」
青年「え、あ あ…。 な、なんだ」
魔王「引き換えないか」
青年「………今度は、何を…」
魔王「お前の妹と。俺の側仕えを、引き換えないかと言っている」
青年「!!」
少女「魔王?」
町娘「え…」
709 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:14:58.80 ID:JceRb9if0
魔王「俺は、お前が喉から手のでる程に欲しいものを持っている。そしてお前もまたーー
青年「…あんた、本気で言っているのか…?」
魔王「……ああ」
魔王「お前の願いが叶わぬ限り、少女は手に入らないそうだしな」
魔王「少女が手に入らない限り… 俺は、少女と同じ影を持つ町娘を手放せないだろう」
魔王「引き換えでもしない限り、どちらも叶わない」
青年「な、なんだよ それ…。 そんな、まだこいつをモノみたいに…」
魔王「意外だな。お前の口からそのような言葉が出るとは。少女をモノのように扱っていたようだが」
青年「っ」
魔王「だが構わぬ。俺は魔王だ。人身売買だろうが人身御供だろうが気にしない」
魔王「どんな手をつかってでも。 少女が、欲しくてたまらないんだ」
青年「魔王… おまえ…」
710 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:15:43.50 ID:JceRb9if0
少女「……えっと。ちょ、ちょっといい?」
町娘「……あの。よければ、私も一言」
魔王「なんだ。今はお前の兄と交渉中だ、大事な商談でもあるのでしばらく向こうでーー」
町娘「魔王様、それはおかしいです。少女ちゃんは当事者なんですよ? 私も、ですが」
魔王「む。 わかってはいる、だがお互いに所有者なのだから、交換をーー」
少女「私は、おにいちゃんのものじゃないよ!」
町娘「私は魔王様のものなので、文句を言えませんね」
青年「あああっ 町娘の発言がキツい!」
魔王「……なんだというのだ…」
711 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:16:09.41 ID:JceRb9if0
少女「魔王! こういうのはね おにいちゃんじゃなくて、まず私に言ってほしいよ!」
魔王「何故だ。こいつが妹と引き換えに、恋人を買い戻せばいいだけではないか」
少女「ようやく正気を取り戻した この非道を極めかけてたおにいちゃんが、その恋人を前にして私の顔色を伺ってるのって いたたまれないよ!」
青年「い、いや!? 俺はそんなことはないぞ!?」
少女「おにいちゃん!! 顔に
『魔王のことが好きならいっちまえ、いけ! いけ少女!! いやでも少女が嫌がってたらどうしよう、どうしよう、あああ』
……って書いてあるよ!!」
青年「嘘だろ!? そんなにはっきり書いてある!?」
町娘「……青年さん…」ハァ
魔王「? 青年の望みを叶えたかったのではないのか、少女」
少女「えっ、そ、その それはっ」アワワ
712 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:16:54.91 ID:JceRb9if0
魔王「お前が俺の元に来て、町娘と交換する。それでこの青年の願いは叶うだろう」
少女「そ、それは そうだけど。でもなんか、そんなことしなくてもいいような…」
魔王「つまり…。 青年が懸念するように……俺の元に来るのが、嫌なのだな…」ドヨン
少女「う、うえぇ!? なんでそうなるの!?」
魔王「気付いてはいた。魔王城はおまえにとっては快適な居住地といえなかっただろうと…」
少女「そ、そんなことないよ! 最初はつらいこともあったけど、最後のほうはすっごく幸せだったよ!!」
魔王「では、この交換条件を成立させよう」キリッ
少女「だからああああっ!! なんかこう、普通にやるのじゃだめなの!?」
魔王「普通?」
町娘「……魔王様。ここに至っては交換などしなくても、ひとつ確かめてみれば もっと簡単にいきますよ」
魔王「確かめる? 何をだ」
町娘「ふふ。もちろん、少女ちゃんの気持ち、です」
少女「ぅ//」
町娘「少女ちゃんが… 魔王様のことを好きかどうか、確かめればいいだけです」クス
713 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:17:23.39 ID:JceRb9if0
魔王「ふむ。ならば『好き』かどうか確かめよう」
少女「………」ドキドキ
魔王「………」
魔王「どう確かめればよいのだ? どういう行為に対し、いかなる反応をすれば好きだということになる?」
少女「 」ガクッ
青年「こいつ、めんどくせぇな」
町娘(少女ちゃんの回答ひとつで、青年さんはこの町でボッチになってしまう事に 気付いてないのでしょうか)
少女「………魔王、好きってキモチもよく知らないの?」
魔王「ふむ? どのようなキモチのことをいうのだ」
少女「んー…… 難しい」
魔王「おまえにも難しいのか……」
714 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:18:46.04 ID:JceRb9if0
しばらく何かいろいろと考えた後
少女はおもいついたように魔王の元へ近づいてきた
そして、魔王の顔を一度見上げたあと… ぎゅっと、抱きついた
魔王「少女」
少女「えへへ。……さっき、私のことほしいって 魔王に言われて…… まだ、すごくドキドキしてる。聞こえる?」
魔王「不整脈か? すぐに医者を呼ぼう」
少女「……」
魔王「?」
青年「魔王って……」
町娘「とても賢い方ではありますが、こういう方です」
少女「んっと… えっと、じゃ じゃあ…」
魔王「?」
少女「魔王。大好き」ニコ
魔王「 」
715 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 19:19:14.70 ID:JceRb9if0
少女「あははは!! 魔王も、不整脈ーー!!」
町娘「少女ちゃんったら… 恐れ知らずですね」クス
少女「えへへ…。 あのね、魔王。多分だけど、こういうのが 『好き』ってことだと思うよ!」ニコッ
魔王「そ、そうか」
少女「私に『好き』って言われるの、嬉しい?」
魔王「欲しいキモチが、強くはなった」
少女「…じゃぁ、私が魔王のそばにいたら……しあわせ?」
魔王「お前がそれで幸せならば、幸せが手に入るような気がする」
町娘「ふふ。確かめられて、良かったですね。魔王様」
魔王「ああ。……これで、少女は俺の元へ来るのか?」
少女「えっと… その。わ、私も 確認させて!」
魔王「?」
少女「魔王… あの、あのね」
少女「……魔王は……… 私のこと、好き…?」