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魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」
Part23


629 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:29:46.73 ID:JceRb9if0
自分より地位の高い者は全て一緒だった
だから、最高峰に立つ自分にも 少女は僅かな差しかない者と同じように、親しく接してくれていたのだ
魔王(……最高位であるプライド、か。そんなつまらないものが俺にもあったのだな)
魔王(他の者と同様に扱われることに腹を立て。同様に扱われることで得ていた利点には気付かなかった)
自分の事は、気付かない
他人のことであれば、容易く気付けるのに
魔王(……魔王“様”、か)
本当は、もっと近しい名で呼んで欲しかった事を思い出す
魔王「俺のことは… 『魔王』、と呼べ。遠慮も要らぬ」
少女「え? え… 呼び捨てでいいの…? 私、怒られちゃわないかな…」
魔王「俺が、そう呼ばせるのだ。誰が逆らえようか」
少女「……えへへ。ほんとに、『魔王』だ。やっぱり… 相変わらず、強いんだね!」
魔王「……」

630 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:30:38.12 ID:JceRb9if0
少女「魔王… 魔王! えへへ… この呼び方だったら、みんなの前でも呼び方をかえなくていいね」
魔王「…ああ」
懐かしかった。
公私をつかいわけていた少女の姿を思い出すと、ひどく懐かしい
いつだって胸の中にいるとおもっていたのに
いつのまにか、徐々に離れていたのだろうか
少女にもう一度声をかけ、並んで歩き出す
通りを離れ、街道にほど近い場所へと移動する
魔王「……兄とは、うまくやっているか」
少女「あ…。魔王…… その。 ……ごめんなさい」
魔王「何故、謝る?」
少女「魔王にもらったドレス……。おにいちゃんに、売られちゃって…」
魔王「そうか」
少女「ごめんね…?」
少女「ごめんなさい、魔王……っ」

631 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:31:08.30 ID:JceRb9if0
少女は、涙を流してその場に立ち竦んだ
そのまま小さな嗚咽をあげて、泣き始める
魔王「……良かった」
少女「……え?」
少女「えっと…。 なに、が…?」ヒック…
魔王「あれから…… 一年以上、経っているからな」
魔王「今度こそ 謝罪に身体で払うだなどと言われなくて。本当によかった」
少女「あ……」
魔王「そんな方法を、当たり前にして生きているのではないかと……思っていた」
少女「してないよ。そんなこと、一回だってしてないよ!!」
魔王「ならば、安心だ」
ポン、と頭に手を乗っけてやると
少女は頭の上に伸ばされた腕と、その先にある魔王の顔を見て また泣き始めた
この少女は、出会ってすぐに『安心感』を与えてくれた
今はもう、穏かな気持ちも届けてくれている
少女こそが間違いなく、求めていた“生きる意味”なのだと、実感できる
この想いが欲しくて、俺は生きていく

632 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:31:37.37 ID:JceRb9if0
少女「ヒック… うぅ、うぇ… 魔王っ 魔王……っ!」
手を伸ばし、欲しかったものを抱いた
胸に顔を押し当てて泣く少女は ただ暖かくて…
魔王(できることならば この感情を いつまでもーー)
いつだったか、魔王城で少女を抱きしめた時に感じた想いが蘇る
『いつまでも』と願ったあの気持ちすらも、もう届けてくれた
心の中に、希望の光が宿っていくのが分かった
魔王「……もう、泣くな」ナデ…
少女「だって… 魔王に、もらったのに…! すごく、嬉しかったんだよ!!」
魔王「……兄なのだろう。泣くほどならば、金にかえなくとも残しておいてはもらえなかったのか」
少女「それはっ……。 それは…… できないんだと、思う…」
少女は肩を落として申し訳なさそうに俯いた
その様子を見ると、本当に金に換えずにおいてもらえなかったのだとわかる

633 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:32:06.87 ID:JceRb9if0
魔王「お前の兄は守銭奴なのだな」
少女「! 違うよ!!!」フルフル!
魔王の腕を逃れた少女に、戸惑う
“物”を“金”にしてまで “金”を欲したことはない
大切に思う物ですら“金”に変えてしまう者を『守銭奴』と呼ぶ以外には思いつかなかった
魔王「少女……?」
少女「お兄ちゃんは 本当はあったかい人だよ! かわっちゃったけど、今でも本当はあったかい人なんだよ!!」
魔王「………? お前の兄は『酷い』のではないのか?」
少女「違うよ…… 本当は、魔王みたいに、あったかくて優しいんだよ」
少女は、悔しそうに小さな拳を握る
大切に思う兄を、悪いように言われて腹を立てたのだろうか
手を伸ばして、抱きしめておきたかったのに。
その腕を逃れて兄をかばう少女の姿を見るのは、苦しい

634 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:32:34.08 ID:JceRb9if0
少女「魔王は、おにいちゃんみたいだった。前の優しかった頃のおにいちゃんみたいで…」
少女「一緒に居て、すごく安心したんだもん…」
少女は、自分に兄の姿を投影していた
兄がいたとわかった時点でそれには気付いていたし、その時はショックも受けた
少女「お兄ちゃんが、二人になってくれたみたいだなぁって、本当に嬉しかったんだもん…っ!」
それでも、同じ者の影を見ているのではなく
『好きな者が増えた』と感じていてくれた少女
少女の言葉はいつだって、優しく暖かく、魔王を癒していくばかりだ
胸に湧き出た苦しみが消えた途端、暖かな気持ちを また心地よく受け取らせてくれる
今度こそ、言葉に気をつけて喋ろう
少女が大切に思う者を、貶めてしまわぬように
そうだ、そんなことですら、少女が教えてくれたことだ
少女が他者に貶められて、魔王に気付かせてくれたことだ
少女は、たくさんのやさしい思いをふりまいている
きっと、だからこうしてこの少女には…あたたかな言葉で返したいと思うのだろう

635 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:32:59.93 ID:JceRb9if0
魔王「今の兄は、その“暖かかった頃”とは違うのか?」
少女「………」
少女は、苦しげに言葉をつむぎだす
今の兄は、ひどい折檻をくりかえすこと
今の兄は、厳しく自分にあたること
今の兄は、とても恐ろしいこと
魔王と出会う前よりも……
もっと、生き苦しい環境に置かれているようだった
それでも、責められず、板ばさみの中で耐えているのだと
それでも、兄のそばを離れようとは思えないのだと 聞かされる 
その時
「少女!!!」
少女「!」ビクッ
魔王「……」

636 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:33:25.55 ID:JceRb9if0
声のした方向を見る
そこに立っていたのは、忘れようも無いあの青年の姿
……少女の、兄の姿だった
少女「あ…。 おにい、ちゃん……」
青年はズカズカと少女に歩み寄った
少女の腕を強引にひき、小さくあがる悲鳴には耳もかさない
青年「こんなところでサボっているのなら働け!! おまえが金を稼がなければ……っ!!
魔王「おい」
青年の手を少女から引きはがし、少女を背後に寄せた
もう、簡単に この少女の背を押したりなどしない
青年に対峙する
そうだ。ただ、受け取りにきたのではない
この青年からーーー 
奪いに、来たのだ

637 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:33:54.77 ID:JceRb9if0
青年「…………? 誰だ?」
魔王「顔を忘れたか。 一度会った事がある」
青年「ああ…… 前に森であった… ソイツの“誘拐犯”か」ニヤ
魔王「そうだ」
青年「ははは、なんだ? 成長したこいつの身体でも狙ってきたのか?」クク
野卑た笑い、屈辱的な言葉…… 浅ましく、薄汚い言葉
どれもこれも見慣れたものだ
そんなものに臆すことは無い。目を閉じ、言葉を練る
少女の前で、この青年を貶めてはならない
この者がどんな人間であろうとも、この少女にとっては大切な兄なのだ
ゆっくりと目をひらき、青年を正面に捉えて言った
魔王「……聞きたい事がある」
青年「は?」
魔王「おまえは、何と引き換えに、何を得たのだ」

638 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:34:25.30 ID:JceRb9if0
青年「何……? 何の話だ」
魔王「俺は俺の持っている富や知識と引き換えに、この少女に幸福を貰った。感情を教わった」
魔王「痛みと引き換えに悩み、苦しみと引き換えた果てに、生の在り方を知った」
青年「……はぁ?」
魔王「善しとするもので善しとするものと引き換えるだけではなく」
魔王「悪しとするものを善しとするものに換えられるならば」
魔王「善しとするものを、悪しとするものに引き換えることもあろう……」
青年「……どういう意味だ? 俺が馬鹿だから、それに喧嘩うっているのか?」
魔王「問うているだけだ」フム
少女「ま、魔王……」
魔王「どうした」
少女「わ、わたしもわかんない…!!」
魔王「………」

639 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:34:52.33 ID:JceRb9if0
緊張感、というものを削がれる
だが、そのおかげで
少女は俺を、優しく暖かなものに変えてくれるのだ
少女の頭に手をあて、改めて言葉を考える
じれったそうに青年が口を開くのを制止して、やり直す
魔王「…つまり、だな。青年。お前は、依然と違うお前になったのだろう?」
青年「な……」
魔王「何と引き換えに、今のお前を手に入れたのだ」
魔王「どのようなものを得たくて、そのようなお前になったのだ?」
青年「……っ!」
魔王「教えて欲しい、今後の参考にしよう」
少女「ま、魔王。待って、それは……!!」
青年「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
青年「おまえに…… おまえなんかに、何がわかるんだッッ!!!!」ザッ
少女「おにいちゃ……!」

640 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:35:18.26 ID:JceRb9if0
青年は、魔王に背を向けて走り去ってしまった
後に残された魔王には、その理由など知る由も無い
その理由を聞こうと思ったのに逃げられては、何が分かると問われても何も分からない
少女「お兄ちゃん……」
魔王「……あいつは何を怒っている? 答えたくなければそう言えばいい。それで構わぬのに」
少女「魔王」
魔王「ふむ……。何か、答えられない様なものだったのだろうか」
少女「………魔王。あのね」
魔王「?」
少女「……おにいちゃんはね…… 恋人を、なくしたの」
魔王「恋人を?」
少女「うん……。すごく大切な人を、失ったの」
少女「魔王が言うみたいに言うなら…」
少女「『その悲しみを手放すために、悲しみに負けたりしない自分を手に入れた』ーー」
少女「多分、そういうことなんだと思うよ…?」ニコ

641 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:35:44.28 ID:JceRb9if0
魔王「…なるほど。では 手放すために、あのような心を代わりに持つことにしたのか」
まるで少し前の自分と同じだ
痛みのあまり、苛立ち荒ぶる心を抑えられなかった
魔王はそれを抑える為に、荒ぶるがままに費やすことをしたが……
あの青年は、他者への攻撃に換えることで、感情の暴走を抑えているのだろう
魔王「手に入れる事も、手放す事も難しい。求め続けるのも…… 容易ではない」
少女「……そうだね」ニコ
少女「おにいちゃんは、きっとすごく悲しんだから」
少女「とっても優しい人で、とっても暖かいひとだったからーー だからきっと、余計に辛くて痛かったの」
少女「だからあんなに…… あんなふうにしていないと、耐えられないようになっちゃったんだと思うの」
魔王「………ああ」
少女「一生懸命に頑張ってるからだって、知ってるから…… 戦ってるからなんだって知ってるから」
少女「だから、私はおにいちゃんを責められないんだよ」エヘヘ…
魔王「……そうか」

642 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:36:21.75 ID:JceRb9if0
自分が慰められているようだった
少し前、少女の知らぬ場所で 一人もがいていた自分が、救われるような気がした
それでも、この少女がかばっているのはあの青年で
ーー今の魔王にとって、対立すべき相手だというのは、堪える
少女「私は、今でもおにいちゃんのことが大好きなんだよ」
少女「……だから、どんな目にあっても、おにいちゃんを裏切れないの」
少女「頑張ってるから。だから私も、一生懸命 支えてあげるの」ニコ
魔王「………」
虐げられても、自分が苦しい思いをしても
もっと楽な道があることを、知っていてもーー 
これからは違えずにその道を進むのだという、少女の決意を感じた
“生きる道”。
魔王も、町娘も、亡霊鎧も、侍女長も 皆、それに向かって歩きだした
この少女も、そうなのだろう
魔王(……その道は… 譲れないのだろう。なら、どうしたらいいのだろうか)

643 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:36:47.54 ID:JceRb9if0
誰かを目指して進む道
だがその目的の誰かは、さらに他の場所へ向かっていってしまう
後を追う者は、自分の生きる道を 諦めなくてはならないだろうか
それとも、いつまでも追いつかないまま… 進んでいかなくてはならないのだろうか
少女「ごめんね、魔王」
辛そうにしている少女
涙を堪えて笑うその顔が、ひどく痛々しいと思う
苦しい
喉まで埋め尽くすような、胸の苦しみが言葉を詰まらせる
ゆっくりと魔王に背を向け、少女は歩き出した
自らの、生きる道を進むと決めて…… 歩き出してしまった
後姿だけでも、少女が目をぬぐうのが分かる
涙を堪え、彼女は自らの選んだ 進むべき道を歩こうというのだ

644 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:37:16.35 ID:JceRb9if0
目を背けてしまいたい
俺は選ばれなかった
諦めなければならない役割を、少女に与えられてしまった
なら、もう諦めたと…
棄ててしまうべきなのだろう
視界が、闇に閉ざされる
俺はまた、このままここで全てが黒く塗りつぶされるまで立ち尽くしてーー……
『手放して…失って。その後で惜しくなって、求める時になって気付くんです』
『そのものの、本当の価値に』
心の中に、声が聞こえる
少女の代わりに慰め者にされていた、哀れな娘の声
魔王「………失って… 惜しくなって… 求めて… 気付く…」
もう、一度失っている
その価値は、既に知っている
失くしてしまえば、必ず惜しくなって、また求めてしまう

645 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:37:44.05 ID:JceRb9if0
諦めては、繰り返すだけだ
何度も、何度でも。繰り返してしまうだけ
魔王(………『挑む』と決めて、ここへ来た)
それがたとえどのような未来を描こうとも。
許されがたい禍根を残し、結果 疎まれるほどになったとしても。
魔王(俺も最後まで挑み、このシナリオの終わりを見てやるーー……!!)
目を開く
まだ、少女の姿は見える
まだ、届く場所にいるのだからーー 終われない!
魔王「少女!!!」
少女「っ!」ビクッ

646 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:38:11.34 ID:JceRb9if0
魔王「あの男を支えるのが少女の役目だと? ならば、その役目から 俺が貰っていく!」
少女「え…?」
魔王「青年を救ってやろう! あいつの望みを、教えるがよい!!」
少女「……………ま、おう…」
立ち止まったままの少女の下へ、走り寄る
少女の腕を捕まえておきたいと思う
だが、今この手を握っては壊してしまいそうな気がする
何かが違う。その手を握りたいわけじゃない
そうだ。捕まえたいんじゃない
この少女に、俺の腕をつかんで欲しいんだ
頼って欲しい
必要として欲しい
求めて欲しい
そうして、求められて。 それに、応えたいんだーー……!!