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魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」
Part22


599 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:07:59.20 ID:r5H5rxS30
侍女長「外出なされるのでしたら、不在の間の統治に関しての指示をお願いいたします」
侍女長「それから他国へ入られるのでしたら、出国・入国手続きに関しても書類の申請を」
侍女長「あと…町娘様の今後の処遇に関してはどうなさいますか?」
侍女長「亡霊兜様の取り扱いについては……」ペラペラ
魔王「 」
侍女長「悩みに結論がでてスッキリなされたのでしたら、やはり魔王様ご自身で一度整理していただかないと…」
町娘「あ、あの…? 今まではどうなさってたんですか?」
侍女長「魔王様に『手足も口も、魔王様のものと思え』と…ほぼ全権を頂いていたので、私が代わりに指示を出しておりました」
魔王(そんな事までしていたのか)
侍女長「ですが、一度これまでの統括指示に関しても一度確認をしていただきたく」
魔王「な」
侍女長「成すべきことは全て整え、準備万端となるよう手配させていただきますゆえ」ペコリ

600 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:08:24.92 ID:r5H5rxS30
魔王というのは一国の主である
改まって動こうなどと思った事があまりないので気付かなかったが
動くとなれば、相応の準備や手続きが必要とされるらしい
侍女長はこれまで、それらの全てを代行しくれていた
……少しでも、魔王の心労や煩わしさをなくすために
侍女長「ふふ。お役に立てていましたでしょうか?」
魔王「ああ。これからも……
侍女長「そろそろご自分の“役割”も果たしてくださいませね? “魔王”様」ニッコリ
魔王「 」
町娘(……侍女長さんって… なんだかすごい…)ドキドキ
亡霊兜《町娘殿とは違った“己の生き方”を貫いておられるように見えまする…!!》ガクブル

601 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:09:33.41 ID:r5H5rxS30
侍女長「私はいつだって、魔王様にとっての最善を考えています」ニコニコ
魔王「……俺の?」
侍女長「あなたは、指導者なのですから。いかなる事でも確実に自由に行う為、抜け目を見せてはなりません」
侍女長「后様を連れてきた後に、決して誰にも文句など言わせぬように。……抜け目なく整えてから、行きましょう?」
魔王「……」
魔王「ああ。わかった」
町娘「……」クス
亡霊兜『流石ですな』
見えない場所で、努力をしていてくれた人がいた
見えていた以上に、支えてくれた人がいた
それもまた、渦中には気づけないもの。
知ってから、“ありがたみ”に気づくものだった

602 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:10:00.17 ID:r5H5rxS30
魔王「……侍女長。感謝しよう」
侍女長「…………っ!」ペコリッ
深々と、言葉も発せないままに辞儀をする侍女長
その顔はとても嬉しそうで、幸福に満ちたものだった
魔王「……しかし、身軽さというものも、無くしてみてその価値に気付くものか」
町娘「侍女長さんって有能なんですね。魔王様って、本当はこんなにたくさんの書類を用意しないと動けないんですか…」
侍女長「本当でしたら、人手や支度などの準備もありますからもっと多いのですよ?」
亡霊兜『……脚があっても、動けるとは限らぬのですなぁ』
魔王「………」
町娘「お手伝いいたしますね、魔王様」
亡霊兜『うむ。我輩の腕を、どんどん使ってくだされ。町娘殿、魔王殿』
侍女長「うふふ」ニコニコ

603 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:10:42.02 ID:r5H5rxS30
その後、“運悪く”書類の申請手続きやミスが続き
半月近く待たされることになった
「ま。もう少しくらい独占させてあげたって、罰はあたらねーんじゃね?」
「見つかったらどんなお咎めを喰らうんでしょう…っ?」
「お、おいおい……。怖いこというなよ…」
侍女長の事を想う“誰か”の計らいがあったことなど
本人達以外には誰にも知る由は無い
侍女長は、そんな“作られた幸運”を大切にして半月を過ごした
『一番に近くにいられる、残り僅かな時間』を、ゆっくり味わうことができただろう
「へへ。あの人、いつも自分のことは二の次だからな。こうでもしなきゃ受け入れないっしょ」
「絶対内緒ですよ! バレたら、侍女長様は泣きながら魔王様に詫びとかいれちゃいますからね!」
「わかってるって! んなことさせねーよ!」

604 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:11:18.85 ID:r5H5rxS30
見えない場所にいる。
気付かない場所で願っている。
誰かが誰かを、どこかで確かに、想っている
決してバレないように。傷つけないように。
隠れてでもいないと、大切にしてあげられない人がいる
この世界は、そんな 『わかりにくい、不器用な世界』だ
そして……

605 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:12:41.22 ID:r5H5rxS30
魔王「……さて」
侍女長「いってらっしゃいませ。魔王様」
亡霊兜『我輩はこのまま魔王城でお待ち申す』
町娘「あの…、魔王様。本当に私も連れて行ってもらえるのですか…?」
魔王「……行きたくないのならば好きにしろ」
町娘「っ ……お連れください。お願いします…!」
魔王「……」
魔王「……行こう。手を伸ばせば、すぐそばにある」

617 :一日かけて大量ぶつ切り投下します ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:23:54.77 ID:JceRb9if0
:::::::::::::::::::::::::
町娘を連れて隣国へ向かう
国境までは、侍女長の進言で馬車が用意された
森の中ではなく、魔王城からまっすぐに伸びる石畳の道
隣国への正規ルートだ
石畳の上を、その高級な馬車は静かに進んでいく
ガタゴトと揺れたりはしない
僅かな振動だけが、車内に馬車が進んでいることを知らせている
魔王「……町の中では 別行動をする。よいな」
町娘「え……」
町娘「ですが、それじゃあ魔王様がお一人に…」
魔王「供は要らぬ。入国は伝えてあるが、まさか国境の淵にある町だなどとも思っていないだろう」
町娘「……?」

618 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:24:24.24 ID:JceRb9if0
魔王「俺が来たことを知られては、駐在軍が騒ぎ出すはず」
魔王「あそこの駐在軍など、見つかり問われでもしては殺しかねない」
町娘「……うちの町の軍は… 荒れてますからね」
魔王「……」
町娘「横暴で… 肝心な事は見てみぬフリ。見つかったら、守られるどころか 何をされるかわからないヒト達」
魔王「ふむ。恐ろしいか」
町娘「怖くはありません。ですが… 生きて戻ったのが見つかったら、“面倒の後始末”くらいはされそうですね」
魔王「…これを、貸しておこう」
町娘「? これ… だ、駄目ですよ! 魔王様の剣ではないですか! それに私は剣なんて……っ」
魔王「使えるだろう。おまえではなく、亡霊鎧の手脚が」
町娘「あ……。 で、ですが」
魔王「おまえも、俺のものなのだ。……つまらない理由で死んでやるな」
町娘「……魔王…様」
魔王「お前の“本当の価値”になど興味は無い。わざわざ失って、知る必要はない」
町娘「……ふふ」

619 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:24:55.47 ID:JceRb9if0
魔王「目立たぬように行動する。お前も好きしろ」
町娘「…そう、ですね。私も、なるべく目立たぬように動きます」
町娘「例え時間でも。もう… 私の一部を勝手に棄てられるのは、こりごりですから」
魔王「ああ」
町娘「ありがとうございます、魔王様」ペコリ
手綱を握る従者が、馬達に声をかける
正面から、乗り込んでいく
町娘は、一目 想い人に会う為に
魔王は、自らの望みをーー 少女を、手に入れる為に

620 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:25:24.92 ID:JceRb9if0
なだらかにカーブした下り坂を降りきった時、馬が止まった
馬のいななく声と、ドウドウという従者の声
馬車の扉が開かれる
従者「魔王様。ここより先の街道が、既に隣国の境界線になります」
魔王「……」
従者「ここでお待ちしておりますので」
魔王「必要ない」
従者「……かしこまりました」ペコリ
町娘「……」ペコリ
馬車の去るのを見送ってから、歩き出した
魔王に、2歩ほど遅れて町娘がついていく
街道に沿った小さな町
その正面にあっても、人は閑散とした様子だった

621 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:25:57.61 ID:JceRb9if0
町娘「この正面の通りには商店などがあります。民家はそれぞれの裏に列になっています」
魔王「ふむ」
町娘「町の奥に、枯れ井戸がひとつ。その斜め横にある大きな建物が駐在軍の宿舎です」
魔王「井戸を目印に、近づかないようにするとしよう」
町娘「はい。では私は 目立たぬよう、少し遅れて行きます」
町娘「……どうか、お気をつけてくださいね、魔王様」
魔王「心配など、要らぬ」
町娘と別れて町を歩く
まばらに姿を見せる住人たちは、どこか暗い顔だ
伏せられた瞳は、魔王とすれ違っても 姿を捉えていないように見える
まだ、午前も早い時間だというのに 慌しく働くものの姿すら見当たらない
魔王(……ここまで…この町は荒廃していたのか)

622 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:26:25.99 ID:JceRb9if0
1年はとっくに越えた
だが、3年はたっていないだろう
以前にこの町のそばまで来たときは、まだもう少し活気があったようにも思う
“CLOSE”に掛け直されてから
時間の経っていそうな酒場の看板をみかけた
商店があると聞いてはいたが
僅かな食料品を扱う店の他はどこも戸が閉まっている
これでは、私服を肥やしたところで駐在軍には娯楽などないだろう
すっかり寂れている町を眺めながら、魔王は歩いていく
魔王(……そうか。他国・他町からの旅人が減った影響か…)
町娘を商人から買った後で、魔王はほぼ全ての謁見を断った
この町は魔国に一番近く、農業も行えない貧しい町だったが
魔国に近いからこそ、魔国に赴く旅人が金貨を落としていたのだ
魔王(……慢心していたな。警備兵も、町民も)
誰かのせいにして何もせず、当然のように与えられる“配給品”を味わっていた
誰かのおかげで助かっていた事象は気にも留めず、自分を棚に上げていた
魔王(愚かな。努めるべきことを努めて、町や町人を守っていれば そのような思いもせずに済んだであろうに)

623 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:26:54.28 ID:JceRb9if0
この町の住人だった、町娘
ゆるみきった体制で住人を守ろうとしなかった駐在軍
めぐりめぐって、そんなたった一人の小娘をきっかけに
町をここまで弱らせ、自らの首を絞めることになったのだ
魔王(……いや。駐在軍のせいだけとも言えぬな)
少女が何度か言っていた、“近くに住んでいるおじいちゃん”
傷の手当を教わったものの、パンは『買う』必要が無いことは教えなかったあの老人
あの者も、親切心こそは持ちえていたようだが……
自らのリスクを負ってまで、少女を助けることはしなかった
他者に対して、多くの関わりは避ける
恐らく、無関心を装う者も多いのだろう
誰かが、町娘を助けることは本当にできなかったのだろうか
あの町娘は、本当に“抗いようも無い方法”で達磨にされたのだろうか
魔王(……『情けは人のためならず』、だな。この町は、そんな“情け”の足りない住人達によって荒廃したのだ)
少女の言葉を思い出し、改めてその姿を探すことにする
貧しい少女だったのだから、きっと小さな家に住んでいるだろう

624 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:27:24.16 ID:JceRb9if0
通りを横断し、裏道のような細い通りへ
小さな民家が雑然と並ぶ場所が見えた
その付近に向かおうとすると、足早に動く影が遮った
町娘だ
彼女には亡霊鎧の手足があるし、剣も持たせてある
一人で街に入ることに不安もあるだろうが、放っておいていいだろう
魔王(……ふむ。目的の想い人は、不在だったのだろうか)
知ったことではない。町娘の去る気配を待ってから、歩みを進めた
見慣れない町。人影の無い通り。
人気の少なさを見るに… 多くの住人は移住してしまったのかもしれない
魔王(……なるほど。想い人がいつまでもこの町にいるとは限らない、か)
もしも… もしも、あの少女が既に町を出ていたら
あるいは、既にどこかに身売りでもされていたらーー
不吉な考えに、脚が止まる

625 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:27:57.21 ID:JceRb9if0
溜息をつく
ふと流し見た中央の通りに、人影を見つけた
魔王(! あれは……!)
空の花かごを抱えて歩く少女の姿だった
月日は彼女を成長させていた
だが充分な栄養を取らないその身体は、相変わらず細く小さい
衣服は白なのか茶色なのかわからない、麻布で
長く伸びた足は、痛々しいほどの細さを浮き立たせ
痩せこけた腕に抱えられた花かごが、いまだ貧しさの渦中にいると教えてくれる
魔王が最後に見た少女は、美しいドレスをきて
『おひめさまみたい?』と笑っていたのに
今の少女は、まるで出会う前の少女に戻ってしまったかのようで
魔王と共に過ごした月日など なかったことにされているようでーー
ただ、姿を見つけただけなのに
たったそれだけで、ひどく胸が痛んだ
魔王(ずっと… ずっと、地の水を飲むような生活を…続けていたのか…)

626 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:28:28.07 ID:JceRb9if0
遠目にもわかる、腕にある青い痣
腫れて赤くなった足を、僅かに引きずって歩いている
魔王(………っ もっと… 早く、こうしていたら)
後悔が心を苛立たせる
それでも少女を見つけた
今は一刻も早く
痛みの中でも 影でもない、そこにいる、確かな物へ…… 
この声を、届けなければ
魔王「少女!」
少女「!」ビクッ
少女は、ビクリと身をちぢめて驚いた
その様子は、出会ったときと何も変わらない。
彼女が本当に少女なのだと、魔王に実感させてくれる
魔王(言葉を受け取ったわけでもないのに。少女が少女であるだけで、こんなに安心するなどと…)
これは、懐かしさなのだろうか
それとも、久しぶりに得た 安心感のせいだろうか
張り裂けてしまうほどに、何かが心の中にあふれ出してくる

627 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:28:55.22 ID:JceRb9if0
少女「…あ…」
魔王「少女」
少女「おにいちゃ…っ。 ま、魔王… 様」
魔王「………」
別れ際に言った『お前の兄は、あの男だ』という言葉を覚えていたのだろうか
あるいは、町へ戻って 関係性の薄くなった自分の立場を考慮してだろうか
ともあれ、少女は魔王を様付けで呼んだ
普通であれば、それは他人行儀に聞こえるかもしれない
それにショックをうけることもあるかもしれない
それでも。あの少女が、『魔王』を呼んでくれた事に代わりはない
少女「あ、の…… おに、 えっと 魔王… 様…なの? …本当に…?」
だから、そんなことにいきなり戸惑う少女を見て
魔王は思わず微笑みすら漏れそうになった

628 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/23(月) 10:29:21.05 ID:JceRb9if0
魔王「お前の好きに、呼ぶがいい」
最初も様付けで呼ばれていたのだからそれでもいいと思った
兄と呼ばれるようになったのも、后なのだから気安く呼べと言ったからだ
だが
少女「……もう… そういうわけには、いかない、です。魔王様」ニコ
魔王「……」
今のその呼び方には、距離感を感じた
最初に出会ったときには、少女は魔王を『魔王』と正しく認識していなかった
『魔王様』という呼び方は 意味の無い、ただの呼称であった
その実体はとても馴れ馴れしいものであったから、気にならなかっただけだ
今は…『魔王』として認識し、その格差だけの距離をとろうとしている
距離をとり、お互いの立場を認識させるための呼称。
様付けで呼ぶことで、距離をとり、離れようとしているように感じられる
魔王「………らしくないことを、するな」
少女「え?」