Part21
579 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:43:09.10 ID:r5H5rxS30
亡霊兜『我輩の過去は、聞く人が聞けば 勇者のそれと同列に扱われまする』
亡霊兜『子供達にその価値観や苦労を諭し聞かせた事もあったかと』
亡霊兜『………驕っていましたな。虎の威を借りて、借りているのにも気付かぬ狐とは…どれほどに阿呆者なのか』
町娘「……今まで… 指摘されたことは、なかったのですか?」
亡霊兜『いえ、しょっちゅう指摘されましたぞ。“倣って、そいつが間違っていたらどうするのだ”と』
魔王「ふむ。確かに俺も、そう尋ねたな」
亡霊兜『我輩はそう言われても、“間違わぬ者を倣えばよいではないか”と…頑なになるだけだったのです』
亡霊兜『なによりも、倣うのは当然のことと思っていたし…… いや、そうじゃないですな』
亡霊兜『どこかで蔑んでもいたのでしょう。“間違う者”の言葉などに、真剣に言葉を傾けなかったのです』
魔王「………ほう?」
侍女長「亡霊兜様。魔王様を蔑み、“間違う者”呼ばわりをするようでしたら、不敬で投獄いたしますよ?」
亡霊兜『け、決してそういうつもりではござらん!!!』パカパカ!
580 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:44:50.33 ID:r5H5rxS30
魔王「……ではどういうつもりだと」
亡霊兜『……』
亡霊兜『…勇者以外、信じていいのか分からなかったのです』
魔王「……」
落ち込んだように、バイザーをゆっくりと落として沈黙する兜
町娘は魔王の顔を伺いみるが、魔王には慰めようという気がないようで
つまらなそうに茶をすするのみだった
侍女長「……それは、おかしくありませんか?」
侍女長「ではなぜ、町娘様の言葉を受け入れたのです? 彼女を勇者だとでもいうおつもりですか?」
町娘「えっ」
侍女長「何故、町娘様に言われたときは、それほどまでにショックをうけたのです」
亡霊兜『………いや、それはその』
侍女長「………」イラ
魔王「………」イラ
581 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:45:48.33 ID:r5H5rxS30
町娘「あ、あの…?」
亡霊兜『……誤解をして欲しくはありませぬが…』
亡霊兜『町娘殿は…我輩から見ると、その思考は間違ってばかりのようにも感じまする』
町娘「……」
亡霊兜『それでも、“自らの生きる道”からだけは、決して違える事はない強さをお持ちだ』
亡霊兜『正しくは無い。だけれども、望みや誓いの為にであれば殉死していく騎士のように…気高い魂を感じまする』
町娘「……そんな立派なもの、私はもってません」
亡霊兜『いつだったか見た、勇者の姿を思い出したのです』
侍女長「? それはどんな姿だったのです」
亡霊兜『とある町で、人間と魔物の紛争がありましてな… 町が焼き払われた時のこと…』
582 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:46:59.33 ID:r5H5rxS30
亡霊兜『火を放った者も、火を放たれた者も、皆が逃げ出す程の大火災となった』
亡霊兜『勇者は… 皆が逃げ出す中を 一人で全力で町に分け入って走っていきました』
魔王「……残された町民を助けにいったのか」
亡霊兜『もともと、紛争など起こっていた町。弱き者などとっくに逃げ出しておりましたぞ』
侍女長「では、何故?」
亡霊兜『ただ、消火のためだけに。それだけの為に、勇者は走って行ったのです』
町娘「消火……ですか? 燃え広がっては危険な地だったのでしょうか」
亡霊兜『勇者はそんな事に頭の回るような人ではありませんでしたな』
亡霊兜『……“紛争の前は、穏かな町だった。紛争のせいで、そのまま焼けた廃村にしてしまうのは怖かった”…… そう聞きました…』
亡霊兜『……誰もいない、争いの後が残り、燃え尽きた村。それはきっと、“救えなかった世界”の一角に見えるだろうから…そんなものを残したくは無いのだ、と』
魔王「……勇者とは、臆病なのだな。勇ましき者とは、名ばかりでは無いか」
侍女長「魔王様…」
583 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:48:51.43 ID:r5H5rxS30
町娘「私は………少し… 分かる気は、します…」
町娘「自信など、無いから。絶対に救えると自分には確信できないから。そういうものは不吉で… 見るのは怖い、です」
魔王「……」
亡霊兜『………我輩には… 分かりかねました』
亡霊兜『これから世界を正しく導こうとする時に、無駄に命を落とす危険のあることをしてどうするのかと』
亡霊兜『それでは、本末転倒では無いかと… 責め申した』
町娘「……」
魔王「亡霊兜の意見は、俺には最もにも聞こえるが…… 言い知れぬ恐怖というのは、他者には理解できないものなのだろう」
魔王「……誰かに、その恐怖を理解できるとも… して欲しいとも、思わぬが」
侍女長「………」
584 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:51:15.20 ID:r5H5rxS30
亡霊兜『町娘殿は、勇者とは違う。いや、真逆とも言えまする。ですがその芯に通っている物は同じようにも感じた…』
亡霊兜『…………町娘殿。改めて… 我が願いを聞き入れてくださいませぬか』
町娘「え…? 願い、ですか…? なんでしょう」
亡霊兜『願いまする。我が手足を杖とし、存分にその生き方を見せてほしいのです』
町娘「! で、でもそれは」
亡霊兜『決して模倣しようとは致しませぬ。できるとも思いませぬ』
亡霊兜『だけれど、知りたい。考えて見たい』
亡霊兜『自分とは真逆のものを知る事で……我輩は、自分を知る事が出来る気がするのです』
町娘「……亡霊…鎧さん…」
亡霊兜『我輩の手足。どうか、使ってくだされ。教えてくだされ…その脚の駆ける意味を。その脚の向かう先を』
585 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:52:43.85 ID:r5H5rxS30
町娘「…だめですよ… そんな事をしたら、貴方は動けなく……
亡霊兜『我輩は不老不死の身。町娘殿がその生を果たし終わるまでじっくりと考えて…そこから動きまする』
町娘「っ」
亡霊兜『これまでは 何があろうと、立ち止まらずに進むべきだと信じていた…』
亡霊兜『しかしながら、自分で考えて……立ち止まり、ゆっくりと考えて見たいと思ったのです』
亡霊兜『どうか。いましばらく、貴方の側へ置いてくだされ』
町娘「…………」
町娘「ありがたく……使わせて、いただきます…っ! 亡霊鎧さん…!!」ポロポロ…
魔王「……機械技師探しは、もう要らぬな」
侍女長「……ええ」クス
586 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:53:50.21 ID:r5H5rxS30
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コポコポと、侍女長の淹れる茶の音が鳴る
その後、魔王の私室で落ち着きを取り戻した4人はゆったりとした時間を過ごしていた
町娘はその銀色の両腕に、亡霊兜を抱いて椅子に座っている
魔王は斜め前に腰かける町娘の様子を眺め見ていた
亡霊兜『町娘殿。その、いくら兜だけとは言え、オナゴの膝に抱かれるのは…』
町娘「駄目ですか?」
亡霊兜『いや、なかなか心地よい物でござるな』
町娘「ふふ。なんだか妙な喋り方になってますよ」
亡霊兜『ど、どうにも落ち着きませぬ……』
亡霊鎧がそう言うそばから、
町娘の脚が突然にもがくようにばたついた
町娘「きゃっ!?」バタバタ
亡霊兜『も、申し訳ない! 思わず逃げ出そうとして…!』
587 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:55:48.01 ID:r5H5rxS30
町娘「あ、あはは…。逃げるのでしたら、手をうごかさないと逃げられませんよ?」
亡霊兜『我輩の感覚としては…その、膝の上に座って抱かれているような気がするのです…』
町娘「ああ… 私の脚となって座っているから、ですか?」
亡霊兜『全身で着込まれて、相手の意思に合わせることはあったものの、頭と脚をばらばらに存在させたことはなかったので…』
亡霊『いや、今後は気をつけまする。驚かせて申し訳ない』
町娘「いいですよ。共にいるだけで、“私の脚”という道具になったわけではないでしょう?」
亡霊兜『町娘殿……!』ジーン
町娘「ふふ。見慣れると、このヘルムも可愛らしいものですね」ナデナデ
亡霊兜『拙者、自分で自分の頭を撫でている気がして複雑でござる』
侍女長「……亡霊兜様。その変なしゃべり、やめてくださいませ」
亡霊兜『 』パカパカ
町娘(もしかして、あれは照れ隠し……?)
588 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:56:15.11 ID:r5H5rxS30
穏かな時間が過ぎていく
暖かく、ぬるま湯のように気の抜けた時間
魔王はその空気を感じながら、一人 少女のことを思い返していた
恐らく、このあと 町娘と亡霊兜は“想い人”の元へと向かうのだろう
それを止めるつもりは無い
想い人の元へ駆けていく事ができるようになった町娘の姿は
見ていても辛いだけだ
魔王は、いまだに少女の元へ行くこともできない自分が
ここに一人、取り残されていく気がするから
自分ならば、行けるものなら行きたいと思うのだから……
そんな町娘を、止めることは出来ないだろう
胸が痛む
町娘の中に、少女の影を見て 自分を慰めていた魔王
それを失ってしまった後は、どうやってこの痛みに立ち向かえばいいのだろうか
魔王「……何故… 『想い』なんてものがあるのか」
町娘「……え…?」
独り言だった
思いつめてしまって、胸中に留めて置けなかっただけの、独り言
589 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:57:19.89 ID:r5H5rxS30
魔王「何故、そこまでして想わねばならぬのか。ずっとわからないままだ…」
侍女長「………」
町娘「……魔王様にも… 想い人が?」
魔王「……」
魔王は、答えない
これは独り言なのだ…… 堪えきれない、胸中の叫びが漏れ出ているだけ
魔王「そんなものがあるから、痛いのだ」
魔王「そんなものがあるから、辛いのに」
魔王「それなのに…手放せない。もう、居ないというのに……何故、まだ『想い』があるのだろうか」
町娘「……」
590 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:57:46.83 ID:r5H5rxS30
誰もが、魔王のその叫びに耳を傾けていた
しかし魔王はこの場にいる誰にも呼びかけていない
その声が、その思いが呼びかけるのは
いつだってたった一人の少女に向けられているのだ
それでも……
町娘「……求めたいから…ではないでしょうか」
魔王「俺はもう、あいつを求めたくなど……!」
町娘のその答えには、反応せずにはいられなかった
耳にはいってきてしまった言葉に、抗わずにいられなかった
町娘「『生きるための意味』を、求めたいからでは ないですか…?」
魔王「……何?」
町娘「生きるというのは、難しいです…… 何か意味や目的がなければ、とても生きてはいけない」
町娘「それなのに、死ぬことはあまりに簡単すぎる……」
591 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:58:46.85 ID:r5H5rxS30
町娘も、まるで独り言のように話し出していた
今度は魔王がその言葉に耳を傾ける
まるで、そこに何かの救いがあればいいと願うように
少女の姿を重ねていた者ならば、あの少女のように
僅かにでも魔王の願う答えを持っているかもしれないーー そんな、藁にすがるような行為だ
魔王「簡単……?」
町娘「もしも『想い』がなければ、きっと簡単に死ねますよ」
町娘「何もしないだけでいいのです。それで死ねるんです」
町娘「生きるためには、何かしなければいけないんです。生きられないんです」
いつだったか少女が口に出した答えを思い出した
それをそのまま反芻し、問うてみる
魔王「……『生きたいから、生きる』…のでは… ないのか?」
町娘「……どう、でしょう。少なくとも… 私は、違います」
町娘「多分… ただ、『生きたいだけ』なんて人は 居ないんじゃないでしょうか…?」
592 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:00:28.53 ID:r5H5rxS30
少女は“生きたいから生きる”と言っていたのに…
この娘はその答えを間違っているとでも言うようだ
では、この娘はなんのために生きるというのだろう
あの少女はそうやって生きていたから
だから、そういうものなのだと思っていたのに…
……まるで亡霊兜のようだ。
憧れたものを望むあまり、自分も気付けば模倣して得ようとしていたのでは無いだろうか
“幸福を失わない”少女の生き方ーー
俺はそれが羨ましくて… 憧れて、欲しいと思った
そんなものをたくさん持っている少女に魅せられて
それを得るための手段を間違えていたのではないだろうか
愚かだといった側から、自分も同じことをしていると気付かされる
それが万人の答えではないと知った今、
亡霊兜のように…自分の生きる道を見直す事が出来るだろうか
593 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:00:59.57 ID:r5H5rxS30
魔王「では… お前は、その想い人に会うために生きているのか?」
町娘「それは『死ななかった理由』… だと、思います…」
魔王「『生きる理由』、『死なない理由』… それは違うものなのか」
町娘「………生きる理由は…きっともっと…自分本位なんだと思います」
魔王「自分本位……?」
町娘「……」コクン
町娘「生まれたからには……最後まで試したいじゃないですか」
町娘「与えられた生の中で、どれだけの喜びや幸福を味わえるか試してみたり」
町娘「得られるものに喜びを見出し、価値を見出して、誰かに評価されてみたり」
町娘「自らを奮い立たせて、限界を超えて強くなってみたり」
魔王「………」
町娘「死ぬなんて、どうせ簡単だから。ゲームオーバーにするのは簡単なんです」
町娘「難しいとわかっていても、どうせならエンディングを見てみたいじゃないですか」
町娘「殺されるっていう強制エンディングでもいいから、始まった以上は 最後まで見てみたい」
町娘「私は、あの人とのエンディングがバッドエンドでも… 最後までやりきりたいんです」ニコ
魔王「……」
594 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:01:36.15 ID:r5H5rxS30
魔王「………意外だった。おまえは、貪欲で挑戦的なのだな」
町娘「人間は、貪欲なものだと思います」
町娘「あの人と『出会って、ただ結ばれる」のがここまで困難なシナリオになるだなんて思わなかったですけど」クス
魔王「……そうか」
今までは無感動のまま あたりまえに、ただ生きてきたのに
長い月日を“ただ過ごすこと”が これほどに辛く苦しいものに変わっているのは確かだ
生きるというのは難しいのだと、納得できる
今まで簡単に生きてこられたのは、
自分の内側に、強い感情が宿っている事に気付かなかったからだ
魔王「……そうか。生きるというのは、そういうものか」
町娘「魔王様…?」
魔王「生きるというのが辛いだなどと。以前はそれすら思わなかった」
魔王「辛くなってから…… 幸福を、より求めるようになっていた……」
595 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:02:18.82 ID:r5H5rxS30
町娘「……気付かないものですよ。失くさないと、わからないものがあるんです」
町娘はそう言うと、自らに繋がった銀色の脚を撫でた
愛しそうに、やさしく撫でる
その後で、銀色のヘルムに向かって穏かに笑いかけた
町娘「憧れて、欲しくなって、手に入れる」
町娘「でも 手にしている間は、手に入れていることで満足してしまって、気付けないんです」
町娘「手放して…失って。その後で惜しくなって、求める時になって気付くんです」
町娘「そのものの、本当の価値に」
魔王「…失ってから…」
町娘「……失わないと… 本当に必要だってことにも、気付けないんです。生きるのって難しいですよね」
596 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:03:50.06 ID:r5H5rxS30
兜を撫ぜながら、どこか切なさと後悔の混じった瞳で呟く町娘
亡霊兜は一度だけ、ゆっくりとバイザーを開閉した
侍女長は、そんな3人を穏かな微笑で見つめている
その口元は、まるでこれから先の明るい未来が見えているかのように愛しげだ
魔王「……欲するのが… いつでも、持っていないものだとは気付いていたのにな」
そうだ
気付いていたではないか
何もせずに、苦痛に身を落として生きているなど間違っている
俺も挑んでみたい。今度こそ、正しく… “本当に欲しいもの”を手に入れる為に
魔王「手に入れない限り、この痛みは消えないのだろうか… この、思いも」
町娘「痛みは… いつだって、一番欲しいものへ繋がっていますよ」
亡霊兜『悩みが、進むべき道を照らし出し… 間違いを改めてくれますぞ?』
597 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:06:29.67 ID:r5H5rxS30
魔王は少女を思い出す
あの少女の笑顔は まだ残っているだろうか
まだ、間に合うであろうか
ーー違う
間に合わない事など、あるだろうか
魔王「手に入れよう。俺に手に入らないものなどーー 何も無い」
決意。
その瞳には、吸い込まれるような闇ではなく。望むものを掴み取る強さが宿っていた
魔王は立ち上がって踵を返す
ドアに向かい… 望みに向かい、足を進めた
後ろから小走りに歩み寄ってきた侍女長は、そんな魔王の手を取る
そして、穏かな口調と、穏かな微笑を浮かべたまま 一言だけ宣言した
侍女長「行かせませんよ、魔王様」ニッコリ
598 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 22:07:23.41 ID:r5H5rxS30
町娘「え…」
亡霊兜『侍女長…殿…?』
魔王「……何を」
侍女長「あなたは、“魔王”なのですから。いつもいつも身軽に動けるなどと、思わないでくださいませね…?」
侍女長の微笑が、いたずらめいたものに変わる
焦らして弄び、それすらも快楽へと代えてしまう淫魔の微笑ーー そんなものを髣髴とさせる
だが、それは一瞬だった
すぐに真面目な顔つきで、深々とした礼と共に 本来の“侍女長”の仕事をこなしはじめた