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魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」
Part20


559 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:24:12.22 ID:r5H5rxS30
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目が覚めたとき、私は真っ白い場所にいた
白いシーツ
白い天井
白い壁
白い椅子
白い扉
ここが天国なんだろうと思った
町娘(私……死んじゃったんだ……)
それなら、もしかしたら。
ちょっとした思い付きを、実行してみた
スッ… シュル。
布団の中で、衣擦れの音がする
町娘(ああ、やっぱり。脚があるんだ)

560 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:25:13.34 ID:r5H5rxS30
すこしうつむくようにして、見てみると
そこにあったのは まがった膝の形に盛り上がる、真っ白な薄い掛け布団
膝が布を押した感覚は無い
『死ぬって、こういう感覚なんだ』ーーそう思った
町娘(……ようやく、彼の元に向かえる脚が手に入ったのに)
町娘(死んじゃって、こんな真っ白い場所に来てから ようやくだなんて……)
ーーやっぱり。神様って、残酷なんだな
涙がこぼれた
涙の熱さだけは、生きている時と同じだった
目を閉じても、堪えきれないほどの涙が 次から次へと溢れて零れていく
死んでからも、悲しい涙の感覚だけは 生きている時と同じだなんてひどすぎる
腕を曲げて、涙をぬぐう
死体そのものの、冷たく堅い指先が頬に触れる
曲げた人差し指の、第2関節で軽く目を擦ると
強い痛みが目に走った
町娘「え………?」

561 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:26:16.32 ID:r5H5rxS30
驚き、目を開けた
そこにあったのは、青白く細い死体の指…… では、なかった
町娘「嘘… これは…?」
驚き、布団から腕を引き抜いた
布に触れる感触は無い。それでも思うように腕が取り出される
町娘「…………銀色の…… 籠手…?」
指先の一つ一つまで、見知っている
死の直前、そのひとつひとつを数え、確認し、集めたそれだった
町娘「ーーーー!」
身を起こす
布団を払おうとすれば、腕は思ったとおりに布団を振り払った
布団の下に隠れていたのは、腕と同じ『銀色の二足』
その銀色の脚と、本来の生身の脚のつなぎ目に、壊れた金具が見える
その金具は、本来は上部に重なる別の金属にくいこみ、固定するはずのもの
だが捻じ曲がり潰れたソレは、まるで小さな幼子の手のように肌に沿えられているだけ
町娘「う……そ……? なんで……?」

562 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:27:21.84 ID:r5H5rxS30
その掌を見ようと思えば、自分のものであるかのように眼前で動く
曲げるのも、開くのも、思うようにーー
反応は、一瞬のタイムラグがあるようにも感じた
そしてそれが、亡霊鎧が町娘の意思を感じて動くまでの時間差だとすぐに気付く
町娘「亡霊鎧さんは……っ!?」
立ち上がろうと思えば、すぐに立ち上がるその脚
布団から跳ね起きるのは容易
それでも急に動いた視界に 自分の頭のほうが耐えられなかった
クラリと視界が回る
恐らく、これが本当の自分の身体であったら転倒していただろう
だが、その銀色の脚は倒れる事は無かった
その銀色の腕が、優しく町娘の身体を抱きしめる
……抱きしめられたと、感じた

563 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:27:57.58 ID:r5H5rxS30
傍から見れば、自分の腕を交差し
自分の身体を抱いただけにも見えるだろう
そしてその姿は 奇しくも
胎内に宿る小さな魂を守ろうと腹を抱くような……そんな姿にも見えるのだろう
町娘「あ………」
ゆっくりと視界の揺らぎが回復していく
それと同時に、身体を抱く腕の力も緩んでいく
町娘「…………っ!」
改めて駆け出した
真っ白い扉の、その向こうへ
銀色に輝く、その脚で

564 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:28:57.55 ID:r5H5rxS30
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魔王「………」
私室の閉じられたドアの向こう
廊下から僅かな物音を聞き取った
走り寄る足音は、ドアの前で止まる
魔王「……………」
入室を促すことはしない
ただ、黙ってその気配を様子見るだけ
しばらくの間があってから、扉は控えめにノックされた
侍女長「はい。どのようなご用件でしょうか」
侍女長は、“わかりきっている”相手の名を尋ねることを忘れたまま
とぼけたようにドアの向こうに声をかけた

565 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:29:34.29 ID:r5H5rxS30
町娘「あ…の。 町娘です…… その… 入っても、いいでしょうか……」
侍女長「はい。もちろんですよ、町娘様」
侍女長はそう答えながら、扉をあけて微笑んで町娘を迎え入れた
ここまで走ってきたのだろう
だが、もちろんその息が乱れることはないはずだ
その駆ける四肢は、彼女のものではなく
彼女自身はほとんどの動作を行っていないのだから
それでも、彼女の心臓は充分すぎるほどの速度で動くのだろう
片手で胸元を押さえ、薄く開かれた口から 熱く深い呼気を何度も吐き出している
町娘「あ……あの!! 私、この腕と脚が…!! 亡霊鎧さんは!」
速まりすぎて、意図を成さない言葉になっている
その様子を見た侍女長が、穏かに微笑んで 部屋の奥へと町娘を誘導した
侍女長「亡霊鎧様でしたら、こちらにいらっしゃいます。……今は、兜ですが」
町娘「え……」

566 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:30:03.45 ID:r5H5rxS30
町娘が、少し前まで眠っていたはずのベッドの位置
そこには既に小さなベッドはなく、代わりに 高さのある飾り台が置かれている
飾り台の上には、かなり厚手のクッション
そしてその上に…… 亡霊鎧のヘルムが、厳かに置かれていた
町娘「………亡霊…鎧、さん……?」
町娘はその兜に近づき、そっと手を伸ばす
金属の指先と 金属の頭部は、触れあうと キン…、と音を立てた
音叉にも似たその響きを聞き届けたまま、動かない町娘
魔王「…………僅か、3日ほどだ」
町娘「え……?」
侍女長「町娘様を、森の中で発見してからの期日でございます」ニコ
侍女長「きっと… ひどく、お疲れだったのでしょうね? あまり大きな外傷もないのに、眠り続けていらっしゃいました」
魔王「見つけたときは、さすがに死んでいると思ったがな。まさか、ただの擦り傷程度だとは…」ハァ
町娘「……?」

567 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:30:59.17 ID:r5H5rxS30
侍女長「野犬の群れに襲われていたのですよ。魔王様の気配を察して、散っていきましたが… 覚えておられませんか?」
町娘「野犬……? 私、全然……」
魔王「亡霊鎧の甲冑を、纏っていたから無事で済んだのだろう」
侍女長「ふふ。磨いたので目立たないかもしれませんが…… ほら、ここに証拠が」
侍女長は、町娘につなげられた銀色の腕をそっと取り、肘の近くをそっと撫でる
確かにそこに、僅かな凹凸が数個、大きめの凹凸が4つ見受けられた
町娘「これは… 歯型…?」
侍女長「右の足首。それに 左の太腿にも、同様の物がありますよ」
町娘「なん… なんで…」
魔王「手足の無い柔らかな肉塊があったら、格好の餌食だからな」
魔王「亡霊鎧は自らの手足をお前に繋げ、お前の四肢であるかのようにカモフラージュしたのだ」

568 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:33:01.03 ID:r5H5rxS30
侍女長「獣はまず手足に噛み付いて相手を弱らせ、その後で背にのり、首を噛み切ります」
侍女長「恐らく、その手足はそのために 噛み付いて振り回した際の傷かと」
魔王「胴体部分は、もともとが壊れていたようだがな」
町娘「……っ それは… やっぱり、じゃぁ、私が…… でも、一体どういう…」
侍女長「甲冑の背面パーツだけが、町娘様の上に乗せられた状態でした」
侍女長「………ひどい、爪傷が全面についていて。現在は修理工の元へ出しています」
町娘「私… そんなことになっていたなんて、全然気付かなくて…!」
魔王「小さいからな」
町娘「え?」
魔王「あの甲冑は男性…… それもある程度、屈強な体躯をした戦士などの着用を想定して作られている」
魔王「おまえのその身体では、甲冑の後ろ半身であろうともすっぽりと収まるほどの大きさがある」
魔王「…まるでドームのようにお前に覆いかぶさって、その両端は浮くことも無く、地に支えられていた」
侍女長「兜もですよ?」
町娘「っ」

569 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:34:37.92 ID:r5H5rxS30
侍女長「恐らく首には噛み付かれたのでしょうが… 地に伏せ倒れた首と、ヘルムの間には距離があり、牙は届かなかったようです」
魔王「激しい音はしただろうが、ヘルムを被っていた為に音が聞き取りづらかったのだろうな」
町娘の目は見開かれ、瞳孔が細かく揺れている
混乱したまま動けないーーそんな様子が一目でわかる
侍女長は町娘の手を取り、にっこりと笑った
もう今は安心なのだと証明するように 少しおどけた声をかける
侍女長「本当に危機一髪でしたよ? 丁度、野犬が兜を引き抜いていた所で、顔が半分みえていたのですから」
魔王「あと1分と立たぬ間に、晒された首元に噛み付かれていたかもしれないな」
町娘「………なん… で…? だって。亡霊鎧さんは…… 壊れて、崩れて……なのに、一体誰がそんな……!?」

570 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:35:17.71 ID:r5H5rxS30
魔王「ああ、それならば…」
侍女長「ふふふ。いけませんよ、魔王様」
町娘「え……」
可笑しそうに微笑んで、魔王を諌める侍女長
魔王はくだらなそうに小さく鼻で息をつくと
飲みかけのカップを手に取り、静かに茶を飲み始めた
町娘「あ… あの……っ!?」
侍女長「いつまで、そうしてふてくされているのです? ……『亡霊兜』様」
侍女長は、飾り台の上のヘルムに声をかけた
しばらくの間を置いたあとで、ゆっくりとそのバイザーが持ち上がる
亡霊兜『どうか今しばらくほうっておいてくだされ…! 我輩、町娘殿に向ける顔がありませぬ!!』
町娘「!!!!」

571 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:36:01.05 ID:r5H5rxS30
侍女長「何言ってるんです。今は顔しかないじゃないですか。というか、顔ですらないじゃないですか」
亡霊兜『ふざけているわけではありませぬぞ!?』
侍女長「町娘様の、この心配そうで不安げなお顔を…見て見ぬ振りするのが騎士道なのですか?」
亡霊兜『う…… うぐぐ』
ヘルム部分だけであったが、以前と変わらずにカパカパと動くバイザー
それを“元気そう”と呼んでいいのかは不明だが、ともかく以前と変わらないように見えた
町娘「亡霊…鎧さん…… 無事、だったのですね………?」
亡霊兜『町娘殿……』
ヘルムに向かい、一歩脚を踏み出す
その脚がそれ以上進まず、手も伸ばせなかったのは、恐らく“亡霊鎧”自身の意思だろう
向かい合ったまま、ただそのバイザーの奥を見つめる町娘であったが……
ガシャン!!
そのバイザーは、突然 音を立てて 勢いよく閉じられた
亡霊兜『本当に申し訳ないっっっ!!!』
町娘「え」

572 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:36:34.60 ID:r5H5rxS30
大声での謝罪に、椅子に座った魔王が不快そうにカップを手荒くテーブルに置いた
その音に覇気を奪われたのか、続けられた亡霊鎧の声はどんどんと尻すぼみに消えていく
亡霊兜『その… 確かに我輩は、“騎士の恥を披露してみよう”などと申したわけではあるが…』
亡霊兜『弱音を口にし、男泣きをするくらいであれば…という程度で、その…』
町娘「亡霊鎧さん…?」
侍女長「……はっきり言ったらどうです」
侍女長「………『儚く初心な娘子のように、驚きのあまり失神したりして申し訳ありません』、と」
亡霊兜『 』
カパカパと動いていたバイザーが動きを止めた

573 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:37:14.74 ID:r5H5rxS30
町娘「し、失神?」
亡霊兜『はっ。ここここ、これはその!』
町娘「壊れて……しまったのでは…?」
亡霊兜『わ、我輩は リビングアーミーでありますぞ! たとえひとつひとつの部品に分解されたとしても、死すことはありませぬ!!』
町娘「だ、だって。全然、動かなくて……!」
亡霊兜『ぐぐ… 野犬に殺気を向けられるまで、すっかり気を失っておりましたゆえ…』
町娘「すごく冷たくなっていたし!」
亡霊兜『金属ですゆえ、そればっかりはご容赦いただきたい!! 砂漠に行けば目玉焼きも焼けまする!!』
侍女長「あら、では胴体部分はフライパンに再加工させていただいてもよろしいですか?」
亡霊兜『よろしくないですぞ!?』

574 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:38:00.00 ID:r5H5rxS30
興奮した様子で、先ほどまでとはうって変わり
言葉が止まらない亡霊兜
その様子には見向きもしないまま、魔王はいらただしげに呟く
魔王「……うるさい」
侍女長「っ! これは、申し訳ありません魔王様…」ペコリ
魔王「……」ガタ
立ち上がり
亡霊兜と町娘の側に歩み寄る
魔王「伝えるべき言葉はそれなのか、亡霊兜」
亡霊兜『っ!』
魔王「尋ねるべき用件はそれでいいのか、町娘」
町娘「ーーーっ!」
魔王「……」

575 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:38:56.05 ID:r5H5rxS30
魔王の冷淡な言葉と視線
威圧するようなその黒い瞳が、二人の心に喝を入れる
それぞれに気合を入れなおし、生唾は飲み込み、声を張り上げた
町娘「亡霊鎧さん!! 私の、この脚と腕は…!」
亡霊兜『………町娘殿に… お願いが、ござりまする…!!』
同時に口に出したせいで
お互いに聞き取れず、「え?」と声が重なる
侍女長「あら、息がぴったり。夜中に逃避行するだけの事はありますね」クス
魔王(………余計に聞き苦しいだけではないか…)ハァ
魔王は無言のまま、また椅子へと戻っていった

576 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:40:10.51 ID:r5H5rxS30
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・・・・
亡霊兜『我輩が生み出された時、既に日常生活を送れる程度の思考力を持っておりました』
自分で“考える”“学ぶ”
それはあくまで、新しい物事を習得するための手段
戦闘などは最初からできた
最初から、我が身体を動かすと同様に剣を扱った
だから考えたり学んだりするのは、例えば調理の仕方や買い物の方法などだった
だが味わうことはない鎧の身。
“もっと美味しくする方法”なんて考えることも無かった
装備や食料などを買う必要もないから
“もっと安く求める方法”も考えたりしなかった
“倣う”だけで、充分に用が足りていた

577 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:40:37.35 ID:r5H5rxS30
亡霊兜『生みの親である鋳物師と共に町に出て、鋳物師の行いを倣っていった』
亡霊兜『壊したら、悪い。助けたら、善い。最初は逐一、鋳物師が教えてくれていた』
亡霊兜『当然のように、善悪も倣って覚えるものとなっていたーー』
誰かに倣い、善悪を覚えるものだと思っていた
思考力はあっても、善悪の価値観など知らなかったから
だが、善悪は人によって姿を代える。その線引きは変わってしまう
だから“倣うべき正しい善”を求めた
亡霊兜『我輩は、模倣する生き方を当然と思っていたのです』
ーー誰かに倣って、そんな生き方をしようなんて。甘いんじゃないですかーー
言われてみて、千年もたってようやく気付いたのだ
『倣わない生き方』があることに

578 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/18(水) 21:41:34.72 ID:r5H5rxS30
善悪とは
『自分で覚えていく事』だから、人によって異なるものだった
『自分で考える』からこそ、間違ってしまうものだった
これまでの旅の中で何度も見てきた、
『正しいと信じたことで、取り返しのつかない後悔に苛まれる者』の姿を思い出す
何故そんなことをしたのか、と尋ねたこともある
愚かなことを…、と叱咤したとで慰めたこともある
そんな偉そうなことを言っていた自分は
『間違いたくないから、一番正しい善をさがして真似しよう』としていた
亡霊兜『……出来ないと、思い込んでいたのです』
亡霊兜『自分は、ただの武器。ただの防具。生きているだけの、ただの甲冑なのだとーー』
亡霊兜『そんな曇り眼のまま、騎士甲冑として、騎士の生き方を望み申した…』
“誰かに倣おう”と決めたのも
“善を求める生き方をしよう”と決めたのも
思考力しか持たないはずの自分の意思で考えであったはずなのに。
出来ないと思い込んでいた
そんな自分の愚かさには、ずっと気付けないままだった