Part19
527 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:37:59.49 ID:4EGTf7mI0
町娘「……その身体は、繋がっていなくても動くんですね」
亡霊鎧『はっはっは。独立して動く手足は、気色悪いかね?』
町娘「いつかみた…… 活動写真のようだと思います」
亡霊鎧『活動写真?』
町娘「ええと… 連続した写真をつづけて映し出すもので……」
亡霊鎧『ああ、いや。活動写真はわかりますぞ。そうではなく、我輩のような者が題材にされていたのですかな?』
町娘「いえ、手だけでした」
亡霊鎧『なんと奇妙な』
町娘「主人公が、手首なんです。小さいので、階段を登るのも一苦労…という、コメディでした」
亡霊鎧『それは、愉快でしょうな。我輩ならば、それを体感することもできてしまいますがな』
亡霊鎧はその腕の先を動かして、愉快そうに笑った
それを見ながら、町娘は話を続けた
528 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:38:25.32 ID:4EGTf7mI0
町娘「とても面白かったです。……彼と、一緒に見ました。たくさん笑いました」
亡霊鎧『……思い出のあるものであられたか。失礼、決してからかったつもりでは…』
町娘「いいんです。……今は、少し羨ましいなと感じていました」
亡霊鎧『羨ましい?』
町娘「もしも私が “胴と頭”だけじゃなくて… “手だけ”とか、“足だけ”だったら…と」
亡霊鎧『町娘殿…』
町娘「そうだったら、時間はかかるかもしれないけど……好きな場所に向かえますから」
亡霊鎧『………』
胴部だけの町娘
這いずるための手足もなく、身をくねらせたところで思う方向へは進めない
亡霊鎧はよいフォローも思いつかず、言葉を詰まらせるしか出来なかった
529 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:39:08.76 ID:4EGTf7mI0
町娘「……ごめんなさい。困らせました」
亡霊鎧『いや……我輩も、慰めのひとつも出せない無骨者で申し訳ない』
町娘「いいんです。上手に慰められたら、余計に惨めなだけなので」
無表情のまま、抑揚の少ない言葉が口からこぼれ出ていく
先日の墓作りをする時の話からすると、随分と言葉数は増えている
だが、それは諦めや不満ですらも受け入れるかのような物言いだ
『愛しい人の子』という、身を守る為の仮想現実が無くなった今
より冷酷な現実を、“受け入れるしかない事態”として感情を弱めて対処しているのだろう
亡霊鎧《人間とは…… 時に、まるで機械よりも機械らしいものにみえますな…》
亡霊鎧が最初に町娘を見たのは
ゆるい陣痛に襲われながら、空想に逃げ込んで痛みを逃している時だった
視界すら定めずに椅子の上で揺れている様子には、
亡霊や精霊のような、現実味の無い透明感…… そんな、儚さのようなものを強く感じた
だが、今目の前ではっきりと喋る町娘からはそんな様子はうかがい知れない
530 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:39:41.27 ID:4EGTf7mI0
亡霊鎧『町娘殿は、最初にお会いしたときの印象よりも……なんというか、その』
町娘「可愛げがない、ですか?」
亡霊鎧『い、いや! そうとは申しませぬ! ……ですがこう、強さと言うか…』
町娘「強さ……?」
亡霊鎧『試練から逃げず、受け入れて睨みつけるような……男気じみた部分がありますな』
町娘「男気……。私は女らしくないですか?」
亡霊鎧『我輩はあまり、女性らしい女性の発想にはついていけないので、その方がありがたくもありまする。はっはっは』
町娘「女らしくないんですね。仕方無いですが、ショックです」
亡霊鎧『 』
531 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:40:08.54 ID:4EGTf7mI0
町娘「冗談です。昔は、男勝りだとよく言われたので自覚してます」
亡霊鎧『……町娘殿の冗句は、あまり笑えませぬな……』
町娘「黙っていても、この身ひとつで笑い物なので。それくらいでいいのかも」クス
亡霊鎧『わ……笑ったところを初めて見たものの、内容が自嘲的すぎて反応に困りますぞ!!』
町娘「こういう時は、“笑顔の方が似合いますよ”くらい言ってほしいです」
亡霊鎧『……それも冗句ですかな?』
町娘「今のは本音です」
亡霊鎧『も、申し訳ない』
やっぱり冗談ですよ、と 小さく付け足した町娘
亡霊鎧は安堵の溜息をつき、そんな自分を笑いたくなる
亡霊鎧にとって自らのペースが狂うのは珍しいからだ
532 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:40:35.18 ID:4EGTf7mI0
勇者と共に、世界に笑顔と安心感を届けるために長く旅をしていた亡霊鎧
勇者亡き後も、その生き方は変わらなかった
ーー “変えられなかった”、ともいえる
悲しい空気の流れる場所でも、辛さに気分が沈む時でも
怒りに荒ぶる者の前でも……
亡霊鎧は、勇者がしたように
いつだって 明るい話題と朗らかな様子で“安心感”を届けるよう努めた
勇者のような穏かな微笑みも無く
勇者のような慈愛と労わりの瞳も無い
“勇者”という希望を象徴する肩書きも、もちろん持っていない
亡霊鎧は、同じようにやってみせても
勇者と同じような結果にすることはできなかった
馬鹿にされ、怯えられ
『場違いで空気の読めない無機物』と罵られ、蔑まれる事が多かったのだ
それでも、それが勇者に学んだことだった
ただひとつ、善と信じたやり方だった
間違っている気はしていたが
信じられる他のやりかたなんて、もう有り得ないのだからーー
533 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:41:15.08 ID:4EGTf7mI0
町娘の反応は、本当に亡霊鎧にとって珍しく 調子が狂う
彼女は、間違いなくどん底の境遇だ
調子外れの亡霊鎧の慰めに、怒声をあげて罵ってくるのならわかる
どん底にいて、荒ぶっていてもおかしくない
沈んだまま拒絶するばかりでもおかしくないのに。
だが実際はどうだ
最下層にいる自分を、さらに低い場所から“掬いあげて”、“見せ付けて”、
『これが私ですが、何か』とでも言いたげだ
自虐といえば、ただの自虐。だが悲壮感は漂わない
そういう感情は、やはり自己防衛のために空想の中に置いてきてしまったのだろうか
だとすればーー
534 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:41:45.21 ID:4EGTf7mI0
亡霊鎧『……町娘殿は…… 感情が希薄であるように見受けられる』
町娘「え……」
亡霊鎧『夜分に無理に連れ出した我輩に対し、本当は怒っておられるのではないかと』
町娘「………あ」
亡霊鎧『もしもそうなら弁解させてくだされ。我輩はただ…
町娘「いえ。……そうではなくて、そうかもしれないなって」
亡霊鎧『………は。 どちらであらせられる』
町娘「怒ってないです。でも、言われてみると……希薄というか。気持ちを押し殺すのが、癖になってたのかもしれない」
亡霊鎧『…それは、心を守るために必要な……』
町娘「押し殺しすぎて……楽しいとか、嬉しいとかまで、殺してました。これでは無差別大量殺害犯ですね」
亡霊鎧『 』
535 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:42:20.27 ID:4EGTf7mI0
町娘「……ごめんなさい、不謹慎な発言でした」
亡霊鎧『は、はっはっは。随分と不穏なことを容易に仰る。そういう物が怖くないのですかな』
町娘「私自身が生きるブラックジョークみたいな境遇なので、そういう感覚すらずれているのかも……」
亡霊鎧《いくらなんでもブラック過ぎますぞ!!??》
どこか、現実味の無い町娘
それでも不思議なことに、誰よりも現実を見つめているようにも感じた
町娘は、突然に思いついたように空を見上げてそのまま後ろに倒れた
慌てて助け起こそうとしたが、「これで丁度いいです」と断られる
町娘「星空を、草むらに寝転がって見上げるなんて。いつぶりだろう……」
亡霊鎧『………それも、例の想い人と共に?』
町娘「いえ。多分 夜盗に押し倒された時か、草原に打ち捨てられたときに見てる筈です」
亡霊鎧《本当に勘弁してくだされ……!》
536 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:42:56.10 ID:4EGTf7mI0
穏かな癒しの時間を届けたかったのに、すればするほどに盛大に裏目にでていく
人前で弱気を見せるなどは良くないが、さすがにがっくりとうなだれてしまう
だがそんな駄目な姿を見た町娘は、今度は小さく微笑んで見せた
亡霊鎧『…………笑顔のほうが、似合いますぞ』
町娘「私の提案した模範解答をなぞるなら、せめて私が忘れた頃にしてください」
亡霊鎧『ぐっ』
町娘「ふふ。……そんな笑わせ方は、ちょっとズルいです。笑っちゃいました、私の負けです」
亡霊鎧『まったく勝った気がしませんぞ!? むしろ勝てる気もしませんな!』
町娘「ふふ、本当におかしい」
亡霊鎧『 』
そういいながらも、どこか希薄な空気を漂わせている町娘
瞳だけが、力強くまっすぐに星空を見つめていた
亡霊鎧『……………』
537 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:43:24.19 ID:4EGTf7mI0
亡霊鎧《この世界は、平面に見えて 実は球体なのだと聞いた事がある》
亡霊鎧《もしもまっすぐに歩き続ければ、一周回ってもとの場所に行き着くのだと》
それを教えてくれたのは、どこかの宣教師であったか
天体学者か、数学者だったかもしれない
あの砂漠に近い町の外れには、水を求めて多くの者がやってきた
広い見聞を持つ知識人の話なども多く聞いた
いつか、勇者のように 自分が信じられる者が現れるかもしれないと祈りながら
永遠のようにも感じた長い時間をそうして待ち続けていたのだ
亡霊鎧《……現実から逃避しつづけていても、いつかは一週巡り、その先の現実に行き着くのであろうか》
限界まで逃避した先で行きつく現実は
”元々居た現実“と 同じ世界だろうか
亡霊鎧《逃げてはならぬ、見つめねばならぬと誰しもが口にした》
亡霊鎧《勇者も、いつも前だけを見据えていたのに》
ーー後ろしか見ていないような発言のこの娘御が
誰よりもはっきりと、“遠い明日”を見つめているように感じるのは何故だろう
538 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:43:49.69 ID:4EGTf7mI0
町娘「……自分の体があったときでも、あんなに早く走ったことなんてありませんでした」
星空を見上げながら、町娘が呟いた
冬空に吐き出す息にも似た、暖かな声音
町娘「兜や、鎧の間からびゅんびゅん風が入ってきて…爽快でした」
町娘「視界に移る手足は、自分の胴に繋がっているようで。振れる腕が見えるのが嬉しくて」
町娘「もし、怒っているように見えたなら……ちょっと残念に思ってしまったからかもしれないです」
亡霊鎧『残念とは…』
町娘「こうして、地に戻った自分は やはり走れないので」
町娘「でも、やっぱり嬉しかったです。すこし、今は夢心地です」
亡霊鎧『……』
町娘「そういえば… どうして、私を連れ出したんですか?」
亡霊鎧『え…… あ』
539 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:44:22.15 ID:4EGTf7mI0
町娘を自分の身体に収めて “想い人”とやらの元へ行こうと思った
宵闇に紛れていれば、鎧の手足でも本物の手足と見まがうだろう
自分の肢体に引け目を感じることも無く、想い人に声をかけられるだろう
そうして、その“無い四肢”を見られることなく、綺麗な思い出が作れる
よい慰めになるだろうとーー… そう思って連れ出したのだ
亡霊鎧『……いや。今は、何をやっても裏目に出そうな気がするのでやめておきまする』
町娘「?」
亡霊鎧『何をやっても裏目に出るなら、いっそ裏を掻きたいと思いますぞ』
町娘「? なんでしょう」
亡霊鎧『騎士の恥を、盛大に披露してみようかと』
町娘「え?」
540 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:45:36.57 ID:4EGTf7mI0
亡霊鎧『守るべき女子供に、弱音を吐き、ベソをかき、悩み惑い、慰められてみようかと』
町娘「…………ふふ。なんです、それ」クスクス
町娘「私と同じくらい、生きるブラックジョークです。亡霊鎧さんは騎士甲冑そのものなのに、それでいいんですか?」
亡霊鎧『町娘殿を見ていて、全力で逆走してみたくなったのですぞ?』
町娘「ふふ。あんなに脚が速いのに、まだそれ以上に全力を出したら止まらなくなりそう」クスクス
亡霊鎧『…そこは… 止めてくだされ………』
それから亡霊鎧は
自分の生い立ちなどを話し始めた
541 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:46:04.28 ID:4EGTf7mI0
信じるべき“善”が欲しかったこと
善と信じた勇者に倣い、今の自分の人格があること
勇者と共に過ごした日々、共に見続けた世界の歴史と悲惨な惨状
勇者を失い、一人で進む道は上手くいかなかったこと
今の自分を形成する“善”の教えに疑問を持っていること
女神の導きがほしくて魔王城を訪れたこと
そして、新たな“信じるべき善”を探していることーー
流れるはずも無い涙が、声を詰まらせる気がした
話せば話すほど、喉から手が出るほどに 求めが叫びに変わる気がした
黙ったまま、星空を見上げていた町娘は
消え入るように語り終えた亡霊鎧をゆっくりと見つめ……
一言だけ、つぶやいた
町娘「誰かに倣って、そんな生き方をしようなんて。甘いんじゃないですか」
542 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:47:01.13 ID:4EGTf7mI0
根底からこれまでの生き方を否定された亡霊鎧は、
力を失ったかのようにガラガラと崩れ落ちた
全ての止め具が外れて、パーツが落ちる
落ちるそばから別のパーツにぶつかり、撥ねて、あたりに転がり散らばった
町娘「………」
カラカラカラン、と
丸みを帯びたどこかのパーツが独楽のようにまわり、倒れた
その後には、静寂だけが残った
町娘「……………」
顎を地面に押し付けて、大きく頷くような動作で、這いずる
一番近くにあった亡霊鎧の指を咥えて、手の側に吐き出す
また這いずり、残りの指を集める
指の次は、腕。その次は反対の手。そして腕
脚も同様にして両足を一箇所に集めた
胴体部分は、自分の胴体で押し付けるようにしてずり寄せた
ヘルムは、頭突きで転がすようにした
543 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:47:26.69 ID:4EGTf7mI0
町娘「………」
そのすぐ横に、自らも転がる町娘
顎は擦り切れてその傷口に土が埋まっていたし
胴体も細かな擦り傷だらけで、服もところどころ破けている
町娘「………」
冷たい、金属の感触
身を寄せるそばから、芯まで冷え切るほどだった
町娘「ごめんなさい」
あの言葉は、そう思ったからと言って口に出すべきじゃなかったのだろう
544 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:48:24.64 ID:4EGTf7mI0
自分に出来る事は、ここまでだ
組み上げる事もできないし、綺麗に並べることも出来ない
彼の信じた勇者のように、希望に満ちた言葉など思いつかない
それでも、ここまでできるとは思ってなかった
思うように這うことすらできないと思っていた
本当に全力で集めて、ようやくここまでなのだ
あとは
体温を持たぬ彼の冷たい身体に、温度を分け与えるくらいしか思いつかない
町娘「……何の償いにもならないだろうけれど……」
力の限りに這いずり、汗をかくほどに火照った身体だ
これほどに暖かければ、きっと彼にも少しは暖かさがとどく
いつの間にか、私の言葉は冷え切っていたのかもしれない
それでも、今のこの心を伝えてあげたかった
それしか、詫びる方法が思いつかなかった
彼の求めた答えに、それしか応える方法が思いつかなかった
泉から撫で付けるように吹き付ける冷気は、水と土と森の匂いがする
その香に誘われるまま、町娘は深く眠りに落ちていく
545 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:48:57.31 ID:4EGTf7mI0
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
「! これは……一体、何を……っ! 侍女長! こちらだ、居たぞ!!」
「………!! 町娘様!! 亡霊鎧様!!!」
目が、開かないのかもしれない。真っ暗だ
耳ですら、ひどく遠く聞こえる。距離感すらつかめない
ああ、そうか
こんな場所で寝てしまったら、人間の私は死んでしまうんだった
町娘(………強がりすぎて… あたりまえの弱さも、忘れてたのかな……)
546 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:50:06.24 ID:4EGTf7mI0
普通の人間以上に、
暖かな光のような生を送ろうとした亡霊鎧
その彼が、普通の鎧のように あっさり崩れて壊れてしまったみたいに
機械仕掛けのように、
無機質であることで生き永らえた人間の私も
結局は、人間らしいあたりまえの理由なんかで あっさり死んでしまうのか
ーーーーやっぱり、神様はいるんだとおもう
何もかもを嘲笑って、努力を全部無駄にさせて、一番に最悪な方法を演出して
私に“最高のバッドエンド”を演じさせようとしてるんだと思う
私が、一番辛い方法を考えて
私が、一番に悪くなる方法を考えてるんだとおもう
町娘(巻き込んじゃって…… 本当に、ごめんなさい)