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魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」
Part18


503 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:07:29.37 ID:Wtj4g++30
あるいは、強奪するという手もあろう
全ての取引に応じず、ただ求めたところで誰に諌められようか
魔王(だが、そこまで強引に引き取ってしまえば… 二度と、少女は自分の巣穴へと戻れなくなる)
思考が堂々巡りを繰り返す
何度考えても、手が出せそうにないーー それは、不幸の引き金に違いないから
悔しさに、いつの間にか唇を噛み締めていたらしい
口の中に血の味がにじんだ
魔王(……もし、僅かにでも手を伸ばせば… もう引き戻す事も出来ないのだろうな)
あの日、実の兄を追って魔王の元を離れた少女
その後姿を、いつまでも見送ったまま動くこともできなかった魔王
あの時の痛みは、未だに胸に焼き付いて離れないーー
その恐怖が目の前に迫れば、少女の事を考える余裕など持てず
自らの心の安寧を優先してしまうのだろう
何よりも、あの痛みをもう一度味わう事が怖かった
見えもしない痛みに、一方的に締め付けられ、抵抗する術もないのだから

504 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:08:54.03 ID:Wtj4g++30
やはり、関われない。
関われない以上、関わらないと決めておくのが一番だ
自分の導き出す1番と、少女にとっての1番が符合するのなら、他を選ぶ必要はない
魔王(………何故、手に入れられないのだろう)
魔王(何故……ーーー)
何故、少女は戻ってこないのだろう
いつだって、考えたくないと思って逸らしている結論がある
選ばれなかった理由
選んでもらえない自分の価値
あの最下層に住み続ける少女にとって
『魔王』という地位ですら、少女より地位の高いそのほか大勢の人間と変わらない
『魔王』は有象無象のうちのひとつでしかなく
特別なものにはなれないのだ
求めてすらもらえないのだとしたら
やはり魔王には価値など無いのであろうか

505 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:09:19.40 ID:Wtj4g++30
魔王(………求めるのであれば…… いくらでも、与えていたいのに)
町娘「…………」
町娘「求めても……いいですか…?」
魔王「っ」
心の声を聞かれた気がして、魔王は意識を戻した
もちろんそんな訳は無い。わかっていても心臓が鳴った

506 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:09:50.39 ID:Wtj4g++30
魔王「……何を…… 求める…?」
町娘「………」
町娘「子の、墓を… 作らせて、ください」
魔王「…………………ああ」
この気持ちは 安堵か落胆か
もう、そんなことすらもわからない
どちらなら、正解なのだろう
少女であれば、こんな質問にもあっさりと答えてくれるのだろうか

507 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:11:57.91 ID:Wtj4g++30
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場所を検討した結果、
森の中の、開けた一角に墓を作ることにした
いつだったか、少女と花びらのベッドを作った場所だ
あの時に魔王が味わった穏かな眠りを思うと、墓を作る場所に相応しいと感じる
あのまま永く眠っていれば幸せだったのではないかと思うほどなのだからーー
亡霊鎧が、スコップを使い穴を掘る
車椅子の上に座る町娘の脚の間には、小さすぎる骨壷が置かれている
最期の時ですら、手に抱くことも出来ない“我が子”
脚というよりも、股に挟むようにして骨壷を抱く町娘は何を思うのか
侍女長「……亡霊鎧様。もう、それほどもあれば充分かと」
亡霊鎧『………もう少しだけ、掘らせてくださらぬか』
侍女長「ふふ。そこに入るのは大男ではありませんのよ?」
亡霊鎧『……存じている。小さな小さな、骨であろう』
侍女長「それなら…」

508 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:12:36.88 ID:Wtj4g++30
亡霊鎧『万が一にも…… 野犬などに掘り返されたら、ひとかけらも残らぬような小さな骨であろう』
侍女長「…………」
亡霊鎧『………』
ザク、ザクと。
丁寧に、深く掘られていく穴
それを見ながら、町娘はまた一筋の涙を流した
魔王「……何故、泣く?」
町娘「……え…?」
魔王「……侍女長の話しを聞いて居なかった訳ではない」
魔王「だが、淫魔は元々 父親の身など分からぬものも多い種族だ。特殊といえよう」
魔王「だが、人間であるお前でも…… 侍女長と同じように、思うのか?」
町娘「……私は…」

509 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:13:18.44 ID:Wtj4g++30
町娘「私は、もし、こんな境遇じゃなかったら… この子を憎んでいたかも…しれません…」
魔王「ならば… 何故、そのような子の墓を望んだ」
町娘「…………。 この子が… 私を、生かしてくれたから…」
魔王「お前を生かしていたのは、商人であろう?」
町娘「……」フルフル
魔王「………?」
町娘「ずっと…… 空想ばかりしてたんです」
町娘「現実は受け入れられなくて…。あの子が居なかったら、私は壊れてたと思います…」
魔王「……肉体の死ではなく、精神の死。生かされていたとは、その精神の部分の話か」
町娘「……」
町娘「……どうしても… 一目でも、もう一度会いたいヒトがいるんです」
町娘「だから、壊れるわけにはいかなくて… あの人だけは、忘れるわけにはいかなくて…」

510 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:13:47.13 ID:Wtj4g++30
魔王「……よく、わからない」
魔王「そうであるならば、誰の子とも知れぬ腹子など、現実逃避を加速させるだけでは?」
町娘「おなかの子は、その想い人の子だから…」
侍女長「……え…?」
魔王「馬鹿な。どういうことだ」
町娘「……馬鹿、ですよね。わかってます」
魔王「……」
町娘「わかってます… そんなことないって。本当はあの、卑しい顔をした男の子供なんです」
侍女長「町娘様……?」
魔王「…………一体… 何が言いたい?」

511 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:14:31.98 ID:Wtj4g++30
町娘「気が狂いそうな、日々でした…」
町娘「だから…… 空想の中で、想い人に抱かれていました…」
魔王「想い人に……? だが、空想なのだろう?」
侍女長「もしや…… 想像妊娠だと、思っていらっしゃったのですか?」
町娘「……」フルフル
町娘「……2回目、なんです」
侍女長「……? 何がですか…?」
町娘「妊娠…です。最初に孕んだ夜盗の子は 流産、してます」
侍女長「え……」
魔王「待て… では、お前が今抱えているその骨は一体?」
町娘「達磨として、『その方が見栄えがいいから』って…」
町娘「商人に、私のような容姿の者を嗜好する男の元へ……送られて」
侍女長「まさか…… 無理に、また孕まそうと…?」
町娘「………」コクン

512 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:15:17.13 ID:Wtj4g++30
侍女長「……っ なんて…… そんな、そんな…」
魔王「……」
ザク。ザク。
亡霊鎧が、穴を掘る音だけが響く
音が大きくなった気がするのは、スコップを操る力加減がかわったせいだろうか
町娘「幾晩も続く行為の中、私はずっと空想しつづけました…」
町娘「だから… このお腹の子は、空想の中で逢瀬を重ねたあの人の子供かもしれないと思うようになって…」
魔王「それこそ、ありえないだろう。何故そうなる」
町娘「だって… だって!」

513 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:15:57.90 ID:Wtj4g++30
町娘「神様はいじわるで、私を嫌っていて、酷いことばかりするからーー」
町娘「私があの子を殺したり… 何もかもを諦めて壊れてしまったら…」
町娘「『ソレは本当にあの人の子だったんだよ』
『君の願いを叶えてあげたんだよーー』って…… 言われそう、で……」
町娘「……今でも… ソレくらいのこと、神様にされちゃうんじゃないかって気がしてて……っ」
町娘「本当は この骨は、やっぱりあの人の子だったんじゃないかなって…。今も、思えてしまうくらいで……っ」
侍女長「町娘様……」
亡霊鎧『……人間不信。救いを求めるべき神ですらも信じられぬ程だったと言うのか……?』
魔王「……神など、いやしない」
魔王「だが神は居ると思うが故に、そのような妄想に捕らわれるとは…。信仰の深さも、命取りとなるな」
亡霊鎧『………クッ』

514 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:16:30.06 ID:Wtj4g++30
町娘「本当は… とっくに、おかしかっただけなんですよね……」
町娘「わかってました。そんな事、ありえない……でも…」
町娘「あの人の子じゃないかって疑うことで、生きてこれたんです…」
町娘「あの人との子が共に居るかもしれないから、がんばれたんです…」
町娘「あの人に会いたいという願いをかなえるためには… それにしがみつくしか、なかったんです……」
侍女長「……町娘様…」
魔王「……断言しよう。その子は、そのような空想の産物ではない。……お前を傷つけた者の子だ」
魔王「………それでも、墓を作るか?」
町娘「……はい…」
亡霊鎧『……町娘殿。無理はしなくてよいのですぞ・・・?』
町娘「……」フルフル

515 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:17:06.19 ID:Wtj4g++30
町娘「この子は、心だけじゃなくて…。本当に私を生かしてくれてもいたから…」
侍女長「本当に…とは?」
町娘「赤子を落とさせない為に… 最低限の配慮を、商人達にさせてくれました…」
侍女長「……それは、商人が私欲のために…」
町娘「それでも… 生きたかった私を、生かしてくれたのがこの子だということは、同じです…」
町娘「私はこの子を殺してしまったけれど
   この子は私を生かし続けてくれてたんです」
魔王「…………そこまでして… 会いたい者が居るのか…?」
町娘「……」コクン
町娘「この子だけが… 『いつか、あの人にまた会いたい』という願いを…」
町娘「…私の願いを、守ってくれてました……」
魔王「…………………………」

516 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:17:33.16 ID:Wtj4g++30
人を想う。
それは自分と相手を繋いで、体温すらも分け合うような心地にさせる行為だ
そして繋いでいくほどに 自らにも絡み付き、自由を奪っていく
“生”がただの責め苦に変わっても、絡みついて 死をも許さなくなる
“想い”は、ヒトから自由を奪っていくものなのだ
きっと、誰のことも想わなければ
誰よりも自由に、楽に、生きていけるのであろう
魔王(……既に、出会わなければよかったと思うことも出来ない)
一度繋いでしまえば
もう 求めずには居られない、厄介なものなのだ
禁断症状のように、繋ぐ場所を求めてどこまでも伸びていく
相手に届かず、自らに絡みつくばかりだとしても……。

517 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:31:15.79 ID:Wtj4g++30
その後
町娘に代わって、侍女長が骨壷を墓穴に納めた
侍女長も亡霊鎧も、手を合わせて黙祷を捧げる
町娘は、静かにその墓をみつめていた
決して、合わせる手が無いからではないのだろう
悔しげな瞳で、それでもどこか困ったような…複雑な表情
ただ墓だけをしっかりと見つめているその様子
魔王(……ああ。なるほど)
神がいて、祈りを聞き届けてくれるなら…
そもそもこの子は居なかったのだ
それでも神が居るとすれば、きっとどこかで嘲笑っているのだろう
そんな神に、子の冥福を祈ることは出来ない
町娘は
子の為に出来る事を探して堂々巡りを繰り返しているのだ
魔王は自らが味わった口内に滲む血の味を思い出し、そう確信した
墓を去るとき、町娘は小さく『ありがとう』と言った
結局、出来る事はやはりそれだけだったのだろう
……それだけの事ですら、魔王にとっては妬ましいほどに思えた

521 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:34:55.04 ID:4EGTf7mI0
数日後…
城外の警備兵を残し、魔王城では皆が寝静まった時刻
魔王も自室で眠りに落ちていた
サ…
魔王(…………)
絨毯の上を擦るような僅かな音に、魔王は目を覚ます
部屋の隅のベッドで眠る町娘以外に、人の気配は無い
ス……
魔王(……だが、居るな。ここまで気配を消すとは。何者)
眠ったフリをしたまま、様子を伺う
僅かな物音が、近づいてくるように思う

522 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:35:20.97 ID:4EGTf7mI0
魔王(……狙いは、俺か)
町娘「………どなたですか」
魔王(!)
起きていたのか、あるいは気配に気付いたのか
町娘は身動きのひとつも取れぬ身でありながら、不用意に声を上げた
町娘「え……?」
魔王(……ちっ。面倒な。気付かぬ振りをして奇襲させてしまう方が、返り討ちにもしやすいというのに…)
町娘「…………」
魔王(………?)
シュル… カタン
魔王(………なんだ?)

523 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:35:52.82 ID:4EGTf7mI0
気付かれぬ程度に目を開ける
重たいカーテンが引かれた室内は完全な暗闇に閉ざされていた
少し目が慣れてきた頃……動く気配を、ようやく捉えた
だが、それは
魔王(馬鹿な)
暗闇にまぎれるシルエット
小さなベッドの脇に立つその影は、町娘の気配がした
魔王「何者!!」
町娘「魔……
魔術攻撃の用意として突き出した腕の向こうから
確かに町娘の声がした
だがその影は、猫のような俊敏な動作で身を低く沈め
掌の射程から逃れる
魔王「何!?」

524 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:36:24.78 ID:4EGTf7mI0
シュバッ…!
低い姿勢のまま、一閃に駆け抜けたそのシルエット
そいつは確かに町娘の気配を放ちながら…部屋のドアから出て行った
魔王「な……!」
開いたまま突き出した掌は、まるで追いすがる者のようだ
その手を握り、気を練る
次に開いた手の上には、小さな火の玉があった
それを光源にあたりを見るが、やはり既にもぬけの殻
ベッドの上に横たわるだけであった町娘の姿はみあたらない
魔王「………どういう……ことだ」

525 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:37:02.64 ID:4EGTf7mI0
::::::::::::::::::::::::::::::::
魔王城を物音を立てぬように駆け出した
慣れぬ重さはひどく精神を消耗する
警備兵の姿を見つけ立ち止まるだけでも細心の注意を払う
万が一にも、“ずり落とす”様な事があっては大惨事だ
亡霊鎧『………決して悪いようには致しませぬ。もうしばし、ご辛抱を』
町娘「………」
自らの身体… 鎧の中に容れ込んだ町娘の身体はバランスが悪い
手足は空洞なのに、胴体だけは生身の重さなのだ
胴体の重さに引きずられて、脚部と胴部の金具が外れそうになる
空気抵抗を減らそうにも、前傾姿勢をとればそのまま前のめりに倒れてしまうだろう
重心を低くし、まるでコサックダンスを踊るかのように進むしかない
亡霊鎧『……女性との踊りであれば、もう少し優雅に行いたいものですな』
町娘「?」

526 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/13(金) 13:37:29.77 ID:4EGTf7mI0
警備兵が通り過ぎるのを確認し、再度駆け出す
城外の庭を一息で駆け抜け、森のある方向へと突き進む
亡霊鎧がようやくその足を止めたのは、泉の側にまで辿り着いた時だった
亡霊鎧『夜分、突然に失礼をした。驚かせてしまいましたかな?』
町娘「………」フルフル
亡霊鎧『ありがたい。 いや……むしろ我輩の方が驚きますな』
亡霊鎧『女性達の多くは、我輩の姿を見ただけでも叫び声を上げて逃げていきますぞ』
苦笑しながら、亡霊鎧は自らの金具を外していく
最初に地に置かれたヘルムだけが喋り続け、その腕は脚部の金具を外していく
胴部から町娘を出すと、また脚部を取り付ける
手馴れた様子で、まるで『指を曲げる・脚を曲げる』のと同じ調子で金具を動かす
“金具そのもの”が 自らの力で動き、外れていく