Part17
473 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:53:09.41 ID:3l6lIcWB0
亡霊鎧『なんと惨い……このような若き娘にそのような事が?』
魔王「そう、聞いている」
侍女長「……」
侍女長は、達磨娘を気遣うように 先ほどからその背を撫ぜている
ベッドの脇に座して表情を伺う侍女長の姿はどこまでも優しげだ
亡霊鎧『………墓標に刻む名の心配どころか、腹子の墓など元より不要だったか』
侍女長「! どういう意味です!!」
亡霊鎧『失礼。だが、その……』
言葉に悩むように、歯切れが悪くなる亡霊鎧
意図がわからない以上、聞き出すより他は無い
魔王「構わぬ。言え」
474 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:53:45.52 ID:3l6lIcWB0
亡霊鎧『……望まぬ姦通ゆえの子であったのならば… 娘御にとっては 腹子もまた、忌々しき子であったのではないか、と』
魔王「………なるほど。考えてはいなかったが、それも一理あるな」
侍女長「そんな!? 腹子には何の罪もありませんでしょう!? お嬢様の子であることに代わりありません!」
亡霊鎧『だが、望む血を引くわけではあるまい。むしろその存在は恥辱の証明に……』
侍女長「違います!! 違います、違います!!」
魔王「……侍女長?」
侍女長「!」ハッ
亡霊鎧『…………興奮させてしまったようですな。そう、おかしな考えだったであろうか』
侍女長「父親が…… 母の亭主でなければなりませんか?」
魔王「俺にはわからぬ」
亡霊鎧『……褒められたことでは無いが…。それでも心当たりがあれば、そこには情もあったと推測できる』
亡霊鎧『しかしながらこの娘御の場合は…… 事情が違うであろう?』
侍女長「………っ ですが!」
475 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:55:02.92 ID:3l6lIcWB0
魔王「侍女長。何か、言いたい事があるならば言うがいい」
侍女長「……私は…」
侍女長「私は… 淫魔の血を引いておりますゆえ…」
亡霊鎧『…………淫魔…? っ!』
亡霊鎧『……いや。これは、知らぬこととはいえ、申し訳ない』
魔王「どういうことだ?」
亡霊鎧『もう結構。あまりに浅慮な物言いを改めて謝罪しよう』
魔王「説明しろ」
亡霊鎧『魔王殿!』
侍女長「……魔王様」
魔王「なんだ」
侍女長「淫魔の血を引く一族の女は、大半が娼婦として生計を立てているのはご存知でしょうか」
魔王「確かに、それは聞いた事があるな。だがお前は違うはずだ」
侍女長「はい。こちらの魔王城でお勤めさせていただくわけですから、私や母も、決して昌館あがりの身分ではございません」
魔王「ならば……」
476 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:55:33.26 ID:3l6lIcWB0
侍女長「ですが、私自身は 母が意に沿わぬ姦通の上に授かった子でございます」
魔王「……」
魔王「……ふ」
魔王「立て続けに強姦被害の関係者とは。魔王である俺に、国内の治安の悪さでも訴えるつもりか?」
亡霊鎧『………魔王殿はご存知であられぬご様子』
魔王「何?」
亡霊鎧『我輩が説明致そう。淫魔族の歴史を』
侍女長「………」
477 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:55:59.79 ID:3l6lIcWB0
淫魔。
古の時代には、性を求めさまよう色情魔として恐れられた
枯渇するほどに人間の性を吸い尽くし、その魂までをも吸い上げる
淫夢にまぎれて現れ、その快楽に溺れさせたままに死に至らせる…恐ろしい魔族であった
だが、勇者と魔王の和平が締結し
魔術の委棄と衰退の中でそれらの力は消えうせてしまった
残されたのは “色情魔”“快楽の化身”ーーそのようなイメージだけ
力を失った彼女たちを待ち受けていたのは
人間に性道具のごとく扱われる、あまりにも惨めな末路であった
元々、力をもった魔族であった彼女らはプライドが高い
自らの尊厳を保つために、高級昌館を作りそこに“招き入れて”性を与えるーー
そう流れていくのは、当然の事のようだった
大多数の淫魔族の女性はそのどこかに収まった
自らの保身のため、またその誇りのため、彼女たちは上級娼婦として生きる道を選んだのだ
はした金ではとても買えない、淫靡な美しき娘達
さらにはその性技。客の中にはそれに魅せられて財産を全てつぎ込んだものも多いという
魔力を失ってなお、彼女たちは“淫魔”であり続けた
478 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:56:26.90 ID:3l6lIcWB0
その一方、昌館に属さなかった者もいた
既に想う相手がいる者、幼い子を抱えた者、既に年を重ねたもの……そういった女性達だ
彼女たちは、有名になりすぎた高級昌館の影で、一層の恐怖に晒されていた
『買えば身を滅ぼすほどの高級娼婦が、落ちている』
人間たちは彼女らを見つければ、さも幸運といわんばかりにーー……
情欲のままに、穢したのだ
侍女長「……学を身につけ、礼儀を習い、“奉仕者”としてお屋敷勤めをする。そうすることで、私たちは自らの保身をしています」
侍女長「私の母もまた、大商人様の元で屋敷勤めをしておりましたが……」
侍女長「商談の帰り、港の混雑で商人様とはぐれてしまい…そのまま、と」
魔王「………なるほど」
479 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:56:59.21 ID:3l6lIcWB0
侍女長「……お嬢様に、私自身もどこか母の面影を重ねていたのでしょう」
侍女長「子の誕生と知り…… 母の苦労や自らの境遇を重ね、過ぎた感情移入をしてしまったようでございます…」
侍女長「……勝手な振る舞いを致しました…。お詫び申し上げます……」
魔王「……“子”…か」
魔王「その価値は、誰が定めるものであろうか」
侍女長「……ヒトが…ヒトの価値をつけるのは難しゅうございます…」
亡霊鎧『……こちらの娘御は、どのように想っておられたのであろうな…』
亡霊鎧『賊を。子を。自らの運命を。その、価値を。……ーーどう、感じておられるのだろうか』
祈るように
願うように
亡霊鎧が、そう問いかけた時
達磨は一筋の涙を流した
達磨娘「…………ぁ……」ポロ… ツー・・・
480 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:57:25.14 ID:3l6lIcWB0
侍女長「お嬢様……?」
亡霊鎧『……やはり、しっかりと聞いておられたのか』
魔王「聞いていたならば、話は早い」
魔王「ーー…お前は、何を… どう、望む?」
達磨娘「………………」ポロ、ポロ…
亡霊鎧『……酷な事をお聞きなさる』
魔王「……」
侍女長「魔王様……あまり早急に求めてはならないかと…」
魔王「ふむ……」
魔王「………まあいい。以前にも同じ忠告をされた覚えがある」
侍女長「ふふ。確かに申し上げた記憶がございます」
481 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:57:51.95 ID:3l6lIcWB0
魔王「ここにいれば問い詰めてしまいそうだ。今日も俺は席を外していよう。……侍女長は、今日一日 こいつの側に」
侍女長「かしこまりました」
魔王「亡霊鎧」
亡霊鎧『ふむ。我輩を供にお連れくださるつもりかな、魔王殿?』
魔王「ああ。よくはわからぬが、以前に忠告された際 『男性は特に、早急に求めてはならぬもの』と言われた」
亡霊鎧『』
魔王「亡霊鎧に性別があるかは分からぬが、男性であるならば控えるがいいのだろう」
亡霊鎧『………いや、自我は男であると認識しているが…』
魔王「ならば来い」
踵を返し、ドアへと向かう
一瞬の間を置いて、亡霊鎧が追いかけてきた
482 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:58:22.93 ID:3l6lIcWB0
部屋を出ると、亡霊鎧は神妙な面持ちで横に並んで歩く
しばらくしてから、意を決したように 低く問いかけてきた
亡霊鎧『……以前の忠告と言っていたが… 魔王殿はその際に、何を早急にお求めになったのだ……?』
魔王「ふむ……。 確か『頷くくらいできるだろう』……という様なことを、言った気がするな」
亡霊鎧『なんと。羨ま…ではない! 魔王殿、強引などあってはならぬ! そのように高圧的な求め方など、騎士道に反しますぞ!!』
魔王「?」
魔王はその後、およそ3時間もの間
庭先の椅子に腰かけ、横に立つ亡霊鎧に説かれ続けた
騎士道、勇者道、王道、紳士道……
どれもこれもが魔王の学んだ帝王学とは違う箇所があり、興味深いものがある
また亡霊鎧は語りだすのがとても上手く、魔王はその説法に、珍しくも真剣に聞き入った
483 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:58:53.89 ID:3l6lIcWB0
亡霊鎧『コホン。で、ありまするから、魔王殿。力技にも手順とルールがあると理解していただけたかな』
魔王「うむ」
亡霊鎧『力強く男性的な魅力を生かすにしろ、強引にYESを求めては女性の心は開きませぬぞ』
魔王「…?」
亡霊鎧『それにしても羨ましい…。女神様に娘御、それに侍女長殿。多種多様、まさによりどりみどりですな、はっはっは』
魔王「は?」
亡霊鎧『おっと。心を開くというより、これではまさに“女体を開く”とーー…
魔王「………………」
亡霊鎧が危惧するものが『情事の手順』であると気付いた時
魔王は渾身の力で持って 亡霊鎧のヘルムを掴み、遠く彼方へと投げ捨てた
484 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:59:24.21 ID:3l6lIcWB0
:::::::::::::::::::::::::::::::::::
侍女長「……言葉は、もう出ますか?」
達磨娘「言葉…。……………私の、声…?」
侍女長「ふふ。自分の声も、お忘れになられてしまいましたか?」
達磨娘「…………私の……声…」
達磨娘と侍女長は、魔王の部屋で
魔王と亡霊鎧の様子を眺めながら、ゆっくりと言葉を交わしていく
達磨が、僅かにでも言葉を漏らすようになったのは
侍女長の身の上話を聞いていたからか
侍女長「魔王様がいてくださいます。もう、安心なさってよろしいのですよ…?」
達磨「………」
それでも、どこか自分の世界に閉じこもりがちな達磨
侍女長は穏かに、何度も、優しく同じような問答を繰り返し続けた
そして、数時間もかけて、ゆっくりと心に触れていく
達磨はゆるやかに警戒を解きながら……段々と、視界に納めるものを増やしていた
485 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 05:00:02.39 ID:3l6lIcWB0
侍女長「お嬢様。……私たちは、決してお嬢様を悪いように考えてはおりませんよ」
達磨娘「……」
侍女長「魔王様だって……確かに恐ろしげな風貌をお持ちではいらっしゃいま……す…、が」
達磨娘「………あ」
魔王の話になったことで、二人の視線は窓の外の魔王に向けられていた
それまで椅子に座り、亡霊鎧と向かい合ったまま微動だにしなかった魔王の姿
何時間もそうしていただけの魔王が、突然に立ち上がり、放ったまさかの剛速球
侍女長「……………」
達磨娘「……………」
魔王達のその様子を部屋の窓から見ていた二人は
唐突すぎる魔王の行動に目を丸くし……
侍女長「………っ、ふ」クス
達磨娘「ぁ、れは…」キョトン
486 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 05:00:43.36 ID:3l6lIcWB0
侍女長「ぁ。や。な、何故急に…フフ、魔王様ったら、怖い方だとお話してる時に、そんな…フフ、ァハ」クスクスクス
達磨娘「………おおかみ、さん…?」
侍女長「あれは魔王様ですわ、お嬢様……フフ。あら…止まらなく…」クスクス
あまりの可笑しさに、笑い出した侍女長
それをキョトンとした表情で見つめる達磨
窓の外の景色と、部屋の中の景色。それに、自分の身体
いろいろな物を交互に見回してみる
空を飛ぶ銀色の兜
慌てふためく首なし甲冑に、頭を抱えて憂鬱そうな“怖い狼”
狼の恐ろしさを語るに語れず、笑いの止まらない“蟻さん”
驚くほどに身軽になってしまった自分の身体は
まるでイカリを無くした船のように、そのまま浮いて流れて行きそうだと感じた
何もかもが、知っている物と違った
誰かがいつの間にか、達磨の“現実”を摩り替えてしまったようだった
487 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 05:01:11.50 ID:3l6lIcWB0
達磨娘(…………どうして…?)
見つめたくなかったはずの現実が
気がつけば、空想よりもずっと可笑しいものばかりになっている
…ギィ
物音を聞き取った達磨は
視線を笑い続ける侍女長からドアへと移す
伏せたままの瞳で、億劫そうに入ってくる魔王が見えた
魔王「予定外だが、戻っ…………」
侍女長「クスクス」プルプル
魔王「……? 侍女長、どうした」
侍女長「っ、は! こ、これは魔王様! 失礼致しました!」
達磨娘(……え? 外にいたのに、もうお部屋に…?)
達磨娘(……ああ、そうね。きっと走ってきたんだわ。狼ですもの)
488 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 05:02:32.58 ID:3l6lIcWB0
魔王「……なにやら娘の方も様子が違うな。何があった」
侍女長「な、何と申されますと……」
達磨娘(……遠くまで球を投げて… 走って戻って…。なら、それは…)
達磨娘「……ホームラン……?」
侍女長「プッ」
魔王「は?」
達磨娘(…………これは、私の空想? それとも現実?)
達磨娘(ううん… こんなの空想にきまってる。きっと、私はついに壊れてしまったのね)
達磨娘「……きっと、あの銀色の兜は 星の光」
侍女長「ぼ、亡霊鎧様が星になって……ふ、ふふ。お、お止めくださいお嬢様……。クスクス」プルプル
489 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 05:03:31.86 ID:3l6lIcWB0
空想に、違いないのに
頭の中じゃなくて、耳から 諌める蟻さんの声が聞こえる
達磨娘(……空想じゃ…無い…?)
達磨娘「………え? ……ならまさか、本当にアレは投げられてた……?」
侍女長「〜〜〜〜〜っ!」プルプル
魔王「……………は?」
空想を心に馳せながらも、現実を忘れなかった達磨娘
穏かに達磨の警戒を溶かし続けた侍女長
はた迷惑な勘違いで説法をした亡霊鎧と、
それに対する魔王の過剰な制裁
何もかもバラバラなものが
パズルのピースのようにぴったりと重なり合う
達磨娘は、こうしてようやく
“現実”という絵を、見る事が出来るようになった
1時間ほど遅れて戻ってきた亡霊鎧が
しばらくの間、不満を口にしながら自らの頭部を磨き続けた事に
魔王が興味を持たなかったのは言うまでも無い
500 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:05:31.10 ID:Wtj4g++30
:::::::::::::::::::::::::::::::::::
部屋にヒトが揃ってから、ポツリポツリと達磨は話しはじめた
口を開くのに違和感があるのだろうか、達磨娘の言葉はとても遅い
侍女長(……まるで、言いよどむほどの想いを込めながら 一つ一つの言葉を発しているよう…)
魔王、侍女長、亡霊鎧とそれぞれの紹介が終わると
達磨は自らを『町娘』と名乗った
侍女長「ふふ。ようやく、お名前をお聞きする事が出来ましたね」
亡霊鎧『今後、我輩は名で呼ばせていただこう。よろしいかな、町娘殿』
町娘(達磨娘)「……達磨…で…いいです」
侍女長「お嬢様……。どうかそのように仰らないでくださいませ」
町娘「……」
501 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:06:00.86 ID:Wtj4g++30
亡霊鎧『魔王殿も、名で呼んでやってはいかがか』
魔王「俺は元々、こいつの名など呼んでいないからな。問題無い」
亡霊鎧『むしろ、いろいろと問題ですな』
町娘「私は… 別に…」
侍女長「……お嬢様は、『町娘』だと名乗ったではないですか」
侍女長「『達磨です』と名乗らなかったのですから、やはり『町娘』様なのですよ」ニコ
町娘「………」
侍女長「やはり、これからは私もお名前で呼ばせていただきますね。その方が、しっかりと御自身を意識することができましょう」
魔王「……ふむ」
穏かな空気が流れていた
誰もがやわらかい言葉で、それぞれに達磨娘ーー町娘を思いやる
魔王はその空間を、まるで少女といる時のように柔らかく暖かいと感じた
それでも、もしここに少女がいれば 穏かなだけでなく明るい空気も流れただろうと思う
魔王(………俺は何を…。居もしない者に、何を望んでいるのだ)
502 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/11(水) 00:06:46.47 ID:Wtj4g++30
少女にとってこの魔王城は窮屈で肩身の狭い場所
そんな場所で穏かで明るく振舞っていてくれたら、などと……
ありえない空想に、さらに希望的観測をかけるようなもの。馬鹿げている
魔王(……ましてや… 少女はいまだ、地の水を啜って飲んでいるかもしれぬというのに)
物資援助も、金銭援助も 行うだけならば容易だ
少女の様子を定期的に伺わせることだって簡単すぎる
だが、少女のいる場所は他国の領土……
そして少女自身は、貧困に喘ぐ町の一貧民だ
中途半端に手を出せば、見えない場所ではどのような視線で見られるだろうか
魔王の寵愛を受けた娘である事が他の者に知られれば
他者に言いようにされて、あの少女自身が“献上”されてくるのだろう
どのような者に、どのように盾に取られるか想像もつかない
魔王(………王位と引き換えにと言われれば、さすがに断れるだろうか)
そんな妄想にすら、自信を持って答えられない