Part16
445 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:26:00.35 ID:aGU7s5EF0
呼びかけられて我に返る
いつの間にか、亡霊鎧も戻ってきていたらしい
自室からは、さきほどよりもずっと慌しい声が聞こえている
亡霊鎧『魔王殿、今のはーー!!』
魔王「……何があった?」
亡霊鎧『聞いて… おられなかったのか…?』
魔王「何をだ…?」
亡霊鎧『……………………先ほどの… 娘御の、ひときわ大きな悲鳴を…』
魔王「………………っ」
叫べないはずの達磨が、叫んだという
その声は、一体どのようなものだったのだろうか
446 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:26:33.40 ID:aGU7s5EF0
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結論から言うと、死産だった
産中の『胎盤剥離』、それが死亡の原因だったという
助産をしていた侍女の一人によって、そう伝えられた
助産女「お腹の中では、子は胎盤を通じて 空気も栄養も…全てを母体からもらっています」
助産女「本来であれば、産後に胎盤ははがれ落ち、子宮外に排出するものです」
助産女「それを後産というのですが… 今回はまだ子のいるうちに胎盤がはがれてしまいました」
魔王「何故、そんな事がおきるのだ。侍女長が指を刺し入れたせいか?」
助産女「いいえ… それは私でもする産前の処置でございます。万全な衛生管理の元ではありませんが、適切でした」
魔王「では、俺が陣痛の最中に移動させたせいか」
助産女「いいえ…そのように自らをお責めにならないでください」
魔王「責めているわけではない。原因を知ろうとしているだけだ。一体、何故そうなった」
助産女「……はっきりとした原因はわかりません。外的要因があるのかどうかさえ…」
魔王「……」
447 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:28:07.76 ID:aGU7s5EF0
魔王「理由も分からぬまま… 生まれることもせず、赤子は死ぬものなのか…?」
助産女「……稀ではありますが… 起こりえない事ではございません」
魔王「腹の中では、生きていたのだろう。生まれようとして死ぬと?」
助産女「魔王様……」
魔王「それまで赤子を生かしていたのもその胎盤なのだろう? その胎盤が、何故直前になって子を殺してしまう?」
助産女「……それは」
魔王「満たそうとしているのに。……何が、あの娘を傷つけるのだ」
助産女「………申し訳ありません。私では… お答え、しかねます……」
魔王「………」
魔王の部屋の中では、未だに治療が行われている
助産女はその手伝いがあるといい、逃げるように部屋に戻っていった
448 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:30:52.60 ID:aGU7s5EF0
しばらくして、別の医術者達が駆けつけてきた
侍女達は 心得のある者を数人残して部屋を出てくる
その入れ替わりの中、侍女長も部屋を出てきた
魔王の姿をみかけて、ゆっくりと近づいてくる
侍女長「……魔王様…」
魔王「死産だそうだな」
侍女長「……はい。お嬢様は非常に頑張ってくださいました」
魔王「………俺には… よくわからない。俺が何か、してしまったのかと思っていた」
侍女長は静かに顔を横に振る
沈痛。まさにその表現がぴったりな面持ちをしていた
侍女長「………私が思うに…」
魔王「………?」
侍女長「無事に産気づくまで、流産しなかったことこそ奇跡的です」
魔王「何が言いたい」
449 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:31:18.39 ID:aGU7s5EF0
侍女長「……お嬢様の境遇。体力としても環境としても……よく、ここまで育ったと」
魔王「生まれてこなかったがな」
侍女長「………いいえ。胎内でも、宿ったならばその時点で生命は生まれているのです」
魔王「詭弁か、慰めか。そのような物にどのような意味がーー」
侍女長「とても愛らしい、男の子でした」
魔王「っ」
侍女長「……胎盤剥離なんて、窒息死のようなものです」
魔王「……」
侍女長「それでも、とても愛らしいお顔をした男の子が出てきました」
侍女長「………女性の身体なんて、わからないことだらけ。人が人の中で育つだなんて、謎としかいいようがありません」
魔王「………」
450 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:32:10.91 ID:aGU7s5EF0
侍女長「子を宿すと… まるでその子が自分で用意するかのように、母体に様々な変化が起こるのをご存知ですか?」
魔王「母体が、子を産むために変化するのであろう?」
侍女長「母親が自分で整えるならば、もっと便利に変化させるんじゃないでしょうか……」
魔王「?」
侍女長「味覚や嗅覚まで変わるといいますよ。まるで、腹子がそちらの方が好みだとでも言うように」フフ
魔王「ふむ。それは確かに、母体にとっては必要性がわからぬ変化だ」
侍女長「……お嬢様のお腹は、よく動いてらっしゃいました。余程、やんちゃな男の子だったのでしょうね」
侍女長「あんな境遇にあった母体のことなんてつゆ知らず、元気に育っていたのでしょう…」
魔王「元気に? 何故分かるのだ」
侍女長「ふふ。赤ちゃんは、3570gもありましたよ? お母さんの体を考えると、あまりに大きすぎです」
451 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:32:47.93 ID:aGU7s5EF0
魔王「……そんな塊を、10ヶ月も腹に入れていたのか」
侍女長「ええ。落としもせず、弱りもせず……」
侍女長「きっと、余程 お嬢様のお腹は居心地がよかったのでしょうね」クス
魔王「………そうか」
侍女長「………きっと、本当に居心地が良かったんです」
魔王「……?」
侍女長「お腹の外になんか出たくないって思っちゃうくらい、気持ちよかったんじゃないでしょうか」
魔王「何を……」
452 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:33:50.89 ID:aGU7s5EF0
侍女長「お腹の中で、元気いっぱいで、もう満足で」
侍女長「だからきっと、もう一回 お腹の中を味わうために“生”をやり直しにいったんですよ」
侍女長「母体の負担も考えずに、あんなに大きくなるほどヤンチャな子ですもの」
侍女長「きっと、自分でスイッチを切ってしまったんです」
侍女長「『満足だったから、もういいよ。またね!』って…。終わらせてしまったのではないでしょうか……」
魔王「………」
侍女長「そう思ったら…… 駄目でしょうか?」ニコ…
侍女長「そう、信じて見送ってあげたら…… 駄目なのでしょうか? 魔王様ーー……!」
侍女長は、静かに大粒の涙をこぼした
真実なんて分からないのなら、信じていたいのだと
信じてあげたいのだとーー 侍女長は、泣き続けた
魔王はその問いに、答えることはできなかったが
その代わりに、誰しもが『信じたい』ことがあるのだということを知った…
453 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:34:51.45 ID:aGU7s5EF0
部屋ではまだ、処置が続いている
剥がれた胎盤の影響で、母体にも大きな危険があるらしかった
魔王城の医術者の質は、大陸でも一級品だ
母体については、危険だが必ず生かしてみせると医術者が息巻いている
そして、部屋では同時にもうひとつの治療も進んでいた
出産の痛みによるものか……
それとも死産によるショックによるものだったのか、魔王は知り得ない
だが 達磨の口は、叫びのあまりにひどく裂けてしまっていたのだ
部屋ではその治療と再形成の為の処置も、同時に行われていた
454 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:36:26.68 ID:aGU7s5EF0
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それから、約1ヶ月
魔王の部屋の隅にしつらえられた
柵つきの小さなベッドにヒトが集まっている
魔王、侍女長、亡霊鎧
そして医術者と、手伝いの侍女だ
医術者「包帯とガーゼを外しますね」
侍女「消毒と清掃を致します」
医術者「…………これで、ひとまず様子をみてみましょう」
侍女長「もう、口を動かしても?」
医術者「ええ。リハビリと思ってゆっくりと開口練習から始めるのが最適です」
医術者「これまで通り経口食は避けーー……
医術者は侍女長に今後の注意事項などを伝えていく
魔王がその内容に関心を持たないのを察すると
『詳しくは、後ほど』と侍女長に言い置いて、礼をして退室していった
455 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:37:31.26 ID:aGU7s5EF0
クッションを背もたれとし、立てかけられるような姿勢の達磨娘
ここのところ、その眼はずっと一点を見つめている
今はすっかり収まった、腹のあった場所だ
魔王「………」
侍女長「お嬢様……鏡を、ご覧になりますか?」
達磨娘「………」
侍女長「もう、その口は開くのですよ…?」
達磨は ピタリ、と呼気すら止めた
そうしてゆっくりと目を閉じ、一度だけ 顔を横に振る
魔王「声が出るか。喋れるか。それだけでいい、確認させろ」
達磨娘「…………」
達磨娘「……あ、ぁ」
456 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:38:05.99 ID:aGU7s5EF0
侍女長「! お嬢様……! 良かった…!」
亡霊鎧『はっはっは。やはり美しき女性の声を聞かせてもらうというのは、喜ばしいものですな!』
侍女長「あなたは黙っていてください!」
亡霊鎧『よいではないか。話をしていれば、会話にもはいりやすかろう? はっはっは!』
侍女長「あなたの声で、お嬢様の声を聞き漏らしたらどうするのです!」
亡霊鎧と侍女長の掛け合いは騒々しいほどだった
達磨が一声発しただけで、この騒ぎ
魔王は、自分が謁見室で
同じように「ああ」と呟いた時にも、ざあめきが起こったことを思い出していた
魔王(何もしない者が動き出すというのは、本当に注目を集めるものだ)
魔王(当人にしてみれば愉快なものではないのは知っている)
魔王(だが……、確かに それ以上の反応を期待したくなるのも わからなくない)
もう少し、他の言葉が聞いてみたい
喋れるようになったのであれば、いろいろと聞いてみたいこともあった
そんな事を、つい思ってしまう
457 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:38:54.76 ID:aGU7s5EF0
魔王「おい」
達磨娘「…………」
返事が無い
今までと変わらず、うつろな物思いに耽ったような表情は変わらない
魔王「……お前は、喋れるようになっても… まだ、空想の中にいるのか?」
達磨娘「…………」
達磨の顔が、ピクと動く
ゆっくりと目を開き、顔を上げて… 魔王を、見た
魔王「………ふむ。何かいいたげだな」
458 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:39:24.54 ID:aGU7s5EF0
達磨は、しばらくぼんやりとした焦点のままで 魔王を見ていた
次第にゆっくりとその焦点が定まっていき……
目が合ったその時に、口を開いた
達磨娘「お…
魔王・侍女長・亡霊鎧「「『………お?』」」
達磨娘「……おお、か み… さん…?」
魔王「……………は?」
開口一番に、魔王を『狼』と呼んだ
それには皆、頭に疑問符を並べるしかできなかった
459 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 23:40:46.10 ID:aGU7s5EF0
ともあれ、意識があり会話が出来るとわかったのだ
包帯を外したばかりで会話をさせるのもよくないだろうという配慮の元
その日のうちは言葉を求めるのはやめておくことにした
魔王と亡霊鎧は席をはずし、部屋には侍女長と達磨だけを残した
侍女長は、達磨に身体のことや子供のことなどをゆっくりと話すそうだ
達磨がどれだけ自らの状況を把握しているか分からないから、と
夜になると侍女長は、魔王に嬉しそうに報告をしてきた
達磨はひととおりの話を聞き終えると、小さく頷いたそうだ
そして一言、はっきりとはしなかったが…
恐らく『ありがとう』と、口にして…… そのまま眠ったらしかった
何に感謝をしたのかは、わからない
魔王が部屋に戻った時には、達磨は 黙って宙をみつめていただけだ
魔王(感謝をする者が、ああも悔しげな瞳をするだろうか)
達磨に聞きたいことが、ひとつ増えた
468 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:50:49.31 ID:3l6lIcWB0
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翌日
朝食を終えると、誰とは無しに達磨のそばへとヒトが集まっていた
魔王(……すっかり亡霊鎧まで居座ってしまったか)
椅子に腰掛け 脚を組み、達磨のほうを眺める
小さなベッドの両脇に立つ侍女長と亡霊鎧は、先ほどから何やら言い合っている
侍女長「〜〜っですから、貴方のような方はお嬢様に近づかないでください!」
亡霊鎧『よいではないか、我輩は魔王の后殿への用向きで参ったのだぞ』
侍女長「それがどうしてお嬢様に近づくことになるのです!?」
亡霊鎧『いや、まったく魔王殿もスミにおけませんな。関心致しかねますぞ』
突然に名を出され、魔王は亡霊鎧の声に耳を傾けた
469 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:51:19.65 ID:3l6lIcWB0
亡霊鎧『女神様を妻にし、さらに妾をとるなど…』
侍女長「め…妾!?」
魔王「妾だと? 何のことだ」
亡霊鎧『おや、違ったのですかな? ではご息女であらせられるか』
亡霊鎧はベッドの上に座らされている達磨のほうを見て答える
魔王は達磨娘のことを話しているのだと気づき、小さく溜息を吐いた
魔王「ソレのことならば、そのどちらでもない」
亡霊鎧『ほう?』
侍女長「ま、魔王様は独り身であらせられます! 少女様とは正式な婚儀を前に離… あ」
魔王「……」
侍女長「……正式な婚儀を執り行っておりませぬゆえ…その…」
魔王「……構わぬ。事実だ」
470 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:51:49.86 ID:3l6lIcWB0
魔王城では、確かに事実上の后として少女を取り扱った
だが、魔王と言う立場である以上 正式に“后”を迎え入れるには時間がかかる
そして、それに至る前にーー
魔王(…………ちっ)
胸が、痛む
気まずい空気が流れようとした瞬間、亡霊鎧の声がそれを遮った
亡霊鎧『いや、しかし。魔王殿は女神様を后としてお迎えしたのでは…?』
魔王「……女神ではない。ただ、后として連れ帰った娘がいる。しばらく側に置いておいた。正式に婚儀を結ぶより先に返した。何か文句があるのか」
亡霊鎧『……なんと。 ではこちらの娘御を正室に?』
魔王「は?」
侍女長「…………」
侍女長も、亡霊鎧と一緒になって魔王の返答を待っている
恐らく、魔王がどのようなつもりで達磨を引き取ったのか考えあぐねていたのだろう
当初から『お嬢様』と呼び、達磨に最上級の世話を用意したことも
今思えばその可能性を考えていたからこそ… と、納得できる
達磨を、后候補であった少女のように大切にしていた魔王を思えば
次の后候補と考えても… 理由に謎こそ残るが、おかしくはない
471 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:52:17.11 ID:3l6lIcWB0
魔王「………そのようなつもりはない。コレはコレであるだけだ」
侍女長「……左様でございましたか」
魔王「……」
亡霊鎧『……? いや、しばし待たれよ。魔王殿』
亡霊鎧は、いちいち格好をつけたように考えるポーズを決め込む
表情も容姿もないからこそまだ見られるが
中身があり器量が悪ければ目も当てられないだろう………
そんな事を思いついた時だった
亡霊鎧『………では、こちらの娘御の、ご主人はどちらの方なのだ?』
侍女長「っ」
魔王「……」
472 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/10(火) 04:52:43.97 ID:3l6lIcWB0
亡霊鎧『……ご不在なのか? それともまさか既にお亡くなりになられているのか?』
侍女長「……詮索はおやめくださいと申したはずです」
亡霊鎧『だが、子の墓標には刻むべき名もあろう? 名を決めるにしろ聞き出すにしろ、父親がーー…』
侍女長「それは…っ!」
魔王「………腹子は、どこのものとも知れぬ夜盗の子らしい」
亡霊鎧『…………なんと?』
侍女長「魔王様……。 お嬢様がこちらにいらっしゃいます。そのように仰っては…」
魔王「事実確認もしていない。嫌ならば、嫌だと言う口も既にあろう」
侍女長「ですが」
亡霊鎧『……こちらの娘御。病気や戦争による手足の欠損ではないと申されたな。お伺いしてもよろしいか』
亡霊鎧は達磨娘を見つめながら そう尋ねた
その姿は、憂うべき事態を前にし、事情を聞きだそうとする勇者の姿を想起させた
・・・・・・・・・・・
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