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魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」
Part14


399 :一時中断します  ◆OkIOr5cb.o :2015/02/05(木) 13:04:41.01 ID:CH3AMdn90
魔王「帰れ」
鎧『部屋の前まで来て帰れとは、なんと無体な。既にこの城の出口ですらーー』
魔王「元の場所へ帰れといっている。お前の謁見は認めない」
鎧『……』
鎧『勘違いをなさっておられるようですな、魔王殿』
魔王「……何?」
鎧『我輩は、女神の謁見を求めにきたのです。ーーこのままでは帰れませぬ』
魔王「…女神………?」
銀色のヘルムが、眩しいほどの光沢を放っていた
まるでその見えない眼光が、本来はそうであったというほどに
魔王は鎧に、自室に入ることを許可した
稀有な存在が、まだ他にもいるとでもいうのだろうか。ばかばかしい
ばかばかしいがーー
それを、確かめずには居られなかった

402 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:27:12.69 ID:aGU7s5EF0
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自室に入ると、達磨の椅子がゆれていた
ゆらりとゆらりと、規則的に揺れる椅子
耳に聞こえない音楽があるとすれば、あれはそのためのメトロノーム
魔王はそれを眺めているうちに、僅かに平静さを取り戻せる気がした
あの椅子にだけは穏かな時間が流れている
鎧は部屋を眺めた後、魔王の視線の先をおってそのまま共に達磨を見つめていた
それからしばらくして、こぼすように小さく呟いた
鎧『あの娘御…… 手足を失っておられるのか』
魔王「……」
鎧『病であるならば、気の毒であるな』
魔王「違う」
鎧『では、戦火にでもーー』
魔王「違う」
鎧『………?』

403 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:27:39.34 ID:aGU7s5EF0
魔王「お前には関係無い。あれを気にするならば出て行け」
鎧『………確認しよう。あの娘御が、女神殿であらせられるか』
魔王「何のことだ」
鎧『こちらに、女神様が居られると伺い、馳せ参じた』
魔王「ここにいるのは魔王だ。そのようなものは見た事もない。誰がそういった」
鎧『我が故郷を訪れた、一人の旅の神父殿』
魔王「旅の神父……?」
鎧『お会いになったと聞いている。違うと申すか』
魔王「………」
謁見に来た者だろうか
どのような身分の者が、何を目的に来て、何を語っていったかなど ほとんど覚えていない
魔王「少し、待て」
鎧『うむ』

404 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:28:09.08 ID:aGU7s5EF0
魔王が机にしつらえられたベルを押すと
間をおかずに一人の侍女が部屋の戸をあけた
魔王「侍女長を。謁見者の過去のリストを持ってこさせろ」
侍女は扉を開けると同時に魔王にそう言われてしまい、
挨拶をすべきか辞去の礼をとるべきか、うろたえたままに半端な辞儀で去っていった
鎧『せっかくの可愛らしきお嬢さんを。魔王殿はその声を聞かせていただきたいとは思わないのかね』
魔王「興味ない。それにお前がいる限り、どうせ聞こえるのは叫び声だろう」
鎧『ははは。そうとは限らぬではないか。黄色い歓声もまた喜ばしいであろうぞ』
魔王「……」

405 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:29:22.43 ID:aGU7s5EF0
のんべんくらりとした会話など、うんざりだ
魔王は会話を放棄して また、椅子を眺めはじめた
鎧も立ったまま、それに倣う
少しの間動きを止めていた椅子が、また動き始める
ゆらりゆらりと 相変わらずの規則性をもって前後する椅子
達磨はぴったりと瞳を閉じている
ヒュゥヒュゥと僅かに漏れ出る呼吸さえも、笛の音のようだった
侍女長「お待たせ致しました、魔王様ーー」
ノックの音に気付かなかったのか、
振り返ると既に侍女長が扉の前で辞儀を取っていた
鎧『我輩とした事が。すっかりあちらの娘御に見蕩れてしまっていたようですな』
魔王「……」
鎧も同様であったらしく
甲冑の籠手でヘルムを数度はたいてみせる
自らをたしなめるような仕草は
中身が空洞であることを疑いたくなるほどに人間臭い

406 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:30:54.05 ID:aGU7s5EF0
侍女長「…………ッ」
鎧『おや? 貴殿は先ほどの、オバケーと叫んでいた麗人ですな』
侍女長「ひっ。近寄らないでください!」
鎧『………どうか、そのように怯えないで頂きたい』
侍女長「お、おおお、怯えてなどいません」
鎧『いいや、やはり怯えておられるはずです』
侍女長「ま、魔王様のお側でお仕えする私が、あなたのような道具になどーー…!」
侍女が言い切るより先に 鎧がその足を一歩踏み出す
すると、侍女長はほとんど反射的に半歩 足を引いてしまった
その様子を見て、鎧は苦笑するのを隠すように
片手を軽く握り口元を隠した
そのまま侍女長の前まで行くと、その場に片膝をつき、侍女長の手を取り……
鎧『どうかその様に怯えないでいただきたい… 我輩と恋におちる事に、恐れなど不要である』キリッ
そう、言ってのけた

407 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:32:29.98 ID:aGU7s5EF0
侍女長「………あ、魔王様。ご所望の書類をお持ちしました」
魔王「確認しろ。旅の神父の謁見があったかどうか、それとその内容だ」
侍女長「かしこまりました」
部屋の脇に設けられている長テーブルの上に書類を広げ
次から次へと目を通していく侍女長
どうやら鎧の事は視野に入れない事にしたようだ
恐怖に勝る感情を手にしたのだろうか
鎧『うむ。淡白なおなごと言うのは、貞節ある良きご婦人となられる証拠』
魔王「黙れ」
鎧『……魔王城とは、かくも冷たき場所であったか』
鎧は、達磨の前に行き
ゆっくりと揺れるその椅子を眺めはじめた

408 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:33:08.45 ID:aGU7s5EF0
侍女長「魔王様、ありました。こちらです」
魔王「時期と内容を」
侍女長「卯月の謁見者です。北大陸の全土を宣教の為に旅をする神父ですね」
魔王「卯月……」
侍女長「……あら? 確か、こちらは…」
魔王「……なんだ」
侍女長「いえ… こちらの案件、丁度、私も同席していた謁見でございます」
魔王「何? おまえが?」
侍女長「はい。……誠に勝手ながら 臣下様のご命令で、后様の随伴の任を授かり。部屋の隅に控えておりました」
魔王「……………」
随伴の任
側に控えるのではなく、部屋の隅に控えておいて 何が随伴か

409 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:33:47.67 ID:aGU7s5EF0
そういえば少女はこの城で、その存在を望まれていなかった
恐らくこのように、あちらこちらで少女を監視する者がいたのであろう
やはり、少女にとって魔王城での生活は不自由そのものだったのだ
周囲の様子など気にとめることも無い魔王の横で
どれだけの思いをしていたのだろうか
予想外のことで、改めて再確認させられた気がする
貧しくとも、幸せを抱えて生きていたあの少女は
自らの巣穴にもどっていくことが一番良かったのであろう……と
侍女長「……魔王様」
そっと気遣うような声をかけられ、魔王は思考をとめた
今更 再確認したところで何の意味も無い

410 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:34:31.55 ID:aGU7s5EF0
侍女長「その……余計なことを申しました。資料を読み上げさせていただきます」
魔王「よい。お前が見たものを、見たままに 覚えている限り話せ」
侍女長「………はい」
僅かな躊躇は、魔王への気遣いであろうか
だが、結局は自分の責務を果たすべきと思ったのであろう
深めの呼吸の後に目をつぶり、当時の様子を思い出していく
侍女長「……そうです。この神父、ほとんど話す事も無く追い出されていた者でございます」
魔王「…は?」
侍女長「元々、臣下様は謁見理由からして気に入らなかったようですが…」
魔王「何があった」
侍女長「女神信仰の神父でした。魔王様に女神の素晴らしさを説きに参ったとか」
侍女長「その身の上を話している途中で、妃様より微笑を賜っております」
魔王「少女が…?」
侍女長「はい。恐らくは、旅の神父を労ったつもりでしょう。それは優しくお微笑みになられたと記憶しています」

411 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:35:04.25 ID:aGU7s5EF0
魔王「……それで?」
侍女長「神父は直後、魔王様の目の前で神印を切り。手を組み祈り始めたので追い出されました」
魔王「…………」
侍女長「確か臣下様が、処罰をなさいますかと聞いておられましたが…覚えておいででは無いですか」
魔王「……どうせ、俺は『要らぬ』といったのであろう」
侍女長「はい」
魔王「…………」
気付かぬだけで、ほかにもこのようなマヌケな謁見があったかもしれない
今後はもう少し内容を改めるくらいはするべきであろうか、と思わないでもない

412 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:36:52.21 ID:aGU7s5EF0
魔王「もうよい……。おい、そこの鎧」
達磨の前で
椅子と同じように揺れていた鎧に声をかけた
鎧は達磨をぼんやりと眺めながら、二度目の質問を口にした
鎧『魔王殿… やはりこちらの娘御はご病気で?』
魔王「違うといっている。気にするならば出て行けとも行ったはずだ」
鎧『ふむ… 左様なら、この話題には触れずにおきましょうぞ』
魔王「それより神父だが、確かに謁見したようだ」
鎧『それはよかった。まさか“魔王城”を違えたのかと思っていたところ』
魔王「女神信仰に熱心な神父のようだな。謁見の最中、幻でも見ていたか」
鎧『いいや、確かに仰った。
『魔王殿のお側には女神様がついていらっしゃり… それは暖かい瞳で、囁きながら魔王殿を導いていらっしゃる』ーーーとな』
魔王「ーーーっ」

413 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:38:17.35 ID:aGU7s5EF0
侍女長「それは…… まさか、后様のことでは…」
鎧『后ですと?』
魔王「………っち」
鎧『それは素晴らしい! 魔王殿は女神様を后に持たれているのか。やはり是非とも謁見をーー』
魔王「居ない」
鎧『………………今、なんと仰られた?』
魔王「居ない、といった。あれはもう“居ない”のだ」
鎧『女神様に見放されるとは、一体魔王殿は何をしたのか』
魔王「ーーーー黙れ」
鎧『………』

414 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:47:25.02 ID:aGU7s5EF0
鎧『では、女神殿の居場所を教えていただきたい』
魔王「あれは女神などではない!!!」
侍女長「魔王様」
侍女長に、興奮を窘められる
ここのところ、少女の影ーー 達磨に様々な物を与えることで
ようやく多くの感情を払い棄てられた気がしていたのに
予期せぬタイミングで持ち上がった少女の話題は
魔王の胸の痛みをまた蘇らせてしまった
それと同時に、感情が荒れ狂うようなあの感覚も誘引されたようだ
魔王「ーー〜〜〜ッ」
ドカリと、八つ当たり気味に 椅子に腰を下ろした
自分がいつの間に立ち上がっていたのかすら定かでない
心を落ち着かせたいのに手段が無い
あの穏かに感じた椅子の揺らめきすらも
今 視界に入れてしまえば、苛立ちのままに蹴り倒してしまいそうだった

415 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:47:50.78 ID:aGU7s5EF0
鎧『…………何かやんごとなき理由でもあられるのか?』
侍女長「鎧様も、それ以上の詮索はお控えください。無礼者と薙ぎ払わせていただきますよ」
鎧『ふむ…』
考え込むような素振りで、鎧は沈黙した
侍女長も控えめの辞儀をとった姿勢で、その口を閉ざす
苛ただしげに宙を睨む魔王も、無言だ
かなりの長い時間をそうしてそれぞれが黙ったままに過ごした
音を刻まないメトロノームだけが揺れ動き
時折、ヒュゥヒュゥと風を鳴らしていたがーー
ようやく、苦しげなほどに落としたトーンで 魔王が口を開いた
魔王「あいつに謁見しに来たといったな……。 何の用だ」
鎧『……ふむ』
鎧『今は居られずとも、戻られることもあるかもしれない。話しておくとしよう』

416 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:48:44.59 ID:aGU7s5EF0
鎧の話をまとめると、こうだ
元々は数千年の昔、まだこの世界には幻想があふれていた頃
その時代に生み出されたのが この『鎧』だという
役に立つために産まれた、リビングアーミー
元々の彼は、使用者を補佐する事が目的であった
生き物のように言語を理解して、防御や攻撃を行う
だが、あくまで思考力は“思考力”にすぎない
善悪を持たないままに、考えて動くだけの生きた鎧
一人では、いざというときには必要な役目を果たせない
正しいことがわからない、するべきことがわからない
役に立ちたいとは思うのに
命令がないと正しく動くことは出来ないーー そんな鎧だったそうだ
鎧『我輩は武具だ。我輩は武器だ』
鎧『我輩は一人では斬り付けるだけしかできなかった。それでは殺人鬼と同様だ』
鎧『善悪の正体が分からぬからこそ、“善”というものに憧れを持った』
鎧『善でありたいと願い、願うがゆえに 我輩は動けない鎧であったのだ』

417 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:50:49.72 ID:aGU7s5EF0
魔王「どうやってそれを身につけた」
鎧『一人の男に出会った。その男に、我輩は身を預けることにした』
魔王「は…。その者が悪である可能性を疑わぬとは。やはり所詮は武具の思考か」
鎧『……かの者を疑うのであれば、我輩は他の何をも信じられる気がしなかったのだ』
魔王「何?」
鎧『古の時代に、勇者と呼ばれた彼の男。それが“善”でないとするのならばーー 他に何を信じようか』
魔王「な…… 勇者だと…?!」
鎧『我輩が 唯一、自分の思考で決めた事。それがその男に従い、躾けられる事だった』
魔王「……しつけ、とは」
鎧『彼の信じる教えを学び、忠実に守ることだ』
魔王「……なるほど。思考の模倣か」
鎧『如何にも』

418 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:52:26.95 ID:aGU7s5EF0
鎧『だが、我輩を躾けた彼はもう居ないーー』
鎧『我輩が、この身と思考を安心して委ねていられた彼は、もういないのである』
魔王「勇者、か。和平の実現後も、数代を勇者の名で重ねたと聞いている」
鎧『うむ。我輩は、その最後の“勇者”の遺品だ』
魔王「………勇者は、人に埋もれたのではなく… 死していたのだな」
鎧『彼もその父も、正しき治世を目指して世界を巡っていたと聞いている』
魔王「正しき治世…。なるほど、和平の後の混乱期。その尻拭いに奔走していたわけだな」
侍女長「多様な魔物の生態系の変化があり、随分乱れた時期であったと 歴史で習いました」
鎧『勇者は、過剰な異端排除という殺戮劇の責を負い……』
鎧『一部の魔族に恨まれ、町人の暴動の中で死んでいった』

419 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:54:42.79 ID:aGU7s5EF0
侍女長「そんな、事が……?」
魔王「勇者の名を冠する者が、歴史にも残らぬ死を迎えていたとはな…」
侍女長「鎧様……」
鎧『……我輩は、リビングアーミー。 勇者を補佐する唯一の相棒。“生きる鎧“であった』
鎧『だが、彼が死んだ今となっては もうその生き様を残すだけの死体も同然だ』
鎧『……ただの鎧でが無い。だが生きる鎧ですら無くなった。すまないが、我輩の事はこう呼んでいただきたい』
鎧『“亡霊鎧”、とーー……』

420 : ◆OkIOr5cb.o :2015/02/06(金) 01:55:22.81 ID:aGU7s5EF0
魔王「……身の上はわかった。それで、亡霊鎧よ。おまえはあれに何の用があったというのだ」
亡霊鎧『……かの神父は、女神信仰の使徒である』
亡霊鎧『勇者が付き従った女神の使徒、つまり勇者と同属の者だ。その忠言ならばとここを訪れたのだ』
亡霊鎧『女神による新たな導きと、我が約束を守るために』
魔王「約束……?」
亡霊鎧『彼の者が我に望んだのだ。例えこの命尽きようと、共に理想を守ろうと』
亡霊鎧『彼の者が我に遺したのだ。この身が地に伏し落ちようとも、この願いだけは天に届けよと』
亡霊鎧『今やそれだけが我が思考でありーー 今も、完全な死を迎えぬ理由である』
魔王「……」