Part12
346 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:54:09.36 ID:281+FDU90
魔王「我が足ならば、駆けて見せよ」
侍女長は、尊敬する主に対し 礼の辞儀すら忘れて駆け出した
それは、彼女が人生で初めて味わう経験であった
『用意された上品な素振り』など、魔王は求めていない
魔王の為にする事ならば、いくらでも乱れて構わないのだと気付いたのだ
乱れるほどに必死になる事こそ、望まれている
侍女長(あの方は、私の欲に気付き、応えてくださった…!)
確信する
高揚と共に、頭が冴え渡っていくのがわかった
廊下を駆ける侍女長
驚きを隠せないでいる使用人達に 堂々と、指先ひとつを突き出して 指示をとばして行く
城内を駆け抜ける今の自分は
何一つとして、魔王の為にならない所がない
間違いなく 侍女長の全ては、魔王の為だけに活動する存在となっている
侍女長(魔王様を… 満足させて、あげたい……)クス
347 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:54:51.03 ID:281+FDU90
ーー侍女長にとって、奉仕は天職であった
古の時代には淫魔と呼ばれていた者の血を引き継ぐ彼女
例え虐げられようと
全身で尽くし、満たして悦ばせる事こそが 彼女の最大の“生”の価値
そんなことは預かり知らぬ魔王
だが、無意識のうちに
まだ魔王は、強い『生の価値』に憧れーー 欲していたのだ
348 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:55:17.64 ID:281+FDU90
:::::::::::::::::::::::::::::::::
「それはなんだ」
「これは、天蓋でございます。テントのように中に空間をつくります」
「ほう」
「お嬢様は女性ですので、身支度の際のお部屋の代わりでございます」
「……なるほど」
「それでは次の支度をして参ります、魔王様」
「ああ」
随分長いこと、空想に耽っているうちに眠ってしまったらしい……
予感していた痛みが訪れることはなかった
相変わらず、柔らかなベッドの上に寝かされていると
ギシリときしむ音がした
次いで、身体が引き起こされた
積み重ねたクッションを背に『置きなおされる』
349 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:56:22.08 ID:281+FDU90
ああ、嫌だな。まだ、これからだったのかな
ほら、空想をはじめよう
さっきの声は 確かあの狼さんーー
そう思った矢先、ベッドの上だというのに目の前に靴先が見えた
どうやら目の前に座り、片膝を立ててこちらを見ているらしい
ああ、きっと狼さんね
不遜な態度で、ドカリと座って いきなり狐に話しかけるの
『空想狐は、今日も蟻とお話中なのか?』って。…そうしたらーー…
パチン。
突然弾ける音がして、空想が止まる
視界、それも目のすぐ前に、突如 鮮やかな色が飛び込んできた
驚きのあまりに 思わず焦点がそれに寄せられる
達磨娘(…………?)
350 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:56:50.27 ID:281+FDU90
「ほら。やはり俺に出来ぬことなどないのだ」
大きく鮮やかな黄色い花が目の前に落ち、それを眺めてしまった
見た事がない。だけれど、生命力に満ちた美しさがある
目を離せずに居るうちに、もう一度声が聞こえてきた
「お前の目に写る空虚さなど恐れはしない」
「それよりも恐ろしいものならば、既に知っている」
達磨娘(…………花をみるなんて、どれくらいぶりだろう…)
パチン!!
もう一度、弾ける音が聞こえた
次に視界に入ったのは 降り注ぐ艶やかな色彩
雪よりも軽く舞うそれは
この『柔らかな雲の上』ではどこから降ってくるのだろう
花びらが降り注ぐという奇跡を目の当たりにし、思わず視線をあげてしまった
そこには 奇跡の光景の中にあって、なお浮き出て見える『黒い、強さを放つ瞳』があった
達磨娘(………っ、いけない! 今、目が合ってしまっ……!)
351 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:57:17.15 ID:281+FDU90
「ほら。俺には、お前を操ることすら容易ではないか」
黒い瞳が、どこか真意の見えない深さを持って 私を射抜く
自信に満ちた声と、挑発的な口調
空想の狼が、目の前に現れたと思った
「俺に操れぬものなら、既に持っている」
「操れぬものならば、不要なのだ」
現実味のない空想の世界が目の前にあった
空想のいらない現実の世界が目の前にあった
「俺に従え」
「俺に服従させられぬものは既に持っている」
「俺が求めるものは、俺の持たぬものだけだ」
352 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:57:43.88 ID:281+FDU90
どこか自嘲するかのように嗤う瞳
ただその闇の深さは変わらない
達磨娘(従え…? 私が 何を持っていると言うの…?)
疑問があっても、魅入られてしまったかのように動けなかった
動けないのは、手足が無いからではない
きっと、『あったとしても動けない』のだろうと思った
この瞳の前では 手足があるかないかなんて関係ないのだ
あれほど私を苦しめた境遇すらをも、瑣末な問題にすりかえて嗤う 黒い瞳
「ありあまるものが、邪魔なのだ」
「望むがままに与える喜びすらも、既に知っている」
「ほらーーー… 望んでみろ」
望めといわれても、私には伝える手段が無い
言葉も手も無く、どうしようもないのに
この人もまた、無理難題を押し付けて嗤うつもりなのだろうか
353 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:58:12.21 ID:281+FDU90
「お待たせ致しまし・・・ あら…? 綺麗なお花ですね。歓迎のお支度でしょうか?」
「影を見て、影にも与えてみたくなっただけの事」
「影ならば、こちらの用意は丁度よかったようですね」
「ああ… 任せよう」
「はい」
どこからか女性が現れ、狼さんの横に立って話をはじめた
濃い灰色のスカートが見える
今度はきっと、蟻さんが現実に出てきてしまったんだ
蟻さんは、私を椅子の上に『置いた』
タイヤがついているらしく、運ばれて 布で作られた仕切りの中に『仕舞われる』
そして、湯に浸した布で身体を拭かれ… 髪を梳かれていく
354 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:59:39.41 ID:281+FDU90
「そのような車、よく見つけたな」
「魔王様のお名前で書を出し、城下の椅子職人より取り上げました。車椅子と申します。相応に報酬もあたえてあります」
「そうか。まあいくらでも使えばよい、また与えられるものだ」
「お名前を使ったことは、叱りますか?」
「お前の手は俺の手だと思え。俺の手が俺の名を書いて何が不都合か」
「仰るとおりでございます」
蟻さんの手はせわしなく動き続けている
それを眺めながら座っているのは狼さん
「手馴れているな」
「……以前、妃様にも同様にさせていただきました」
「………………」
「…影でも、よいではありませぬか。今も、見えているのでございましょう?」
「…………関わらぬと決めた。それが『一番いい』のだから…」
「…左様でいらっしゃいましたか」
355 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 04:00:10.70 ID:281+FDU90
蟻さんはそのまま、漆黒の艶やかなドレスを私に着せつけていく
口数の減ったまま、座った気配で動かない狼さん
「……さぁ、出来ました」
「ほう」
「このままご鑑賞なさいますか」
「いや…… そうだな。全面鏡の前へ」
「畏まりました」
音も立てずになめらかに動くタイヤ
まるで宙を浮いている気分になる
そうだ、きっとここはまだ 雲の上なんだ
宙をすべる私
ゆっくりと止まると、今度は目の前にドレスの裾が見えた
そのドレスの裾には、柔らかなパニエが縫いこまれているのだろう
ふんわりとしたカーブを描いたまま、広がっている
刺繍なのか、生地の模様なのか
漆黒よりも一段階薄い黒で レース調の花の模様があしらわれた豪奢なドレスだった
その美しさにつられ、ゆっくりと視線をずらすと
胸下当たりには 大きな布量の多いリボンが、しだれる様にあしらってある
さらに被せられたケープは
襟が動物の毛のようなものに覆われて……やわらかくて……暖かか、い……
356 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 04:00:37.12 ID:281+FDU90
達磨娘(……これ、は? 鏡・・・ 私? なんでこんな、こんな豪奢なドレス・・・?)
これでは
あってもなくても 腕など見えないだろう
あってもなくても 脚など見えないではないか
私の人生を 全て変えたほどのものなのに
そんなものですら、狼さんには あってもなくても関係ないとでもいうのーー…?
「いかがです、お嬢様」
「口も聞けぬのに、問うても意味があるまい」
「耳があるではありませぬか。話しかけて意味が無いなんて事ありましょうか?」
「ああ…。あ、いや。首もある。頷くくらい出来るであろうか」
「ふふ、そうでしたね。 ですがあまり早急に求めてはならないかと」
「そういうものか」
「ええ。特に、男性は」クス
「ふむ」
357 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 04:01:06.94 ID:281+FDU90
「さぁ、お嬢様ーー お疲れでしょう? 冷製のグラススープを用意させてありますよ」
「む。しかし……」
「じょうごの先が入るのです、ストローが入らないなんて事がありましょうか?」
「……もっともだ」
「ふふ」クスクス
直視したくない現実なんて、嫌だった
寒くて凍えそうな思いをしていた
誰かにこの身体を『見世物』にされるのなんて最低だった
『モノ』でいるのは、辛かったーー
彼らには 私のこの口ですら、あってもなくても 関係ないというのだろう
私が何も言わずとも、望むままに与えるからとーーー
358 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 04:01:37.27 ID:281+FDU90
こんなの 現実よりは、空想めいている
本当に空想の世界に迷い込んでしまったのだろうか
達磨娘(でも私は・・・ 本当に、空想の世界に生きるわけにはいかない)
鏡の中にいたのは、ツクリモノの“お姫様”
本当の私は
手を差し伸べられてもーーーーー
それを受け取る、手が無いの
361 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/31(土) 05:43:58.27 ID:BJYqliEaO
乙です
これは魔王が「欲望」を手に入れたって事なのだろうか?
続きに期待
362 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/31(土) 08:56:49.64 ID:amoP9UY6O
これはなんというか、すごいssだ
363 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/31(土) 09:41:49.36 ID:t/mAD110o
少女が恋しい
364 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/31(土) 13:36:40.46 ID:w3mkq/lA0
色々と考えさせられるSSだと思う、支援
365 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/31(土) 15:37:10.56 ID:4+V9sEndO
今時点の展開すら胸熱で
おじさんの涙腺がヤバイ
完結まで、いよいよ目が
離せなくなってしまうな
370 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/04(水) 04:22:07.45 ID:exdKBLna0
::::::::::::::::::::::::::::::
それから数日の間、達磨は相変わらずだった
以前とかわらず、多くの時間を焦点の定まらない目のままぼんやりと宙を見て過ごしている
車椅子の足元に屈みこんで達磨の世話をする侍女長は
「時々、目が合いますよ。見つめていると、段々と焦点がずれていくのもまた愛らしいです」
などと言っていた
侍女長「魔王様、そういえばあのクギはどうなさいましたか?」
魔王「クギ?」
侍女長「…まさか、お手元に届いて無いのでしょうか。ご所望と聞き、杭と共に用意を指示したのですが…」
魔王「ああ……あ、いや。確かどこかに置かせたな」
371 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/04(水) 04:22:54.36 ID:exdKBLna0
侍女長「不手際がなくて安心しました。しかしクギだなんて……どういったご趣旨でしょう。何か準備があれば致しますよ」
魔王「椅子を作ろうと思ったのだがな。先におまえが車椅子を用意したので忘れていた」
侍女長「まあ」
自分が、魔王のしようとしていた事に先に手をつけてしまった
侍女長は自分の配慮の至らなさ、行動の短慮さなどを恥じながら深く頭を下げた
侍女長「申し訳ありません。私が思いつく事ならば、魔王様も当然に思いつくこと……」
侍女長「御自身でお作りになられる筈の贈り物を、私が手軽なもので先に済ませてしまうなんて。謝罪のしようもございません……!」
顔色すらも青く染まるほど、自責にとらわれた表情
侍女長は自らの失態に、呆然としたまま 頭すら下げきれないでいたのだ
だが、魔王はそんな侍女長の表情は知らない
車椅子の上で空想に耽る達磨をみつめたまま、発言に訂正をいれた
372 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/04(水) 04:23:23.90 ID:exdKBLna0
魔王「贈り物などではない。ただの苦肉の策だ」
侍女長「苦肉の…?」
魔王「こいつの目が、嫌だったのでな」
魔王「こいつの身体は見るからにバランスが悪いだろう」
侍女長「違いありません」
魔王「コイツをみて、俺は無理にでも顔を上げさせてやろうと思ったのだ」
魔王「だがそんなことをして後ろに転げられでもしたら、余計に惨めに見えるであろう」
侍女長「……有り得ますね。重心が変われば、足の短いお嬢様では身体を支えきれないかもしれません」
魔王「だから、上を向かせて座らせておける椅子でもあればと思った。それだけだ」
侍女長「………」
侍女長は、自分が達磨であったらどうしてほしいかを想像しながら世話をしていた
だから魔王のその発言を聞いた時には、驚きが強かった
373 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/04(水) 04:23:57.41 ID:exdKBLna0
侍女長(……隠したり…飾ったり。食事の仕方を普通らしくしたり……)
侍女長(私は、“普通のお嬢様”のように見せようとしていただけ…。私であったら、そうしてほしいと思って…)
侍女長(私も… 不自由な身体を受け入れて、正しく見つめていられなかった……?)
見栄えを気にしてしまう
周囲からの目を、気にしてしまう
何も変わらないのだと思いたい
他の人よりも劣る自分を、同じように見せていたい
でも…… きっと、違うのだろう
本当に“その身”になれば、そんな虚栄心だけではどうにもならないものがある
想像できるのは表面上だけの事だった
相手の思いを汲むために、自分を投影しすぎていたから…想像に限界があったのだ
侍女長(いくら投影しようと、想像しようと。私はお嬢様にはなれない)
それならばいっそ、第三者として“見ている”だけのほうが
よほど当たり前に多くのことに気付く事もある
相手を思えば思うほどに、見えなくなるものがあるのだ
374 :
◆OkIOr5cb.o :2015/02/04(水) 04:25:09.07 ID:exdKBLna0
侍女長(私は… 尽くすことだけに夢中になって…見えていなかった?)
尽くすという行為は、彼女にとって至上のものだ
探り当て、相手の喜ぶ場所を見つけ出すのは楽しみでもあり喜びでもある
それはまるで、相手の心を愛撫して虜にしていくような喜び
喜ばれることで、『喜ばせた』ことによって、彼女は自尊心を満たしていく
侍女長(……間違った行為はしていないはず。不快な思いもさせていないはず)
侍女長(手足が無いなんて。出来ることならば、思いたくも無いはずですもの)
侍女長(でも、魔王様は そんな触れて欲しくない“急所”に入り込んで…)
侍女長(彼女が本当に欲しいものを、必要なものを。自分がそう望むからと、与えようと言うの…?)
侍女長(それは…まるで…)
尽くす、とはまったく異なる質のものだ
だが、それ以上の悦びを与えるものだ
奉仕を天職とする彼女には、
現実を突き刺される痛みを伴う悦びなど“与えられない”
受け取る事は出来るのに、与えられない
その悦びを与えられるのは、“突き刺せる”者だけ