Part11
320 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:55:23.85 ID:LltjezIH0
紅いクッション。黒いクッション。
金色の房が、獣の尻尾に見える
銀色のステッチが、アリの行列に見える
色とりどりの視界は、少し 嬉しい
達磨娘(そうね、あれはきっと 狐の尻尾)
達磨娘(ゆったり生きる狐が、忙しない蟻達に呼びかけているの)
達磨娘(『何をそんなに忙しく生きる? 穏かな空想にふけるのは幸せだよ』……そんな風に、呼びかけてやるの)
そう。まるで幻想の世界に生きる狐のように
ただ穏かな空想の中に埋もれて生きれば きっと幸せも見つかるでしょう
私はまた 新しい空想の世界におちていくーー
321 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:58:09.43 ID:LltjezIH0
::::::::::::::::::::::::
気がつくと、人の気配がした
そういえば先ほど、何か 聞いた覚えのある声がした気がする
その後はずっと静かだったから、空想を邪魔されなかったのは助かった
でも今はすこしうるさい
『うるさい』のはいつものことだけれど
今日はいつもより声が『近い』ーー
達磨娘(狐の尻尾。アリの行列。ほら、空想を続けなくちゃ……)
「2度言わせるな」
苛立った声が聞こえ、空想に集中できない
誰かと話をしているようで、うるさくて狐と蟻の声が聞こえない
「申し訳ございません……!」
322 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:58:57.48 ID:LltjezIH0
「全て俺自らで確認する。どのような素性であっても構わない」
「ですが!」
「俺の決めたことに意見するつもりか」
「………ッ」
「全ての謁見をしばらくの間は拒否する」
「な……っ!」
空想を邪魔する声
それならば、無理やりにでも空想の世界に置き換えてしまえばいい
達磨娘(いばりん坊の狼さんが現れて、狐を追い立てたとしたらどうなるかしら)
達磨娘(偉い狼さんと、ぼんやりした狐… どうなるかしら、どうなるでしょう…?)
次から次に訪れる、新しい空想の要素にまごつく
話を考える内に、また『狼さん』の声が聞こえてきてしまう
「そうだな……有力な情報を持ってきたものの謁見は認めよう」
323 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:59:40.64 ID:LltjezIH0
「欲にかられ、多くの者が情報を持参するであろうからな」
「しかし、そんな事をなさっては……」
「もとより、すべて断るだけの謁見に意味など無かった」
「………。畏まりました」
「出て行け。それと、一人 充分な才を持つ侍女を選んでよこせ」
「……? 何をなさるのでしょうか」
「詮索は『要らぬ』。 それと、釘を持て……長く丈夫な太い杭も必要だ」
「……………承りました」
達磨娘(…………あ)
空想の途中に、現実味が混じってしまった
やっぱり、聞かなければよかったな
新しいお話なんて欲しがらずに、今までと同じ空想を続けていればよかったな
達磨娘(釘は…… 痛そう、だもん…)
324 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 18:00:25.28 ID:LltjezIH0
「………」
達磨娘「…………」
憂鬱な未来を予想しても、何が出来るわけではない 達磨の自分
だから焦点をあわさぬまま、“狐の尾”を見ている他には無かった
焦点を合わせてしまえば
知りたくもない事や 見たくも無い物が見えてしまう
今までの日々で感じていた『自らを見つめる視線』ですらも
その正体を知って 正しく見つめては、耐えられなかった
直視して良い現実など
達磨である彼女の世界にはひとつたりともありえない
「…………」
だから、今 感じている視線にも気付かないフリをするだけ
何もかもから焦点を外し、何も見てはいけない 何も聞いてはいけない
『知らぬフリを貫き通す』しか、身を守れないから
325 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 18:01:09.68 ID:LltjezIH0
達磨娘(いっそ…… 壊れてしまえば、きっと……)
達磨娘(でも……)
とっくのとうに壊れていてもおかしくない
むしろ 壊れてしまっていた方が、よほど人間として正しいのだろう
それでも彼女を支えているものがある
壊さずに保たせているものがある
その支えは、いつまで 彼女を支えていてくれるのだろうか
達磨娘「………………」
「…………」
抱き上げられる
運ばれる
柔らかなベッドの上に横たえられる
始めから、服など着せられていない
身を守る術など、なにひとつない
326 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 18:01:50.11 ID:LltjezIH0
大きな手が、私の腰に触れたのは感触でわかる
そのまま 太腿の半ばほどにも満たない、その短すぎる脚の終わりまで撫でた
達磨娘(……あ… ……また、なのかな……)
反射的に、空想に逃げ込む
こんなに柔らかな場所は、きっと雲の上に違いない
そう、ここはきっと空に浮かぶあの白い雲の上
それならきっと声もとどくはず
音にならないこの言葉でも、通じるはず
あのね。私、聞いてみたかった事があるんです………
ねぇ神様。聞こえていますか?
私のことーー どれくらい、嫌いですか?
328 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/29(木) 18:10:33.40 ID:z37KP4GX0
乙ー
達磨娘さんどんな風に話に絡んでくるのか予想がつかない…!
329 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/29(木) 18:30:31.44 ID:mcAnbffOO
乙
幸せにしてあげて
330 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/29(木) 18:55:34.86 ID:RNkGuxKxO
一旦乙です
達磨娘が少女と会うための鍵になるのだろうか
331 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/29(木) 20:37:41.74 ID:bH6L0qha0
ドキドキするわ
335 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:48:01.50 ID:281+FDU90
::::::::::::::::::::::::::::
達磨娘「…………」
魔王「…………」
触れてみると、見た目以上に華奢な身体だった
妊婦であるというにも関わらず、肉はほぼついていない
腰骨のあたりの皮が腹に引っ張られ、妙なほどにくっきりと腰骨を浮き立たせている
だがこうして横たえれば腰が伸びる
つまり腰骨は機能しており、その脚の付け根まで神経も生きているようだ
指の腹で脚の先まで押し、筋肉の強張りなどからそれらを確認していく
魔王(触れられても、一切反応しないのか……)
達磨娘「…………」
様子を見ると、置かれている時と何も変わらぬ達磨がいた
腰が伸びているか、曲がっているかの違いしかない
あの、焦点をあわさぬままに薄く開かれた瞳も 変わらない
魔王「ーーーーッ」
336 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:48:28.73 ID:281+FDU90
あの瞳だ
あの瞳がここまで俺を苛立たせるのだ
こんなにも心の中をかき乱して
堪えようのない思いを無理矢理に押し付けてくるーー
魔王(……俺は、お前のその目が嫌いなのだ……!!)
僅かにでも少女の姿が重なって見えなければ、抉り取ってやったのに
幸福など、何ひとつなくてもいい
今は早くこの感情を処分してしまいたい
痛みだけで、もう充分なんだ
今までのように、何も考えずに生きているのはどれほど楽だったのか
その時、トントン、と ノックの音が響いた
達磨から視線を外し、ベッドから離れる
冷静さを取り戻すために呼吸を整え、入室を促した
337 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:49:09.92 ID:281+FDU90
「失礼致します、魔王様ーーご用命と聞き参りました」
まだ若く、美しい侍女が部屋にはいってきた
胸元を飾るリボンの色で侍女の位がわかる。彼女のそれは『紫』ーー 侍女長だ
魔王「…………」
豊かなドレープのついたスカートの前で手を合わせ
ドアから一歩進んだ場所で辞儀をする
落ち着いた仕草と作法
余計な発言をせず、黙ってピタリと立ったまま控える侍女長は確かに有能そうに見えた
魔王「………」
侍女長「…………」
達磨の世話をさせる人物を用意するつもりで呼びつけた侍女長の姿に、沈黙してしまう
決して侍女長の才を疑ったわけではない
恐らく彼女であれば必要な事に応えるだろう
だが、言い表せぬ感情が再びつきあげてくる
338 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:49:39.36 ID:281+FDU90
魔王(……これは。 この女に世話を任せてしまっては……)
達磨が、侍女長の引き立て役に見えてしまう
その哀れで惨めな姿が、美しい彼女に比較され 余計に際立って見えるばかりであろう
魔王「……………っ」
魔王は言葉を失う
達磨の世話を自分ができるとは思えない
『他の適役』も思いつかない以上、彼女に頼むべき事なのは明白だ
魔王(……だが そうなればこの苛立ちは、どう処理すればいい!?)
このままでは抑えるどころか、余計に感情を荒立たせるばかりになってしまう
彼女が世話をするのを見かけるたびに、こんな思いをしなければならないのか
339 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:50:07.49 ID:281+FDU90
魔王は、決められずにいた
少女の影を重ねてしまった達磨の哀れな姿は
魔王の中に保っている少女の姿にまで 翳りを落としていた
生き別れではなく、死に別れという『次』の空洞を想像させながら……
魔王は、何よりもそれが怖かった
あれが再び我が身に襲い掛かる事を、恐れていたのだ
魔王(もう……充分だ…!)
口を閉ざしたまま拳を握る魔王
その姿を見た侍女長は、礼をした後に控えめに言葉を発する
侍女長「………僭越ながら、魔王様。ひとつ発言をお許しいただきたく思います」
魔王「なんだ…ッ!」
苛立った声がでてしまう。何をしても、何を考えても……
さきほどから、口から出てくるのはこのような質の言葉ばかり
有能な侍女長はもう一度礼をし、今度ははっきりした口調で進言する
340 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:50:40.63 ID:281+FDU90
侍女長「先ほど、こちらにお連れしたお嬢様の世話係を用命かと存じます」
魔王「……っそんなことは、確認せずともわかること! それを命ぜずにいるのだとわからぬか!」
やつあたりといって間違いない
このような物言いをすれば、誰しもが謝罪の言葉と共に役目を辞退していくだろう
怒鳴ってしまった後で しまった、と思った
だが、侍女長の反応は意外なものであった
侍女長「私ではお嬢様に役不足とお思いでしたらば、私の手足をもいでお嬢様の横へ留めおきくださいませ」
魔王「……なんだと…?」
侍女長「同じ身となり、その身で感じる事、必要な事を 私の信頼できる者に伝え申しましょう」
侍女長「1日中お嬢様のお側に控えてご様子を見守り、万事上手く進むよう尽くしましょう」
侍女長「私に出来うる全ての事を、魔王様の為にさせて頂きたく存じますーー」
腰を落とし、最敬礼の姿勢で静止する侍女長
自らの美しさゆえに魔王が躊躇したとは気付いていない
「おまえでは至らぬ」と思われることが、我慢ならなかったのだ
341 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:51:10.23 ID:281+FDU90
自らの技術で至らないのであれば
他の者では至る事はないという、侍女としての誇りと自負
だから期待に足りぬのであれば、その身を削ってでも
充分に応えるだけの連携を取ってみせるという、責任感の強さ
そして何よりも『尽くせる事ならば惜しみなく』という、彼女の忠誠心
それが、彼女にそのような言葉を発せさせている
魔王(このような者が、居たのか)
侍女長はまた口を閉ざし、瞳を閉じて魔王の判断を待っている
彼女は自らを捧げているつもりではない
魔王に尽くす役を望み、許可を欲しているのだろう
彼女は、ひたすらなまでに 魔王に尽くしたいのだ
何が彼女をそこまでにさせたかなどに 魔王の関心は向かない
だが、彼女が『強い動機と、揺らぎない意思』を持つ事には憧憬すら覚える
魔王(それは、俺自身は持っていないものだなーー… だが…)
342 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:51:39.27 ID:281+FDU90
この城の中にある全ては、俺のものだったはず
それならば 彼女の持つ強さすらも、俺のものではないだろうか
確かに俺自身は、今まで何一つ自らで選ぶことも出来なかった
与えられて受けとることも、ロクに出来なかった
だが、俺は誰だ
貰うと決めたものを、自らで貶め、扱えなくなってどうするのだ
棄てると決めたものを、痛みを恐れて、抱えて迷ってどうするのだ
俺は 魔王だ
出来ぬことなどひとつもない
持たぬものなどあってはならない
恐れも不安も戸惑いも、既に少女から与えられているではないか
既に持っているならばーー そんなものは、『要らぬ』と棄ててしまえばよい
俺が欲するのは……
俺が、持ち得ぬものだけだ!
343 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:52:07.96 ID:281+FDU90
目を開く
今までよりも視界が鮮明な気がした
血流も魔力も ただ巡るだけではなく、目的地があるかのように流れ出す
魔王「お前。侍女長であるな」
侍女長「はい。左様にございます」
魔王「ならばお前に命じよう」
侍女長「!」
魔王「お前が万事成すことの全て、我が手の成すことと思え」
魔王「お前の失態の全て、我が名を傷付けるものと思え」
魔王「お前のその忠誠すらも、既に我が物だと知るがよいーー」
そうだ
俺はすべてを持っている
こいつの気高き自信すらも、俺の物ーーー
344 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:52:55.02 ID:281+FDU90
魔王(こいつの中にあるキモチとやらは、俺にもよく見える)
魔王(そう。いうなれば、強欲。自信に繋がるほどの強欲さが見える)
魔王(ようやく気付いた。見えないものが見えないことで、つまらぬものにまで無駄に怯えていただけだ)
俺が間違えていたんだ
全てを持ち、管理し、守るだなどと……
そんなこと 俺に出来るわけがないではないか
俺は、魔王だ
望むがままに使う事こそが、本分だ
そう
尽きること無き贅は、強欲に求めて使うための贄にすぎない
俺が持たぬものがあるとすれば、ただひとつーー
魔王(全てを使い果たした、空箱だけだろう…?)ニヤ
345 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/31(土) 03:53:30.05 ID:281+FDU90
::::::::::::::::::::::::::::::
侍女長は、初めて魔王の微笑を見て ゾクリと背筋が震えるのを感じた
自負している己の『自信』すらも、この魔王には敵わないと思う
侍女長「ま、おう…… さま…」
『魔王様より、命を頂いた』
それは侍女長にとって、瞳が潤み 頬は赤らむほどの誉れだった
目の前にいる魔王は、侍女である自分を手足のように用立ててくれるという
彼女が今 心に抱いているのは
先ほどまであった 献身的過ぎる忠誠ではなかった
魔王の微笑に魅せられて後、そこにあったのは
自らの全てを『強さ』に抱かせる快感だけーー