Part10
290 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:03:32.19 ID:rBtvQerQ0
魔王(こいつは… いや、こいつらは……)
関係の無い他人をなじり、貶めることでしか
自らを立たせる術を持たないのであろうか
いつかの謁見室での様子を思い出しながら、そう思う
少女を后だと宣言して見せたあの日も
こうして『他人を貶めて自分の言い訳とする』やつらばかりだった
そして貶められた方は、人の知らぬ場所でただ泣くのだろう
誠実に生き、積み重ねた努力に 「無価値」の印を押し付けられて、泣くのだ
あの時の、少女のように
291 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:04:10.72 ID:rBtvQerQ0
あの頃の、言葉少なにうつむいて 笑顔の消えた少女の姿が
目の前にいる、無口無表情の達磨の娘と 重なって見えた気がした
いつだって鮮明なまま聞こえてくる、痛みの中の少女の声
『……私、まだ頑張りが足りないのかな』
『もう、これ以上どうしたらいいのかわかんないよ』
『少し、疲れちゃった』
あの時の少女の声が
この口も利けぬ達磨から、聞こえてくる気がした
魔王「…………口を、閉ざせ。そこの商人」
だから、それ以上は聞かせておけなくなった
商人「……へぇ。申し訳ありやせん… それで、魔王様。そのぅ……」
魔王「…………」
今、この娘に『要らぬ』と聞かせてはいけない気がした
292 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:04:48.84 ID:rBtvQerQ0
こんなもの、必要ないのに
こんなもの、俺は見たくもなかったのに
だが
少女の姿や 少女が教えてくれた感情が
この娘には『要らぬ』と言えぬようにしている
魔王(この判断も……少女から、与えられたものなのだろうか)
どんぐりと、リスの親子
真剣な表情で、魔王を諭す少女の寂しげな瞳
目の前の、光を宿さない瞳
花の盛りの年頃に あまりの悲運に見舞われた美しい娘
様々なものが脳裏をよぎった
293 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:05:36.37 ID:rBtvQerQ0
言ってしまえば
『要らぬ』と棄ててしまえば
この、哀れでうつろな娘の“生”には価値がないとーー
そう伝えてしまうから
今、この娘に『要らぬ』と聞かせてはいけない
魔王「………………………………… 『貰おう』」
重臣たちがひどくざわめいた
どこか遠くで『やはり、“魔王”なのだな……』と 呟く声が聞こえた気がする
294 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:06:13.37 ID:rBtvQerQ0
:::::::::::::::::::::::::::
達磨の娘は、国内交易認可証書と書かれた紙切れ1枚と交換された
この娘の価値は 本当に紙切れ1枚分でよいのか問おうとして、やめた
「本当に……これだけの権利を頂いてしまってよろしいのでしょうか…!?」
商人と貴族は、声と身体を震わせてそれを受け取り
ひれ伏して、喜色を隠そうともせずに 大層な感謝をしていたからだ
きっとこいつらも 俺と同じで、目に見えないものを見ることは出来ないのだろう
お互いに目に見えないものでは、取引は出来ない
俺達にとって、『達磨』は
紙切れ一枚相当の価値だとしか… 他に見ようがない
295 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:06:42.75 ID:rBtvQerQ0
この紙を選んだ理由だって大層な理由は無い
この娘にどれだけの価値をつけるべきなのか、とても判断できそうになかった
娘の中にある“キモチ”の価値など、俺にはわかりようがない
だから臣下に相当以上で与えよと言っておいただけだった
そうして、達磨は 魔王の物になった
与えられる物を断り続けることでしか、国を守れる気がしなかった魔王
多くを与えられても、管理できないし守れない と 拒み続けてきた
そんな魔王が『与えられて受け取ったもの』は
どんぐりと、達磨だけ
魔王(それが… 俺の。 『魔王の価値』だということかもしれぬ…)
どんぐりを与えられた魔王
差し出された達磨を断らず、貰った魔王
そんな魔王の価値など、魔王自身には わかるはずもなかった
296 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:07:57.55 ID:rBtvQerQ0
::::::::::::::::::::::::::::::::::
魔王「……部屋に運び入れたのか」
自室にもどり、部屋の隅に“置かれた”達磨の娘と対面した
その瞳は 焦点を定めていない
焼かれたという口はもとより、顔全体の筋肉までも一切の機能を果たそうとしていない
虚ろなまま、生きているようだった
達磨娘「……………」
魔王「……………っ」
初めて自分で『貰おう』と声をかけ手に入れた物
最初は何も思わなかった
なんの興味も持たずに見るソレは、ただ“ソレ”だけであった
297 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:09:17.05 ID:rBtvQerQ0
それなのに
少女の声が、この娘から聞こえる気がするというそれだけで
少女の姿が、どこか重なって見えてしまったというそれだけで
ーーー酷く、痛々しい姿をしているように見えはじめた
達磨娘「………」
魔王「こんな…… こんな風に思うようになったのは何故だ…?」
思わず、目を背けたくなるほどだった
見ているだけで、心の中で何かが荒れ狂いそうになるようなものだった
大声で叫びだしたいほどの、虚無感を感じさせるものだった
魔王「何故……… 何故、こうなった…?!」
達磨の娘に聞かせる事は出来ない
自室だというのに 魔王は声を隠し、飲み込み、自らの言葉の全てを抑え込む
魔王「……っぐ」
必死さのあまり、その身体が強張り震えるほどに。
唇がわななき、握り締めた拳から 血がにじむほどにーー必死に、抑えこんだ
298 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:10:10.30 ID:rBtvQerQ0
こんなことならば…
こんなことならば……!
そうだ、目に見えないものだけで よかったんだ!
わからないまま受け取ってしまえば それでよかったのに!
モノの中にはキモチがあると少女は言った!
ならばきっと、俺が突然に手に入れたこのキモチは、この娘の中にあったキモチなのだろう!!
俺は、それを貰ってしまったのだ!
だからきっと 俺自身もこんな気持ちになってしまったのだろう!
紙切れ一枚と引き換えに、買ってしまったんだ!
こんな……… こんなものを!!
299 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 00:12:28.61 ID:rBtvQerQ0
こんな… キモチという物がこんな物ならば…… 俺は……!
こんな風に、こんなもののために、これほどの思いをせねばならないのなら……!!
俺は、もう “感情”など “価値”など “キモチ”など
ーーーーーー要らぬ!!
その日から 魔王は
少女から引き換えてもらっていたはずの“幸せ”を、手放す事に決めた
ためこんでいたはずの“喜び”も
鮮やかなままに残された“楽しさ”や“満足感”、“達成感”も……
魔王が持っている何もかも全て
残らず、引き渡してしまうことにした
暴風の荒れ狂う中に立たされるような、この息苦しさの処分費用として
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/28(水) 00:30:12.82 ID:gruAuBaK0
乙
皆不憫だ
どうかその苦しみが報われますように
ちょっと感情移入しすぎだな
303 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/28(水) 01:05:37.95 ID:RaqafXEV0
少女が帰ってしまったところから
泣きっぱなしの俺はどうすればいいんだ
304 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/28(水) 01:22:53.91 ID:3wNjuUQgo
>>303
とりあえず涙拭けよ
305 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/28(水) 01:45:39.43 ID:KfCyRYGtO
>>304
やさしいな
306 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/28(水) 07:30:36.95 ID:6a3WcywoO
魔王の趣味と勘違いして達磨が量産されてしまわないか不安だな
308 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/28(水) 14:57:54.26 ID:hIKCEgLgO
>>306
それはありそうで怖いな
309 :
本編外補足です ◆OkIOr5cb.o :2015/01/28(水) 16:47:37.08 ID:Wi+RsbpDO
>>306 >>308
「芸の為の『ヤラセ』ではございません。確かめてもらっても構いません」ーー
商人のその言葉を聞き、調べに行った人間はいるようです
ヤラセとわかれば陥れて信用を無くさせる事ができる
うまくやれば、自分も同じ手であの商人のように…
そのような考えを持った者は確かに居たようです
ですが、実際にその町の娘がそうなったことは 町内に知られていました
それが本当の話であった以上
ヤラセで達磨娘以上のものをつくったとしても
魔王にそれがバレた時にはどのような制裁をくらうかわからない…
確率の薄い二番煎じで、そこまでのリスクを負ってまで勝負を挑むような阿呆者はいませんでした
事実、達磨娘はそれだけの境遇に合っていたからこそ
2体目の達磨が『造られる』事はなかったようです
と、後付けで説明させていただきます←
後、今夜の投下が怪しいです…明日になるかもしれません、と
310 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/28(水) 16:51:47.51 ID:KfCyRYGtO
ほっとした。
乙
311 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/28(水) 19:13:29.75 ID:k561vTujO
魔王が感情を捨てるために達磨娘殺さないかドキドキしてたわ
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/29(木) 00:41:19.06 ID:Gt3leBiH0
SS読んで手が震えたの久しぶりだわ
313 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:49:29.17 ID:LltjezIH0
::::::::::::::::::::::::::
商人に木箱に詰められた後、目の前にあったのは紅い布だけ
ガタゴト、ガタゴトと揺れる木箱
私の下に敷かれている、贅沢に綿を使用した座布団を通しても振動が伝わってくる
木箱の中で倒れた私は、振動によって頭を小刻みに打ちつけられる
その後で静かになったと思ったら しばらくの間、そのままにされていた
商人「おい、よかったなぁ。どうやら魔王様はご興味をお持ちになったようだぞ」
布をめくりあげ、商人が私の身体をまっすぐに立てなおす
ブチブチとした痛みがある
商人「ちっ、木箱のササクレに髪が絡まって…… この急ぎの時になんてこった」
商人は私の髪を切る
商人「まぁいいか。この方が、よほど惨めったらしい雰囲気が出るっつーもんだ」
314 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:50:17.51 ID:LltjezIH0
小さな箒が見えた
切った髪と、抜けた髪を掃いている
達磨娘(また、『私の一部』が棄てられる……)
商人「さぁいくぞ。うまくいきゃぁ、俺は商人として成功の道が約束されたようなもんなんだ」
商人「拾ってやった恩を、返してくれよ? なぁ、『達磨』さんよ」
そうして、また視界は紅く閉ざされる
ガタゴト、ガタゴト。
商人「ーー……これは悲しい話でございやした…」
「ーー……そうか。治療されたのかーー…」
厚い布越しに聞こえてくる、くぐもった声
315 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:52:04.20 ID:LltjezIH0
今度は誰に『見せしめ』るつもりだろう
いつだったかのように
私を見て、触り、嘗めまわすような人じゃなければいいな
私を転がして、汚らしくむしゃぶりつかれるのはやっぱり嫌だもの
「抗ってみるか、ほら」と、出来ない事を強要されて
愉快そうに嘲笑されて、その責めなのだと 一方的に求められるのは嫌だもの
私が泣いたところで、相手を喜ばせるばかりなのは もう覚えた
無反応で耐えるのが、一番。「つまらない」と、飽きてくれるから
それだけしか出来ない。だけどそれが、私に出来る唯一のこと
達磨娘(何も出来ないのと、変わらないけれどーー)
話をしているのは、男の人の声
嫌だと思ったところで、何も変わらない
嫌だと思うような相手が話していたとしても
私にはそれに抗う手段は無いからーー気にしちゃ、いけないの
316 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:52:58.84 ID:LltjezIH0
布がめくられる
紅い布をめくった先に、また紅い床
達磨娘(……変なの…。床に、毛が生えてる……)
毛が生えているなら、生き物なのかしら
そう、きっと大きな獣。 私を一口で呑み込んでしまうような。
私はきっと その背にのせられているの
ぼんやりと空想にふける
あまり現実味のある空想ではいけない
夢を見るように、現実の何もかもを遮断してくれるような空想でなければいけない
「ーー……『この程度の不遇』……ーー」
よくあることなら、傷ついてもいいのかな
私だけじゃないって思えばいいのかな
「ーー……『こんな、醜いだけの姿』ーー」
そうじゃない。聞いてはいけないの
ほら、空想を続けなくちゃ
大きな獣。きっと、豊かな毛に覆われた尻尾が生えているに違いないでしょう
317 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:53:26.44 ID:LltjezIH0
「ーー……『こんなもの』ーー…」
ああ
いっそ 耳も焼かれてしまえばよかった
殺してくれないのなら いっそもっと傷つけて。ーー楽に、なるまで
「『貰おう』」
達磨娘(貰う……? こんな私を何のために…?)
ああ。でも、そっか。 商人はそのためにここにきたんだ
私は売られて、今度はまた違う場所で『飼育』されるんだ
私… 私は またーー
達磨娘(また、棄てられたんだ)
視界は、また紅く染められた
この、紅い豪奢な布につつまれる私は きっとこの布よりも安いんだろうな
318 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:54:22.50 ID:LltjezIH0
:::::::::::::::::::::::::::::
ガタゴト。ギィギィ。
軋むタイヤの音は、一角獣の鳴き声
きっと彼は愉快なサーカスの劇団員
いつものように幕が開けば、ざわめいた歓声が聞こえるはず
まぶしいほどのスポットライトに目をくらませて、瞳を閉じてしまうだけでいいの
『ほら、あれを見てごらん』
ーーごめんなさい、目がくらんでいて見えないの
『あんなもの見た事が無いでしょう』
ーーそう。それはよかったわね
いつもの空想は、毎日繰り返しているせいか 幻聴のように聞こえてくる
こうして運ばれれば、きっとそこにはいつもの『見世物』がはじまっているはず
319 :
◆OkIOr5cb.o :2015/01/29(木) 17:54:53.90 ID:LltjezIH0
「こちらに…… はい、それでよろしいです」
聞き慣れない女性の声。ショウを伝えるアナウンスではない
布が払われ、木箱から出される私
「あら……?」
私では抗う術もない『粗相の跡』を見たのだろう
生きていなければ、そんな恥をかくこともないのだけれど
恥をかくことにも慣れてしまった
恥ずかしがったところで、いちいち世話をやいてくれる人は居ないのだもの
こうするしか、ないのだもの
女性は何か指示を出している気配がする
私は、真新しいクッションを積み重ねた中に『置かれた』