Part6
131 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:37:53 ID:
kF4YZqcE
僧侶「…。」
先ほどよりは湧き上がる瘴気も落ち着き、静かに立ち昇っている
相変わらず『何か』は暴れまわっていたが大分"慣れて"きていた。
僧侶「…聞きたいことがある。『魔王』は一体何のために存在するんだ?
今までの口ぶりからすると、お前も元は人間だったようだけど」
魔王「『魔王』の存在意義はこの世の全てを破壊し尽す事。それだけだ」
魔王「…"私"自身の記憶は、今ではもう漠としたモノでしかない。
今のこの身体が、本当に人間だったのかどうかも、もはや思い出せぬ。
ただ今は、我が内に渦巻く激しい怨嗟の声が、この世を滅ぼせと囁きかける。
それだけが、我を、私を、俺を、今でも突き動かしている」
132 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:38:51 ID:
kF4YZqcE
僧侶「…そう。じゃもう一つ。それだけ強烈な力があれば別に代替わりする必要ないんじゃないの?
死ぬこともないなら一人で世界を滅ぼせばいいじゃないか」
魔王「人は、食事をせねば生きては行けぬだろう?それと同じことだ。
お前は今まで愚痴の一つも溢さず、大事に大事にその『呪い』を育ててきただろう?
それこそが『魔王』には必要なものなのだ。"私"の人格など価値は無い。
…お前ほどの素質があれば、お前の代で『魔王』も世界も終わりを迎えられるだろう」
133 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:39:48 ID:
kF4YZqcE
僧侶「…あっ、そう」
魔王から目線を切り、勇者のほうに向き直る。
迷うまでもない。
僧侶「勇者」
勇者が、ゆっくりと顔を上げる。
134 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:44:36 ID:
kF4YZqcE
僧侶「勇者。君は――お前は。結局、今の今まで弱虫のままだったんだな。
…正直、悪びれずに俺の扱いが当然だと思っていてくれた方が、救いになったかもね。
どっかに後ろ暗い気持ちがあったから、今そんなに辛い思いをしてるんだろう」
僧侶「悔しかったさ。苦しかったさ。妬んだし、羨んだ。
何度も何度も考えた。なんでお前が選ばれて、なんで俺が選ばれなかったんだって。
135 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:45:31 ID:
kF4YZqcE
なるべく、考えないようにはしてたけどさ」
勇者「…僧侶。俺は――」
僧侶「でもね」
勇者が口を開こうとしたのを遮る。
136 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:46:15 ID:
kF4YZqcE
僧侶「でも、そんなことはどうだっていいんだよ。
勇者が俺をどう思っていようが、女魔法使いが誰を好きになろうがさ」
「みんなにどんな扱いをされようが構わなかった。
行き着く町々で従者扱いされようが気にしないさ。
危険な場所に一人で放り込まれたってよかったんだ」
「どんなに苦しくても辛くても悲しくても、旅はやめなかった、その理由」
「この旅の、俺たちの――
俺の、目標。生きる意味。それは『魔王』、お前を倒すことだ」
137 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:46:48 ID:
kF4YZqcE
僧侶「鑑みてこなかった?違う。その必要が無かったんだ。
何年この四人で過ごしてきたと思ってるんだ。みんなの気持ちなんか言わなくたってわかるさ。
――まぁ、多少予想外な部分もあったけどさ」
僧侶「残してきたものがない?そんなわけない。両親が居なくたって故郷の国はそこにある。
大地は俺の両親を育み、天は俺が生まれることを許してくれた。
それだけで、充分だと思える。世界を『呪う』理由なんて、俺には見当たらない」
僧侶「俺が、『呪う』とすれば。
知ったような口ぶりで言う必要もないことをべらべら穿り返し
何故そうしているのかもわからず八つ当たりのように破滅を振りまき
愛してやまない世界の平和と安寧を乱すクソヤロウ。お前だけだ」
僧侶「自分が誰だかもわからなくなったボケ老人になんか、なりたくないね」
138 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:47:22 ID:
kF4YZqcE
言い終えると、魔王を睨みつける。
魔王は再び表情を無くすと、ため息をひとつうち、
魔王「…下らん茶番だ。もう充分だ」
片腕を挙げると、その手のひらに凄まじい魔力が集中し、黒い球体が浮かび上がる。
僧侶「人選ミスだったようだね。もっと境遇から"呪われた"奴を探せばよかったんじゃない?」
魔王「…次はそうさせてもらおう。
消し炭から、その『呪い』の残滓だけでも回収させてもらう」
139 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:47:57 ID:
kF4YZqcE
もはや『選ばれし者』に関心も向けず、ただ作業的に、俺たちを消し去ろうとしている。
――暴れまわる『呪い』を飲み込むほど、激しい感情が体中に滾る。
球体は依然巨大化している。あれを食らえば、勇者とてひとたまりもないだろう。
――『選ばれし者』をまるで問題にしない力。圧倒的な暴力。
魔王「――消えるがいい」
――魔王。お前は、本当に。
魔王の手のひらから、死が放たれる。
経験したことのある時間の流れ。吹きすさぶ魔力が眼前に迫る。
――魔王。魔王よ。お前は。貴様は。てめぇは。おのれは。本当に全く心の底から狂おしいほど――
140 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:48:33 ID:
kF4YZqcE
僧侶「 嫉 ま し い な 、お ま え 」
―――
141 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:49:16 ID:
kF4YZqcE
魔力の塊が、ばくん、と音をたてて消え去る。
続けてこちらを縛ったのと同様に、這い出た『呪い』が魔王を締め上げる。
身体から噴出す瘴気が、その色を濃くする。
僧侶「全くもって嫉ましい。その力が。その態度が。その存在が。
『選ばれし者』を屠れるその両腕が。剣を通さぬその皮膚が。溢れ出るような魔力が。
無抵抗に等しい人々を、殴り、蹴り、爪で裂き、剣で砕き、轢き殺し絞め殺し焼き殺し
いじめてなぶっていたぶって地平に臓物をバラまき、呪い殺すことのできる暴力が。
魔王、お前はその力を存分に振るってきたんだろう?好きなだけ振るってきたんだろう?
実に実に羨ましィイイイよなぁああああああ魔王さんよォオオォオオオオオオオオ俺が散々独り
で暗い道を進み罠に魔物に孤独に傷つき悶え苦しんでるのに弱い者虐めができていいよなァ虫け
らにも等しい相手をぶちぶち潰すのは気持ちイイよなぁ。え?どうなんだ?どうだったよ」
吐き気がする。眩暈がする。手が震える。
だが沸騰するほど体温は上がり続け臓腑に溜め込んだ怨念が燃えさかる。
142 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:49:54 ID:
kF4YZqcE
「なぁ魔王。そんなお前はなんで俺に呪いを植えつけた?取るに足らない糞袋に?
呪いの術式に必要な物はなんだ?血と魂。それだけじゃ足りない。
呪う意思が無くてはならないだろう。怨み辛み妬み憎しみ相手を呪う、相手の全てを否定する殺意が。
お前が欲しいのはそれだったんだろうが。血と魂なんざそこらの魔物でも人間でも殺せば手に入るものな」
「なぁ魔王。お前の『呪い』と俺の『呪い』。どっちが強いと思う?
一体何人殺して何人分の呪いを溜め込んだんだろうな。異常だよその力は。だが足りてない。
世界を滅ぼすのが目的というのなら何故全て殺さない。理由はお前が呆けたからだ。自らの殺意を失った。
当然だ。何度も赤の他人と融合し曖昧な状態で世界を呪うことなんてできるわけがない」
「所詮借り物だ。血も魂も意思すら自分の物でない紛い物だ。その殺意で、俺が殺せるのか」
143 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:50:29 ID:
kF4YZqcE
「 試 し て み よ う じ ゃ な い か 。 な ぁ 、 魔 王 」
144 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:51:06 ID:
kF4YZqcE
「まずはその見下す眼が邪魔だ。なんだ綺麗な球形じゃないか嫉ましいな。そのよく廻る舌も
邪魔だな取り去ろう。次は爪だ。何人の腹を裂いてきた?羨ましいことだ。面白いな抜いて
も抜いても生えてくるんだな憎たらしい。それじゃあ次は両腕だ。凄まじい腕力だが関節を
逆に廻してもその力は出せるのか?雑巾みたいに捻ったらどうだ?硬くてなかなか廻らんな
その鱗が邪魔だ全て剥がしてやろう魔王でも皮膚の下はピンク色なんだな。これで捻れる。
関節も増やしといてやろう。血の色も赤なんだな勉強になったよ。次は足だ。捻るだけでは
芸が無いな。骨を取り出してやろう。はははなんだか滑稽だな。呻く声が煩いなその喉も切
り取ろう。腹の中はどうなってるかな。なんだお前も中身は糞袋なんだな親近感が涌いてき
たよ。総て糞なら掻き回しても問題あるまい。素晴らしい再生速度だなもう鱗が生えてきた
のかもう一回剥がしてやろう何度でも何度でも何度でも。痛いか?苦しいか?そうだったら
嬉しいことこの上ない。腕はどこまで廻るかな。首はどこまで廻るかな。足はなんだか見苦
しいから取り払おう。また生えてきたな?何度でも毟ってやる。どうだ痛いか?辛いか?苦
しいか?助かりたいか?安らぎが欲しいか?消えたいか?殺されたいか?死にたいか?死に
たいよな?死にたいと言え。死を願え消滅を想え自分を呪え。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね
ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死死死死ししししししねねねねねねね未来永劫。肉片一片すら髪の毛一本すら記憶からも。」
145 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:51:58 ID:
kF4YZqcE
僧侶「死ね。唯死ね。赦すのはそれだけだ、魔王」
眼に見えぬ顎が一斉に魔王の身体を貪り喰らう。溢した血の一滴も床ごと抉り呑み込んでいく。
残った肉片に群がり、互いを喰らい合い、ただひたすらに貪欲に。魔王の全てを奪っていく。
遂には最後の一匹となり、自分自身を噛み砕き咀嚼すると、ごくり、と飲み込み顎が失せる。
――玉座の間に、静寂が戻った。
―――
146 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:52:36 ID:
kF4YZqcE
ゆっくりと、大きく息を吐く。
全身から漏れ出ていた瘴気も今ではすっかり収まった。四人の息づかいだけが広間に聞こえる。
僧侶「やっと、終わったなぁ」
へんじがない。
心配になって見回すと、それぞれ戦いで傷ついてはいるが命に別状はなさそうだ。
僧侶「ほら、魔王を倒せたんだからさ、お城に報告に行こう!
皆大喜びするぞー。国中あげての宴になるだろうしさ。よーしパパ七面鳥丸ごと食っちゃうぞ〜なんて…」
へんじがない。きまずい。
147 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:53:09 ID:
kF4YZqcE
僧侶「はぁ…。とりあえず帰るよ。転移の羽使うけどいいよね?」
返事がないのでさっさと準備をしてしまう。四人を囲うように円を描き、ちゃっちゃと詠唱を済ませる。
僧侶「はーい皆さん忘れ物はないですねー。飛びますよー」
貴重なアイテムだったが問題ないだろう。もう多分、使う機会なんかないし。
掲げた羽が消えると、周囲の景色がぼやけた。
148 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:53:59 ID:
kF4YZqcE
―――【故郷の国・王城】―――
着いた場所は城の広間だった。警備に就いていた兵士がどよめいている。
よく知った顔ばかりだったが、現れ方が唐突すぎたのだろう。遠巻きにひそひそと話している。
どう説明したものかと悩んでいると、謁見の間に通じる階段からばたばたと国王が降りてきた。
国王「おお!勇者!よくぞ戻ってくれた!たった今再び神官が神託を授かってな、
――遂に、魔王が滅せられたと!」
150 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:54:40 ID:
kF4YZqcE
一瞬の静寂を挟んで、周囲のどよめきが歓声に変わる。
長きに渡る魔物との戦いが終わった。
勝ち取った平和と勝利に、誰もが顔をほころばせ、抱き合い、喜んでいる。
国王「勇者よ、良くぞ成し遂げた。成し遂げてくれた。
…兵の一人もつけられずに旅に出してしまったことを、今でも深く恥じている。
一国の主としてではなく、まずはこの国を愛する一人の人間として、礼を言わせてくれ。
ありがとう。本当に…ありがとう…!」
兵士たちも兜を脱ぎ、一斉に頭を下げる。
勇者は、相変わらず"へんじがない"状態だ。
…あんまり黙らせたままだと不審がられそうなので、国王の前に割ってはいる。
僧侶「――あー、王様。ちょっといいですかね」
国王「む、どうしたのかね。なんでも申すがよいぞ」
151 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:55:40 ID:
kF4YZqcE
僧侶「はぁ。実は我々も魔王との戦いを終えた直後に、転移の秘術でここまで帰ってきた次第でございまして。
その戦いと長きに渡る旅の疲れから、今日のところは少々休ませて戴きたいのですが」
国王「むぅ…それもそうじゃな。魔王との戦いはさぞ熾烈を極めたことだろう。
あい判った。今日は疲れた体をゆっくりと休ませるがいい。詳しい話は明日にしよう。
――おい、この英雄達のためにとっておきの部屋を用意せよ!くれぐれも不備の無いようにな!」
僧侶「や、疲れているんでお世話とかはいいですよ。部屋だけ貸してもらえれば――」
言い終わる前にどこからともなくメイドの大群があらわれる。
なす術もなく、歓声に沸く広間から各々の客室へと押し流されていく。
152 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:56:20 ID:
kF4YZqcE
部屋に入ってからも、やれ喉は渇いていないか、やれ腹は減っていないかと代わる代わるメイドが出たり入ったりしていた。
今はいいから明日の朝まで放っておいてほしいと言って、よほどの事でない限り部屋に来ないでと念を押し、やっと落ち着く。
その夜は、夜中になっても騒がしいままだった。窓の外、城下町にも明かりが絶えることはなかった。
それでも、本当に久しぶりに。
ぐっすりと朝まで寝ることができた。
.
153 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:57:14 ID:
kF4YZqcE
―――【翌朝・謁見の間】―――
翌朝。わざわざ部屋まで起こしにきてくれた大臣に急かされ、謁見の間に集まる。
広間に入ると、衛兵だけではなく大臣や街の有力者まで集まり、騒々しかった。
もう既に三人は集まっていた。おはようと挨拶をすると、目はあわせないまま返事だけは返してもらえた。
国王「さて、集まってくれたようじゃな」
国王が口を開くと、広間が水を打ったように静まり返る。
玉座の方へ向き直り、跪く。
国王「勇者、そして女戦士、女魔法使い、僧侶よ。
国のため、ひいては世界のため、たった四人でよく頑張ってくれた。
今一度、平和をもたらしてくれたことに、礼を言いたい。
本当に、ありがとう」
盛大な拍手が巻き起こる。相変わらず三人は微妙な表情だが、昨日よりは落ち着いているようだ。
154 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:58:00 ID:
kF4YZqcE
国王「あー、それでじゃな。褒賞を与える前に、少しだけ聞きたいことがあるんじゃ。
…我々を長年苦しめてきた『魔王』が、一体なんだったのか。
そして、その最期を。他ならぬお前たちの口から、聞いてみたいのじゃ」
再び静まり返る。勇者が口を開こうとするが、言いよどんでしまう。
女戦士、女魔法使いも、何かいいたげにしながら、勇者と自分を見比べている。
――この旅の、終わりか。
しっかりと、けじめをつけるべきなんだろう。
僧侶「王様」
155 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:58:59 ID:
kF4YZqcE
視線が一斉に集まるのを感じた。
僧侶「僭越ながら、魔王についての調査は私が勇者より仰せつかっていました。
魔王と、その最期を。私の口から報告させていただけないでしょうか」
国王「おお、そうであったか。では、僧侶に話してもらおう――良いかな、勇者」
覚悟を決めたような顔で、勇者が頷いた。
それからしばらく、魔王について解った事を報告する。
元は人間だったこと。ある滅びた国の住人らしいこと。多数の人間の呪いをその身に宿していたこと。
数々の人間と邪な方法で融合し、我を忘れこの世の全てを呪う存在となっていたこと。
この旅の調査で知りえたことを、全て話した。
国王「――そのようなことが…。魔物を統べる王が、元は人間だったとはな…」
神妙な顔つきで、国王が物思いにふける。
今まで人間とは全く異質の存在と考えていただけに、思うところがあるのだろう。
国王「ふむ、よく調べてくれた。感謝する。
――して、その最期はどのようなものだったのかね?」
156 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:59:42 ID:
kF4YZqcE
勇者は、俯き口を閉ざしたままだ。少しだけ震えているように見えた。
深呼吸を一つ、二つ。大丈夫だ。
僧侶「……魔王との戦いは熾烈を極めました。数多の呪いを取り込んだことによる強大な力。
常軌を逸した膂力。底知れぬ魔力。
…『選ばれし者』の力を以ってしても、歯が立ちませんでした」
どよめく広間。用意した台詞を、一字一句。間違えないように。
僧侶「…しかし勇者は、決して諦めませんでした」
157 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 05:00:34 ID:
kF4YZqcE
勇者の目が、こちらを見る。
僧侶「魔王に我々三人が打ちのめされ、一人で魔王と戦うことになっても」
勇者「…。」
僧侶「幾度となく魔王の絶望的な力に膝を付き、傷つこうとも」
勇者「……おい」
僧侶「不屈の闘志で立ち上がり、遂にはその剣で魔王を――」
言い終わる前に、立ち上がった勇者に胸倉を掴まれた。
なんだか前にも似たようなことがあったな、と思い出す。
158 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 05:01:21 ID:
kF4YZqcE
勇者「…何のつもりだお前ッ…!そんなことッ、そんなことしてッ…俺が喜ぶとでも思って…」
僧侶「勇者」
静かな声で、しかしはっきりと。…これもなんだか、覚えがある。
しかし今度は、声を更にひそめて、勇者にだけ聞こえる音量で囁く。
僧侶「勇者。お前が、俺に少しでも悪いと思うなら。贖罪したいと思うのならば。
お前はこのまま、この国の英雄となれ」
「民に慕われ、国に敬われろ。その力で、未来永劫、この国を守るんだ。
事実は胸に秘めたまま、英雄として生き抜き、死んでいけ」
勇者の目を、しっかりと見据える。
159 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 05:01:40 ID:OMWJIFw6
ここで僧侶には殴られる前に殴ってほしい
160 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 05:01:57 ID:
kF4YZqcE
「それが――
――俺からお前に吐き捨てる、最初で最期の『呪い』だ」
「受けきってみせろ、勇者。お前ならできることは、もう知っている」
161 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 05:02:46 ID:
kF4YZqcE
勇者が目を見開き、掴んでいた手から力が抜ける。
その手を丁寧に離してやると、国王に向き直り快活な調子で続ける。
僧侶「…失礼しました。実に厳しい戦いでして、僅差で勝利を収めたことを勇者は恥ずかしく思っているようです。
しかし、今またその戦いの全てを話す許可を戴けましたので、続きをお話させていただきます」
勇者が緩慢な動作で姿勢を直すのを横目に見て、それ以降は三人の表情を見ることはなかった。
――憧れ続けた英雄譚を。その華麗な戦いぶりを。英雄の、まさしく理想像を。
朗々と、時々抑揚をつけながら。国を相手に、騙りきった。
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