Part4
76 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 03:56:57 ID:
kF4YZqcE
枯れるまで魔力を注ぎ込んでは休む。そうするうちに限界を迎え倒れこみ、泥のように眠る。
目を覚ましてはまた繰り返し、くりかえし。ただひたすらに、解呪を続けている。
が。一向に封印に変化はなかった。
解呪の一連の作業で予想以上に消耗している。食料はとうに尽きた。水は、もはや僅かな聖水を残すのみ。
飢えと渇きで指先が震える。なんとか集中しようとするが、魔力の枯渇までの時間が段々と早まってくる。
今は五日目であろうか。昏倒までの間隔が早まったことからもはや何の根拠も無い。
――残された時間は少ない。
僧侶「…。」
この先、更に消耗すれば精神の集中もままならなくなるだろう。自分の全力が出せるのは今が最後かもしれない。
きっと、ここが分水嶺だ。
虎の子の聖水、残った薬品の類、故郷の国から肌身離さず持ってきた教典。
そして、霊獣の洞窟で授かった杖。
持っていた全てを、解呪の代償に捧げることにした。
77 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 03:57:41 ID:
kF4YZqcE
新しい布に聖水と魔力を伴って紋を印す。小瓶や薬草、教典やらを並べると立ち上がり、杖を紋の中心にあてがう。
僧侶「…いままで一緒に戦ってくれてありがとう。この先は、自分の力でなんとかするよ」
枯れた声で呟くと、返事をするように微かに杖が震えた。
深呼吸。握りなおし、目を見開く。体に残った魔力を練り上げると、指先の震えが止まった。
解呪の紋が今までよりも明るく輝き、光の粒があたりに飛び散る。
僧侶「『寄る辺を無くした血汐よ 現世を彷徨う魂魄よ』
『そなたらをこの地に縛る鎖を解き 輪廻の輪へと還そう』
『この祈りが 安らかな眠りへの導とならんことを』」
唱えると、解呪の紋は一層光を増す。捧げた供物が紋をくぐり消えてゆく。
小瓶、薬草、教典が光の中へ消えていったところで、封印に変化は無かった。
杖を握る手に力を込めなおす。
78 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 03:58:23 ID:
kF4YZqcE
杖の先端が眩く輝き、その美しい身体を沈め始める。渦巻く魔力を全力で押さえつけ、せめて無駄が無いように。
――依然、周囲に変化は現れない。すがるような気持ちで続ける。杖はもはや半分ほどしか残っていない。
僧侶「――…頼む!…どうか、どうかこれで…」
終わってくれ。
その願いも、杖の先と、解呪の紋が放つ光と共に、闇に消えた――
.
79 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 03:58:53 ID:
kF4YZqcE
全身から血の気が引く。両足から力が抜け、冷たい床に倒れこむ。
――まだ、足りないのか。
体温が奪われる。しかし身体は少しも震えず、ただ横たわる。
――これだけやっても、まだ届かないのか。
魔力の枯渇からくる喪失感。
――これでもまだ、『選ばれし者』の力は――
絶望の中で、意識が闇の中に堕ちていく。
.
80 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 03:59:37 ID:
kF4YZqcE
―――回―――
目立たぬよう裏路地を抜け教会を目指す。
自分達の力で女戦士を助け出せた。そう誇らしげに思っていた。
辿り着いた教会前の広場。喜びを分かち合おうと、二人の方へ向き直ったその刹那。
轟音を上げて、城壁の一部が崩れ去った。
唖然とする。あの辺りは勇者の両親が防衛を担っていたはず――
間をおいて、勇者がそちらへ走り出そうとする。慌てて手を掴んだ。
両親を助けに行きたいのだと言う。手を振り払おうともがき、暴れる。
81 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:00:06 ID:
kF4YZqcE
心配する気持ちはわかる。女戦士の救出に成功したことで気が大きくなっていたのかもしれない。
しかし、どんなに強がっても自分達はまだ子供だ。さらに丸腰とあっては、結果は見えきっている。
諭すも、聞かない。城壁が崩れた以上魔物がここにくるのは時間の問題だ。焦りがつのる。
全力で教会へ連れていこうとするが、抵抗されてはうまくいかない。女戦士が泣き出してしまう。
そちらに気をとられた瞬間。余っていた拳で勇者に殴りつけられた。
思わぬ不意打ちに尻餅をつき、手を離してしまう。駆け出す勇者。また手を掴もうと起き上がると――
眼前に、黒い魔物が舞い降りた。
―――想―――
82 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:00:39 ID:
kF4YZqcE
――あれから、どれだけの時間が過ぎただろうか。
喉が渇く。
体温が上がらず凍える。
頭は靄がかかったように明瞭としない。
指先から流れる魔力は細り、途切れ途切れに。
それでも、解呪は続けていた。
止める事などできなかった。
諦めたくなかった。
死にたくなかった。
もういちど、彼女に会いたかった。
幾度と無く此岸と彼岸を行き来し、それでも続けた。
続けることそれ自体が、望みであるように。
奮い立たせていたのは、どんな感情だったのだろう――
.
83 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:01:17 ID:
kF4YZqcE
―――回―――
明滅する視界。全身への痺れ。
少し遅れて、胸に焼けるような痛み。
現れた魔物に、その爪で、唯一度だけ、薙がれただけで、
それだけで、小さな身体は死に瀕していた。
女戦士の金切り声。勇者の怒号。どちらも意に介すことなく魔物が近づいてくる。
心臓が暴れ血がとめどなく流れる。逃げようとしても、身体が竦んで動けない。
痩せて見える体躯に、長大な爪。蝙蝠のような翼には矢が何本も刺さっていた。
来るな。嫌だ。痛い。死にたくない。
黄色く濁った眼球。生臭い息が顔にかかる。時間がやけに遅く流れる。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだ――
ゆっくりと、牙の生え揃った口を開け――
――誰か、助けて。
―――想―――
84 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:01:53 ID:
kF4YZqcE
意識は覚めたはずなのに、身体が動かない。
―――回―――
魔物が、視界から消え去る。同時にやわらかな光が体を包み、痛みが消える。
よく知ってる声。暖かい大きな手。いつだって安心できる、その顔。
―――想―――
85 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:02:22 ID:
kF4YZqcE
こんなところで、終わってしまうのか。
―――回―――
勇者に肩を借り、教会へと走る。
周囲に夥しい数の魔物が舞い降りる。
―――送―――
86 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:03:04 ID:
kF4YZqcE
なんで。どうして。
―――階―――
彼らが とても強いのを知っていた
こんな魔物 いくら束になってもかないっこない
―――層―――
87 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:03:51 ID:
kF4YZqcE
嫌だ。どうして。なんで。嫌だ。なんでだどうしてなんだどうしてなんでなんでなんで――
―――悔―――
教会の結界に足を踏み入れた瞬間
朦朧とする意識で振り返り 見たのは
烏のように群がる魔物 知らない声で叫ばれる名前
その塊の中から飛び出た 誰かの白い腕
―――葬―――
僧侶「――なんで、こんな目に遭わなきゃいけないんだ」
―――
88 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:04:54 ID:
kF4YZqcE
―――【?】―――
生ぬるい液体に浸る四肢
首だけ回し 口に含む
生臭い鉄の味 構わず飲み込んだ
途端 ふつふつと 感情が涌きあがるのを感じた
89 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:05:29 ID:
kF4YZqcE
――なんで、こんな目に遭っているのか。
喉の渇きが収まらない
――なんで、こんな事になってしまったのか。
手で掬い口に運ぶが足りない
――なんで、報われることが無いのか。
何故だか 体が動く
――なんで、こんなにも苦しいのか。
這いずり 啜る
――なんで、自分は。
獣のように ただひたすら喉を潤す
――なんで、
90 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:05:59 ID:
kF4YZqcE
――なんで、選ばれたのが勇者なんだ――
.
91 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:06:00 ID:OMWJIFw6
いいよいいよー
ダークサイドに堕ちるの凄くいいよー
92 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:06:47 ID:
kF4YZqcE
液体がどくん、と脈動し、急激に水位が上がる。
我に返り立ち上がるが、それでも水位は上がり続けている。
液体から出ている部分を見えない何かが這いずる。
もう腰まで沈んでいた。
何かが身体を締め上げ、水底へ引きずり込もうとしている。
必死にもがくが濡れた服と衰弱した体が邪魔をする。
胸から肩、首へと液体はかさを増していく。
口が塞がる寸前に大きく息を吸い、止める。ついに全身が沈む。
這いずり回る何かが速度を上げる。
目、耳、鼻、口。身体に空いたあらゆる穴から何かが中へ入ってくる。
自分の内側を侵される不快感と窒息の恐怖。
息を詰めたままもがく。いつの間にか液体は熱いほどになっている。
…もう息がもたない。気が遠くなる。
残った力を振り絞り、あるはずの水面へ手を伸ばし――
――掻くこともできないまま、意識が閉じた。
93 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:07:26 ID:
kF4YZqcE
―――死―――
眩暈がした。体温が下がった。握った拳が、意思に反して震えた。
勇者に、罵詈雑言を浴びせかけたかった。
昨日まで自分が何をしてきたのか、知らせてやりたかった。
今になって態度を変えるのを、なじってやりたかった。
一言も自分が残るだなんて言わなかったのに。
間違えないように気をつけたのに。
結局、いつもの通りになってしまった。
でも、一生、言うつもりなんか、なかったんだ…――
―――香―――
94 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:08:12 ID:
kF4YZqcE
―――【拠点地下・最奥】―――
瞼の裏からちりちりと痛む光。硬く冷たい地面。響く風の音。
ゆっくりと目を開けると、少し開けた地下室に、天井に開いた大穴。射し込む光。
…どうやらまだ生きているらしかった。
自分の状況を確認する。両手、やけに重いが動く。両脚、痺れてはいるが動く。
全身を覆う倦怠感も、飢餓感も――喉の渇きも、そのままだった。
上体を起こす。着ていた服は埃にまみれていたが、他に目立った汚れは無い。
穴の真下あたりに魔物の亡骸があった。恐らく拠点のボスだろう。ここからでも微かに腐臭がする。
後ろを振り返ると、暗い通路の遠く向こうに、小さく地下に降りた階段が見える。
95 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:08:48 ID:
kF4YZqcE
僧侶(…封印の外に、出られたのか)
呟こうとしたが、かすれてうまく声がでなかった。
解呪が成功したのだろうか。別の条件があったのだろうか。…あの光景は、幻覚だったのか。
考えたいことは山ほどあるが――
僧侶(――みんなは、無事だろうか)
何より先に、それを確かめたかった。
―――
96 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:09:32 ID:
kF4YZqcE
重い身体を引き摺るように歩みを進める。
さっきまで眩いばかりに思えていた空は、どんよりとした曇天だった。
瓦礫の山と化した拠点を抜ける。幸いにも付近に魔物の気配は無かった。
あの地下室の大穴は恐らく勇者が開けたものだろう。封印が健在だった間は階段が使えなかったはずだ。
ボスの遺体には刀傷と魔法による傷両方が見受けられたが、それが誰のものかまでは判別できなかった。
気持ちばかりが急かされるが、足取りは遅々としてなかなか進まない。
みんな無事に村へと戻れたのか。あの後に罠はなかったのだろうか。
勇者に、ちょっとした小言を言ってやりたい。自分の扱いが、少しはマシになるかもしれない。
女戦士はまた泣いているかもしれない。昔からいつも泣いてばかりだった。
97 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:10:12 ID:
kF4YZqcE
女魔法使いには――ただ、会いたかった。
辛くも封印から抜け出した自分の姿を。心配そうな顔で待っているであろう彼女の姿を。
互いに見せあうだけで、それだけで。充分だと思えた。
魔物の進攻で造られた道沿いに林へ入る。そんなに距離はないはずだが、やけに遠く感じる。
だが、喉の渇きも、飢えも身体の衰弱も、どれも気にはならなかった。
あそこへ帰れば、またみんなに会える。
指先が震える。吐く物も無いのに吐き気がする。時々視界がぼやける。
構わない。最悪、あそこで死ぬんだと思っていた。どんな状態でも生きていることに変わりは無い。
僧侶(下手をしたら一週間を過ぎてるかもな。そしたら急いで追いついて、後ろから小突いてやったりしてさ)
遠くに村の入り口が見える。はやる気持ちを抑え、できるだけ早足に――
98 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:10:42 ID:
kF4YZqcE
がさり、と物音がした。
僧侶(――魔物か!?)
油断していた。村が見えたことで気が緩んでいたのかもしれない。
この身体で逃げ切れるのか。何体いるのだろう。そもそもこちらは気付かれているのか。
様々な思いを巡らせ、音のした方へ向きなおる。
99 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:11:22 ID:
kF4YZqcE
そこには、想像した魔物の姿はなく。村人の姿でもなく。待ち人の姿でもなく。
白 い シ タ イ が 、 ゆ ら ゆ ら と 。
―――
100 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:12:07 ID:
kF4YZqcE
絡み合う肉体。
猥らな水音。
囁くように交わされる言葉。
半裸の男女が抱き合っている。うす暗い林に、なめらかな白が映える。
肌同士を打ち合わせる音。
荒い息づかい。
恍惚の表情。
自分が、見たことのない表情。
抽挿に合わせて大きくなる嬌声。どちらともなく、顔を近づけて―――
101 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:12:41 ID:
kF4YZqcE
膝を着いたのは自分の意思か否か。込み上げる吐き気を両手で必死に押さえる。
ぐるぐると世界が回る。目は開いているはずなのに何も見えず、耳穴が拾い集める音もただ通り過ぎる。
全身を舐めるように『何か』が這い回る。染み入るように内側に入ってくる。
吐瀉物を飲み込み、僅かな身じろぎもせず、震える身体を押さえつけ、苦しくなる呼吸さえ止め、
代わりに。『何か』が入った分だけ。
両目から流れる体液だけは、止めることができなかった。
知っていたことだ。これが初めてじゃない。振り向かせるだけの力が、奪い取るだけの力が無かったからだ。
『選ばれなかった』のは偶然だ。勇者には資格があった。悔やんだところで結果は変わらない。
ならば何故、苦しむのか。
泣かないと決めていたはずなのに。またいつもの日常に戻れると思ったのに。
会いたかったはずなのに。笑いたかったはずなのに。こんなつもりじゃなかったのに。
なら、これは。
湧き上がる感情は、何だ。
―――
102 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:13:40 ID:
kF4YZqcE
気がついたときには、どこかの室内にいるようだった。
ぼんやりと目をあけるが、それ以上は何もする気が起きない。
しばらくそのままでいると扉の開く音がした。こちらに気がつくと慌てた様子で誰かを呼びに行く。
ばたばたと、いくつかの足音が近づいてきた。
『――僧侶っ!気がついたんだな!』
『よかったぁ〜…もう丸二日も眠ってたんだよ』
『心配したんだからね、僧侶くん…戻ってこれたんだね』
良く知っている声。何故だか、遠く聞こえる。
あの後のことを一気にまくしたてられた。
拠点のボスを倒したこと。村人総出で感謝されたこと。村に滞在する傍ら、復興を手伝っていたこと。
丁度一週間で、自分が見つかったこと。――街道に倒れているのを、村人が見つけたらしい。
103 :
以下、名無しが深夜にお送りします:2012/02/14(火) 04:14:17 ID:
kF4YZqcE
『…? どうした僧侶。まだどこか痛むのか』
流石にこちらの様子にも気付いたようだ。残りの二人も心配そうに覗き込む。
僧侶「……いや、まだ少し…気分が優れないんだ。…悪いんだけど、一人にしてもらえるかな」
『…確かにひでぇ声だな。お前の体調が治るまでこの村に滞在するつもりだから、ゆっくり休めよ』
『早く元気になるんだよ〜。それじゃ、また晩御飯のときにね〜』
『何かあったらすぐに言ってね。村の方にもお願いしてあるから』
三人が部屋をでていく。何か言いたかった気もするが、忘れてしまった。
何かを考える気にもなれなかった。布団に横たわったまま、ただ天井を眺めていた。
その晩。女魔法使いが焼いてくれたというパンは、砂の味がした。
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